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1章 王

5話 新聞

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「カズマサ! 無事? 怪我はない?」

 屋敷に帰るやいなや、気が動転した様子のカルディアに出迎えられた。

「カズマサが帰ってこないから書庫を見に行ったら血だらけで、私、私……」
「落ち着けって」
「そう。落ち着いてカルディア様。わたしとカズマサは無傷」
「お、テリエル。帰ってたか」
「うん。帰ってカルディア様に報告しても、ずっとこんな状態」
「カズマサ、怪我は? 傷は?」
「そんなもんないから落ち着けよ。未来の国王だろ」
「国王? 何を言ってるのカズマサ、私はとっくに王なんかあきらめて……」

 と言いかけて、俺の背後の少女に気づいたカルディア。

「その子は?」
「さっき新聞で見せてくれたじゃんか」
「まさか……私の父に誘拐されたとされる女の子!?」
「エルピス、このおねーちゃんのおとーさんに攫われたの?」
「違う違う。カルディア、父親の写真か何か持ってないか?」
「それなら……」

 懐をまさぐり取り出したのはブローチ。蓋を開ければ幼いカルディアと牢屋で見たより若い父親の姿があった。

「エルピス、君を攫ったのはこの男かい?」
「ちがうー。家の近くで遊んでたら、もっと怖い顔した人が三人組で襲ってきた」
「そうか……というわけだ、カルディア」
「え……」
「早く父の潔白を国民に知らしめ、王を目指そうぜ」
「カズマサ……」

 その目は潤んでいた。しかしすぐにぬぐって元気を取り戻した彼女は宣言する。

「よし! 私は今度の選挙に出るわ! そしてこの西テトラフィロ王国の頂点を目指す!」



 朝食を食べ終えたあと、俺たちは屋敷の外に集合した。

「さて、4人揃ったな。じゃ早速……」
「ちょっと待って。わたしは行けない」

 テリエルが言う。

「何日も屋敷を開ける訳にはいかない。誰か一人留守番してないと」
「じゃあ俺が屋敷の留守を預かるよ。メインのカルディア、証言者のエルピス、もう一人警護がいると思うが、魔法の扱いに長けたテリエルが行けばいいじゃないか」
「魔力を多く有しているのはカズマサ。カズマサに二人をお願いしたい」
「でもな……」

 一人残してまた誘拐なんてことになっても大変だ。アジトは潰したが、またどこからやってくるかわからない。

「それに、わたしはここに残って研究したいことがある」
「研究?」
「さっきもそうだった。今もカズマサは微量の魔力を消費している。不思議」
「大したことじゃないだろ」
「いや、不思議。研究する」
「カズマサ、こうなったテリエルは頑固なのよ」

 カルディアがため息をつく。

「私たち三人で行きましょう。テリエルも頼むわね」
「任せて。不審者が来たら追い払う」
「ねーねーご主人様、もう立ってるの疲れたー」
「わかったわかった。馬車に乗ろうな」

 そんなこんなで、カルディア、エルピス、俺の三人は仲良く一つの馬車に揺られ、一路街を目指すのだった。



「さすがに街となると都会だな」
「そうでしょう? 王都の近くの城下町よ」
「ご主人様、あのお菓子買ってー」

 最低でも三階以上の石造りの建物が建ち並ぶこの街は、道も真っ平らな石で舗装され揺れも少なく快適だ。

「標識が見えてきたぞ。王都方面と……旧王都方面? どっちへ行けばいいんだ」
「王都方面に向かって頂戴」
「旧王都があるってことは、前に遷都でもしたのか?」
「それなんだけどね……あら」

 やがて見えてくる「テトラフィロ第一新聞社」の木製立て看板。目的地に到着である。遷都の話も聞いてみたかったが……まあ後でいいか。

「降りるぞエルピス」
「お菓子はー?」
「後で買ってやるよ」

 などと、こちらの世界の通貨も持ってないくせに無責任な発言をしてみた。
 さて、看板に記されている通りここでは新聞を発行している訳である。カルディアの話ではこの国唯一にして最大のメディアらしく、国民のほとんどが呼んでいるらしい。

「すみませーん」

 中に入ると、古びた机に向かう一人の女性がいた。眼鏡をかけていて、猫背で一心不乱に何かを書き殴っている。髪は赤色で、普通なら違和感を覚えてもおかしくないが、なぜか妙にしっくりきていた。

「あのー」

 と声をかけても全くこちらに反応しない。何書いてるんだ?

