美貌と金を得た私は異世界転移して幸せになります。でも、異世界の美醜感覚は逆転していました。世界観と男は裏切るけど、金だけは私を裏切らない。

静 寒寝具

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第2話 タコの入っていないタコ焼きの名称は【焼き】になるのでしょうか

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「げっぷ……」

 屋敷の一室、壮麗な食堂。高級感溢れる木製のロングテーブル、その周囲には10脚ほどの、これまた高級そうな椅子が配置されています。そして、そのロングテーブルのお誕生席の位置には……玉座と言わんばかりの豪華な椅子が据えられていました。私は……そこに座っていたのですが、今はいません。

 今……私は食堂の床に仰向けに寝転がっています。何故かと言えば……酔っ払っているからなんですね。それはそれは沢山飲みました。こちらの世界のお酒は美味しい。うん……それだけは幸せですね。そして私は、自宅の酒樽を飲み干すと……食堂の床の冷たさを楽しんでいるところです。そう、こちらの世間の冷たさは凍えるほどに厳しいのですが、自宅の床だけは私を裏切りません。床はズッ友です。親友です。愛しています。

 その時、食堂の扉がノックされました。そして、扉は重厚な音と共に開きます。

「お嬢様……買ってまいりました」

 食堂に酒樽が入ってきました。動きがのっそりしています。それもそのはず……執事のタイガは酒樽を両の手に抱きかかえたまま入室してくるので、私には酒樽が入ってきたようにしか見えません。

「ウェヘヘヘェ」

 その様子に気持ち悪い笑いがこぼれました。絵面が面白かったというのもありますが……お酒の追加の方が嬉しかったのはナイショです。私は酒樽ちゃんを歓迎しようと……のっそりと床から半身を起こしました。その時です。

「うっぷ……おぇ」

 急な体勢変更が、刺激してはいけない部分を刺激してしまいました。ご存知でしょうか、その部分は……嘔吐中枢と言うんです。

「おエぇぇェェエぇぇえぇえ……ぅぇ」
 
 私は親友に吐瀉物をぶちまけると、そのまま……意識を失ってしまいました。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



 私は……漆黒の空間で意識を取り戻しました。この空間のことは知っています。名付けるならば【小太りおっさん時空】……要は、神様と会える世界ですね。

「ほんま、すんまへん。おっちゃん……世界設定をお任せにされた時に、美醜逆転のトリガーをオンにしてもうたみたいやわ」

 小太りのおっさんは謝罪を口にしました。ついでに舌を見せています。まさか……【てへペロ】のつもりでしょうか、頭に来ますね。

「だから……お姉ちゃんがどえらい時間かけて作ったキャラクリなんやけど、あっちの世界では【傾国の美女】どころか【警告の不細工】扱いされてまうねんな」

 コイツ、上手いこと言ったつもりか? ますます頭に来ます。

「どうしてくれるんですか。おかげで私もタイガも不細工扱いされてるんです、何とかしてください」

 私はおっさんを詰問し、現状の変更を求めました。

「うーん……ゆうても、世界設定は変更できへんしな」

 まあ、最初の設定が途中で変えられないゲームとかありますし……わからなくはないです。でも、そこを何とかしてほしい。出来るでしょ……なんたって神様なんだし。ほら、ゲーム中でも難易度をイージーに出来る機能とか、最近あるじゃないですか。

「いやいや……人生に難易度なんてあらへんがな。そんなもん自分の動き方次第で変わるもんや」

 せ……せやな。あ……いけないいけない。関西弁が伝染ってきました。気をつけないといけません。

「とりあえず、世界設定をミスったんは………おっちゃんの責任やから、せめてもの助けになるよう……お姉ちゃんのチート能力はもっと強化しといたるわ。本来、魔法なんて存在しない世界やけど……念じれば、お姉ちゃんの右手からは【金の延べ棒】。左手からは【札束】が生み出せるようにしといたるさかい、勘弁したってーな」

