ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

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11.

 

 数日後、あれから玲の話によるとその先輩は来てくれることになり、苦手な男と三人での食事会になったらしい。
 苦手な男はやや渋々と言った感じだったらしいが、先輩が乗り気になっていたので断ることはできなかったようだ。
 再び玲から感謝されたが、抄介はとにかくその苦手な男から玲を守りたいだけだった。
 本人が一番不快な思いをしているだろうけど、その思いを少しでも軽くさせてやりたいと思ったのだ。
 そんなことを考えながら、抄介はいつものように仕事をひたすらこなしていた。
 時間は夕方になろうとしている。あと二時間程で定時になる。
 パソコン画面と睨みあっていると、急に携帯のバイブレーションの音が鳴り出した。
(誰だ?こんな時間帯に)
 気になり携帯画面を見ると、玲からの着信だった。
 驚き思わず廊下に出て、人気のいないところへと移動し慌てて電話に出た。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「ごめんなさい、こんな時間に連絡してしまって。今仕事中ですよね?」
 困惑した玲の声が携帯から聞こえる。
 何事かと思い、心配そうに抄介は尋ねた。
「まぁ仕事中だけど大丈夫だよ。どうした?」
「実は、食事会が今日の八時頃始まることになっているんですけど、先輩が九時半でどうしても帰らないといけないって言われてしまって、俺、途中から苦手な人と二人きりになるんです」
 慌てた口調で話す玲に、抄介は冷静に返した。
「だったら玲たちも先輩に合わせて切り上げればいいじゃないか。そのことを先輩に話して・・・」
「でもその後、苦手な人から絶対に誘われそうなんです。メールで二次会も行けたらいいねみたいなことが書いてあって、どうしようって思ってて」
「そうか・・・」
 抄介は少し思考していると、玲が再び焦った声で話してきた。
「それでお願いなんですけど、抄介さん、俺を迎えに来てもらえますか?」
「え!?」
 驚き抄介は声を上げた。
「お、俺が行っても大丈夫か?」
「大丈夫だと思います!この後予定があるって言って、抄介さんが来てくれたら確証になるじゃないですか!」
「いや、そうだけど・・・場所はどこなんだ?」
「場所はですね・・・」
 そう言い、玲から食事会の場所を教えてもらった。
 食事会の場所と今いる会社からの距離と時間、そして残りの仕事量を今日終えるまでのペース配分を考えると、なんとか行けそうな気がしていた。
「なんとか行けるかもしれない」
「ほ、本当ですか?」
 玲の安堵した声が聞こえる。
「ごめんなさい、本当に面倒なことを行ってしまって・・・」
「いいよ、気にするな。頑張って間に合うよう行くから、それまで耐えろよ?」
「はい!ありがとうございます!待ってますね」
 そう言い、携帯が切れた。
 抄介は一つ大きな溜息を洩らしたが、ここでグダグダしてはいられないと思い、慌てて自席へと小走りで戻った。





 なんとか出社する時間までには仕事を終え、一旦自分の車で向かうことにした。
 食事会の店の場所を探すと、丁度いい最寄り駅がないことがわかり、車の方が都合良かったので一度自宅マンションに戻り車に乗った。
 店に向かって走り出し暫くは順調だったのだが、途中急に道路が混雑し始めた。
 どうも近くで事故が起きているらしく、渋滞しているようだった。
(マズいな。大丈夫だろうか?)
 チラリと車内の時計を見ると、あと十分で九時半になる。
 このペースだと九時半には辿り着けないかもしれない。
 焦る抄介はナビを確認し、裏抜けの道はないか探し始めた。





