田舎者弓使い、聖弓を狙う

ふぁいぶ

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第二章 冒険者活動編

第36話 悪意の集落、殲滅戦 其の五

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 泣き崩れるリョウコを、ショウマは手に肩を添えて寄り添った。
 ハリーだって、リョウコを泣かせる目的でこんな事を言った訳ではない。
 本当に救いようが一切無いからだ。
 放置しても禁断症状で発狂して死に至る。
 なら、まだ快楽成分がある内に楽にしてあげた方が良い、というのが冒険者内での暗黙のルールになっていた。
 実際、ゴブリンの快楽成分は、全ての感触を快楽に変換する。
 痛みも苦しみも、味覚も聴覚も。
 そして性的快楽は何倍にも高められる。
 
「……俺達 《竜槍穿りゅうそうせん》が介錯する。流石に初めてのお前達じゃ厳しいだろうからな」

 ハリーを筆頭に、《竜槍穿りゅうそうせん》のメンバーがナイフを取り出す。
 だが、一人だけ介錯を名乗り出る者がいた。

「ハリー、オラもやるだよ」

「リュート、いいのか?」

「ああ。確かにきっついけんど、きっと今の状態の方が彼女達にとっては数倍苦しいはずだから」

「……そうだな。リュートはあっちの女性を頼む」

「わかっただよ」

 リュートはハリーに指示された女性の元へ向かう。
 介錯の対象とされた女性はというと、リュートのような美男子が自分の相手をしてくれると思い、頬を染める。

「ああ、あなたが相手してくれるのねぇ? もう我慢出来ないの、早くぶち込んで!!」

 相変わらず女性の瞳はあちこち忙しなく移動している。
 正気で無いのは一目瞭然だ。

(なら、オラにとってはやりやすいだよ)

 リュートは目の前の女性を的と思い込んだ。
 すると先程まであった女性に対する罪悪感や憐れみは消し飛んだ。
 ただの的に、リュートの心は一切揺さぶられない。

 この思い込みこそ、リュートが狩りをする上で編み出した奥義とも言うべきものだった。
 獲物を的だと思う事で殺気も抑えられ、殺気に敏感な獲物にも気が付かれる事なく仕留める事が出来るのだ。
 以前の盗賊退治、今回のゴブリン殲滅の際でも、この思い込みが発揮されており、誰にも気が付かれる事なく矢を射る事が出来たのだった。

 女性はリュートを受け入れる為に、自ら股を開く。
 リュートもその股まで近付いた所で膝を付き、目にも止まらぬ速さで矢筒から鉄の矢を取り出し、スムーズに女性の喉元へと突き刺す。

「ああああああああっ」

 女性以外の悲鳴が後方から聞こえた。
 恐らく多人数協力依頼レイドメンバーの誰かの悲鳴だろう。
 何故なら、女性の喉は潰したから、声は出せない筈だ。
 喉を突かれた女性は、口から血を溢れさせながらも悦に入った表情を見せ、そしてゆっくりと息絶えていった。
 きっと痛みはなく気持ちよく逝けたのだろう。
 苦悶の表情は一切無く、うすら笑みを浮かべながら死んでいた。
 ハリーも同様に介錯を終えたようで、ハリーが相手した女性も同様にうすら笑みを浮かべて死んでいた。
 
「ハリー、こっちは終わっただよ」

「……俺もだ。しかし、手慣れてるな」

「失礼な。今回みてぇな事さ初めてだ。ただ、早く解放してやろうと思った、それだけだ」

「そうか、変な事言って悪かった」

 ふと、リュートは他の多人数協力依頼レイドメンバーを見てみる。
 すると《竜槍穿りゅうそうせん》メンバー以外の面子は、その場で嘔吐していた。
 となると、介錯が出来そうなのはリュートと《竜槍穿りゅうそうせん》のメンバーだけになるだろう、ハリーはそのように判断した。
 しかし、残りの女性三名は、自分のパーティで介錯した方がいいだろうと思い、指示を出す。

「では残りの三名はうちで対応しよう」

 ハリーが指示を出した瞬間、ウォーバキンは立ち上がる。
 自分の服の袖で口元を拭い、ゆらゆらと力無く立ち上がったのだった。

「ひとり、俺に、分けろ」

「いや、しかし。今のお前の状況じゃ無理だろう」

「うっせぇんだよロートルが!! 俺は、頂点に立つ男だ、こんな所で、足踏みしていられねぇんだよ」

「……わかった」

 ウォーバキンは腰にある皮剥ぎ用のナイフを取り出した。
 そして、女性の元へと向かった。
 辿り着いた女性は、ウォーバキンを舐めるように見る。

「ああ、あなたが相手ね? 正直好みじゃ無いけど、野性味溢れて激しそう」

「悪かったな、好みじゃなくて。だが安心しな、気持ち良く逝ける位の腕前は持ち合わせてる」

「それは楽しみぃ」

 ウォーバキンはナイフを突き刺す前に、詠唱を開始する。

「花の精霊よ、かの者が望む幻を見せたまえ」

 ウォーバキンは精霊魔法を使える。
 花の精霊の力を借りて発動した魔法は、幻覚の魔法。
 せめて女性が望む幻を見せながら死んでもらおうと、ウォーバキンなりの心遣いだった。