 まるで現実の縮図のようです。おっさんの謝罪には金銭が付随されました。神様の世界も世知辛いようですね。

「でも、くれぐれも取り扱いには気をつけるんやで。何しろ……これからお姉ちゃんは【一人金本位制】みたいな存在になるさかい……お国にバレたら良くて監禁。下手したら死刑やな」

 私の肩書に【一人金本位制】が追加されました。これで【警告の不細工】と併用できますね。全くもって嬉しくありません。しかも生命の危険付きです。

「あのですね、お金よりも……美醜逆転の方を何とかできませんか?」

 私は、おっさんに核心を突きつけました。重要なのは……お金の問題ではありません。私が心血注いでクリエイトした私に転移した私。なのに……稀代の不細工扱いされながら生きていくのは、まるで罰ゲームのようです。

「せやな……さっきも言うたとおり、世界設定の方は変えられへんねん。美醜逆転の方はどうにもなりませんわ」

 おっさんの発言に、私は失意の底へと落下しました。私の頭はガックリと力なく落ちるのです。

「ただ、一つだけ可能性があってやな……結構、危険な手段なんで勧められへんけど、どーする?」

 沈んだ私の頭は持ち上がりました。人間、単純なものですね。例え……いくら危険な手段といえども、今の私には提案に飛びつくしかありません。そもそも【一人金本位制】の称号を得た時点で生命の危機なのですから……1つくらい危険が増えても大差ないのではないでしょうか。

「やります。やります。やらいでか」

 持ち上がった頭を何度も上下に振る私。この時の私は、キツツキよりも早く頭を振っていたことでしょう。

「ほな……デバッグモードで容姿いじれるようにしといたるわ。これを使えば……他人の容姿だって変更できてまうんやで」

 えっと……デバッグモードって隠し機能みたいなのでしたっけ。RTA動画で見たことがありますね。

「せやせや。でも、データの整合性なんやかんやの問題やろけど、容姿を2回以上いじると……多分バグるで」

 バグるってどういう事でしょうか……いやな予感がします。

「正直……顔がグロ画像みたいになる可能性が高いんや。変更が1回くらいなら整合性も取れて平気なんやけど……とにかく、2回以上になると保証でけへん」

 えっと……つまり、私の容姿……もう1度変更できるって事なんでしょうか?

「お姉ちゃんの場合は、ワイにもよーわからん。キャラクリの時点が1回目だとカウントすれば……次の変更でバグが生じてまう可能性があるかもしれへんさかい」

 じゃあ、何? 私はもう……容姿を変えられないの? 結局、ダメじゃないか……そう思いました。

 でも、よくよく考えてみたら……もしも次の容姿変更が可能だったとしても、その時には自分を不細工に作り変えないといけませんす。それはタイガにも適用されます。果たして、私にそれが出来るのでしょうか?

 まとめましょう……美醜逆転した世界での生きやすさを求めるのならば、自身を不細工に作り直さないといけません。しかもバグる危険性付きです。

 それに対して……今の超絶美女のままで過ごすのなら、美醜逆転世界では不細工扱いされてしまいますが、バグる危険性はありません。

 どちらを選ぶべきなのでしょう。

 そんなの一瞬で決まりました。私は自分の作った美女像で生きていきたいです。そもそも……生きやすさの為に自身を不細工にクリエイトしなおす行為には耐えられそうもありません。もし、そうしてしまったら……私は毎朝、鏡を見るたびにため息を吐く生涯となってしまうでしょう。それならば……私は人前でポンチョを被りながら生きる方を選択します。

