生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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61.【ハル視点】アキトの頑張り

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 アキトは考えている事が、かなり読みやすい。俺がアキトに詳しくなったせいか、それとも彼の素直な性格のせいだろうか。

 いつも通り今日の予定を尋ねた時も、アキトは悩んでいるんだとすぐに分かった。

「そういう時はまずしたいことを考えてから、依頼を選べは良いんだよ」
「したいこと…?」
「そう、アキトが今一番したいことは何?」

 すこし考え込んでから、アキトは元気よく言った。

「あ、馬車に乗りたい!」

 正直に言うと、この言葉はかなり予想外だった。こういう意外性があるところも、アキトの良いところなんだけどね。そんなに馬車に乗りたいと思ってるなんて知らなかった。

「分かった。じゃあちょっと遠出の依頼が無いか、見に行こうか」
「うん!」



 冒険者ギルドに辿り着けば、相変わらずアキトのことを見つめてくる奴はたくさんいた。精霊の見える人とか加護持ちとして見ている奴はともかく、ニヤニヤと嫌らしく笑っている奴らは今日もしっかり顔を覚えておいた。

 少し遠方の依頼を探していると、不意に緊急依頼の赤文字が目に飛び込んできた。

 珍しいなと近づいて見てみれば、よりによって依頼者はバラ―ブ村だった。内容はゴブリンの群れの討伐依頼で、案内と戦闘の補助が一人つくと書いてある。おそらくアックスがついてくれるんだろう。

 これは行くと言いそうだなと思いながら、俺はアキトに近づいた。

「アキト…バラ―ブ村から依頼が出てる」

 すぐに移動してきたアキトは、きっちりと依頼票の全てに目を通してから、ちらりと俺に視線を向けてきた。ゴブリンの群れって俺でも倒せるかなという確認だと思う。

 まず依頼されたのが今日ということは、まだ群れはそこまで大きくなっていないだろう。アックスが前衛で魔法が使えるようになったアキトが後衛なら、仮に群れの中に進化したゴブリンが混じっていても対処はできる。依頼自体の危険度は、かなり低いだろう。

「ゴブリンには火魔法と土魔法が良く効くんだ。それに今日来たばかりの依頼だから、まだアキトでも対処はできると思うよ」

 俺の言葉に、アキトは肩の力を抜いた。

「でも…本当に良いの?ゴブリンは二足歩行だから倒しにくいって冒険者もいるよ?」

 問題点はそれだけだと伝えれば、アキトはまっすぐに俺の目を見返してきた。村人たちを守るためなら、ゴブリンを倒すことに躊躇するつもりは無い。そう宣言するような、決意をこめた視線だった。

「分かった、俺もできるだけ手助けするよ」



 大慌てで出発の用意をしたアキトを、俺はナスル村へと案内した。舟で川を下った方が、徒歩で向かうよりもかなり早く着くことができるからだ。

 ナスル村では、運よく次期村長のロットに会うことが出来た。俺も彼に乗せてもらった事はあるが、ロットの腕は村人の中でも群を抜いている。その分速度が早くなるのがすこしだけ心配だったが、アキトは楽しそうに舟を満喫している。

「すっごい!速い!」

 楽しそうな叫び声に、ロットも嬉しそうに笑っていた。

「初めて乗るので、酔わないかと心配だったんですけど、大丈夫そうです」
「下手くそなやつの舟に乗ると、俺たちでも酔うことがあるからな!」
「そうなんですか?」
「おうよ、俺の腕ってやつだ!」
「すごいです!」

 きらきらした尊敬の眼差しでアキトに見つめられたロットは、更に張り切って川を下っていった。おそらく最短記録を更新しただろう速度で、俺たちはバラ―ブ村まで辿り着いた。



 村人たちから大歓迎を受けたアキトは、あの日泊めてもらった集会所へと案内された。さらりとアキトに軽食を渡してくれるアックスは、相変わらず気が利く男だ。

「まずは、現状を報告して良いか」
「んっ…はい!お願いします!」

 俺はアックスの隣に立って、手描きの地図を覗き込んだ。かなり精度が高い地図だ。

「ゴブリン自体は珍しくも無いが、今回は場所が悪いんだ。このあたりだ」

 アックスが指差した場所は、森と村のちょうど中間のあたりだ。

「思った以上に近いな…この村に来る時にアキトも通った辺りだよ」

 分かりやすいようにと説明すれば、アキトは驚いた顔で俺を見た。この距離なら、緊急依頼になるのも無理は無い。むしろ家畜や村人に被害がないまま発見できたことは、幸運だったとさえいえるだろう。

