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静かに玲は抄介の部屋に入ると五畳ほどの和室が広がっていて、入ってすぐに座布団が二つと座卓が置いてあった。
奥は二畳分の部屋が繋がっていてタオルハンガーが置いてある。
抄介はその座布団に座り、それを玲にも促され静かに座った。
再び沈黙が続き、何分か静かな時間が流れた。
抄介は窓の方へと顔を向け一度も玲のことを見ようとしない。
玲は俯きながら、どう切り出したものかと思考していた。
以前のように優しいトーンで話しかけてくる抄介の姿は今はいない。
自分がしたことを思えば、当たり前の態度なのだ。
しかしだからといって、怯むわけにはいかなかった。
「抄介さん、本当にあの時はすみませんでした。俺のせいで抄介さんが仕事を辞めることになってしまって・・・」
そう言いかけると、横を向いていた抄介はすっと玲の方を見た。
「なんで俺が仕事辞めたこと知ってるんだ?」
「そ、それは・・・実は清掃業で働いていたビルの管理が、俺が所属している芸能事務所の社長の知り合いが管理していて、そのツテでずっと調べてもらっていたんです」
「え?嘘だろう?」
驚いた抄介は玲を凝視した。
「俺が清掃業をしたのは、事務所の命令でしていたんです」
「命令?」
ますます困惑した表情で尋ねてくる抄介に玲は冷静に答えた。
「俺、実はずっと俳優業を禁止されていて、その理由が・・・俺がよくやってしまう何も考えず行動したことで禁止になったんです」
「え?」
戸惑った表情で抄介は玲を見つめた。
「俺、三年前に恋愛ドラマに出たことがあって、ヒロインの子を片想いする役を演じてたんです。その時は役柄が自分の感情に入ってて、その女優さんを好きだと勘違いしてました」
玲が淡々と話す話を、抄介は口挟むこともなく黙って聞いていた。
「ある日、俺はその子とデートしました。でも実際その女優さんと役柄なしで会った時、俺はその子を好きじゃないって気づいてしまったんです。でも運悪くそのデート現場をマスコミに撮られてしまって、社長に叱られ罰として暫く俳優業は禁止されて、演技の練習や雑誌のモデル、事務所での雑用をやっていました。その一つがあの清掃業だったんです」
そう言い玲は少し息を吐くと、目を鋭くした抄介は突然問い質してきた。
「そういえば今、玲が出ているBL?ドラマに出てたんだよな」
「え?知ってるんですか?俺、そのドラマで久しぶりに役者復帰しているんです」
少し笑顔で話す怜だったが、それを遮るように抄介は話し出した。
「そうなのか。じゃあ俺はそのBLドラマに最適な練習台だったってわけだな」
「え・・・?」
予想外の発言に玲は言葉を無くした。
練習台とはどういう意味なんだろうと理解できなかった。
「そうなんだろう?女と付き合ったことがあるって言ってたから、ドラマで男と恋愛関係ならないといけないなら一度経験しておかないと演じるのは難しいよな」
嘲笑しながら話す抄介に玲は思わず反論をした。
「違います!演技の為だけに抄介さんと付き合おうなんて思いません!おまけに抄介さんと出会った時はドラマの撮影は半分終わってました」
怒りを含んだ勢いで言う玲に、抄介は少し怯んだ。
「え?そんなの・・・」
「嘘じゃありません!俺はそんなこと混同しません!そんな気持ちで男性と付き合ったりしませんよ!」
今にも泣き出しそうに語る姿に、抄介は動揺してしまった。
「そんな、まさか・・・」
「本当です!そんなことを言ったら、BLドラマを演じている俳優さんたち全員そういうことになりますよ!」
「・・・・」
玲から激しく言われ、流石に抄介は彼の言葉を信じるしかなかった。
「ごめん、でもあのタイミングだとそう思わざるを得なかったよ。だってあの事件が合った時はドラマが丁度放送してただろう?」
気まずそうに抄介は続けた。