「えっと、デバッグモードは貰ってはおきますけど……自分の容姿はこれ以上変えないと思います」

 私は自身の決断をおっさんに告げました。

「デバッグモードは危険やからな、それが正解やと思うわ」

 おっさんは私の決断を支持してくれます。

「ほんじゃこれで、また元の世界に戻ってもらうんやけど……このまま帰すのも、何か申し訳あらへんし……せや、おっちゃんも着いていったろか?」

 は? いやいや、来ないでくれますか。せっかくのイケメン執事との生活に割り込まないでください。

「せやかて、おっちゃんも申し訳ない気持ちでいっぱいやさかいな。お姉ちゃんの為にも……何かさせてほしいんや」

 そんな事言われましてもですね……あの屋敷におっさんが入ってきたら雰囲気が台無しになってしまいます。ホンマ勘弁してください。

「せやったら……あっちの世界に戻っても、おっちゃんがいつでも【アドバイス】したるわ」

 ん、まあ……着いてこないのなら、それくらいは許可しますけど。

「よっしゃ、任せとき! おっちゃんがチョチョイのチョイで助けたるさかい……大船乗った気になってもろてええで」

 多分、泥舟でしょうね。やっぱ……断れば良かったかな。でも……もう遅かったみたいです。私の意識は急に薄れていくのでした。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



 目が覚めた私は吐瀉物にまみれていました。お気に入りの純白のドレスはまだら模様に染まっています。タイガは少し離れた場所から……ドン引きした表情で、こちらを見ていました。

【うわ……ばっちいな!】

 そして脳内におっさんの声が聞こえてきます。あれ……まだ酔ってるのかな。ちょっと飲みすぎたようですね、いけない、いけない。異世界転移して、たった数日にして変な幻聴が聴こえるようになるだなんて……疲れているんでしょうか。休息が必要かもしれませんね。

【休息もええけど……自分のゲロくらい自分で片付けーや】

「ゲロ言うな!」

 私は脳内のおっさんに怒鳴りつけました。しかし、脳内のおっさんに私の意思を伝えるには……口で表現する必要はありません。ただ、思えばいいのです。ですから、私の怒声はタイガに届いてしまうのでした。

「意識を失っておられたとお見受けしましたが……バレておりましたか。申し訳ございません」

 ああ……ごめんね、タイガ。アナタに言ったんじゃないの。でも、私が意識を失っていた間には言っていたようです。この執事、何気に私から距離を取っているようですし……実は、腹黒いんじゃないんでしょうか。

【ちなみに、おっちゃんは腹黒いんとちゃって……腹太いで】

 知らんがな。気安く脳内に割り込んでくるな! あぁ……もう、とりあえずお着替えを。そうは思ったのですが、まずは床の掃除をしないとですね。私はタイガに清掃道具を持ってきてもらうよう頼むと……自身の誤ちは自身で洗い流すのでした。そして……金輪際お酒はやめよう、そう決意を固めたのです。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



 翌日になりました。今日も……お酒が美味しいです。だって、仕方ないじゃないですか。せっかく美人になれたと言うのに……お外に行ったら不細工扱いされるんですよ。しかも、この世界……極めて不細工には厳しいのです。不細工には人権がないというレベルではありません。特に、私はキャラクリで作りあげた至高の美女ですので……こちらの美醜の逆転した世界では、不細工をゆうに通り越した究極の化け物扱いされるのです。それは……飲むしかないじゃないですか。ですよね?

【せやろか?】

「タイガ……お酒切れた。買ってきて」

 私は美形の執事にお酒の追加を要求しました。

「お嬢様の命令といえども……それは聞けません。お嬢様は禁酒なさると、昨日……そう伺いましたもので」

 な!? タイガが反抗期になった? 何でなの? 顎を尖らせすぎたのが悪かったのかな?

