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1章 王

13話 将来

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「カズマサ、見て」

 テリエルが持ってきた新聞には堂々と「前国王、無罪」の見出し。
 昨日記者を屈服させてから一夜明け、やっとカルディアの父である前国王がエルピスなど誘拐していないという事実が判明した。

「でも、これを魔蛇教がやったという証拠もあったのに、カズマサがせっかく撮った写真もあったのに」
「もう気にするな。なくなった物は仕方ない。他にカルディアのためにできることを探そう」
「確かに。過ぎたことを言っても仕方ない。じゃあ、カルディア様が帰ってきたときのために……」
「ために?」
「修行!」
「勘弁してくれ……」



 あれから何日か過ぎた。俺たちはカルディアが帰ってきたら外敵から守れるよう魔力を溜めることに専念した。また討論会での原稿も考えた。そして、ある朝のこと。

「ただいま。テリエル、カズマサ」

 久々に見た艶やかな黒髪は、まさにカルディアだった。どことなく疲れた顔をしているが、これだけずっと演説をして回ったのだから当然だろう。
 そして、

「ご主人様、テリエルおねーちゃん。ただいまー」

 短い茶髪を揺らしながら登場するエルピスも久々だ。元気そうで何より。

「カズマサ、テリエル、改めて留守番ご苦労様。それより、見たかしらこれ?」

 出してきたのは、やはりカルディアの父の無罪を記した新聞だった。

「よかったわ。父の濡れ衣がようやく晴らされて……やった選挙戦のスタートラインにたった気分よ」
「それなんだが、カルディア」

 おそるおそる、留守にしていた間の出来事を話す。別に黙っておいてもよかったのだが、一応言っておこうと思った。

「実はだな、この誘拐を魔蛇教がやった証拠を掴んだんだ。そして、史跡に忍び込んで魔蛇の恐ろしさを伝える写真も撮った」
「まあ! じゃ、これからどんどん私の有利になるよう進むわね」
「そ、それが……」

 言い渋る俺をよそに、テリエルが話し始めた。

「それらの証拠は、魔蛇教とグルだった新聞記者によって黙殺された。ごめん。でもカズマサは頑張った。これだけの成果を上げたのは凄い。最後、あの記者にさえ渡さなければ……」

 悔しがる彼女とカルディアに対して、申し訳なさそうな顔をすることしかできない。

「顔を上げてカズマサ」

 カルディアの優しい声が脳内に響く。

「私のためにそこまでしてくれてうれしいわ。欲を言えばそれらも新聞に載って欲しかったけど……悪いのは記者と魔蛇教よ。またエフスロスを破って王にならなければ行けない理由が増えたわ」
「カルディア……」
「後は大丈夫。私が頑張るわ」
「すまん。せっかく魔蛇教とそれをバッグに活動するエフスロスを追い詰めるチャンスだったのに」
「いいわ。何度も言うけど、ここまで来たら後は私が頑張らなきゃいけないから」
「じゃあカズマサ、エルピスをよろしく」
「え? なんだテリエル、エルピスをよろしくって」
「わたしとカルディア様は原稿の推敲をする。カズマサは、エルピスを親御さんのところに送り届けて」
「ああ、そういうことか」

 確かに、早く帰らせないと心配するな。誘拐から連れ戻して、またすぐ連れ出しちゃったし。

「エルピス、家に帰るぞ」
「えー、エルピスご主人様といたいー」
「親も心配してるだろ」
「んー」

 困ったような怒ったような表情をする彼女に、俺はとっておきの切り札を出す。

「美味しい甘味処を知ってるんだ。行かないか?」

 一瞬にして彼女は笑みを取り戻した。



「あらお兄さん。来るたびに違う女の人を連れてきますね」
「リン、この子は女の人って年齢でもないだろ」

 久々にやってきたこの店は、相変わらず可愛らしい看板娘が仕切っていた。前と違い営業時間内なので客は多い。って……満席じゃないか。

「すみません、もう少しお待ちくださいねー」
「えー、エルピス待つの嫌だー」
「まあそう言うな。そうだ、ずっとカルディアと一緒にいたんだよな。どんな感じだった?」
「楽しかったー」
「そういう話じゃなくてだな……カルディアの演説を聞いてた人の反応はどうだった?」
「みんな真剣に聞いてたよー」

 ほう……じゃあ、やっぱり上手くいってたようだな。よかったよかった。

「でもカルディアお姉ちゃん、カズマサがいないと寂しいって言ってたよー」
「……え?」

 カルディアがそんなことを?

