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1章 王
15話 帰宅
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「みんなありがとう……こくこく、このジュースおいしいね。どうやって作るの?」
「薬草と砂糖を混ぜて漬けるんだよ。わたしのお父さんやお母さんが休みの日に仕込んでるの」
「カナちゃん、これあげるー」
「わあ、わたしの大好きなクローバーの花の飾りだ! ありがとう」
一人の少女が、カナちゃんに手作りの花飾りを渡す。しかし、そのクオリティがあまりにも高いので少し見惚れてしまう。編み込みやバランスが、まるで店で売ってるかのように綺麗だ。
「それ、自分で作ったの?」
思わず聞いてしまった。少女は優しく答える。
「はい、カナちゃんはクローバーが好きだから、さっき集めて編み上げたんです」
そこへエルピスとカナちゃんが補足する。
「ご主人様、この子はとっても器用ですごいんだよー」
「将来は雑貨屋さんを開きたいんだよね」
二人に言われると、少女は照れたように目をそらしつつも嬉しそうに言った。
「自分で作ったバッグや小物を並べたお店を街に開きたいんです。そのためにいっぱい勉強もしてるし……」
「そうなのか、凄いな」
「でも……学校には行ってないから独学で勉強してて……それじゃあ学校行ってる人たちに負けちゃうんじゃないかって」
そういえばこの時間帯は学校があるから、今ここにいる子供達はテストに落ち通学できなかった子なんだったな。
「そんなことないよ。商売の能力なんて学校で教わってもな。村の大人は悲観的なこと言うかもしれないが、実は学校なんて……」
と言いかけて、自分の発言があまりにも無責任なことに気づいて止めた。
「まあともかく、その花飾りは本当に凄いよ。俺のいた世界で売り出せば相当高い値がつく質のいい物だってことは言っておく」
「俺のいた世界……?」
「あ、いや、気にしないでくれ」
会話もそこそこに、子供の間から帰宅ムードが漂い始める。外を見れば確かに日も暮れてきた。
「よし、みんな。親御さんが心配するから――まあ、みんなこのあたりに住んでるとは思うんだけどさ。カナちゃんは俺が責任持って見るから、早く帰った方がいい」
「「「はーい!」」」
玄関まで子供達を見送ると、再び俺とエルピスとカナちゃんの静かな三人部屋が戻ってきた。
メロンゼリーの器を洗っていると、玄関扉がガチャリと開いたことに気づく。エルピスの両親が帰ってきたのだ。扉の向こうからわずかに覗く空を見れば、もうすっかり夜だ。
「カズマサ君、長く留守を任せて済まなかった」
「いえいえ。それより、カナちゃんの親御さんはもう帰ってきてますかね?」
「ああ、そのようだ。今から連れて行くから、すまんがまたエルピスと留守を預かっててくれないか」
「うーんと……エルピスもカナちゃんと一緒に行った方がいいと思いますよ。なるべく長い時間居たいだろうし、話したいことも色々あるだろうし。俺はそろそろ帰ります」
「しかし、これだけ留守を預かってもらったんだから何かお礼を……それもそうだが、カナちゃんのご両親からもお礼があるかもしれん。一緒に行くか?」
「いやいいです。謙遜じゃなくて、マジで大したことしてませんし。もう遅いから屋敷の人間――魔法使いもいるけど、心配かけたくないし」
「そうか。じゃあ、今日は改めてありがとう。何かあったらいつでも言ってくれ」
「いえ、それじゃあ失礼します」
そうして夜道を一路歩き、7番村を後にした。屋敷まで歩くのには少々不便な暗さだ。
「痛っ!」
道を進む途中、何かにつまづいて転んだ。
情けない話だが、頼りは青い月光だけなのだから仕方あるまい。というか、もう道から外れて草むらに迷い込んでしまっている。
異世界で夜に迷子とは悪いことが起きる予感しかしないが、いざとなれば俺には魔法があるんだ。あまり怖じ気づくな。
そう自分に言い聞かせ立ち上がる。そういえば、今何につまづいたんだ? 石ころ一つ見当たらないが……
