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1章 王
14話 治療
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「じゃあ、おにーさんが鬼ね!」
「ご主人様、頑張ってエルピスのこと見つけてね」
「ああ、じゃあ60数えるぞ」
いーち、にーい、とカウントしつつ、なぜ俺は今こんなことをしているのかと振り返る。帰ろうとしたところを村の子供達に呼び止められ、遊び相手をさせられているのだった。
鬼ごっこに始まり、縄跳び、高鬼と来て、今はかくれんぼの真っ最中である。……まあ、こんな穏やかな一日も悪くない。
「ろーくじゅう! さ、探すぞー」
まあ、子供の浅知恵だ。すぐに見つかるわけで、だいたい五分もしないうちに全員捕まえるのだが……
「エルピスと……もう一人、カナって女の子が見つからないな」
ちょっと手の込んだ隠れ方をしているらしく、もう一度村を一周しても見当たらない。仕方ないな。
「おーい降参だー! 二人とも出てきてくれー」
だが、全く反応はない。聞こえなかったのか?
「おーい!」
やはり応えはない。こうなったら……
「よしみんな、残りの二人を手分けして探そう」
「はーい」
「エルピスちゃんとカナちゃん、どこ行ったんだろー」
「てかカズマサにーちゃん、見つけられないからって俺たち子供に頼ってるよー」
「ダッサー」
子供達の言葉については、聞かなかったことにした。それにしても、本当にどこへ行ったんだろう。それほど物陰もない平坦な土地なのだが……
「おにーさん! 大変!」
突如として叫び声が耳に入った。急いでその方向へ駆けるが、そこは村の外れの草生い茂る場所だった。なるほど、ここなら隠れやすいが……
「だ、大丈夫か!?」
目の前は急に地面が途切れ崖になっている。下は見えないほど遠い。そんな崖にエルピスが突っ伏していると思ったら、落ちかけているカナちゃんを必死に手でつなぎ止めていた。
「今助けるからな! 周りの子達は、危ないからちょっと離れていてくれ」
まさかこんなベタな状況に遭遇するとは思わなかった。崖から落ちかけ、それを上から手一本で支えているような状況なんて。でも、いざ見てみると本当に恐ろしい。どちらもか細い少女だからか、今にも落ちてしまいそうだ。
さて、俺は何も無責任に助けると言ったわけではない。策はある。今までの俺だったら無理だったろうが、今の俺には魔法がある。
「よっ、と」
風魔法で落ちかけのカナちゃんを軽々と持ち上げ、地面へとゆっくり降ろす。
「カナちゃん、だいじょーぶー?」
「だいじょーぶー?」
一斉に子供達が駆け寄るが、俺はそれを一旦制止する。
「待て待て、ちょっと怪我してるみたいだから、それの治療を先にしよう」
「じゃあカナちゃんのおうちはお留守だから、エルピスのおうちに来なよー!」
そう名乗り出たエルピスに連れられ、俺たちは歩き出した。
「みんなで入ると迷惑になっちゃうから、遊んで待っててくれ」
と言い残し、俺とカナちゃんとエルピスの三人で家へとお邪魔した。
「む、君はさっきの……というか、カナちゃん! どうしたんだその姿は! 体中擦り傷じゃないか」
エルピスの父親が出迎えてくれると同時、彼女の傷に気がつき奥へ行った。かと思うとすぐに救急箱を持って手当てをしてくれた。
「すみませんお手数おかけして、崖から落ちかけていたところをエルピスが繋ぎ止めてくれたんですよ。エルピスが助けたようなものです」
お礼と、あとは彼から見たら娘であるエルピスを褒めておいた。これでお菓子たくさん買ってもらえるといいな。しかし、当のエルピスがこんなことを言い出した。
「助けたのはご主人様だよー。びゅーって、魔法で風を起こしてカナちゃんを助けたの」
「そうか、君が……」
「いや、大したことはしてないですよ」
「いいや、ありがとう。カナのご両親に代わって、そして村の大人として礼を言う」
「いえ、そんな……」
「本格的な治療は医師が来てからだが……残念ながら私はこれから出かけなくてはならない。家には今母さんもいない。そこで申し訳ないのだが、娘と二人でカナを見守っていてくれないか」
「全然いいですよ」
「重ね重ねすまない。大事で外せない用事でな」
そう言うとさっと身支度を済ませ、足早に出て行った。さて、
「カナちゃん、大丈夫か」
目の前のベッドで横たわる彼女に話しかける。
「あっ、おにーさん……さっきは助けてくれてありがとう」
「いいんだ。それより、何か欲しいものとかして欲しいこととかあるか?」
そう聞くと、疲れたような顔にちょっと笑顔を覗かせて、
「えへへ、あのね……甘いお菓子が食べたいなあ」
その言葉に先に反応したのは、俺ではなく隣にいたエルピスだった。
「ちょっと待ってて!」
「おい、どこ行くんだ」