【吐いたのがダメやったんやで】

 そ……そうですよね、すいませんでした。反省する事にします。

 私は自省の念を抱えながら、親友である床に別れを告げると……手近の黒ポンチョを被りました。そして、外へと……お酒を買いに行くのでした。

【反省、何処行ったん?】

 私と一緒に、今からお酒買いに行くんですよ。

【お姉ちゃん、すっかりたくましくなったの】
 
 おかげさまで。それもこれも全部おっさんのせいですからね。

 などと、脳内でおっさんと会話を繰り広げながら街へ出ました。私は黒ポンチョをしっかりと被り直します。顔を見せないよう、気をつけなければいけません。しかし……流石に王都は人通りが多いですね。賑やかです。そんな時、私から少しばかり離れた場所。そちらは……より大きく賑やかな歓声に包まれており……私は、その喧騒に気づいたのです。どうしましょう……あまり人の多い場所に行くべきではないのでしょうが、やはり気になりますね。私は興味本意……そちらへと向かいました。

「キャーーーーこっち見てーーーーーー!!!!! キャーーーーーこっち見たーーーーー!!!!!」

 黄色い声援といいますか……女姓の甲高い叫びは、酔った頭に響きます。あ……痛い痛い。

 この騒ぎを起こしている集団。どうやら沢山の女性達のようです。どうやら……何かの周囲を輪になって取り巻いているみたいですね。輪の中心には……何が存在しているのでしょうか。私はひしめき合う女性陣の間をこじ開けるようにして、中央を目指します。すると、そこには……一人の男性がいました。何やら格好つけたポージングをしているようです。その度に周囲の女性陣達からは、私の頭を痛くする声が挙がるのでした。

 女性達の中心でポージングを取る男。私は、彼の容姿に注目します。えっと……何と表現すればよいのでしょう。私、あまり人の容姿を例えるのは得意ではないんですが、第一感……【雑魚オーク】が思い浮かびました。よくあるアニメでは3話くらいまでに現れ、主人公の噛ませ犬になる生物ですね。彼を例えるには……それしかありません。

 【雑魚オーク】に歓声を挙げる周囲の女子。彼女達の容姿は私基準で見ても……まあ普通。ということは、こちらの世界でも普通ですよね。そして、彼女達が嬌声を挙げる原因となっている【雑魚オーク】……こちらは、私基準で【雑魚オーク】。つまり、私は不細工だと思っているのですが……取り巻きの彼女達にとっては、超美男子なのでしょう。
 
私は美醜逆転の残酷なまでな現実を目の当たりにしてしまいました。いや、別に悪く言うつもりはありませんよ。価値観の相違ですからね。でも……私には理解不能です。私は失意のまま……女子達の輪を抜け出しました。酔いもすっかり冷めています。早くお酒買って帰らなきゃ。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



「あの……お酒一樽お願いします。届け先は・・・の・・・でお願いします」

 ポンチョを深く被りながら、酒屋さんで注文を済ませた私。さあ、急いで帰りましょう。そして……酒樽の到着に備え、酒のつまみを作らなきゃ。

【おっちゃん、タコ焼きがええな】

 ああ、それ……いいですね。でも、こっちの世界にタコって売ってるんですか?

【売ってるで。魚屋とか行ってみればええんちゃうかな】

 あまり不細工扱いされたくないので、行き先を増やしたくはないのですが……つまみの重要性とタコの必要性を重視した私は一路、魚屋へと足を向けます。だって、タコの入ってないタコ焼きなんて……邪道ですからね。

【せやせや】

 お、珍しく気が合いますね。おっさんは……タコ焼きのソースは何派?

【おっちゃん、普通にソースと鰹節がええわ】

 そうですか、私はからしマヨネーズ派なんですよね。

【そしたら……半分ずつ作って食べてみればええんちゃう】

 なるほど……そう来ましたか。あ、ちなみに青のりは……

 ドシン!

「あ! す……すいません!」

 私がタコ焼きトークに夢中になりながら道を歩いたせいなのでしょう。他の人と衝突してしまいました。私にぶつかって倒れた……こちらも黒ポンチョの方に手を差し伸べます。その方が私の手を取ろうとした、その瞬間でした。

 パシーーーーーン!

