ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

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14.

 

 お互いの気持ちが一つになって、抄介は夢心地だった。
 毎日LINEのテレビ電話で会話し、他の人には絶対見せられない、締まりのない顔で玲と話をしていた。
 毎日が彩られたように見え、些細なことでは怒る気持ちも沸かなくなった。
 つまり、浮かれているってことだった。
 そんな気持ちまま、今日は木曜日だったので抄介の機嫌はかなり良かった。
 スキップでもするかのような足取りで休憩室へと向かう。
 扉を開けると、玲がコーヒーの紙コップを用意して抄介のことを待っていた。
「お疲れ様です。抄介さん」
「お疲れ」
 笑みを零しながら抄介は玲の隣に座った。
 飲み物代を玲に払い、コーヒーを受け取る。
 会うのはこの前のデート以来だった。
 お互い恥ずかしいのか、静かに飲み物を飲んで正面を見ている。
 そのうち、チラリと玲が抄介の顔を見てこっそりと言った。
「デート楽しかったですね!」
「あ、ああ。そうだな」
 気恥ずかしさと幸福感で、笑みが零れるのを抄介は必死に堪えつつ答えた。
「今度はどこ行きましょうか?」
「どこがいい?」
 抄介が尋ねると玲はそうですねと言いながら、少し思考している。
「そうだな~じゃあ山に行きましょう!」
「海に行ったから山か?」
 笑いながら言う抄介に玲は笑顔で頷いた。
「はい!あんまり山行ったことがなくて」
「じゃあ今流行りのキャンプでも行くか?」
「キャンプ!!」
 急に大きな声を上げる玲に、抄介は驚いて彼の肩を軽く叩いた。
「なんだよ、そんなに行きたいのか?」
「キャンプは林間学校でしかやったことがなかったんですけど、今だったら楽しめるかもって思って、ちょっとテンション上がりました!」
「そうなのか。まぁ俺もそれ以来かもしれない。最近は色々キャンプしやすい道具とかあるみたいだから、ちょっと一緒に見に行くか?」
「そうですね!俺も見に行きたいです!」
 玲はやることなすこと新鮮なのか、何か提案するたびに楽しんでくれる。
 それが抄介は可愛くて嬉しくてしょうがなかった。
「どこかいい店あるのかな?」
 抄介は携帯を出し、キャンプ用の道具を売っている店を検索し始めた。
 その時、玲はすっと抄介の腕に自分の体を摺り寄せて来た。
 驚いて抄介は玲を見ると、彼はジッと見つめ、
「抄介さん、キスしてもいいですか?」
 突然のお誘いにかなり抄介は動揺するが、しばしお互い見つめ合った。
 休憩室でキスをすることは一度もなかった。それは一応、ここはお互い職場だったから警戒していたのだ。
 しかし休憩室に人が来ることはほとんどなく、念の為に抄介は室外から聞こえてくる音に耳をそばだてた。
 とりあえず人が歩く音は聞こえない気がする。
(まぁ大丈夫かな?)
 真っ直ぐ見つめる玲の誘惑に勝てず、ゆっくりと抄介は彼の顔に近づき、静かに唇を重ねた。
 優しく何度か重ねて、お互い幸せを感じていた瞬間だった。



「まじかよ」
 二人ではない別の男の声が聞こえた。
 おまけにこの声の主を抄介は聞き覚えがあった。
 慌てて二人は離れ、抄介は玲を自分の背後へと隠すように立ち、男の声の方へと顔を向けた。
「・・・田所」
 抄介の目の前には、あの陰気な田所が驚いた表情で立っていたのだ。
「嘘でしょ!?倉沢さん?」
 抄介は田所を見据えながら何も言わなかった。
 どう答えてよいものか思考するが、確定的な場面をこの男に見られてしまって、言い訳する言葉が浮かんでこなかった。
「ねぇ、答えて下さいよ」
「どうでもいいだろう。あんたには関係ないことだ!」
 声を少し荒げる抄介に田所は薄笑いをしながら言った。
「怖いなぁ~最近、やたらとご機嫌だったからすごく気になってたんですよね。大抵休憩室から帰って来るときだったから、どこかで誰かと会ってるんだと思ってたんですけど、これだったんですね~おまけに」
 言って田所は笑いながら更に続ける。
「お相手が男だとは」
 ちらりと視線を抄介の背後で隠れている玲を移そうとするが、すっと田所の視線の前に抄介は立ち塞がり遮った。
「言っただろう!あんたには関係ない!」
 抄介は田所へ近づこうとしたが、おっとと言いながら後ろへと下がる。
「わかりましたよ。いや~特ダネだなぁ~」
 そう言いニヤニヤしながら田所は休憩室から離れて行った。
 彼が完全にいなくなるのを確認すると、抄介は玲の方へと向いた。
 玲は泣き出しそうな顔をして抄介を見つめていた騒いだ。
「ごめんなさい!俺のせいだ。俺があんなこと言わなければ・・・」
「いや、玲のせいじゃない。あいつの行動に気を付けなかった俺のせいだ」
「え?」
「あいつは前から俺の事を探ってたんだ。勝手に向こうが俺をライバル視していてさ。弱点でも探ってたんだと思う。まさかここまで来るとは思わなかったから。迂闊だった」
 必死に玲を庇う抄介に、玲は頭を左右に振りながら抄介の腕を掴んだ。
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
「大丈夫。俺は大丈夫だから」
「でも・・・」
「大丈夫。なんとかやるよ。それにあいつが言ったこと、きっと職場の人たちは信じないだろうしね」
 優しく微笑む抄介に玲は不安でいっぱいの表情になっている。
 正直、抄介も不安はある。しかし今は玲にこれ以上自己嫌悪に陥ってほしくないのだ。
 必死に玲を宥め、もう帰るよう言う。
「抄介さん・・・」
「大丈夫だから」
 そう言って笑顔で抄介は休憩室を後にした。





 廊下を歩きながら抄介は内心、動揺していた。
 あいつが職場の人たちにさっきのことを話すのだろうかと、不安で仕方なかった。
 このまま帰宅したい気持ちになったがそうもいかない。
 まだ仕事が残っており会社に戻らなければならない。
 大きく息を吐き、室内へと入る。
 周りを見渡すと、大体の人たちは自分の仕事に集中していた。
 少し安堵するが、遠くで田所が女子社員に声をかけ、ひそひそと話をしている姿が視界に入った。
 なんとなくこちらをチラチラと見ているように思えるが、気にしないように自席に戻る。
 見ていないのに見られているような錯覚が、抄介の心を震わせた。
 今日は何事もなく帰れたとしても、次の日どうなるかわからない。
 まだ来てもいない未来に抄介は不安な気持ちを抱き、必死に仕事へ集中した。


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