 洒落たレストランで開催された食事会が終わろうとしていた。
「悪かったな、俺のせいで時間が短くなってしまって」
 玲の先輩である園井そのいは、玲と苦手な男大芝おおしばを見て言った。
「いえいえ、大丈夫です。園井さん」
「大丈夫っすよ。またやればいいんだから」
 大芝はそう言うと、チラリと視線を玲に向ける。
 玲は視線に気づきながらも返すこともなく、園井さんに笑顔で答えた。
「それじゃあもうじき九時半になるのでお開きにしましょう」
「そうだな」
 三人は立ち上がり、会計は園井がまとめてしてくれた。
 園井は身長が高く、抄介よりは少し高かった気がした。
 顔立ちは涼やかで優男。性格も誠実で優しい男で誰からも信頼されているが、大芝は園井と対象的で信頼できない男だった。
 身長は園井とも変わらない感じだが、顔立ちは目が大きく掘りが深い。髪は金髪の長めでウェーブのきついパーマをかけている。
 性格は人によって態度を変える男で、自分より立場が低い相手には大柄な態度になっていた。
 おまけに興味のある対象が男だろうが女だろうが関係ない性癖らしい。
 今はそのターゲットが玲ということだった。
 玲、大芝はご馳走様でした、ありがとうございますと園井への謝礼を伝えた。
「それじゃあまたな」
 手を振りながら園井は二人から立ち去る。
 その姿を暫く二人は見送っていたが、すっと手を先に下した大芝は玲に向かってさらっと言い出した。
「あのさ、まだ時間あるから二人で飲みに行かないか?」
 言われた玲は、咄嗟に黙って辺りを見渡した。
 周りは仕事帰りや自分たちと同じように、飲食をした後なのか騒ぎながら歩いて行く人たちがいた。
 必死にその中から抄介を探すが姿が見えない。遅れているのだろうか?
 それとも何かあったのだろうかと色々思考する。
 黙っている玲に少し苛立つように大芝は更に声をかけた。
「玲君、聞いてる?」
「あ、はい。あの・・・すみません。俺、今から予定があって」
「予定?何の?」
 疑った目で大芝は玲を見つめた。
「友達と会う約束をしていて・・・実は前から決まっていたんです」
「本当か?どこでその友達と会うんだよ」
 大芝は疑う目で玲に問いかける。
 玲は即効の嘘を話すが、あまり大芝は信じていなさそうだった。
「ここです。来てもらうよう約束をしていて、まだ来てないみたいで・・・」
 再び辺りを見渡す玲に、大芝は小さく舌打ちをした。
「来てないみたいだけど、すっぽかされたんじゃないの?」
「大丈夫です。約束したのできっと来ます。だからこれで大芝さんとは・・・」
 そう言いかける玲を大芝は急に彼の腕を掴み、グッと引き寄せ抱き締めてきた。
 玲は驚きと共に、背中に寒気が一気に駆け上がった。
 不快な感覚に耐えられず、玲は慌てて大芝から離れた。
「な、何をするんですか!?」
「いいじゃないか、抱きつくぐらい。減るもんじゃないし」
「え?」
 玲は思わずゾッとした。
 この男は常に自分基準で物事を考えている奴だ。本気で信用ならないと玲は心中思う。
「ずっと食事を誘ってもはぐらかしてたよな、玲君は」
「・・・そんなこと」
「今回だって園井さんがいたから実現できたんだろう?何で俺を避けるんだよ?」
 じっと粘着のある視線で玲を見つめる。
 視線を逸らしながら玲は黙っていた。
「なんで答えないんだよ」
「そ、それは・・・大芝さんは俺じゃなくても他にもお相手がいるじゃないですか?」
「は?他のお相手ってなに?他の人と遊んじゃいけないの?」
 誤魔化す大芝に玲は言い返した。
「後輩として俺のことを見ているんですか?」
 不敵に笑みを浮かべ、大芝は口を開いた。
「それって関係あるの?」
「関係あります」
 きっぱりとした物言いで玲は言い放った。
「俺は普通に大芝さんから対応して欲しいんです。後輩としてならさっきみたいに抱きつかれるのは俺、苦手なので」
「・・・面倒くさいな、お前」
「・・・・」
 玲は少し怯えた表情で大芝を見るが、逆にその表情が大芝を助長させたらしい。
「抱きつくぐらいなんともねぇって。なんだよ~」
 再び大芝が玲へと近づこうとして来る。
 玲は思わず身構えようとした時だった。
 すっと玲の腕を掴み、大芝から引き離す人がいた。
 振り向くとそこには、ようやく現れた抄介が玲を引っ張り出していたのだ。
「遅くなってごめんな。道が渋滞しててさ」
「しょ、抄介さん!」
 安堵のあまり今にも泣き出しそうになっている玲を抄介は見つめたが、すぐ大芝へと視線を移した。
 そして笑みを浮かべ言った。
「すみません、俺、玲の友達で今から彼と遊ぶ約束をしているんです。なのでここで失礼させていただきます」 
「すみません、失礼します」
 玲も一緒になって挨拶をし、抄介はニコニコしながら玲の腕を掴みながらその場を去ろうとした。
「お、おい!」
 抄介は自己紹介もせず、早々と立ち去る二人に呼びかける大芝の声が背後から聞こえてくるが、それには聞こえないフリをする。
 そしてそのまま二人は黙って抄介が示す道へと歩き出した。