「いつ? どこで? どんなシチュエーションで?」
「ご主人様顔近い……確か、演説してる最中に野次られた時があって、その後に呟いてたー」
「そんなことが……」
「お待たせしましたお兄さん、お嬢さん、席が空きましたよ」

 さて、これからケーキを食べて、そして村に送ったらそれでお別れである。なんか寂しいな。

「そういえば、エルピスって普段何してんだ?」
「んー、おうちのお手伝いとか」
「なるほど。学校はないのか?」
「学校? エルピス、そんな頭よくない」
「頭? 全員入れるんじゃないのか」
「ご主人様、世間はそんなに甘くないよ」
「は、はあ……」

 こんな幼い子に説教されてしまった。

「どうもお待たせしました。ケーキとお紅茶です」
「わー! おいしそー!」

 すぐにぱくぱくと食べ始めた彼女に、また聞いてみる。

「なあ、何度も悪いが学校って全員入れないのか?」
「あのね、テストがあってそれに受からないとお勉強できないの」
「学校に行かなかったらどうするんだ?」
「どうするってー?」
「将来とかさ」
「うーん、周りの子はお手伝いしたり、遊び歩いてる人もいるよー」
「なるほどな」

 このあたりに、カルディア当選のヒントがあるかもしれない。



「ご主人様、また食べに来よーね」
「ああ、約束な」

 またエルピスと会う口実ができて、なんとなくほっとする俺だった。
 さて、エルピスの故郷5番村へは歩いても行ける距離だ。馬車を使ってもいいのだが……

「歩いて帰るか」
「うん!」

 俺とエルピスは自然と手をつないで、一路目的地を目指した。

「なあ、エルピス」
「んー?」
「今度さ、この国の王が新しく決まるんだ」
「おう?」

 王もわからないのに演説に着いてったのか……

「この国で一番偉い人だよ」
「知ってるー。カルディアお姉ちゃんもそれになりたいんでしょー?」
「そうそう。どうしたらなれるかな」
「頑張ればなれるよー」
「あのなあ……」
「学校行ってる人はね、頑張ってお勉強して、将来はいいところで働くんだってー。だから、カルディアお姉ちゃんも頑張れば王になれるよー」
「でも、学校に行ってないエルピスだって頑張ってるだろ? 親の手伝いとかさ。で、カルディアの演説の手伝いもしたんだろ?」
「うん! おうちを回って人を集めたりしたよー」
「頑張ったじゃないか」
「うん、でもねー、だからって将来いいところで働けるわけじゃないんでしょー」

 唐突にそんなことを言い出した彼女に少々驚く。

「何を言い出すんだ突然」
「村の人たち言ってたー。学校に行ってない子はね、将来真っ暗なんだってー」
「そ、そんなこと」

 ない、何て無責任なことは言えなかった。この世界について詳しくないのに、そんな適当なこと……

「エルピスは、将来なりたい職業とかあるのか?」
「しょくぎょー?」
「お仕事のことだよ」
「お菓子屋さん!」

 即答だった。

「さっきみたいにお菓子を出してその場で食べてもらうのでもいいし、持ち帰ってもらうのでもいいの! 自分で作り方を考えたオリジナルメニューも出したいしー」

 語るエルピスには熱が籠もっていた。こんなにべらべらと喋る彼女は、未だかつて見たことがない。

「なれるといいな、お菓子屋さん」
「でもねー、お店を開けるのは学校で勉強した頭のいい人だけだって言ってた」
「村の人が?」
「うん」
「でも、エルピスは店を出したいんだろ?」
「うん! たくさんの人に来て欲しいー。もちろん、ご主人様も来てね」
「ああ、もちろん」



 さて、そんな話をしているとすぐに村に到着した。立ち並ぶ家々は皆同じような外観で見分けがつかないが、やはり自分の家だとすぐわかるのだろう。エルピスは一目散に駆けていった。

「ただいまー!」

 そんな元気な声を迎えたのはいつか見たご両親だった。

「エルピス! 帰ってきたか! ……おっと、君は」
「どうもお久しぶりです」
「確か娘を救ってくださった……」
「いえ、救ったというほどのことでは。じゃ、俺はこれで」

 と挨拶もそこそこに帰ろうと踵を返したその瞬間、腰をがっちりと掴まれた。

「おにーさん、あそぼー」
「えっと、君は……」

 抱きついてきたのは見かけない幼女であった。

「あー、だめだよカナちゃん、ご主人様はエルピスのなんだからー」
「なんでー? ていうか、エルピスちゃん久しぶりー」
「久しぶりー」

 どうやらエルピスの友人のようだった。エルピスがいることに気づくと、たちまち周りからどんどん子供が集まってくる。

「わー、エルピスちゃんおかえり!」
「今までどこ行ってたのー?」

 たちまち彼女は多くの友達に囲まれた。もう帰っても大丈夫そうだな。
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