「あ、ああ。お父さん、お母さんだぁ……。また、会えたぁ」

「っ!」

 喉にナイフを突き入れようとした瞬間に漏らした女性の言葉に、手が止まってしまう。
 
「いかん、ウォーバキン! 早く介錯しろ!!」

 ハリーが急かすも、既に遅かった。
 介錯をする時、相手には何も言葉を言わせないように喉を潰して殺すのが普通だった。
 しかし、ウォーバキンは情けをかけて、余計な事をしてしまったのだ。
 その結果、女性は幸せだった普通の日々の幻覚を見ているようで、その感想を言葉にしていた。
 これを聞いたウォーバキンは、完全に女性を殺せなくなっていた。

「いいか、ウォーバキン! お前がした事は情けでも何でもない! 更なる地獄を与えたんだぞ」

「あ、あぁぁ」

「まだ間に合う、名乗り出たなら責任をもってやれ、ウォーバキン!!」

「う、うあああああああっ!!」

 雄叫びを上げ、ナイフを女性の喉に突き刺した。
 だが、勢いが良すぎたのだろう、余った膂力は女性の首の骨もナイフで砕いてしまった。
 女性は、即死だった。

「……いいか、余計な手心を加えるな。結果、お前が辛くなる」

「う、うぅぅぅぅ」

 ウォーバキンは、嗚咽を漏らして泣いていた。
 だがハリーは慰めず、自分のパーティのメンバーに指示を出して残り二人の女性を手早く介錯をした。
 その後、女性の死体を集めて火を付けて燃やす。
 ゴブリンは、母体が死亡していても育ち、生まれてしまうからだ。
 所々で嗚咽が聞こえてくる。
 ハリーも最初、この地獄はきつくて冒険者を辞めようと思ってしまった程だ。
 だが、ハリーは乗り越えて銀等級まで登り詰めた。
 この有望な彼らにも乗り越えてほしい、そう心から願いながら他のメンバーに声をかける。

「何でこのような地獄が生まれてしまったのか。その原因は俺達冒険者にある」

 事情を知らない面々は顔を上げて驚いた表情を見せる。

「知っての通り、ゴブリン討伐は俺達にとって旨味がない。経験点も少ないし、貰える報酬も少ない。そうなると冒険者達は誰もゴブリン討伐をやりたがらない。初心者だってやらないんだ」

 冒険者がゴブリン討伐を避ける最大の理由が、ハリーの言葉に詰まっていた。
 昇格する為の経験点が少ない上に、報酬も雀の涙程。
 となると誰も受けずに放置する。
 そして放置されたゴブリン達はすくすくと成長・進化して、やがて集落コロニーを形成していき、繁殖の為に人間の村を襲っては妊娠できる女性を確保して数を増やしていく。
 眼前に広がる地獄は、まさに冒険者が己の利益を優先した結果生み出されてしまった産物なのだ。

 言葉が出てこない面々。
 それはそうだ。
 何故なら、自分達もゴブリン殲滅は旨味が無いとして避けていたからだ。
 唯一リュートに関しては、ゴブリンの脅威を知っていたので別の依頼の片手間だが、比較的積極的に依頼を受けていた。
 だが、改めてこのような地獄絵図を見て、より積極的にゴブリンを排除していこうと心に誓ったのだった。

 ハリーは全員の表情を見ながら、更に言葉を続ける。

「これはまだ確定事項ではないが、ギルド内ではゴブリンがもたらす災いを防止するように経験点の引き上げが検討されている。もしかしたら近い内に実現する可能性は高いそうだ」

 これは嘘ではなく、本当だ。
 実際、王宮側でもゴブリンに関する被害は非常に重く捉えられており、国境を守っている王国兵士では対応しきれていないのが現状。
 となると冒険者側に対処して欲しいのだが、旨味がないという理由で依頼を受けてもらえない。
 そこで王宮側は、国庫から追加報酬を払い、且つ昇格に必要な経験点を引き上げる方向で冒険者ギルドと協議を重ねているのだった。
 それ程までにゴブリンの被害が問題になってきており、正直ドラゴンの被害よりも上回っている。
 もう、国が動かざるを得ない所まで来てしまっていたのだった。

「だからどうか、このような惨状を生み出さない為にも、今日受けた精神的苦痛を乗り越えて、ゴブリンを駆除してほしい」

 ハリーは皆に頭を下げる。
 リュートは力強く頷くが、他のメンバーは頷く事すら出来ない程に項垂れたままだった。
 
(皆の反応は薄い。まぁ仕方ないか。しかし、リュートは精神が強いな……)

 実際リュートは、村では常に生死と隣り合わせの生活をしていた。
 仲間が獲物に返り討ちにあって餌になる光景だって見てきたし、自分が死にかけた事だってある。
 そうした中で、このような生死が隣り合わせなのが、自然の摂理そのものだと考えている。
 ゴブリンだって、やり方は人間目線からしたら惨いの一言だが、彼らなりの繁殖、自然の摂理なのだ。
 ただ唯一納得出来ないのは、被害にあった女性は生きていてもこのように介錯しないといけない部分。
 こればかりは理不尽極まりないと、内心憤慨していたのだった。

「さぁ、これで依頼は完了だ。皆思う事はあると思うが、帰還してギルドに報告するまでが依頼だ。辛いと思うが頑張ってくれ」

 こうして、銅等級達にとっては初めての多人数協力依頼レイドは、各々の心に深い傷を残して無事達成されたのだった。
 
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