 周囲に乾いた音が響きました。鞭の音です。それは、私の手を取ろうとした方の手を……正確に打ち据えていました。鞭はさらに振るわれます。黒ポンチョの方には何度も鞭が浴びせられました。何度も鞭を打ち付けられる黒ポンチョ。そして、その鞭の打擲だてきの衝撃か……その方の顔を隠すフード部分からチラリと顔が見えたんです。

 めっちゃショタやん! しかもカワイイ系ショタでした。瞳は大きく、頬はほんわり紅色で……痛みをこらえているような表情は、まさしく私の好物です。

 そんな事を思っている間にも、彼には鞭が振るわれています。鞭を受けた箇所の黒ポンチョはあっさりと裂け、彼の柔肌に傷がつけられていきました。いったい誰だ……こんなヒドイことをするのは! 私は怒りの表情を、鞭を扱っている人に向けました。

 鞭を振るっていたのは若い女性でした。顔立ちは……印象に残りません。何故かと言えば……彼女は瓶底メガネをしていたのです。そのインパクトの大きさは顔全体の印象を遥かに上回っていました。多分、こちらの美醜逆転した世界だと……おしゃれグッズなのでしょうね。分厚いレンズが特徴です。

「何度言えば、そのドジな所が治るのですか! まったく……わたくしの奴隷がそのようでは使用者責任が問われてしまいます。ですので……これは罰の愛の鞭です!」

 そんな事を言いながら、瓶底メガネはイケメンショタを打擲し続けます。その度に黒ポンチョは破れ、彼の柔肌の露出が増えていきました。おぉ……エロチック。しかも、このショタですね……ドジっ子属性まで保有しているらしいですよ。これは……たまりませんわ。あ、いけない、いけない。そんな事を考えている状況ではありませんね。

「あの……それくらいにして差し上げてください。そもそも、ぶつかったのは私ですから」

 私はイケメンショタボーイを庇おうとしましたが……

「いえ、お気になさらず。これは私の奴隷ですので……躾をするのは私の権利なのです!」

 そう言い放つと、彼女は鞭を右へ、左へと……彼に振るい続けます。

「もう……やめてください! 可哀相じゃないですか!」

 私はイケメンショタボーイが痛めつけられるのを、黙って見ていられません。感情的に瓶底メガネに食って掛かりました。

「ですから、これは私の奴隷なのです。物を言われるのでしたら……所有権を私から買い取ればよろしいですわ。そうですわね……金のインゴットでも持ってこれば、譲って差し上げてもよろしくてよ」

 これが彼女の返答です。多分ですが、金のインゴットは吹っ掛けられた価格なんでしょう。奴隷に使うレベルの金額として適切ではないんだと思います。

 ですが……それが命取りになるんですよ。【ざまぁ】ですね!

【右手の出番やな、適当に念じれば金のインゴットが出てくるで。重いから、気ーつけーや】

 私は……右手をポンチョの中にしまうと意識を集中し念を送りました。ほのかに暖かさが生じます。そして……手のひらにズシリとした物が生成された事を感じました。私はポンチョから手を出します。そして……手のひらの黄金を瓶底メガネに突きつけてやりました。

「はい、金のインゴットですよ。それじゃ……彼の所有権は購入完了ですよね。じゃ、貰っていきまーす」

 私は瓶底メガネが鞭を持っていない方の手に、金のインゴットを無理やりに握り込ませると……鞭の痛みに喘いでいたイケメンショタボーイの手を取りました。そして、彼を引きずるようにして……私は彼を自宅へと連れて行くのです。背後からは瓶底メガネの声が聞こえます。異議を唱えているのでしょうか。

 ま、いっか……聞こえなかったことにして帰るとしましょう。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



「タイガ、彼の手当をしてあげて」

 私は屋敷の自室に彼を案内すると、忠実な執事のタイガにそう命令しました。医療品を取りにタイガは退室します。つまり……今、私は屋敷の自室にイケメンショタボーイと二人っきりなのです。うわ、めっちゃ緊張しますね! ど……どないせよか。

