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第百二十四話 奇跡の一日目
しおりを挟むここからは俺の仕事はほぼない。
何故なら、優秀な軍師であるニトスさんが相手の作戦をリアルタイムで盗み聞きし、それに応じて速攻で臨機応変に作戦を指示していたからだ。
情報伝達速度では俺達は圧倒的有利に立っている。その利を活かしてニトスさん達が頭をフル回転して不利な戦況を覆そうとしていた。
さて、この戦場の特徴を説明しよう。
このリュベールの丘は複数の小さな丘が存在している、どちらかと言えば丘陵に近い地形だ。
そして丘陵を抜けた先には、太い木々が生い茂っている《リュベールの森》があった。ありがたい事に間伐を行っていないのが救いで、相手の騎兵の進行を妨げているだけではなくて騎兵の利用価値をほぼ殺していた。また、帝国側は草が覆い繁った草原となっていて、これも馬が通れない原因を作っていた。
さらにはこの丘と森を囲うように深い谷があり、そこは王都まで直接繋がっている戦術的に厄介なものとなっている。
当然帝国軍は王都に直接繋がっているこの両サイドの谷の守りを固めるものと考えているので、騎兵を捨てて全員歩兵で中央の森を突っ切ろうと考えているようだ。
まっ、筒抜けなんだけどね!
「んじゃ、俺は敵側に少しいやがらせをするかな!」
「いやがらせ?」
「そそっ。まぁ些細なものなんだけど、長期的に見るととんでもなく効果的だぜ?」
俺は俺の頭と同じ大きさのサウンドボールを生成し、テントの中からリュベールの森上空辺りに向かって放り投げ、停滞する。
そして、出した指示は《敵側に向かって人間が嫌う音をずっと出し続ける》というシンプルなものだ。
音の大きさも帝国軍陣営に届く位のもので、きっと相手の精神にダメージを与え続けてくれるだろうな。
直後、敵司令部に設置したサウンドマイクが、ある音を拾った。
キキーッ!
それは、黒板を爪で引っ掻く音。
俺を含めた全員が耳を塞いだ!
「な、何だこの音は!」
『ぐぅあっ、この不快な音は何なのだ!!』
ニトスさんと、向こう側にいるサリヴァンの阿呆が似たような言葉を言った。
俺は指を鳴らして、この不快な音だけは拾わないように指示を出すと、器用に敵司令部にいる人間の声だけを拾う事に成功した。
「こ、これがハル君が言ったいやがらせかい?」
「ああ、そうだよ。音波攻撃魔法って所かな? 不快な音を聞き続けると、人間ってストレスが貯まって体調不良になる。後はまともな思考が出来なくなると思うから、意外と相手の戦術崩すの楽になるんじゃない?」
前世の戦術兵器で、どうやら音波兵器という物が実在していたらしい。
それは常に大音量の音を流すという一見害がなさそうなものだが、それを聞き続けていた住人や兵士はストレスにより体調不良や吐き気、さらには慢性の頭痛にも悩まされたって聞く。それ位音ってのは人間の精神に攻撃が出来るものだ。
こんな不快な音がずっと続いたら、帝国側からしてもたまったもんじゃないだろうなぁ。
おっと、帝国側が何か話しているな。
ニトスさんは何か言いたげだったが、皆で耳を傾けた。
『ぐぅ! この音、恐らくハル・ウィードのユニーク魔法によるものだろう! 奴以外、こんな事出来る奴はいない! 軍師殿、何か良い策はおありか!?』
『策という程ではないですが、サリヴァン殿が仰った通りのユニーク魔法の仕業であるなら、恐らく半日程我慢すればこれも収まるでしょう』
『ほう、根拠は?』
『何、簡単な事ですよ。魔法であるなら魔力切れがあります。このような音をずっと出し続けているなら、せいぜい持って半日と予測出来ます。それでも結構厳しいですが、半日なら我慢は出来ましょう』
『成る程、流石皇帝陛下の右腕である軍師殿だな! では予定通りに?』
『ええ、予定通り物量による中央進軍をしましょう。そして森中央部辺りまで敵を誘き出したら、森に火を放って敵を一掃しましょう』
『ふむ、敵の兵力を削ぐ事が可能だな。そしてそれが成功したら――』
『後はこちらの勝利は確定です。物量で正面から突破もよし、谷から攻めるもよし。我が軍勢のやりたい放題の図式が出来ます。ただでさえ兵力はこちらが圧倒的に有利なのですからね、相手の兵力が減った時点で勝ち戦ですよ』
『そうであるな、はっはっはっは!! しかし、騎兵はいかがする?』
『騎兵は五百の内二百は残しましょう。中央で小競り合いをやっている隙を付いて、高機動で五十ずつ左右の谷から攻め込みます。残り三百は馬から降りて歩兵として中央進軍に参加させましょう』
『それで行こうではないか!』
成る程ねぇ、まぁ戦争は何だかんだで兵力が物を言うからなぁ。
で、うちの軍師殿はどう判断するかな?