小さく火魔法を発動させ辺りを照らすと、なにやら地面に薄い切り込みのようなものが入って、その切り込みの段差につまづいたらしい。しかしこの光景どこかで……
思い出した。俺が滅ぼしたアジトだ。テリエルとエルピスが閉じ込められた檻のあったあの秘密基地の入り口も、確かこんな感じだったような……と、いうことは。
ここも奴ら魔蛇教のアジトだったりするのか? まさか複数あるだなんて……さてどうするか。また忍び込めばカルディアに有利な情報を掴めるかも知れない、が下手したら捕まって殺されるだろうな。あちらから見た俺というのは、選挙で敵対する陣営にいて、エフスロスを当選するために攫った二人の女の子を解放した挙げ句重要情報をことごとく盗んだ野郎だ。許されるとは思えない。ま、本当に許しがたいのは奴らなんだが。
ともかく、今ここで単独行動するのは止そう。さっさと屋敷に戻ってこの件を報告する。これで十分だろう。
「…………」
だが、待ってくれ。耳を澄ましても物音一つ聞き取れない。感覚を研ぎ澄ませても、気配一つ感じ取れない。現在誰も居ないとしたら? 中にある重要機密見放題盗み放題であるけども……そうなら、またとない大チャンスだ。
決めた、少し覗こう。そして不味そうだったら逃げ帰ろう。
そんな決意を固めた俺は、地面の土を払って扉を持ち上げる。重たく冷たい蓋の下には、やはり細道が続いていた。
進もう。俺はもはや、屋敷の客人異世界人ではない。立派に王候補カルディアの陣営に加わった者なのだから。
滅ぼしたアジトはこの地下道の脇にろうそくが立てられ、最低限の光源を確保していたが、この道は真っ暗である。自分に火の魔法を使いこなす能力が無かったら進めなかっただろう。
「あれ?」
本来なら、この辺に扉があってその隣に門番が待ち構えていてもいいはずだ。合い言葉も練習したぞ、「五百年に一度の魔蛇様再臨の御年です」てな。
しかしその合い言葉は、口から出ることなく消えた。目の前には壁、ここで行き止まりらしい。足下にはスコップが散乱しているから、もしや建設中だったのかも知れない。あちらのアジトを壊されたからこちらに新たに作る――順序的にも、おかしいところは何もない。
だとしたら、なおさら変に弄らず帰って報告しよう。それがいい。
「……と、いうわけなんだ」
「なるほど、新たにアジトをね。由々しき事態だわ」
「魔蛇教、討論会も近いのに何する気」
カルディアとテリエルはそれぞれ反応を示したが、二者の結論は同じであった。
「とにかく、様子を見るしかないわね」
「何もないのに先手を打って、被害者面されても面倒」
アジトについては経過を見守るという方向での一致を見た。俺もそれがいいと思う。
「そうね、それと……例えばこんなのはどう? こっそりアジトの脇に監視部屋を掘って、三交代制で見守るの。そうすれば出入りする人間や会話も把握できるわ」
「それはいい。変な計画を起こしてないかの見張りにもなる」
「なるほど、滅ぼすんじゃなくて利用するって考え方か」
「そうよ。何もかも、アジトを見つけてくれたカズマサのおかげだわ」
「いやいや、偶然だよ。転んだ先に建設途中のアジトの入り口があってさ」
「カズマサ、強運。運も実力のうち」
「そんなことは無いと思うが……お役に立てたなら何よりだよ」
「本当にありがとう。で……もう夜も遅いけど、今日中に決めなければならないことがあるわね」
円卓の一角で黒髪を靡かせ、カルディアが言う。
「来週に討論会があるわ。逆算すると、もう今日中に構成を確定させなければならないの」
「討論会? 前に原稿を推敲するとか言ってたから、もう出来上がってるんじゃないのか?」
という疑問には、テリエルが答えてくれた。
「ぎりぎりまで詰めてたから、まだ半分も完成してない」
「そうか、来週ならもう決めないとな」
「だからねカズマサ、もし討論会で喋った方がいいと思うことがあったら、忌憚なく意見を述べて欲しいのよ」
とカルディアに促され、俺は薄ぼんやりと頭の中にあった構想を形にして言う。