「えっと……驚かないでね」

 私は……自身を覆うポンチョを脱ぎました。あ、別に露出狂じゃないですよ。それに、ポンチョの下は全裸ではありません。ただ、私はイケメンショタボーイに……私の顔を見てほしかったんです。

「どう? 不細工でしょ」

 言っていて悲しくなりますが、仕方ないですよね。

「さっきの執事も不細工だったでしょ。だから、君も気にしないで。この屋敷では……不細工でも、顔を見せていいのよ。さあ、その顔を見せて」

 私は彼の顔を隠すフードをめくります。そして……彼のご尊顔に拝謁しました。うわ、めっちゃ美形ショタ。超かわいいです。美味しそう。

【流石に……この世界でも人食いはタブーやで】

 例えですってば……食うわけないやん。

「さっきの傷? かわいそう……まだ、痛む?」

 私は、彼のご尊顔……鞭に打たれ赤く残る傷に手を当てました。彼は手が当てられるとビクッとします。まだ……痛いんでしょうね。彼は眼を閉じました。

 えっと……少し、この状況を確認してみましょうか。私は彼の顔を至近距離で見ています。そして彼は目を閉じたのです。え? これは……ひょっとして接吻していいのか? 私のペラッペラで希薄な恋愛経験ではわかりません。せ、せや……女は度胸言うやん。や……やっちまおう!

 私は彼の唇に引き寄せらていきました。その時です。

 ガシャーーーーーーーーーーン!

 唐突に部屋の窓が割れると……何者かが室内へと飛び込んできました。

「お、お前は……瓶底メガネーーーーー!」

 思わず叫んでしまいました。部屋に飛び込んできたのは……瓶底メガネ。彼女はガラスの破片が幾箇所にも刺さったまま……私とイケメンショタボーイの間に割って入るのです。

「このインゴットはお返ししますわ! ですから……この子は返して頂きます!」

 瓶底メガネはそう言うと……私に金のインゴットを投げつけてきました。これは彼女なりの宣戦布告でしょう。いいでしょう、受けて立ちます。私は右手で金のインゴットを拾うと、そのまま金のインゴットパンチを彼女に振るいました。しかし、それは空を切ります。瓶底メガネ……なかなか、やりますね。そして彼女は……己の愛用の鞭を取り出すのです。リーチの長い武器を使われてしまうと……インゴットパンチの私には分が悪いですね。私は彼女に肉薄し……距離を開けないようにして闘うことを選択しました。これで瓶底メガネの鞭は自由を失います。勝ったな。私は……金のインゴットパンチを彼女の顔面めがけて放つのでした。

 ゴツッ! 

 鈍い音が響きます。私のインゴットパンチは彼女の瓶底メガネを間違いなく捉えました。ですが、何ということでしょう。彼女の瓶底メガネは……その衝撃に耐えたのです。

「驚きましたか? 私のメガネは……ダイヤモンド級の硬さを持ちましてよ!」

 なるほど……金のインゴットパンチでは、ダイヤモンドに傷一つ付けることが出来ないのですね。やるやないか、この瓶底メガネ。戦いは持久戦の様相を呈してきました。彼女の鞭を華麗にかわす私。金のインゴットパンチを顔面受けする瓶底メガネ。お互いが必殺の一撃を繰り出し続けていた………そんな時です。

 争いのど真ん中、お互いの攻撃の焦点。その場所に……イケメンショタボーイが飛び込んできたのです。私は必死にインゴットパンチを止めました。ですが、瓶底メガネは……一切、鞭の勢いを緩めることなく、ショタを打ち据えました。