駆けだした彼女の後を追って二階へたどり着くと、一つだけ小さな部屋があった。その部屋に入ったかと思うと、すぐに紙を持って出てきて下へと降りていった。
「なんだったんだ……」
自分は下へ行かず二階に残る。別に何も変な意味はなく、ただ開きかけの扉から部屋の中を覗いてみた。
「あれ、引き出しが開いてる……」
机の下の引き出しからは、紙の束が見えた。さっきエルピスが手にしていたのは、ここから引っ張り出した紙だったのだろう。
近づいて読んでみると、なになに……
『とくせいクッキー
ざいりょう こむぎこ
おさとう……』
これ、レシピか? しかもエルピスが独自で考えた……
急いで下へ戻る。するとキッチンに踏み台を置き、その上で作業する彼女の後ろ姿があった。
「おい、大丈夫か。包丁とか危なくないか」
「だいじょーぶ! ご主人様は下がってて」
一体何を作ってるのかはわからないが、脇に置いてある紙を覗き見るとオリジナルのゼリーらしかった。
「いいから、ご主人様はカナちゃんのところで待っててー」
そう言われては、仕方なく下がるしかない。
十数分経ってから再び現れたエルピスの手にはお盆。そしてその上には緑色のゼリーが載っていた。大きなサクランボがアクセントで、また涼しげなグリーンのゼリーは正直かなり美味しそうだった。
「はーい、エルピス特製のメロンゼリーだよー」
盆の上のゼリーは三つあり、それぞれ俺とカナちゃんに、そして最後の一個は氷の入った箱に仕舞ってしまった。
「エルピスは食べないのか?」
「おとーさんとおかーさんで半分こー」
早速スプーンで掬って口に運ぶ。途端、みずみずしい甘さと適度な弾力が広がった。
「美味しい、美味しいぞエルピス!」
「うん、エルピスちゃん、凄く美味しいよ。ありがとう」
ベッドから上半身を起こしたカナちゃんも、特製ゼリーに舌鼓を打っているようだ。そしてその姿を見て、エルピスは目を輝かせている。
「そうかーおいしーかー」
照れながらそう述べる彼女。
「なあ、これってオリジナルメニューなのか?」
「うん! 苦心して考えたんだよー」
「凄いな本当……お店出せるくらいだよ」
「そー、さっきも言ったでしょ」
さっき……? ああ、将来の夢か。言ってたもんな、菓子屋を開きたいって。けど同時に、学校に行ってない勉強のできない子は店なんか開けないとも。
「カナちゃんは将来の夢とかあるの?」
なんとなく聞きたくなって聞いてみた。
「わたしは学校の先生になりたい!」
怪我を感じさせないほど元気よく答えたのでほっとする。しかしたちまちカナちゃんの顔は暗いものになってしまった。
「でも、わたしなんかがなれるわけないの……」
「何でそんなこと言うんだ」
「ご主人様、この時間帯にここにいるってことはね、学校へ行ってないってことなの」
エルピスが説明をしてきた。
「さっきも言ったとーり、試験に落ちると学校へは行けないの。今は学校やってる時間だから、ここにいるってことは試験に落ちて勉強できない子たちってことなんだよー」
「そ、そうなのか」
確かに学校に通っていないのに学校教師を志すというのは中々苦難多そうな道のりである。が、そもそも勉強ぐらいみんなにさせてあげればいいのに、とも思う。
「「「すみませーん!」」」
その時、玄関の方から多くの子供の声がした。
駆けつけて扉を開けると、さっきまで一緒に遊んでいた村の子達が勢揃いしていた。
「「「おにーさん、遊んでくれてありがとう! カナちゃんを助けてくれてありがとう!」」」
そう元気に合唱した。
「みんな……こちらこそ俺と遊んでくれてありがとう。カナちゃんは快復しつつあるから、みんな見舞ってやってくれないか」
「「「はーい!」」」
というわけで子供達を迎え入れた。人の家なのに勝手に上がる許可を与えていいものかと思い悩むが、まあその方がカナちゃんも喜ぶし、早く元気になるだろう。
「カナちゃんのためにお花飾り作ってきたの!」
「わたしはお家にあった薬草ジュース! これを飲むと早く元気になるんだって!」
この狭くこぢんまりとした家が、一気に賑やかになった。
「ご主人様、頑張ってエルピスのこと見つけてね」
「ああ、じゃあ60数えるぞ」
いーち、にーい、とカウントしつつ、なぜ俺は今こんなことをしているのかと振り返る。帰ろうとしたところを村の子供達に呼び止められ、遊び相手をさせられているのだった。
鬼ごっこに始まり、縄跳び、高鬼と来て、今はかくれんぼの真っ最中である。……まあ、こんな穏やかな一日も悪くない。
「ろーくじゅう! さ、探すぞー」
まあ、子供の浅知恵だ。すぐに見つかるわけで、だいたい五分もしないうちに全員捕まえるのだが……
「エルピスと……もう一人、カナって女の子が見つからないな」
ちょっと手の込んだ隠れ方をしているらしく、もう一度村を一周しても見当たらない。仕方ないな。
「おーい降参だー! 二人とも出てきてくれー」
だが、全く反応はない。聞こえなかったのか?