「この国ってさ、学校あるじゃん? でも、全員が行けるわけではないらしい。だから――」
「薬草と砂糖を混ぜて漬けるんだよ。わたしのお父さんやお母さんが休みの日に仕込んでるの」
「カナちゃん、これあげるー」
「わあ、わたしの大好きなクローバーの花の飾りだ! ありがとう」
一人の少女が、カナちゃんに手作りの花飾りを渡す。しかし、そのクオリティがあまりにも高いので少し見惚れてしまう。編み込みやバランスが、まるで店で売ってるかのように綺麗だ。
「それ、自分で作ったの?」
思わず聞いてしまった。少女は優しく答える。
「はい、カナちゃんはクローバーが好きだから、さっき集めて編み上げたんです」
そこへエルピスとカナちゃんが補足する。
「ご主人様、この子はとっても器用ですごいんだよー」
「将来は雑貨屋さんを開きたいんだよね」
二人に言われると、少女は照れたように目をそらしつつも嬉しそうに言った。
「自分で作ったバッグや小物を並べたお店を街に開きたいんです。そのためにいっぱい勉強もしてるし……」
「そうなのか、凄いな」
「でも……学校には行ってないから独学で勉強してて……それじゃあ学校行ってる人たちに負けちゃうんじゃないかって」
そういえばこの時間帯は学校があるから、今ここにいる子供達はテストに落ち通学できなかった子なんだったな。
「そんなことないよ。商売の能力なんて学校で教わってもな。村の大人は悲観的なこと言うかもしれないが、実は学校なんて……」
と言いかけて、自分の発言があまりにも無責任なことに気づいて止めた。
「まあともかく、その花飾りは本当に凄いよ。俺のいた世界で売り出せば相当高い値がつく質のいい物だってことは言っておく」
「俺のいた世界……?」
「あ、いや、気にしないでくれ」
会話もそこそこに、子供の間から帰宅ムードが漂い始める。外を見れば確かに日も暮れてきた。
「よし、みんな。親御さんが心配するから――まあ、みんなこのあたりに住んでるとは思うんだけどさ。カナちゃんは俺が責任持って見るから、早く帰った方がいい」
「「「はーい!」」」
玄関まで子供達を見送ると、再び俺とエルピスとカナちゃんの静かな三人部屋が戻ってきた。
メロンゼリーの器を洗っていると、玄関扉がガチャリと開いたことに気づく。エルピスの両親が帰ってきたのだ。扉の向こうからわずかに覗く空を見れば、もうすっかり夜だ。
「カズマサ君、長く留守を任せて済まなかった」
「いえいえ。それより、カナちゃんの親御さんはもう帰ってきてますかね?」
「ああ、そのようだ。今から連れて行くから、すまんがまたエルピスと留守を預かっててくれないか」
「うーんと……エルピスもカナちゃんと一緒に行った方がいいと思いますよ。なるべく長い時間居たいだろうし、話したいことも色々あるだろうし。俺はそろそろ帰ります」
「しかし、これだけ留守を預かってもらったんだから何かお礼を……それもそうだが、カナちゃんのご両親からもお礼があるかもしれん。一緒に行くか?」
「いやいいです。謙遜じゃなくて、マジで大したことしてませんし。もう遅いから屋敷の人間――魔法使いもいるけど、心配かけたくないし」
「そうか。じゃあ、今日は改めてありがとう。何かあったらいつでも言ってくれ」
「いえ、それじゃあ失礼します」
そうして夜道を一路歩き、7番村を後にした。屋敷まで歩くのには少々不便な暗さだ。
「痛っ!」
道を進む途中、何かにつまづいて転んだ。
情けない話だが、頼りは青い月光だけなのだから仕方あるまい。というか、もう道から外れて草むらに迷い込んでしまっている。
異世界で夜に迷子とは悪いことが起きる予感しかしないが、いざとなれば俺には魔法があるんだ。あまり怖じ気づくな。
そう自分に言い聞かせ立ち上がる。そういえば、今何につまづいたんだ? 石ころ一つ見当たらないが……
小さく火魔法を発動させ辺りを照らすと、なにやら地面に薄い切り込みのようなものが入って、その切り込みの段差につまづいたらしい。しかしこの光景どこかで……
