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第二十三話 限界を知らない恋心
しおりを挟む「さっきから避けてんじゃねぇよ玲音!! さっさと地面を舐めな!!」
「……嫌ですよ。痛いですし」
「先輩の言う事を聞きやがれ!!」
「……何でこの人はグローブを付けると性格が変わるんだよ」
今俺が対峙している人こそ、今日の予定の大本命である先輩だ。
高橋 竜、十八歳。
現役高校生だがインターハイ常連で常に上位に入賞しているという実力者。
スーパーライト級ではなかなか珍しいビッグパンチの持ち主で、数々のKO数を記録している。
普段は優しい先輩なんだけど、グローブを付けた途端に相手をただKOさせる事に熱心になり、性格もがらりと変わる二面性を持っている。
俺もスーパーライト級なので、ちょうどいいスパーリングの相手だったりする。
そんな高橋先輩のライバルとも言えるのが、今度の試合の相手。
高校最後の試合を、そのライバルを倒して優勝したいのだと意気込んでいる。
そのライバルのスタイルはヒットアンドウェイを得意としており、イン・アウトからの攻撃をこなせるバランスファイターだ。
つまり一撃必殺のパンチを有する高橋先輩とは相性が非常に悪く、このライバルに勝てた事は片手で数えられる程度しかない。
俺も似たようなスタイルなので、スパーリングの相手に抜擢されたんだ。
今回のスパーリングは基本的に俺は避けるだけでいい。
もし、救いようがないレベルのカウンターチャンスが生まれたら、ボディ限定で打ち込んでいいという許可は貰っている。
だから俺は虎視眈々とチャンスを伺っているのだが、流石は先輩。
しっかりとジャブで牽制をして相手の体勢が崩れるのを狙っている。
だが俺の体幹はその程度では崩れない。
最小限の動きで回避して、ビッグパンチを貰わないように対処している。それが気に食わないのか、相当イラついている様子だ。
この人の最大の弱点は、攻めきれない時にイラついてしまうメンタルなんだ。
「し、ねぇぇぇぇぇぇっ!!」
「はい、カウンターチャンスっ!」
高橋先輩の怒りがついに頂点になった時、鋭い必殺の右ストレートが飛んできた。
確かに鋭いのだが、動体視力が良い俺にとっては絶好のカモ。
ストレートを回避しながらゼロ距離に持ち込み、レバーブローをお見舞いした。
「がっはぁぁぁっ!!」
実はこの俺も、スーパーライト級とは思えない威力のパンチを持っているんだ。
十六ポンドのグローブとは言え、俺のパンチの衝撃はたまったもんじゃないだろう。
案の定先輩はその場で膝を付いてしまった。
「おい竜!! あんな無意味なストレート放ったら、玲音にカモられるのも当然だろうがバカ!! もっとしっかり考えて打ち込みやがれ!」
「……会長、こいつスイスイ避けやがるから我慢できないんですって」
「はっ! その程度我慢できないなら、今回も奴には負けるなぁ」
「っ!!」
「ほらほら、休んでねぇで立て! お前の課題はイラつかないでしっかり玲音をロープに追い詰めて、そこで必殺の一撃をかます事だ!!」
「……応っ」
高橋先輩はこのメンタルコントロールがなかなか上手くいかない。
そこで会長は考えた。
一番放っちゃいけない時にカウンターを見舞う事で、痛みを以てやっちゃいけないタイミングを覚えさせる事だった。
今ジムの中でそれが出来るのは俺位だった。
通常ジャブを回避する際、大抵の選手は見えていない。
体のちょっとした動きなどで放つタイミング、狙っている部位を読んで回避行動を取る。
それに対して俺は、ジャブの軌道が見えるんだ。
この違いは非常に大きく、パンチの軌道が読める選手なんて非常に珍しいレベルなんだ。
先輩のライバルは恐らく、見えるタイプではなくて予測が非常に正確な選手なんだとか。
つまり俺を相手にしていれば、十分にライバルの対策にもなる訳だ。