「え?」

 鞭に打たれ、ショタボーイはうずくまりました。ですが、瓶底メガネは鞭を振るい続けます。響く鞭の音。それと、微かにですが……他の音が聞こえます。

「ぁ……ぁあん……」

 この喘ぎ声は、私達の争いの中心から聞こえてきています。ひょっとしなくても……彼から漏れた声でした。

「何をホイホイと他の女について行っているのですか! アナタが好きなのは、この鞭、そして……この私でしょうに! 何を勝手に浮気しているのですか!」

 瓶底メガネは鞭を……これでもかとショタに振るいました。その度にショタからは……喘ぎ声が漏れるのです。

「す……すいません、お嬢様。ですが、私にはお嬢様しかいません。お嬢様を愛しております……そして、お嬢様から与えられる痛みこそが……私の幸せです」

 ショタボーイはそう返答します。あ、ドMですね……これ。その返答を聞いた瓶底メガネは……瓶底メガネから溢れるほどの涙が溢れています。そして……そのまま鞭で彼を叩き続けるのです。その度に喘ぐショタ。何だこれ。私は戦闘意欲を失いました。そして延々と続く……そのプレイを端から眺めるのです。

【楽しそうやな】

 そうですね。

【アレや……やっぱ、愛の形は人それぞれやの】

 そうですね。

【ところで、タコ買い忘れてへん?】

 そうですね。

【のこぎりを英語で言うと?】

 ソーですね。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



 場は落ち着きを取り戻しました。瓶底メガネはタイガが持ってきた医療品を使ってイケメンショタボーイの傷に薬を塗っています。

「あの……ごめんなさい」

 私は瓶底メガネとショタボーイに向けて謝罪しました。何の謝罪なのかはわかりませんが、とりあえず謝っておく。これは現世で学んだ知識です。

「いえ……こちらこそ、済みませんでした」

 冷静さを取り戻した瓶底メガネ。私の謝罪に応えてくれました。

「えっと……お二人はその……愛し合っておられるのですか?」

 私は率直に尋ねます。もっと回りくどく聞く事も出来たのでしょうけど……ごめんなさい、ちょっと疲れました。

「はい」

 瓶底メガネは力強く言い切りました。それはもう……羨ましくなるほどの断言。

「申し訳ありません。このような事になってしまったのは……全てが私の容姿のせいなんです」

 ショタボーイは今回の事件、その原因を語り始めました。

「私は、このように醜い容姿に生まれましたので……家族に捨てられると奴隷商人に売られました。ですが、ある日の事です。私は商品として陳列されていました。そこで……お嬢様と出会ったのです。お嬢様は私を奴隷商人から買い上げてくださいました。お嬢様は私を、常に慈しんでくれます。しかしそれは、表では通用しません。外出先で……私のような醜い男をパートナーとして連れ歩いては、お嬢様の沽券に関わってしまいます。ですから、私はお嬢様に頼みました。外では、私を奴隷として扱ってください……と」

 瓶底メガネから嗚咽が聞こえてきます。涙はとめどなく……瓶底メガネから流れ落ちていました。一目惚れだったんでしょうね。

「お嬢様は渋々、私の提案を受け入れてくださいました。その後、とある外出先……お嬢様は対面上仕方なく、私に鞭を振るうのです。その一閃は私にとって衝撃でした。いえ……快感という方が正しいんでしょうね。お嬢様に鞭で打たれた痛みは……私を高みへと導いてくれるのです。それ以来……私達は主人と奴隷、その関係すら楽しみ始めてしまいました。そして、今日を迎えたのです」

 瓶底メガネは両手で顔を覆っています。ですが……指の隙間からも涙は溢れていきました。悲しい光景ですね。

 ですが、冷静に考えてみたら……B専とドMが特殊性癖で結びついただけですね。略してBMです。音の響きがBLと似てますね。

【お姉ちゃん、ここは真面目な場面やで】

「えっと……つまり、私はお二人の邪魔をしてしまったんですね。ごめんなさい」

 私は自分がお邪魔虫になっていた事をお詫びしました。

「いえ、いずれは……こうなる運命だったのです。私のような醜い男がお嬢様と愛し合うなどあってはなりません。遅きに失しましたが……今こそが、終止符を打つべき時なのでしょう」