思い出した。俺が滅ぼしたアジトだ。テリエルとエルピスが閉じ込められた檻のあったあの秘密基地の入り口も、確かこんな感じだったような……と、いうことは。
ここも奴ら魔蛇教のアジトだったりするのか? まさか複数あるだなんて……さてどうするか。また忍び込めばカルディアに有利な情報を掴めるかも知れない、が下手したら捕まって殺されるだろうな。あちらから見た俺というのは、選挙で敵対する陣営にいて、エフスロスを当選するために攫った二人の女の子を解放した挙げ句重要情報をことごとく盗んだ野郎だ。許されるとは思えない。ま、本当に許しがたいのは奴らなんだが。
ともかく、今ここで単独行動するのは止そう。さっさと屋敷に戻ってこの件を報告する。これで十分だろう。
「…………」
だが、待ってくれ。耳を澄ましても物音一つ聞き取れない。感覚を研ぎ澄ませても、気配一つ感じ取れない。現在誰も居ないとしたら? 中にある重要機密見放題盗み放題であるけども……そうなら、またとない大チャンスだ。
決めた、少し覗こう。そして不味そうだったら逃げ帰ろう。
そんな決意を固めた俺は、地面の土を払って扉を持ち上げる。重たく冷たい蓋の下には、やはり細道が続いていた。
進もう。俺はもはや、屋敷の客人異世界人ではない。立派に王候補カルディアの陣営に加わった者なのだから。
滅ぼしたアジトはこの地下道の脇にろうそくが立てられ、最低限の光源を確保していたが、この道は真っ暗である。自分に火の魔法を使いこなす能力が無かったら進めなかっただろう。
「あれ?」
本来なら、この辺に扉があってその隣に門番が待ち構えていてもいいはずだ。合い言葉も練習したぞ、「五百年に一度の魔蛇様再臨の御年です」てな。
しかしその合い言葉は、口から出ることなく消えた。目の前には壁、ここで行き止まりらしい。足下にはスコップが散乱しているから、もしや建設中だったのかも知れない。あちらのアジトを壊されたからこちらに新たに作る――順序的にも、おかしいところは何もない。
だとしたら、なおさら変に弄らず帰って報告しよう。それがいい。
「……と、いうわけなんだ」
「なるほど、新たにアジトをね。由々しき事態だわ」
「魔蛇教、討論会も近いのに何する気」
カルディアとテリエルはそれぞれ反応を示したが、二者の結論は同じであった。
「とにかく、様子を見るしかないわね」
「何もないのに先手を打って、被害者面されても面倒」
アジトについては経過を見守るという方向での一致を見た。俺もそれがいいと思う。
「そうね、それと……例えばこんなのはどう? こっそりアジトの脇に監視部屋を掘って、三交代制で見守るの。そうすれば出入りする人間や会話も把握できるわ」
「それはいい。変な計画を起こしてないかの見張りにもなる」
「なるほど、滅ぼすんじゃなくて利用するって考え方か」
「そうよ。何もかも、アジトを見つけてくれたカズマサのおかげだわ」
「いやいや、偶然だよ。転んだ先に建設途中のアジトの入り口があってさ」
「カズマサ、強運。運も実力のうち」
「そんなことは無いと思うが……お役に立てたなら何よりだよ」
「本当にありがとう。で……もう夜も遅いけど、今日中に決めなければならないことがあるわね」
円卓の一角で黒髪を靡かせ、カルディアが言う。
「来週に討論会があるわ。逆算すると、もう今日中に構成を確定させなければならないの」
「討論会? 前に原稿を推敲するとか言ってたから、もう出来上がってるんじゃないのか?」
という疑問には、テリエルが答えてくれた。
「ぎりぎりまで詰めてたから、まだ半分も完成してない」
「そうか、来週ならもう決めないとな」
「だからねカズマサ、もし討論会で喋った方がいいと思うことがあったら、忌憚なく意見を述べて欲しいのよ」
とカルディアに促され、俺は薄ぼんやりと頭の中にあった構想を形にして言う。
「この国ってさ、学校あるじゃん? でも、全員が行けるわけではないらしい。だから――」
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