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1章 王

6話 歪み

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 カルディアの話を聞いて、頭の中で河の想像をしてはいたが、想像の百倍は川幅が広い。知らないけど、世界で最も広い河よりも広いんじゃなかろうか。対岸、北テトラフィロ王国は、霧に包まれてその姿をぼんやりと見せているだけである。ここに橋がないんじゃ、物的にも心理的にも分断されたままだよな。船の行き来があるから貿易はあるんだろうが。

「さて、私は準備をするから、二人はさっきみたいに人集めを頼むわね」
「わかった」
「エルピス、頑張るー」

 先ほどの村と景色はほとんど変わらないから、さっきの要領で声をかけまくる。まずは井戸にたむろしてる若者数人から。

「あっ、どうも皆さん」
「なんだ、見かけない顔だな」
「もうすぐ、次の王候補カルディアが演説しますよ。是非聞きに来てください」
「そうは言ってもなあ……」

 若者の一人が顔を曇らせた。

「あのお嬢の親父、隣村の子供を攫ったって噂じゃねえか」
「それは誤報です。明日の新聞に訂正が出るでしょうし、何よりほら」
「こんにちはおにーちゃんたち、エルピスだよ」
「この子が連れ去られた子です」
「ほんと、見たことある顔だ……」
「この子がいるってことは、誘拐は嘘だったのか」
「はい、ですから、」
「でもなあ、それを抜きにしたってカルディアはなあ……」

 先ほど顔を曇らせた若者がまだ納得いかない様子で話す。

「あいつは魔蛇討伐だの四国統一だの大層なことを言うが、そんなことより明日の飯を保証してくれってんだよ」
「まあなあ」
「そうそう」

 若者たちが一斉に賛同し始めた。

「兄ちゃん、俺らはな、いや俺たちだけじゃなくこの国の若い奴らは失業で苦しんでる。だから真っ昼間からこうして駄弁ってるんだ。大きな理想は結構だが、そんなのよりもっと身近な話をしろってんだ」
「いや、魔蛇も身近だろう。なんとかしないとこの国が壊滅的状態になるんだぞ?」

 敬語も忘れて反論してみた。

「五百年に一回だけだろう? 今度のを乗り越えれば俺たちは苦しまずにすむ。魔法使い様はどうか知らないけどな」

 魔法使い様って……なんだか嫌みな言い方だな。てか、それより、

「乗り越えればと言うが、そんな保証がどこにある? 前回魔蛇が降りてきた時は国民の三割が亡くなったんだぞ」
「穴でも掘って隠れるよ」
「島を四つに分けるような蛇を、そんなことで回避できるわけないだろ」
「兄ちゃん、何を必死になってるのか知らないが……お前さん働いてるのか?」
「働いて……はいないな」

 このままいけば屋敷に居候することになるな。情けない話だが。

「じゃあわかるだろう? 仕事もない金もないのに、お嬢の話には共感できねえんだ」
「ま、まあ……」

 漠然と、いつかは仕事をしてこちらで生活基盤を立てカルディアの世話にならないように……と考えていたが、仕事がないのか……異世界も結構シビアだな。

「それに、不謹慎な話だが、魔蛇で村や街が滅茶苦茶になれば、間違いなく仕事は増える。健康でそこそこ力があれば絶対食うには困らない。だろ?」
「それは、ちょっと極端じゃないか?」
「んなことあるもんか。事実だろう」