「ハル君」
「何?」
「ちなみに、このいやがらせはどれ位続けられるかな?」
「まぁ余裕で一ヶ月はずっと音を出せるぜ?」
「……一ヶ月……ですか。この時点で相手の読みが外れているのでありがたいですが、相変わらず君の魔法は色々規格外だね」
「ま、ユニークですから!」
「…………」
な、何だよ。皆してそんなジト目を俺に向けるなよ!
「さて、これで帝国軍は騎兵を歩兵に切り替えた上で正面から堂々と森を抜けてくるというのがわかった。まだ相手は我々が左右の谷の守りに兵力を割いていると考えているようだな」
「そうですな。ただ、我々が一番恐れているのは物量による中央突破です。そんな事をされたら兵力の差で押されてしまいます」
ニトスさんの言葉に、軍師補佐の一人が言った。
俺達が王都で籠城して防衛出来ない理由が、美しい外見を求めたが為に外壁が堅牢ではないからだ。
つまり、この丘が事実上最終防衛ラインなんだ。
だからこの補佐の人が言っているのは事実で、兵力の差で王都まで防衛ラインを下げてしまったら王都にも被害が及んでしまう。さらに俺達は兵力が大きく減らされた時点で負け確定にもなる。全軍中央突破なんてされたら、こちらはたまったもんじゃない。
「だから、こちらから先手を打つ。敵側が森に到着する時間はどれ位だ?」
「まだ動き出していないですが、今から動き出すと仮定すると約二十五分程と考えられます。騎兵がなくなった為に進軍速度が大分低下していますので」
「では逆に我が軍はどうだ?」
「まだこちら側の方が森に近いですし、地形は丘なので馬を走らせられます。馬は百程度しかいませんが、そうすれば約十分程で到着できます。森の入り口で待機するのであれば、合計十五分程かと」
「十分だ。弓兵と魔術師を五十ずつ用意し、直ちに森へ向かわせろ。そして相手から見て森の入り口手前で待ち構えて迎撃する。八番中隊と一番魔術中隊の隊長へ連絡し、五十人を即時に選抜させろ。作戦もしっかり伝えるんだ」
「はっ!」
おおっ、すげぇすげぇ。
リアルタイムで作戦が目の前で即座に組み立てられていく。
ニトスさんは通信担当の人に的確に指示を出して、即座に命令を伝達していた。
「ふぅ、私の仕事がかなり軽減されているのが助かるよ」
「そうなの?」
「ああ。軍師というのは先読みを常に行って最適解を求めなくてはいけない。そして常に私の作戦は本当に合っているのかという不安に襲われるのだ」
「うへぇ、俺には無理な仕事だわ……」
「ふふ、私も実戦は初めてだから、ここまで大変だとは思わなかった。きっと、ハル君の魔法がなければ私はもっと疲れていただろうね」
「そっか、ならよかったわ。まぁ作戦立案とかは出来ないけどさ、ニトスさんの負担を軽減できるようには頑張るさ」
「任せたよ。では一つお願いをしていいかな?」
「ほいほい、可能な範囲であれば」
「今敵側に向かって音を出し続けているだろう? それを三日目の夜には解除してほしい」
えっ?