「おーい!」
やはり応えはない。こうなったら……
「よしみんな、残りの二人を手分けして探そう」
「はーい」
「エルピスちゃんとカナちゃん、どこ行ったんだろー」
「てかカズマサにーちゃん、見つけられないからって俺たち子供に頼ってるよー」
「ダッサー」
子供達の言葉については、聞かなかったことにした。それにしても、本当にどこへ行ったんだろう。それほど物陰もない平坦な土地なのだが……
「おにーさん! 大変!」
突如として叫び声が耳に入った。急いでその方向へ駆けるが、そこは村の外れの草生い茂る場所だった。なるほど、ここなら隠れやすいが……
「だ、大丈夫か!?」
目の前は急に地面が途切れ崖になっている。下は見えないほど遠い。そんな崖にエルピスが突っ伏していると思ったら、落ちかけているカナちゃんを必死に手でつなぎ止めていた。
「今助けるからな! 周りの子達は、危ないからちょっと離れていてくれ」
まさかこんなベタな状況に遭遇するとは思わなかった。崖から落ちかけ、それを上から手一本で支えているような状況なんて。でも、いざ見てみると本当に恐ろしい。どちらもか細い少女だからか、今にも落ちてしまいそうだ。
さて、俺は何も無責任に助けると言ったわけではない。策はある。今までの俺だったら無理だったろうが、今の俺には魔法がある。
「よっ、と」
風魔法で落ちかけのカナちゃんを軽々と持ち上げ、地面へとゆっくり降ろす。
「カナちゃん、だいじょーぶー?」
「だいじょーぶー?」
一斉に子供達が駆け寄るが、俺はそれを一旦制止する。
「待て待て、ちょっと怪我してるみたいだから、それの治療を先にしよう」
「じゃあカナちゃんのおうちはお留守だから、エルピスのおうちに来なよー!」
そう名乗り出たエルピスに連れられ、俺たちは歩き出した。
「みんなで入ると迷惑になっちゃうから、遊んで待っててくれ」
と言い残し、俺とカナちゃんとエルピスの三人で家へとお邪魔した。
「む、君はさっきの……というか、カナちゃん! どうしたんだその姿は! 体中擦り傷じゃないか」
エルピスの父親が出迎えてくれると同時、彼女の傷に気がつき奥へ行った。かと思うとすぐに救急箱を持って手当てをしてくれた。
「すみませんお手数おかけして、崖から落ちかけていたところをエルピスが繋ぎ止めてくれたんですよ。エルピスが助けたようなものです」
お礼と、あとは彼から見たら娘であるエルピスを褒めておいた。これでお菓子たくさん買ってもらえるといいな。しかし、当のエルピスがこんなことを言い出した。
「助けたのはご主人様だよー。びゅーって、魔法で風を起こしてカナちゃんを助けたの」
「そうか、君が……」
「いや、大したことはしてないですよ」
「いいや、ありがとう。カナのご両親に代わって、そして村の大人として礼を言う」
「いえ、そんな……」
「本格的な治療は医師が来てからだが……残念ながら私はこれから出かけなくてはならない。家には今母さんもいない。そこで申し訳ないのだが、娘と二人でカナを見守っていてくれないか」
「全然いいですよ」
「重ね重ねすまない。大事で外せない用事でな」
そう言うとさっと身支度を済ませ、足早に出て行った。さて、
「カナちゃん、大丈夫か」
目の前のベッドで横たわる彼女に話しかける。
「あっ、おにーさん……さっきは助けてくれてありがとう」
「いいんだ。それより、何か欲しいものとかして欲しいこととかあるか?」
そう聞くと、疲れたような顔にちょっと笑顔を覗かせて、
「えへへ、あのね……甘いお菓子が食べたいなあ」
その言葉に先に反応したのは、俺ではなく隣にいたエルピスだった。
「ちょっと待ってて!」
「おい、どこ行くんだ」
駆けだした彼女の後を追って二階へたどり着くと、一つだけ小さな部屋があった。その部屋に入ったかと思うと、すぐに紙を持って出てきて下へと降りていった。
「なんだったんだ……」
自分は下へ行かず二階に残る。別に何も変な意味はなく、ただ開きかけの扉から部屋の中を覗いてみた。