 反論できずに立ち尽くしていると、若者が語気を弱めて声をかけてくる。

「まあなんだ。さっきのは言い過ぎたよ。兄ちゃんの必死さに免じて演説は聞きに行くからさ」
「すまん……」

 何で謝ってるんだ俺。つい元の世界での癖が。

「いや、気を取り直して次に行くぞ!」

「すみませーん」

 こじんまりした一軒家の戸を叩くと、すぐに一人の女性が現れた。

「どうも。この後王候補カルディアの演説があるので、聞きに来てくれないかと思って」
「ああ、あの子。出馬取りやめたんじゃなかったのね」
「ええ。ですから是非……」
「でもあの子の言うことにはいまいち、ねえ……」
「何か不満がありますか」
「魔蛇の討伐を目指しているらしいけど、危険じゃないかしら。私の年代だといいけど、若い息子がいるの。もし魔蛇を倒すなら、今の西テトラフィロ騎士隊だけじゃ足りず徴兵になるわ」
「そうと決まったわけじゃ……」
「五百年前の討伐作戦では実際ほとんどの若い男が徴兵され、足りなくなると女まで集められたわ。そして作戦では騎士のほとんどが死んでるのよ」
「…………」
「遠い未来の世代の苦労を止めるのも大事だわ。けれどどう考えたって倒せない生き物を倒すためにお金も人も裂いて、それって無駄じゃない? 今年はどうにかやり過ごして、技術の発達した五百年後の人々に頑張ってもらいましょうよ」
「んな無責任な……」
「無責任なのはあの小娘よ。だいたい魔蛇討伐とか言って、自分はお城の地下に籠もりきりで司令官を気取るんでしょう。自分は一滴の血も見ずにね」
「いや、そんな子じゃ……」
「あなたにあの子の何がわかるの? もし私や息子に何かあったら責任とってくれるの?」
「それは……」
「帰ってくれない? 内職で忙しいの」

 ばたん、と戸を閉められたきり、それが開くことはなかった。

「無責任、か……」

 俺の発言が無責任だったのは認めるが、カルディアが無責任なんてそんなことはない。あれだけ真剣に国を想う素晴らしい子じゃないか。カルディアこそ王にふさわしいと思うのは、ただの贔屓なのだろうか。

「ご主人様ー、もうすぐおねーちゃんが喋るらしいよー」
「わかった、今行く」

 けれども彼らの言うことももっともだ。仕事がない、息子が心配、それらの声に応えなければ王にふさわしいとも言い切れない。
 ならば、市民の声を知る俺が僭越ながらアドバイスさせてもらおうか。


「なあカルディア」
「ごめんねカズマサ、今から演説なの。用なら後で聞くから……」
「いや、待ってくれ。この村の人たちは、」
「それじゃあ、カルディアおねーちゃんの登場だよー。みんな拍手してー」
「あっ、行かなくちゃ」

 彼女は仮説の壇上へと駆け上がってしまった。まあいい、俺の助言などなくても上手くやるだろう。

「2番村の皆さん、お集まりいただきありがとう。この村は国境の河に面していて水の豊かな土地よね。けれどこの河を作った張本人はまた今年現れる。それはなんとしても退治しなきゃ、」
「待て待て! 一体誰がどうやって退治するんだよ!」

 先ほどの若者からヤジが入る。

「それはもちろん、騎士隊よ。この国の隊だけでは少ないかもしれないけど、全ての国が連携して、」
「それは嘘よ! 足りなくなったら一般人にも行かせる気でしょう! 無責任なこと言わないで」

 これまた先ほど訪ねた女性からもそんな声が上がった。

「そちらこそ無責任なこと言わないで頂戴。私は徴兵制なんて敷くつもりもないわよ。四つの国の騎士隊が合わされば魔蛇に対抗しうる戦力になる。うちの優秀な魔法使いの計算結果よ」

 テリエルのことか。

「けどもなお嬢、俺たちは五百年に一度の化け物より明日の生活なんだよ。御託を並べるのは結構だが、そんなこと言ってても俺たちは投票なんてしないぜ」
「あら、そうかしら? 東西南北が統一すれば、いや統一しなくとも仲良くなればあなたたちは職にありつけるわよ?」
「どういうことだ」
「橋を架けるの。ここから河を越えて対岸に行くまでの大きな橋をね。そうしたら一大プロジェクトになるわ。当然、その時はあなたたちにも協力をお願いしたいわ」
「おお……」
「凄い、確かにそうだ……」
「それに、橋の片方がこの村に作られれば、人の往来も多くなるわ。お店をやれば大繁盛間違いなしよ」
「そ、そうか!」
「なら俺は甘味処を立ち上げる!」
「俺は旅館を建てるぜ!」

 一気に空気が盛り上がるのを肌で感じた。

「というわけで、今度の選挙では私への投票をお願いするわ。私が王になればこの村この国はもっとよくなる。そう確信しているわ」

 そう締めくくり壇上から去る彼女は、またもや大拍手を浴びていた。

「さてカズマサ、次へ行きましょう」
「ああ、それにしても凄いな」
「失業率については事前に把握していたからね」
「ねーねーご主人様、おねーちゃん。お菓子は?」
「次の3番村は菓子職人が多くいるわよ」
「わーい!」