せっかくの精神攻撃を途中でやめちゃうのか?
きっと何かすげぇ作戦を考えたんだろうが、俺には思い付かない。
「とにかく、その日までは絶え間なく大音量でいやがらせをしてほしい」
「了解! ならもっとボリューム上げるか!」
俺は指をパチンと鳴らし、リュベールの森上空で不快な音を出し続けているサウンドボールに音量を上げるよう指示を出した。
地味な事しかしてないけど、きっと相手方からしたらたまったもんじゃねぇだろうな!
ニトスさんは勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。
――《開戦 リュベールの丘の奇跡》第六十三ページ第一章、《奇跡の一日目》より抜粋――
こうして従来用いていた作戦伝達手段の常識を壊し、新たな伝達手段を確立したレミアリア軍は常に相手の作戦を即時に対策し、犠牲者を出さずに敵兵士を減らしていく。
開戦一日目に用いられた戦術は、帝国軍側から見たらリュベールの森入口にあたる所にレミアリア軍百名が待ち伏せをしたのだ。そして油が入った割れやすい陶器を投擲後、魔術師の風魔法である《ウインド》によって投擲距離を伸ばす。
割れやすい陶器は兵士の防具に当たって割れ、敵兵士は油まみれになる。
そこに魔術師の《ファイヤーボール》と火矢の雨が降り注ぐ。
油を被った兵士は燃え、人間の肩辺りまで草が伸びている草原にも火が移る。しばらく雨も降っておらず乾燥していた草はよく燃え、先程まで進軍の邪魔をしていた草は灼熱の業火へと表情を変えたのである。
辛うじて火を逃れても火矢が刺さって絶命。火が付いた死体が地面に倒れるとさらに草に燃え移り、後方にいた敵部隊をも炎で包み込む。
命が助かっても、鉄製の防具が炎の熱を皮膚まで届けてしまって大火傷をしてしまったのだ。
緑生い茂る草原は、一瞬にして灼熱地獄へと変わったのである。
草に移った炎で炙り焼かれて死ぬ者、矢が急所に当たって絶命する者、レミアリア軍魔術師が放った《ファイヤーボール》が被弾して上半身が爆散して死んだ者、命からがら生き残ったが全身火傷を負ってしまった者。まさに阿鼻叫喚だったという。
さらにはハル・ウィードが一つ魔法を仕込んだのだ。
リュベールの森の中から大軍勢の声が聞こえてきたのだという。実際レミアリア軍は百名しかいなかったのだが、ハル・ウィードの魔法によって大量の軍勢が森の中で待ち伏せしていると思い込ませたのだった。
炎に囲まれて多数の兵士が焼け死んでしまっている帝国軍は大混乱。正常な思考が出来なくなってしまった帝国軍兵士は我先にと逃げる事を優先したのだが、それが間違いだった。
正面突破を続けていれば死傷者が少ない状態でレミアリア軍の百名を倒し、森を抜けて丘陵地帯に辿り着けた。しかし逃げた事によってこの炎地獄の餌食になって死傷者を増やす結果となってしまった。
結果、死者はここだけで千五百を越え、負傷者はさらに三千を越えた大被害を負ってしまった。一方レミアリア軍は一人も犠牲者を出ていなかった。
さらにはずっと続く音による妨害により、帝国司令部は正常な指示を下す事が出来ずに大混乱。この混乱のせいで戦闘の続行が不可能となり、一日目の戦闘はこれで終了となった。
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