「なるほど、記事か」

 どうやら穴場のグルメスポット特集らしいものを、鉛筆と定規を駆使して紙面に記していた。そして、この距離まで近づいてようやく気づいてくれたようだ。

「どうも……あなた、誰です?」
「俺が誰かなんてどうでもいいんですよ。この二人には見覚えがあるでしょう」
「そちらのお二人は……カルディア氏と、確か7番村で行方不明の……」
「エルピスだよー」
「ああ、エルピス氏。ご無事で何よりですが……どうしてお二人がここへ?」

 カルディアが真面目な顔で説明に入る。

「以前、私の父がこの子を誘拐したとする記事を載せたわよね。それが嘘であること、そして真実を話しに来たわ」
「ふむ……私はこの国一番のジャーナリスト。真実の追究にはいつも貪欲なつもりですが……この件に関してはもう決着が付いたはずでは?」
「ふーん。ではなぜ、誘拐された子が誘拐した男の娘とこんなに仲良く並んでいるのかしら?」

 カルディアはエルピスの低い背に合わせるように屈んで抱き寄せる。それに答えるように茶髪を揺らしながら応えるエルピス、なんとも微笑ましい光景だ。

「そ、それは……」
「さあ、メモと鉛筆を用意しなさい。私が述べることを聞き漏らさず書き留めるのよ」

 それからは、カルディアの独壇場だった。さすが王を目指しているだけあって、話がうまい。要所要所でエルピスにも証言させ、自らの話に正当性を乗せている。

「ふむ……では私の以前の記事は誤報で、前国王は誘拐などしていない。国王を陥れる勢力によって嵌められた、ということですね」
「その通りよ」
「では撤回し、訂正記事を次の号に載せます」
「よろしく頼むわね」

 ここまでとんとん拍子に事が進むとは思わなかった。さすがジャーナリスト、証拠を突きつけられたら納得はするんだな。ただ、誘拐したのが魔蛇教の者であるということについては、証拠がないからということで記事にはしないらしい。まあ、裏付けがないことを書いたら三流紙になってしまうからな。

「けれどカズマサ、選挙で大勢を返すには、やはり私の無実だけでなく相手陣営がこういうことをしていたっていうことも知らせないとだめよ」
「まあ、そうだな」

 一応、アジトに入るときの合い言葉や中で聞いた話のこともしてみたが、やはり証拠がないと取り合ってもらえなかった。畜生、録音さえしてればな。だが録音機器など持ってないし……

「あー!」
「どうしたのカズマサ、急に大声出して」
「ご主人様、うるさいー」

 録音機器。そういえばスマホがあったじゃないか。慌てて取り出し見てみると充電80パーセント。いっそのこと充電切れの方が悔しくなかった。合い言葉は急だったから仕方ないにしても、中で聞いた話は録っとけよ、俺。「選挙で勝つために村のガキを攫ってきた」なんて発言を聞かせてやれば証明できたじゃないか。

「カズマサ、落ち込んでるみたい。元気出して」
「ご主人様ー、さっきカルディアおねーちゃんに買ってもらった飴、あげるー」

 自分の機転の気かなさを恥じながら、馬車に揺られるのだった。



「なあ、次の目的地の1番村ってどんなとこなんだ?」

 新聞社を後にしたら、あとは地道な演説である。カルディアを王にするため、できる限りのことをしようと躍起になる。

「えーっと、トマトが名産品の村で……」
「なら、それと絡めた話をした方がいいな。こういう演説では、ご当地ネタを入れるといいって前何かで見たぞ」
「そうね。ではトマトに関連づけた話をしましょう」

 自分で言い出して何だが、トマトに関連した話ってなんだ。少し楽しみな気もするが。

「あら、そんなこと言ってるうちにもう着きそうだわ」
「よし、カルディアはそこの広場で準備をしてくれ。エルピスは俺と一緒に人集めだ」
「はーい」

 そこは真っ赤な畑広がる豊かな土地だった。

「どうも皆様。わざわざお集まりいただきありがとう。知ってる人も多いと思うけど、私は今度の王選挙に立候補するカルディアよ」

 その可愛らしくも透き通った声は、不思議と引きつける魅力があるようで、さっきまで「あいつ、誘拐犯の娘じゃん」「出馬やめたんじゃなかったのか」などと言ってた連中も一気に釘付けになる。