「あれ、引き出しが開いてる……」
机の下の引き出しからは、紙の束が見えた。さっきエルピスが手にしていたのは、ここから引っ張り出した紙だったのだろう。
近づいて読んでみると、なになに……
『とくせいクッキー
ざいりょう こむぎこ
おさとう……』
これ、レシピか? しかもエルピスが独自で考えた……
急いで下へ戻る。するとキッチンに踏み台を置き、その上で作業する彼女の後ろ姿があった。
「おい、大丈夫か。包丁とか危なくないか」
「だいじょーぶ! ご主人様は下がってて」
一体何を作ってるのかはわからないが、脇に置いてある紙を覗き見るとオリジナルのゼリーらしかった。
「いいから、ご主人様はカナちゃんのところで待っててー」
そう言われては、仕方なく下がるしかない。
十数分経ってから再び現れたエルピスの手にはお盆。そしてその上には緑色のゼリーが載っていた。大きなサクランボがアクセントで、また涼しげなグリーンのゼリーは正直かなり美味しそうだった。
「はーい、エルピス特製のメロンゼリーだよー」
盆の上のゼリーは三つあり、それぞれ俺とカナちゃんに、そして最後の一個は氷の入った箱に仕舞ってしまった。
「エルピスは食べないのか?」
「おとーさんとおかーさんで半分こー」
早速スプーンで掬って口に運ぶ。途端、みずみずしい甘さと適度な弾力が広がった。
「美味しい、美味しいぞエルピス!」
「うん、エルピスちゃん、凄く美味しいよ。ありがとう」
ベッドから上半身を起こしたカナちゃんも、特製ゼリーに舌鼓を打っているようだ。そしてその姿を見て、エルピスは目を輝かせている。
「そうかーおいしーかー」
照れながらそう述べる彼女。
「なあ、これってオリジナルメニューなのか?」
「うん! 苦心して考えたんだよー」
「凄いな本当……お店出せるくらいだよ」
「そー、さっきも言ったでしょ」
さっき……? ああ、将来の夢か。言ってたもんな、菓子屋を開きたいって。けど同時に、学校に行ってない勉強のできない子は店なんか開けないとも。
「カナちゃんは将来の夢とかあるの?」
なんとなく聞きたくなって聞いてみた。
「わたしは学校の先生になりたい!」
怪我を感じさせないほど元気よく答えたのでほっとする。しかしたちまちカナちゃんの顔は暗いものになってしまった。
「でも、わたしなんかがなれるわけないの……」
「何でそんなこと言うんだ」
「ご主人様、この時間帯にここにいるってことはね、学校へ行ってないってことなの」
エルピスが説明をしてきた。
「さっきも言ったとーり、試験に落ちると学校へは行けないの。今は学校やってる時間だから、ここにいるってことは試験に落ちて勉強できない子たちってことなんだよー」
「そ、そうなのか」
確かに学校に通っていないのに学校教師を志すというのは中々苦難多そうな道のりである。が、そもそも勉強ぐらいみんなにさせてあげればいいのに、とも思う。
「「「すみませーん!」」」
その時、玄関の方から多くの子供の声がした。
駆けつけて扉を開けると、さっきまで一緒に遊んでいた村の子達が勢揃いしていた。
「「「おにーさん、遊んでくれてありがとう! カナちゃんを助けてくれてありがとう!」」」
そう元気に合唱した。
「みんな……こちらこそ俺と遊んでくれてありがとう。カナちゃんは快復しつつあるから、みんな見舞ってやってくれないか」
「「「はーい!」」」
というわけで子供達を迎え入れた。人の家なのに勝手に上がる許可を与えていいものかと思い悩むが、まあその方がカナちゃんも喜ぶし、早く元気になるだろう。
「カナちゃんのためにお花飾り作ってきたの!」
「わたしはお家にあった薬草ジュース! これを飲むと早く元気になるんだって!」
この狭くこぢんまりとした家が、一気に賑やかになった。
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