「事件の後、玲の写真を知り合いに見せたら彼は俳優じゃないかって言い出して、そのBLドラマのHPを見せてくれたんだ。そこに玲が写ってておまけに・・・あいつも写ってた」
「あいつって?」
困惑している玲に真剣な目で尋ねた。
「大芝だよ。それで俺は驚いてかなり困惑して、その後玲に連絡しようと思ったらLINEのアカウントが消えて、もうどういうことなのか訳がわからなかった」
「・・・・」
玲は黙るしかなかった。
実際、LINEアカウントは桜川が消してしまった。
一番問いかけたかった相手と突然連絡取れなくなれば、当然ショックでマイナス思考になってもおかしくはないだろうし、付き合っていたことも、嘘に思われても仕方ないのかもしれない。
「LINEアカウントは俺のマネージャーが消しました。そもそも抄介さんの時に見せてた携帯は会社から支給された物だったんです」
「え?」
再び抄介は驚き目を見開いたまま玲を見つめた。
「俺、携帯が二つあるんです。一つは俺が買った携帯と会社から支給された物。会社の携帯は仕事絡みや一般人の人とやり取りする時に使用する物で、俺の携帯は親だったり本当のプライベート用に使うよう言われたんです」
「なんでそんなふうに使い分けてるんだ?」
当然不思議に思われても仕方ないと玲は思い、その理由を話し出した。
「さっきも言ったように俺、本当に事務所から信頼されてなくて。昔は今より気持ちで行動していたからいつも怒られてたんです。携帯を二台持つようになったきっかけは写真を撮られてからなんです。プライベートも管理されるようになったというか。何かあった場合、抄介さんの時のように事務所が動けるようにしたかったというか」
「・・・・」
抄介は唖然として言葉が出てこなかった。
あまりにも非道ではないだろうかと思ったが、一度事務所としては、予想外のタレントの恋愛事情が表に出てしまい、それ以外に玲が色々やらかしてしまった経緯があるので、信頼を失ってしまったのは仕方ないのだろう。
「ドラマに出た時、俺、社長からも推されていたんです。それなのに自分自身の行動で信頼を無くしてしまった。そして今回も油断したことで抄介さんは会社を辞めることになって・・・」
涙を零し、玲は土下座しながら謝り出した。
「本当にごめんなさい!俺の責任です!俺はなんであんなことをしたんだろうって・・・本当に、本当に」
「ま、待ってくれ。そのことについては玲は悪くない」
抄介は慌てて立ち上がり、玲の目の前に来て土下座を止めさせた。
「確かにきっかけはあの事件だったけど、正直周りはあいつが言った事、俺たちがキスしてたってことは信じてなかったんだ」
「え?」
泣きながら怪訝そうに見つめる玲に、抄介は少し苦笑いをした。
「元々信頼があいつにはなかったんだ。正直嫌われてた。だからあいつが言ってることは、俺を陥れようとしているって思われて信じなかったんだ。実際嘘じゃなかったんだけど証拠がないから証明しようがない」
「で、でも抄介さんは仕事を辞めてしまってるじゃないですか?」
「う、うん。それはもう今の仕事を辞めたいって思ったんだ。このまま仕事に人生を費やしたくなかったっていうか」
「・・・・」
玲は黙って抄介の話を聞いていた。
「あの事件が起きた後、噂が流れてどうしようとは思ったけど、でも冷静になって、このまま残業三昧の毎日で、仕事を終われなかったら休日出勤してプライベートが全部仕事の為に使われて、これでいいのかって思ったんだ。だから俺にとっていいきっかけになったんだ」
言って抄介は玲の顔をちゃんと見て口を開く。
「玲と出会ったからこういう考えになったんだ。それについては本当に感謝している」
「抄介さん・・・」
玲もゆっくりと体を起こし、抄介と対峙し正座した。
「俺も・・・その、勘違いしていてすまなかった」