 自分が元衛兵なことや、この依頼を出した経緯まで、アックスはきっちりとアキトに説明してくれた。アックスの態度は誠実なものだったから、俺も安心してアキトをまかせられる。そんなことを考えている間に、アキトは食事を終えたようだった。

「アキト、ゴブリンを狩ったことはあるか?」
「いいえ」
「何でも良い、討伐依頼の経験は?」
「あります」
「もうひとつ、魔法は使えるか?」
「はい。火魔法も土魔法も使えます」
「俺は魔法はからっきしだから、頼りにしてるぞ」
「はい、全力で頑張ります!」
「アキトなら、落ち着いていれば大丈夫だよ」

 俺のかけた励ましの言葉に、アキトは小さく頷いてくれた。

「あー…アキト、もうすこし休憩は必要か?」

 言い難そうなアックスの言葉に、アキトは首を傾げた。

「え、いえ」
「もしアキトさえよければ、すぐに向かっても良いか?」

 ゴブリンはとにかく増えるのが早い。拠点ができたら3日以内には潰してしまった方が安全だ。ましてやあの距離では、アックスが焦る気持ちも理解できる。

 何と答えるのかとアキトを見つめていると、不意に視線が絡まった。こんな大切な場面でも、俺の意見を求めてくれている。そう思うとたまらない気分になった。

「徒歩で来てたら反対しただろうけど…船酔いも無いみたいだし、アキトがやりたいようにして良いよ」

 そう告げると、アキトはきりっと表情を引き締めた。

「はい、大丈夫です!行きましょう」



 ナルクアの森へと続く道を進んで行くと、すぐに拠点が見えてきた。

「これ…って」
「本格的に住み着く気だね…拠点ができかけてる」

 小さな拠点を作ってそれをどんどん拡張していく習性があるゴブリンは、油断できない魔物だ。気づくのが遅れた結果、もはや砦と呼べるような拠点が出来たこともあったと言い伝えられている。この早さでは、あっという間に大きな拠点になってしまうだろう。

「昨日は建物はまだ途中だったんだが…完成してるな」
「はい」
「きっちり見張りまで立ってる。今でおそらく10~15体程だろう。拠点が出来たとなるとゴブリンメイジや、ゴブリンシャーマンに進化しているものもいるかもしれない」

 アックスのその言葉を聞いて、俺はすぐに駆け出した。たくさんの魔物がいる場所では、気配探知の精度は落ちてしまう。それならいっそ、直接見た方が早い。この体では隠れる必要すらないから、偵察はあっという間に終わった。

「大丈夫だ、まだ普通のゴブリンしかいない。数は14体」
「アックスさん、中には普通のゴブリンが14体です」

 あまりに唐突なアキトの発言に、アックスは驚いたようだ。アキトなら何とかうまくごまかして伝えてくれるだろうと思っていただけに、俺もかなり驚いた。ここからどう言い訳すれば自然だろうかと必死で考えていると、アックスはじっとアキトの目を見つめてから頷いた。

「分かった14だな…行くぞ!」
「はいっ!」

 アックスはあんな情報でも信じてくれるぐらいには、アキトの事を信用してくれてるってことだ。そう思うと、自分のことのように嬉しくなってしまう。

「アキト、まずはあの建物に火魔法だ」

 拠点の中でも一際大きな建物を指差せば、アキトは練り上げていた魔力を使って、即座に火魔法を放った。もうもうと煙が上がりだす中で、俺はすかさず指を動かす。

「次は土魔法。あいつを狙って」

 今まさに矢を射とうとしているゴブリンを見て、アキトは慌てて土魔法を発動させる。見事にゴブリンの額に命中したのを見て、まだまだ余裕のありあそうなアックスは嬉しそうに声をあげた。

