悪役令嬢に転生しませんでした!

波湖 真

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フルールの自覚

16.懐かしい友達

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「お父様、お母様、行ってまいります!」
「ああ、みんなによろしく伝えておくれ」
「気をつけていってらっしゃい。貴族のマナーは守るのよー」
パパとママに見送られて、今日は平民の学校の発表会を視察に行くのだ。
「はい、わかりました」
そう言ってみたが私の中ではウキウキが収まらない。本当に久しぶりに懐かしい友達や先生に会えるのだ。
馬車には沢山のお菓子やお花を用意している。公の場では話はできないかもしれないが発表会が終わったら楽屋に持って行く予定だった。

「わぁぁぁ、懐かしい……」
馬車から見える懐かしい町の様子に目に涙が滲む。
其処彼処に思い出が溢れ出す。
「あっ、あのパン屋さん大好きだったわ」
私は身を乗り出すように懐かしいお店を見つめた。
でも、もう町をそぞろ歩くことはない。
歩くとしても護衛や侍女を連れてになるし、パン屋さんには行けないだろう。
私はもう二度と出来ないことに鼻の奥がツンとなる。
「だめだめ。今は伯爵令嬢としての視察よ。お母様が言っていた通り貴族のマナーで対応するのよ!」
馬車がガタンと停まると扉が開いた。
私がゆっくりと馬車から降りると目の前には懐かしい面々が一列に立っているのが見える。
「あっ……みんな」
私が懐かしさに駆け寄ろうとした時、みんなが声を揃えて歓迎の挨拶をいってくれる。
「「「カントループ伯爵令嬢様、ようこそお越しくださいました!! どうぞお楽しみください!!」」」
私はハッとして貴族の礼を取った。
「み、みなさま、今日は楽しみに参りました」
すると先生が前に出てきて、私に対して頭を下げる。
「今日はお越しいただいありがとうございます。では、こちらにどうぞ」
他人行儀な先生の態度に戸惑いながらも後について歩く。
案内されたのはホールの二階席だった。
初めて入った場所だ。
「では、こちらでご覧ください」
そのまま下がろうとした先生に思わず声をかける。
「先生! お誘いありがとうございます! みんなと会えて本当に嬉しい!!」
そう言って前と同じように先生に抱きついた。
「フルール……。だめだよ。もう君は立場が違うからね」
先生は寂しそうに笑うとそのまま下に降りていった。
二階席には私一人だった。ここは貴族が視察に来た時用の席なのだ。殆どの使われない席なのか椅子なども新品のまま古くなったという感じだった。
(なんか……さみしいな)
目の前で始まった発表会はもちろん素晴らしい。懐かしい顔ぶれに拍手を惜しまなかった。
それでも、一人で見る発表会は寂しかった。
私は発表会が終わると楽屋に向かった。ついてきてもらった護衛と侍女にお土産を持ってもらって楽屋をノックする。
去年までは私もこの中にいたのだ。変な感じだ。
「はい」
「フルールです!」
バンっとドアが開くと小さな塊が飛びついてくる。
「お、お嬢様!」
「大丈夫よ。キャリー! 元気だった?」
まだ小さなキャリーは私よりお腹に抱きついて離れない。
「フルール! フルール! 会いたかったよーー」
私はキャリーを抱き上げるとしっかりと抱きしめた。
「久しぶりね。キャリー大きくなったわ」
「フルールはきれいだねーー。お姫様みたい!」
にっこり笑ったキャリーに私も自然と笑顔をなった。
すると先生がやってきてキャリーを受け取った。
「だめだろう? キャリー、一緒に練習したじゃないか?」
「あ!!」
キャリーが先生の手から降りると小さな体で頭を下げた。
「えっと、カント……ループ伯爵令嬢……ありがとうございます」
拙い言葉で挨拶してくれた。私も淑女の礼をとって挨拶を返す。
「お招きありがとう」
すると奥からざわざわとした声が聞こえてくる。
「マジでフルールが来たの?」
「ダメダメ、フルール様って言わなきゃ。お貴族様なのよー」
「まぁなぁ。今日だって寄付してくださるんだろ? お優しいねぇ」
「なんか、もう違う世界の人よねーー。見たでしょう? 馬車で来て、あんなドレス着て、お付きの人までいたよ」
「見せびらかしに来たのかしら? 平民からお貴族様だもの。奇跡だわ」
「ああ、私のお爺様もお貴族様だったらいいのに!」
私の頬がビシッと固まった。その言い方は決して好意的なものではなかった。
(ああ、そう思われているのね……)
私は悲しかった。自分のことばかりで、ここにいる子供達がどう思うのかを考えていなかった。勝手に会いに行けば昔のように迎えてくれると思っていた。
確かに同じ立場から貴族となったのだ。それを快く思っていない子もいるのに……。
私に流れていた時間はこの子達にも流れているのに……。
「あっ!」
「おい!」
みんな、ドアの方にやってきて私を見つけると罰の悪そうな顔をして俯いた。
こんな顔をさせたのは私だ。私はいつも以上ににっこりと微笑んだ。
「みなさん、お久しぶりです。今日の発表会はとても素晴らしいものでしたわ。私からみなさんにささやかなプレゼントを用意いたしました」
そう言って侍女と護衛にお菓子などをテーブルに置くように指示を出す。
(この子達にこんな顔をさせてはいけない。私がああ言われて当然だという態度で接すればいいのよ)
「……ありがとうございます」
先生が申し訳なさそうな瞳でお礼を言ってくれた。
「いえ、みなさま、私は今とっても幸せに過ごしておりますわ。みなさんの幸せを心からお祈りしております。それでは、ご機嫌よう」
私は最後に貴族らしく堂々と淑女の礼を取るとにっこりと笑ってからドアに向かう。
サッと護衛がドアを開けてくれる。そのまま外に出るも振り返らなかった。
振り返れなかった。
涙で目が霞んでしまったから……。
(ここにはもう私の居場所はないのね)
私には懐かしい思い出だけが残ったのだった。
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