名探偵ホームズが父親になった 〜前世は相棒、今世は親子

波湖 真

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第一章 転生したワトソン

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「閣下、お坊ちゃまをお連れしました」
ベンに抱き抱えられて私は今世で初めての馬車に乗り込んだ。
英国のものよりも大きいようだ。思ったよりも広い車内を見渡す。
「珍しいか?」
閣下と呼ばれた伯爵は座席に深く腰掛けたまま私を見下ろす。その迫力は流石伯爵と言わざるを得ない。
ただの幼児であれば確実に泣いている筈だ。
私は普通の子供のように泣くべきか一瞬悩んだが、それはやめることにする。
英国貴族との関わりの中で貴族は子供であろうと貴族であることを求めていたからだ。
「ふむ。やはりお前は見込みがあるな。座りなさい」
私は大人しく座ると一言も話さずに馬車に揺られた。

「今日は私の家に行く。明日、お前が住むことになる場所へ案内しよう」
馬車から降りる時に伯爵と呼ばれた男が振り向いて言い放つ。
なるほど、私はこの人に引き取られるわけではなさそうだ。
黙ったままコクンと頷いた。
「旦那様、お帰りなさいませ」
馬車の外にはズラリと使用人が並んで頭を下げていた。
「ああ、ロバート、この子の世話を頼む。明日、あいつの所に連れて行く」
ロバートと呼ばれた執事らしき男が1歩前に出て手を胸に当てた。
「かしこまりました」
そうして、私を連れてきた男はその場から去っていった。
どんな世界でも貴族と呼ばれる人間は変わらないな。私は仕方なくロバートと呼ばれた男を見上げた。
「おぼっちゃま、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ジェイです」
「ジェイ様、私はロバートと申します。当ホームライト伯爵家の執事長を任されております。まずはお部屋にご案内いたします。お着替えが終わりましたら、お食事をしていただき、その後説明いたしましょう」
淀みなく話すロバートに私はこっくりと頷く。あまりに慣れた様子に少し不信感を抱いたほどだ。
私は贅沢にも溢れるほどにお湯を湛えた風呂に入り、今世、いや前世を含めても見たこともない豪華食事に舌鼓を打つ。
「ジェイ様、食事のマナーはどちらで学ばれましたか?」
私は知らず知らずの内に前世の癖が出てしまっていたようだ。
「えっと、孤児院でもクリスマスの時に少しだけ教えてくれます」
気をつけなければ、私はまだ子供なのだ。
「そうなのですね。確かにあの孤児院は貴族を対象としたサロンを開催しておりますね」
納得したように頷いたロバートに胸を撫で下ろす。
デザートまでを子供らしくガツガツと口に詰め込むとやっと説明の時間がやってきた。
「ジェイ様、それでは今の状況について簡単に説明いたします」
そう言ってロバートに渡されたのは絵本だった。
「?」
「わかりやすいように絵本にまとめております」
自信満々にそういう時ロバートの読み聞かせ説明会が始まった。
「むかしむかし、あるところに二人の兄弟がおりました」
朗々と続くロバートの語りを要約すると、この伯爵家には二人の兄弟がいた。兄は先程の伯爵で、弟は今は子爵として別邸に暮らしているらしい。
そして、私はこの弟の元に引き取られるということだ。
その弟は少し変わり者で、結婚にも、興味はなく心配した兄が子供を度々送り込んでいる。
「度々?」
思わず声が出てしまう。
「あーコホン。はい。ジェイ様で十二人目となります」
「え? その子供は? 僕は十二人兄弟になるんですか?」
思わずロバートを、質問攻めにしてしまう。
「あっ、いえ、そうではありません。シャリアン様が新しい家庭へ養子に出されてしまうのです」
「じゃあ、僕もですね」
「それは、なんとも……」
聞く所によるとその弟子爵はかなり気難しいらしい。それで気に入らないとさっさと養子に出してしまう。
それだけならば兄である伯爵から怒られようものなのだが、この弟は頭がよく働くらしく、養子に出された子供達はより良い家庭に引き取られ幸せに暮らしているので、誰も文句を言えないらしい。
そうやって自分の後継を作らずに一人気ままに暮らしているのがその弟だった。
「えっと、事情はよくわかりました。それでは僕も直ぐに養子に出されるんですね」
「今までの流れではそうなります。そうなった場合のジェイ様のお立場は必ず今よりもよいと断言いたします」
ロバートはそれでも強い瞳で見つめてくる。
「それでもシャリアン様の後継はどうしても必要なのでございます。親子となられるのですから、合う合わないもございます。ただ、もしジェイ様がシャリアン様に選ばれた場合、どんなお望みであっても一つだけ叶えるよう伯爵様より申しつかっております」
「なんでもですか?」
「はい」
私は少し考えてから頷いた。よく考えたら、その子爵に嫌われて養子に出されたっていいんだもんな。
貴族から逃げて普通の家庭の子供として生きていけるかもしれないのだ。
「わかりました。僕、明日その人の所に行きます」
そうして説明会は終了した。
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