「それにしても驚いたわ。ここに着いた途端、一面のトマト畑。私もよく屋敷でここのトマトを食べているけど、とってもおいしいわ」

 お、いいぞ。聴衆もなんだか照れながら俯いたり腕を組んだりといい感じだ。

「けれども、今この国は、この完熟トマトのように真っ赤な赤字を出しているわ。それもなんとかしなければならないわよね」
「あんたの親父が予算組んだんじゃないのかよ!」

 ヤジが飛ぶが余裕の表情で壇上の彼女は言った。

「それは魔蛇討伐のためであって、今年限りのものだわ」
「魔蛇討伐? そんなのいいよ、別に」
「そうだそうだ! そんなのより道を綺麗にしてくれよ」
「理解して頂戴。後世のため、ここで断ち切らないといけないのよ」
「そんなこと言ったってなあ……」

 ちょっと雲行きが怪しくなってきた。不満げな顔をする客が少なくなくなってきたぞ。しかし俺はあまり話を理解できずにいる。魔蛇討伐ってなんだ?

「この村のトマトはじめ農産物は品質がいいわ。この国の誇りよ。だから他国へ輸出して稼ぎましょう」
「トマトなんでどこにでもあるだろう」
「ブランド化するの。西テトラフィロ王国1番村の1番トマトよ。この村が一躍広い世界に名を轟かせるのよ」
「ぶらんど……」
「広い世界……」
「すげー響きだ。考えたこともなかった」

 いい感じに風向きが変わった。さすがカルディアだ。

「そういうわけだがら、今度の選挙では私に投票しなさいな。この村この国を良くできるのは彼らじゃない。私よ」

 広げた手を胸に当てそう言い切ると、一斉に拍手が巻き起こった。その裂けんばかりの音に、わずかながら俺も貢献していることは言うまでもない。

「しかし凄い、大盛況だな」
「まあこんな所かしら。本当はもっと長く話していたかったけど、全国を回るにはこのペースじゃないとね」

 俺たちは馬車に乗り込むと、まだ続いている拍手を後に村を去った。

「なあ、カルディア。聞きたいことがあるんだけど」

 次の演説地へ向かう間、気になっていたことを問う。

「魔蛇討伐だの魔蛇教徒だのとこっちの世界に来てから聞くんだが、結局それってなんなんだ?」
「まず、魔蛇そのものから説明しようかしら」
「エルピス知ってるよー。まへびって、すっごく大きくて乱暴なんでしょー」
「あら幼いのによく知ってるわね」
「おとーさんが言ってた」
「そういうことよカズマサ」
「ええっと、すっごく大きくて乱暴な蛇ってことか?」
「端的に言えばね。五百年に一度この世界に現れ、ありとあらゆるものを破壊し尽くし去って行く、巨大な蛇よ。空を飛び地面を這うわ」
「そんな化け物が……」

 まあ異世界だし、いてもおかしくないが。

「そして魔蛇討伐とはその名の通りよ。何万年も前から私たちは魔蛇に苦しめられてきた。けどそのたびにそれを断ち切ろうとする勇士が現れては倒れていったわ」
「魔蛇討伐のための今年限りの予算って、じゃあ……」
「ええ、今年は前に魔蛇が現れてからちょうど五百年目の年よ」

 そういえば、アジトの合い言葉もそれだったな。

「そうだ、魔蛇教ってのはなんなんだ?」
「それも聞いたままよ。その魔蛇を信仰しているの」
「信仰って、破壊しまくる化け物を?」
「そういった力に憧れ魅入られる者がいるのよ。あげく、魔蛇様のやっていることは全て意味あることだ、って。信教の自由を否定しないけど、その主張で悪事を働くのは許されないわ」
「まあ、誘拐はさすがにな」
「それもあるけど、私が彼らを敵視する一番の理由。それは――この国の分断の原因となっていることなの」
「分断?」
「我が国の名前、覚えてるカズマサ?」
「西テトラフィロ王国……」
「西があるなら?」
「東南北もある?」
「そうよ。今私たちがいるここは巨大な島なの」