「アキトすごいじゃねぇか!」
「次、土魔法で、右の隅にいるやつ」

 アキトは期待以上に、落ち着いて魔法を使いこなしてみせた。

 狙いを外したのはたった1回だけだったし、落ち着いてもう一度と言うだけで、きっちりと狙いをつけてから発動できていた。5回に1回当たれば良いぐらいの新人冒険者とは、比べ物にならない精度だった。

 緊急討伐依頼は、あっと言う間に終わった。

 拠点の処理は初めてのことだったから心配してしまったが、アキトは泣き言一つ言わずにこなしてみせた。

「それにしても、本当に普通のゴブリン14体しかいなかったな」
「はい」
「………本当に、お前は『精霊が見える人』なのか」

 不意打ちでアックスが言った言葉に、俺は驚いてしまった。精霊が見える人。あるいは精霊の加護持ち。アキトの通り名が領都から離れたこの村まで届いているということは、俺が思っている以上にあの噂は浸透してきているようだ。

 噂の内容を知らないアキトは不思議そうな顔をしていたけれど、アックスは慌てた様子で手を振った。

「あ、いや!答えなくて良いんだ!」
「あの…」
「悪かったな、詮索はしないから安心してくれ!」

 そう言われてしまえば、優しいアキトはアックスには聞けなくなったようだ。ちらりと俺を見ていたから、後で聞かれるかもしれないな。もし直球で噂について聞かれたら、何と返事をするべきか。

 アキトに説明する内容を考えながら、俺は村を目指して二人と一緒に歩き出した。



 辿り着いたバラ―ブ村は、宴会の準備で大忙しだった。アックスは気づいていなかったようだが、遠くから狩人兄弟がのぞいていたからな。拠点が無くなった時点で、全員が家から出て宴の用意を始めたんだろう。

 最初は呆然としていたアックスだが、出迎えに来たシーニャに心配されるとすぐにでれでれとし始めた。うん、この夫婦はいつも通りだな。二人の邪魔をしないようにそっと距離をとれるアキトも、もうこの二人には慣れたものだ。

 ブラン爺に手招きをされたアキトは、嬉しそうにベンチへと近づいていった。

「アキト、よく来てくれたね。緊急依頼まで受けてきてくれるとは思わなかったが、本当にありがとう」
「いえ、またお会いできて嬉しいです」
「わしも嬉しいよ」

 穏やかな二人の会話に、俺も自然と笑顔になってしまう。

 不意に人が近づいてくる気配に顔を上げれば、そこにはミウナとオーブルの姿があった。きっとアキトに礼を言いに来たんだろう。元気そうなミウナの姿を見れて、ほっと安堵の息が漏れた。一番危険な時期は無事に乗り越えられたみたいだな。

 ミウナとオーブルがジウプの実の礼を言えば、アキトも服の礼を言い始めて、ありがとうが飛び交う空間になったのには思わず笑ってしまった。ブラン爺も微笑まし気に笑いながら見守っていた。

「この子が産まれたら、抱っこしてあげて欲しいです」
「俺からも頼みたい」

 唐突な二人の申し出に、アキトは戸惑った様子だった。異世界にはこういう文化は無いんだろうかと考えながら、俺は口を開いた。

「赤子のうちに色んな人に抱き上げてもらうと、その人から祝福をもらえるっていう風習があるんだ」

 尊敬できる人や、目標とする人に声をかけて、赤子を抱き上げてもらう。強くなって欲しいからと衛兵や騎士に抱き上げてもらう人もいれば、計算ができるようになって欲しいからと商人に抱き上げてもらう人もいる。

 この申し出は光栄なことだから、断る人はほとんどいない。俺も今まで何人もの赤子を抱き上げてきたよ。そう伝えると、アキトの心は決まったみたいだ。

「えーと、俺で良ければ、ぜひ抱っこさせて下さい」
「ありがとうございます!」

 にこにこと笑い合うミウナとアキトの姿から、俺はそっと目を逸らした。

 アキトがこの村にどんどん受け入れられていく事は嬉しい事だ。でも同時に、すこしだけ寂しくもあった。俺だけのアキトでいて欲しいなんて、触れることもできない俺が言える筈も無いのに。

 心配事も消えてこれから宴が始まる楽し気な村の雰囲気とは裏腹に、俺の心はどんどん沈み込んでいくようだった。
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