 なんだか、こんなほのぼのしてていいのかね? 幸せだが、ちょっと上手く行き過ぎなような……
 いやいや、何言ってんだ俺。元の世界での心配性をこっちの世界でも発揮するなよ。上手く行き過ぎ、大いに結構じゃないか。

「じゃ二人とも、馬車を出すぞ」
「はーい」
「お願いするわ」

 3番村までは、少し深い森を抜けてすぐだ。



 森の中の一本道に馬を駆けさせていると、向こうから対向車の気配を感じた。姿が見えないのに音はしっかり聞こえてるから、かなりの大車列を組んでいるらしい。

「って、あれ、もしかして……」
「どうしたカルディア、そんなに驚いて」

 向かってくる馬車を注視すると、確かに少し変だ。馬や車に名前の入ったポスターやたすきを纏わせ迫ってくる。なんて書いてあるんだ……? えっと、西テトラフィロ王国次期王候補エフスロス……まさか。

「私と争っている候補者よ」
「じゃ、魔蛇教がバックに着いてるっていう……」
「そうよ。エルピス伏せて。カズマサは全力ですれ違って」
「わかった」

 選挙に勝つためなら誘拐もいとわない奴らだ。カルディアの父に濡れ衣を着せるため攫った子がこんな所にいるとバレたらまず間違いなく攻撃してくるだろう。

「……行ったか?」
「ええ。あちらもこっちには気づかなかったようだわ」

 まあ、俺たちの馬車には選挙用の装飾を施してなかったからな。地味なのがかえってよかった。

「あれ、エルピスは?」
「あら? エルピス、もう伏せなくていいのよ。……って、あれ? エルピス?」
「まさか、降りちゃったのか?」
「このタイミングで? 考えられるのは……カズマサ、あなたはさっきの連中を追ってくれない?」
「エフスロスとかいう奴の車列をか?」
「ええ」
「まさかあいつらにまた誘拐され……でもそんな隙なかったよな」
「ともかく、このままエルピスがいない状態を放置してはおけないわよ。演説は私一人でいいから、カズマサはエルピスを探して連れ戻して」
「……わかった」

 カルディアを一人にして大丈夫かと一瞬思ったが、彼女自身も魔法は使えるのだ。大丈夫だろう。そして演説をするのに一人でも大丈夫なのは、さっきのを聞いて十分わかった。

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

 ひょいっと馬車から身を乗り出し、引っ張っている二匹の馬の片方に跨がる。そして車と繋げているロープを解いて、反対方向に全速力で向かった。



 速い馬のおかげで、すぐに彼らの車列に追いつくことができた。バレないよう一定の距離を保ちつつ策を練る。
 もしエルピスがすれ違ったあの瞬間に攫われたのだとしたら……おそらく最も真ん中に位置する馬車に匿われているはずだ。そこには一人の男が両脇に警備を従えて乗っていたから、おそらくそいつが対立候補者エフスロスなのだろう。そしてその馬車を守るように別の馬車や馬が並んで固めていて、全く付け入る隙を与えていない。
 魔法で一気に吹っ飛ばすと、今度はエルピスを傷つけ、最悪死なせてしまうわけだからそれもできない。
 となると、とりあえず……

「ついて行ける所まで行って、奴らが降りるのを待つしかないか」

 馬車からエルピスを持ち出す時が唯一のチャンスだろう。それにしてもこいつら、どこへ向かってるんだ?

 彼らの後を追いたどり着いたのは、どこか見覚えのある草むら。草むらなんて特徴もないのになぜ既視感があるのだろうと数秒悩んだ結果、さっきエルピスとテリエルが捕まっていたアジトがここにあったことを思い出した。しかしそのアジトは、俺が魔法で潰しておいたからもうない。
 馬から降り草に隠れ、奴らの会話を盗聴する。

「着きました、エフスロス様」
「ああ」
「しかし驚きましたね。我らが国王に冤罪を掛けるため攫った村の幼女が、なぜ偶然通りかかった馬車なんぞに……」
「取り戻せたんだからいいじゃないか。それより、人違いじゃないんだろうな」
「はい、あの娘は我々が誘拐した7番村のエルピスに間違いありません」