高橋先輩はジャブを上手く繰り出し、ついに俺をロープ際まで追い詰めた。
通常だったらこちらもジャブを繰り出して牽制し、上手くロープまでいかないようにするんだけど、今回はカウンター以外は手が出せない。
上手くやられてしまった。
「くくく、ようやくその綺麗な顔を歪められるなぁっ!」
「……」
流石にロープ際だと俺も余裕をもって回避が出来ない。
軽口を叩かずに、ただ先輩の攻撃に集中する事にした。
喋る事に集中のリソースを割きたくないからだ。
「へぇそうかい、ロープ際でも焦らないってか! 生意気だなぁっ!!」
俺は高橋先輩の動き一つ一つに対応出来るように、深く集中した。
私は今、玲音くんの違う一面を見ていた。
普段はあんなに優しく笑ってくれている玲音くんが、リングの上では真剣な表情になっていた。
ううん、多分あれが戦う目なんだろうなって思う。
向き合っている相手のパンチを飄々と避けている感じで、そんな玲音くんの表情にとてもドキドキした。
玲音くんが真剣になっている時って、あんな表情なんだなぁ。
私を守ってくれた時も、きっとリングの上での表情だったんだろうな。
どうしよう、目が離せない。
心臓の高鳴りが抑えられないの。
玲音くんを知れば知る程、私は彼を好きになっていってる。
私より四つも年下なのに格好良くて、でも笑顔が可愛いし素敵で、真剣な表情になると大人びてさらに素敵になる。
それに私を守ってくれる位に強くて……。
私なんかが好きになっていいのかなって思っちゃう程、魅力的な男の子。
男性が苦手な私でも警戒心なく、家族以外では素で話せる唯一の男の子。
そして何故か私を年上扱いしてくれない、でも不思議と嫌な感じにならない男の子。
「好き……」
自然と漏れてしまった言葉。
当然だけど佳苗ちゃんが聞き逃す訳がなかった。
「……本当ベタ惚れだね。まぁ、あれは確かにヤバイね」
と、佳苗ちゃん。
ちょっと口許を押さえて、瞳が揺らいでいた。
あなた、好きな人がいたんじゃないの?
「凄いです凄いです! ガードも使わずに回避出来るなんて、まるで格闘技の申し子みたいですぅぅ!」
泣きながら語る美並ちゃん。
そんなに凄いんだ……。
「どうしよう、あんな男に出会った事ないんですけどぉ……。ハマりそう」
ボソボソ呟く由梨絵ちゃん。
由梨絵ちゃん、聞こえてるからね?
でもわかっちゃうなぁ。
玲音くん、目を惹き付けちゃう位に輝いているし格好いいし。
ロープ際に追い詰められてるのに、ロープのしなりを利用して攻撃を避けてるの。
そんな戦っている様も魅力的で、視線が釘付けになってしまう。
ああ、応援せずにはいられない。
「玲音くん、頑張って!!」
すると玲音くんの動きが急に良くなり、相手の攻撃を避けながら懐に潜ったと思ったら、見えない位速いパンチでお腹を殴った。
ドスンと重い音が響き渡ると、相手はそのままお腹を抱えてうずくまってしまう。
「おい玲音、やりすぎだ!!」
「すみません、応援されたので気合いが入りすぎました」
「……なんちゅーポテンシャル持ってるんだよ」
会長さんは玲音くんを怒りながら倒れた相手を介抱している。
それだけ強いパンチだったんだね、玲音くんの攻撃は。
玲音くんがヘッドギアっていう頭の防具を取って、私の方に顔を向ける。
そしてさっきまでの真剣な表情とは違って、眩しい位の笑みを私にくれた。
「応援ありがと、おかげで気合い入った!」
とっても嬉しそうな顔。
胸が締め付けられそうな感覚があって苦しいけど、不思議と嫌な感覚じゃなかった。
むしろ自然と顔がにやけてしまっていた。
「玲音くん、お疲れ様!」
「ありがとう、絵理奈」
何かこういうやり取りが出来るのが幸せだなって心から思えたの。
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