 ショタボーイは強い決意を込め、そう言います。それを耳にした瓶底メガネは、涙塗れの顔から両手を離すと、その両の手でショタを強く、強く抱きしめました。

「そんな悲しいこと言わないで! あなたがどれほど醜かろうが……私はあなたを心の底から愛しています」

 彼女はショタをより強く抱きしめました。

「お嬢様、ありがとうございます。ですが……もう終わりにしましょう。身分違いの僕に、今まで夢を見させてくれて……本当に、ありがとうございました」
 
 ショタボーイの返答に、瓶底メガネはブンブンと首を横に振っていました。その度に……頬を伝う涙はキラキラと周囲に舞い散るのです。




 おっさん……デバッグモード使ってみたいんだけど、聞いてる?

【ええよ。ちょっと待ってーな】

「あの、実は私……魔法が使えるんですよ」

 私がいきなり言い出した事に……ショタボーイは瓶底メガネに抱きつかれたまま、頭にクエスチョンマークを浮かべています。

「えっと……その魔法は一度限りですが、容姿の変更が可能なんです」

 その発言にショタボーイの目は大きく開かれました。可愛い。

「勿論、この事は口外禁止です。もしも、あなたが一度ひとたび……それを口外してしまえば、世界は大変な事になってしまうでしょう。ですが、それだけの覚悟があるのならば……私はあなたの容姿を変えてみせましょう……さて、どうしますか?」

【おっちゃん、バグを脅迫材料にするのは感心せーへんわ】

 ショタボーイは自身に抱きつく瓶底メガネを、強く抱きしめ返しました。羨ましい。

「決して口外しません。お願いします」

 そう、答えたのでした。

【ほな、デバッグモード起動するで。そっちの世界の時は止まるから気ーつけてな】

 おっさんの声と共に……時は止まります。私の手にはコントローラーが握られていました。そして眼前には画面が現れると、そこにはショタ君の容姿が映し出されています。私は、泣く泣く……彼の容姿を不細工に変更させていきました。その姿は、若かりし頃のおっさんの容姿をイメージしたものです。苦痛の時間でした。

 はい……エディット完了。おっさん、もうデバッグモードは終わっていいよ。

【合点承知の助】

 時は再び動き始めました。その瞬間、イケメンショタボーイの姿は虚空に消えると……その場にはおっさんジュニアが残されていました。そして、私には喪失感しか残りっていません。

 瓶底メガネは……おっさんジュニアの顔を頬を紅く染めながら見つめています。それまでも彼女は涙を流していたのですが、涙腺が決壊してしまったんでしょうね。涙の洪水は……瓶底メガネから滝のように流れ落ちていくのです。そして瓶底メガネは強く、それは強く……おっさんジュニアを抱き締めました。

 それは……とてもとても美しい光景でした。人を……外見で区別するのは本当に良くない事ですね。この世界は思った以上に悪くないのかもしれません。私は考えを変える必要がありそうです。

【ほな、おっちゃんも美男子って事でええな】

 それとこれとは……話が別です。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



 瓶底メガネとおっさんジュニアは、私に懇切丁寧な謝辞を示すと……帰宅されました。私は自室に戻ろうとした、その時……玄関ドアがノックされたのです。あれ、瓶底メガネが忘れ物でもしたんでしょうか?

 私は玄関口に出ていきます。

「ちわー。酒樽のお届けでーす」

「あ……ありがとーございまーす」

 私は酒樽受け取りのサインを書きに、馬車の御者さんへと近づきました。そして……

「うわ、ぶっさ!」

 御者さんに……そう、毒を吐かれるのです。

 タコも買い忘れるし……やっぱ、この世界嫌いだわ。

 今日はツマミなしで酒盛りです。

 多分……また、吐くと思います。



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