 辿り着いた場所はレストランから歩いて五分ほどの立体駐車場だった。
 抄介の車は一階に駐車していて、車種は黒のヴェゼルで玲は思わず見入ってしまった。
「この車って抄介さんの?カッコいいですね」
 車を褒められ抄介は微笑んだ。
「そうだよ。一旦マンションに戻って車で来た。店がちょっと不便なところにあったからさ」
 そう言う抄介に玲は申し訳ない気持ちが一気に沸き上がり、涙を浮かべていた。
「ど、どうしたんだ?玲」
 慌てた抄介は玲の肩を優しく叩いた。
「ごめんなさい、俺、本当に抄介さんに我儘言って、迷惑かけて・・・」
「泣くなって。ほら、送って行くから車に乗ろう」
 優しい声で言う抄介に玲は頷きながら従った。
 抄介は運転席に着席し、玲も助手席に座る。
 何度か涙を拭った玲に抄介は再び謝った。
「ごめん、嫌な思いさせたよな?」
「・・・大丈夫です」
「でも泣き出すってことは、多少嫌なことを言ってきたんじゃないか?」
「確かに嫌なことばかり言ってきたし、それに・・・」
 言って玲は黙り込んだ。
「何か他にあったのか?」
 抄介は心配そうに玲に尋ねた。
「一瞬ですけど抱きしめられました」
「は、はぁ!?店の前で?」
 玲は無言で頷いた。
 あの男はかなりヤバい男だと抄介は認識する。
 夜十時近いとはいえ、それなりに人通りもある場所だ。自分の欲を通す為なら周りなんて関係ないらしい。
「一瞬でも抱きしめられた瞬間、寒気がしました。本気で嫌だって思いました」
「玲・・・」
「でも抄介さんの時は全然違ったんです。抄介さんに抱きしめられた時は暖かい気持ちになって安心しました。人が違うだけで感じ方がこんなに違うんだなって思ったんです」
「・・・そうか」
 そう言う玲に嬉しさを感じたが、自分が遅れたが為に彼が嫌な気持ちになったことに申し訳なさを感じ、抄介は玲に再び謝った。
「本当に遅れて悪かった。嫌な思いさせて・・・」
「そんな。急なお願いを抄介は引き受けてくれたじゃないですか。それも俺にとっては本当に申し訳ないって思っていて・・・」
 言いながらまた玲は涙を目に浮かべ始めた。
 抄介はすっと指で玲の涙を拭いながら言った。
「いいんだよ、俺の事は。今は玲の気持ちが大事なんだから」
「抄介さん」 
 玲が名前を呼ぶと互いの視線が合い、外せなくなった。
 二人は顔を近づけ、優しく触れ合うようなキスをした。
 一度触れ合うと角度を変えて何度も唇を重ねる。
 玲は抄介の動きに合わせるかのように彼の動きを受け入れていた。
 前回は触れるだけのキスだったが、今はお互いの唇の感触を味わいたくて止め時がなかった。
 ずっとこうやって触れ合っていたいと二人は思うが、場所が場所なのでいい加減キスをするのを止め、ゆっくり離れた。
「今日は本当にありがとうございました」
 玲は照れながら顔を赤らめて抄介にお礼を言う。
「いいよ。短い間だけど玲と会えたし」
 笑む抄介に玲も笑いながら、くるっと車内を見渡して言った。
「今度はドライブデートしましょうね」
「え?いいよ。ドライブ好きなのか?」
「はい!」
「そっか。じゃあ今度はドライブデートだな」
「やった!楽しみです。ベタに海が行きたいです」
「じゃあ海に行こう」
 二人は笑い合い、抄介は車のエンジンをかけた。
 玲はちらりと抄介が運転する姿を見る。
 今回の件で玲は自分の気持ちを再確認させられた気持ちになっていた。
 自分が本当に抄介のことを惹かれているということを。


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