 仕立てのいい服を着た、爽やかながらもどこか暗い若い男が馬車から降りた。そして、そいつに恭しく説明をするのは、それよりも年上のどこか抜けてそうな男だ。

「ではエフスロス様、アジトに着きましたから少し休んでいかれた方がよいかと」
「そうだな。さすがにこのペースで演説をこなすのは体にくる」

 そう言うと抜けてそうな男――おそらくエフスロスの手下だろうが、そいつが土に膝をついて辺りを手でまさぐる。

「おお、ありましたありました」

 と開けたのは、確かにアジトへの地下道の入り口だった。しかしそこはさっき……

「ん? なんか焦げ臭いですね」

 ああ、さっき魔法で中を破壊し尽くしておいたからな。
 しばらくして、地下に潜っていた手下が大慌てで地面から顔を出す。

「大変ですエフスロス様! 中が荒れ果て、死体も多く転がっています! 今朝攫ってきたという、カルディア陣営の魔法使いの姿も見当たりません!」
「何者かに襲撃を受けたな……まあいい」
「え?」
「どうせここの地下アジトにいたのは下も下の連中。何も取り柄がないから誘拐などという汚れ役しかできない無能の集まり。大事な参謀は本部にいるんだから、何も問題はないじゃないか」
「しかし……」
「馬車に戻れ。本部に行く」
「は、はい!」
「ただ厄介なことにはなったな。おそらくカルディア陣営の仕業だろう。こんな実力行使に出てくるとは思わなかった……読みが甘かったな」

 再び乗り込み多数の警護を引き連れて移動する彼らを、再び馬で追いかけた。

 やってきたのは、街の外れのような所だった。立派だが少し古い建物が並んでいて人のいる気配はない。エフスロス一行は馬を降りると、一つのビルに入っていった。ビルと言っても三階建てだが、ボロい割に妙にどっしりとした構えの建物だ。
 後を追って俺もこっそり入る。彼らは地下室に行ったらしい。さすがここに入るのはまずいが、幸い戸が木製かつ薄いから、中の会話は丸聞こえである。

「エフスロス様、まもなく候補者討論会がございますが」
「ついにカルディアの奴と直接対決って訳だな」
「はい。それに差し当たって原稿を用意しなければならないのですが……」
「そっちで適当に書いておいてくれ。抑えなければならない点は一つ、魔蛇教へ媚びること。いいか、わかってると思うが、俺たち陣営は魔蛇教からの支援で成り立ってる。資金面でもそうだし、宣伝も上手いことしてもらってる。魔蛇教徒が喜ぶことをして、機嫌を損ねることは絶対にしてはいけない」
「もちろんでございます」
「そのためには、カルディアの主張する魔蛇討伐を否定しなければならない。彼らの神体である魔蛇を倒す、そんな公約を掲げる女を王にするわけにはいかない。だから、魔蛇なんて怖くない、討伐なんて金の無駄――そう原稿に書いておけ」
「しかし、国民は魔蛇を恐れています。五百年前、島を四等分するほど暴れた怪物の再臨ですから」
「馬鹿、五百年も前のことを知る者は少ない。長い時間で尾ひれが付いただけで、実際魔蛇は大したことないと言っておけばいいじゃないか」
「人間はそうですが、長生きの魔法使いは前回の暴れっぷりを生で見たという者もいるんですよ。証言を伝え広める者も多いですから」
「ボケたことにしておけ。いくら魔法使いでも五百年前のことを正確に覚えてられる訳ないってな。あいつらは我々の百倍生きるが、無能揃いだ。当然だろう? あいつらは時間があるからのんびりと明日やろう来年やろうといつまで経っても自分を高めようとはしない。けど、俺たち人間は違う。短い生だからこそその一瞬に輝くんだ。俺も国王になって国一番の権力者となる。ほのぼのと生きてる魔法使い共には絶対できない」
「わかりました。ではそのように原稿を用意します」

 手下の男がさらに奥に行き、エフスロスも黙りこくった。と思いきや、なにやら独り言を始めた。

「全く、どいつもこいつも。自堕落にただ明日生活できればと無駄に生きてる奴が多すぎる。魔蛇教の奴らもだ。こんなこと人前では絶対言えないが、あんな化け物を崇拝してるなんて時間の無駄だ。ま、適当に話を合わせてわかったふりしてりゃ支援を受けられるんだから、やりやすいと言えばやりやすいがな」

 どうやらそれが彼の本音のようだ。彼自身は魔蛇教徒というわけではなく、あくまで利害を計算した上で、王になるため魔蛇教と協力関係にあるらしい。
 まあ、奴の本性はどうでもいい。エルピスはどこだ?