 言いながら見せてきた地図を覗くと、確かに丸い島が海に囲まれている様子がわかる。そしてバツ印のようにクロスした太い川で四つ葉のクローバーの如く分かれているのが見て取れた。

「元々この島は一つの国、テトラフィロ王国だったの」
「それが四つに分かれた、その元凶が魔蛇教だと?」
「いいえ、元凶は魔蛇そのものよ。五百年前に現れた魔蛇は、この大きな島を分断するように二本の大きな河を作ったわ――いえ、作ったなんて生やさしい言葉じゃない。家をなぎ倒し、木々を破壊し地面を削って幅の広い河を無理矢理生み出したの」
「そんな……」
「魔蛇が去った後、当然橋を架けると思いきや、それは今日まで叶っていないわ」
「なぜ」
「最初は、壊れた家々を立て直すのでお金も材料も足りなかったのが理由よ。けど少しして、魔蛇討伐関連のことで別れた四つの島が対立し始めたの。その頃、国は一つだったけれど討伐騎士の部隊は東西南北に配置されていてね、特に北部隊の犠牲が多いのは東が足を引っ張ったせいだ、いや西がダメージを与えていればその後の東での犠牲は半分以下だったはずだ、とね」
「なるほど」
「騎士隊の対立はそれぞれ地域住民にも移ったわ。魔蛇の被害が激しく孤立した地域に物資が届かないのを他地域のせいにして、西が農作物を貯め込んでる、とかね。まあ、みんな被災して家や家族を失った人も多いから、気が立ってそういう言論が生まれてきたんでしょうけどね。その時の犠牲者は全国民の三割と記録に残っているし」
「三割……」
「で、その対立につけ込んだのが当時から存在した魔蛇教よ」
「やっと出てきたか」
「さっきも言ったとおり、魔蛇教では魔蛇のやったことは全て意味あること。例え森を地面から剥がそうと、大きな犠牲を出そうと、島を四つに分けようと、それらは皆神である魔蛇様の神意であり、それに手を加えることは許されぬ、と」
「手を加えることは……」
「そう。この国が無理矢理作られた河によって分断されたのも偉大なる魔蛇様の何か意図があるから、それを再び統一するようなことは神に逆らうも同義。無論、これは彼らの教団内での理論よ」
「じゃあ、橋が架からず今日に至ってるのも……」
「様々な形で彼らが分断を保ってきたからよ。やがて一つだった国は別れた四つの島々でそれぞれ独立したわ。その一つがこの西テトラフィロ王国というわけなのよ」
「そんな話があったのか……」
「今向かっている2番村にはちょうど北テトラフィロ王国との国境に当たる河が流れているわ」
「しかし、そういう話を聞くと魔蛇教の奴らが許せないな」

 身勝手に誘拐をしたばかりか、身勝手に国を分け続けるなんて。もし彼らの活動がなければ四つの国は元の形を取り戻してたかもしれない。

「しかし、もう五百年経ったんだから対立はないだろ? 魔法使いはともかく、人間は代替わりが進んでるし」
「五百年経ったから、よ。別に四つに分かれててもいいじゃない、何か不都合があるの? という言説が主だわ。それも、魔蛇教徒の緻密な工作があるのだけれど」

 なるほど、この国が一つだった頃を知らないから、別にいいと思っているのか。

「けどねカズマサ。四つに分かれたこの国は、早く統一しなければならないの」

 しゃべるカルディアに熱が入る。

「さっきも言ったとおり、今年は魔蛇がやってくる年。なんとかして打ち砕き、被害を抑え次の世代に平和な国を渡さなければならない。そのためには島全体での緊密な連携が必須よ。騎士も、国民もね。だから早く四つをまとめて、一丸となって魔蛇に立ち向かわなければいけないわ。私が王を目指す理由はね、それなの」
「それ?」
「王になって西の国民を豊かにすることもそうだけど、早期に他の三国と交渉すれば間に合うわ。魔蛇がやってくるまでに四国統一テトラフィロ王国復活。これを達するまであきらめないわよ」
「そんな壮大な計画があったのな……凄いな」
「そのためには、まず王にならなければいけないわ。負けたら私の夢が果たせないどころでなく、反統一の魔蛇教がバックについた候補が当選する。それだけは阻止しなきゃ……」
「応援するよ。できることがあれば何でも言ってくれ」
「ありがとう。じゃあ最速で次の村までお願い」
「了解した」
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