「い、いえ。でも急にアカウントが消えていればショックでそう思われても仕方なかったのかもしれないですね」
少し笑みを作りながら玲は答えた。
「すまない。俺もパニックになっていて冷静な判断ができなかった。おまけにその知り合いがネットで調べてくれて、さっき言ってた女優さんと撮られてるって教えてくれたから余計俺との関係ってなんだったんだろうって思ったんだ」
「そうだったんですね」
抄介の話を聞いて玲は静かに頷いた。
確かに女性との付き合いがあった以上、玲が異性愛者だと思うのが当たり前だ。
それなのに抄介と付き合うのは、打算的な考えがあったんじゃないかって誤解されても仕方ないのかもしれない。
「あと、苗字も違ったよな」
抄介は思い出したことを玲に問い質した。
「あ、そうですね。芹沢は父親の姓で。中学生の時に親が離婚していて、今は母親の姓なんです」
「・・・それって自分が俳優だとバレたくないから、そっちの苗字を使ったのか?」
「はい。事務所から軽々しく俳優だと名乗るなって言われていて。その・・・俺、信頼されていないので、ちゃんと売れてから名乗りなさいと」
言って玲は俯き、黙り込んだ。その姿を見ながら抄介は更に質問をする。
「やりたい事って、もしかして俳優のことか?」
「え?あ、はい。そうです。あの時は言えなかったですけど・・・」
なるほどと、抄介は納得する。
いつか言える日が来るといいですねと、玲は言っていた気がした。
「じゃあ写真はどうして嫌がったんだ?」
「証拠として残るのが怖かったというか。どこで流れるかわからないじゃないですか、この時代だと」
「確かにな・・・」
そう頷く抄介に玲は付け加えるように一言添えた。
「でも、あの時の抄介さんがあまりにも楽しそうで、断ることができなかったんです」
ジッと見てくる玲に、抄介は少し困惑し顔を逸らした。
先ほどからあまり視線を玲と合わせようとしない。それが玲としては寂しかったのだ。
(やっぱりもう、俺の気持ちは届かないんだろか?)
そう一瞬玲は気落ちをするが、どうしても本当の気持ちを伝えたくて、落ち込む気持ちを振り払い顔を上げた。
「抄介さん、俺は本当の姿を伝えず、沢山迷惑をかけて傷つけてしまいました。だからこんなことを言えた義理じゃないのかもしれないんですけど・・・」
言って玲は真剣な目で抄介を見据え、抄介もこちらを見た。
「俺ともう一度、付き合ってくれませんか?」
「え・・・」
明らかに狼狽している抄介に向かって玲はグッと近寄った。
しかし、すっと抄介は再び顔を逸らし玲から距離を置いた。
その態度に玲の心が一瞬に冷え、再び落ち込んだ。
一瞬気まずい空気が流れるが、ごめんと一言抄介が呟いた。
「玲の言いたかった事は理解できたし、誤解もあったんだってわかってるんだけど」
言い掛け、少しだけ口を噤んだ。
「今は気持ちの整理がつかない。まだ混乱してるんだ。おまけに昼間に見た玲の、俳優としての姿を見て更に戸惑ってる」
その言葉に玲の胸の中は不安がゆっくり渦巻いていった。
「今は前向きに考えることができない。ごめん」
複雑な表情で一言静かに抄介は言い切り、玲は胸に秘めていた小さな灯が消えたように感じた。
確かにそうだ。今日知った情報だって沢山ある。
今すぐ理解して元の関係に戻りたいなんて都合が良すぎたのだ。
抄介の気持ちも考えず、自分の希望だけをぶつけてしまった。
「わかりました。ごめんなさい・・・それじゃあ」
言って玲は立ち上がり、静かに部屋を後にした。
廊下を歩きながら、俯く玲の頬から一滴の涙が伝った。
初めて抄介から拒まれた。いつも玲の願いを優しく受け止めてくれていた彼から今は無理だと言われてしまった。
(わかってる、仕方ない、仕方ないんだけど)
そう胸の中で呟くが悲しさは紛れることはなかった。
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