「そういえばエフスロス様、取り戻した村の娘はどうしましょうか」

 戻ってきた手下がそう言っているのを聞いた。

「そうだな……地下アジトの檻も使えないんじゃしょうがない。刑務所の空いてる牢獄に放り込んでおけ。くれぐれも前国王とかち合わないよう配慮を怠るなよ」
「はい」
「原稿は後でいいから、先に娘を牢獄に連れて行け」
「了解しました」

 来た。どうやら、さっき行った国王も閉じ込められている牢獄へエルピスを連れて行くらしい。なら奪還のチャンスはあるな。
 俺は急いで地上へ上がると、再び馬に跨がった。眼前に、大きな袋を背負った手下が同じく馬に跨がるのを捉えた。どうやら彼一人らしい。後ろの袋がエルピスだろう。あんな雑な扱いしやがって。
 まあいい。一人なら魔法でどうとでもなる。少し走ってビルから離れたところで、攻撃を仕掛ける。
 万が一のことを考え、火や土は使えない。風魔法と水魔法のみで彼を倒すこととする。

「よいしょっ、と」

 もう魔法は慣れたものだ。自分で言うのもなんだが、鮮やかに手下を落馬させると、袋を上手く風に乗せてこっちに持ってくる。
 急いで開けると、やはり眠った、いや眠らされたエルピスが丸まっていた。とにかく今はこの場から離れて、そして起こそう。
 急いで馬に踵を返させ、一路西へ向かう。



「おーい、エルピスー、起きてくれー」

 適当な草原に腰を下ろすと、早速彼女の肩を揺すり起こそうと試みる。もし強力な睡眠薬でも飲まされていたら……

「ん……ご主人、様……?」
「起きたか。よかったよかった」
「あれー、エルピス、どうしてこんな所にいるのー?」
「こっちの台詞だよ。お前、また誘拐されたんだよ」
「ゆーかい?」
「ああ。さっき馬車に乗ってたとき、向こうから別の馬車が来て、カルディアが『伏せろ』って言ったの覚えてるか?」
「覚えてるー」
「その後どうした」
「なんかねー、お馬さんに乗ってる人の一人が飴を落としたのー。それを拾いたくて降りようとしたら、その後ろのお馬さんに拾われたのー」
「飴を拾おうとしたら、逆に拾われたってことか」
「えへへー」

 飴を落としたのも、偶然ではないだろう。この子がお菓子好きなのを知っていて、一瞬で判断しわざと落とし、そこへ目論み通りエルピスが身を乗り出し、後ろの奴が攫ったんだ。ほんと、無駄な判断力とチームワーク……

「とにかく無事でよかった。もうお菓子に釣られて動くんじゃないぞ」
「じゃーご主人様が買ってー?」
「……カルディアに相談しとく」

 改めて言うが、俺はこの国の金など持ってない。

「じゃあ行こう。あまりカルディアを一人にしているのも心配だし、合流するぞ」
「また演説のお手伝いするのー?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ★※?△■★◇」
「え? 今なんて……」
「★!◇?■☆」

 なんだ? 急にエルピスが意味不明なことをしゃべり出した。聞いたこともない発音で、何を言ってるかさっぱりわからない。

「なあエルピス、ふざけないでしっかりしゃべってくれ」
「■※×?◇☆★」

 しかし、エルピスもまた困惑した表情になるのでこちらももっと困る。一体どうなってるんだこれ?

「まあいいや、とりあえず馬に乗ってくれ」
「◇★☆!?※☆■」

 彼女も、俺の言っていることを理解できないようで、焦ったように意味不明の発音を続ける。なんだか俺も焦ってきた。

「なあ、なんか変じゃないか? 一体何が起こって……いてっ」

 焦りの余り、そこらの小石につまづいて転んだ。ちょうど膝下の痛いところに石が食い込んで、ぶっちゃけかなり辛い。

「ご主人様ー、さっきから何て言ってるのー?」
「エルピス?」
「あ、普通に戻った」

 突然、いつも通り会話できるように戻った。俺とエルピスは不思議そうに顔を見合わせるが、時期に今すべきことを思い出す。

「そうだ、早くカルディアの所に行かないと」
「おねーちゃんのとこ行こー!」

 さっき、一瞬全く会話が成り立たなかったことについてはまあいい。それよりカルディアが王になれるよう力を貸さないとな。
 というわけで、急いで向かおう。今頃彼女は、3番村で演説しているか、それを終え次の村へ向かっている最中だろう。
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