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二部
125 神の子
しおりを挟む俺が地下の謁見室から王の部屋に戻ってきたとき、すでにそこには誰もいなかった。
思えば今しがた顔を突き合わせていた面々は、この国の武の重鎮だ。
しかも今は戦時中といっていい。暇な奴なんているはずもない。
ひとまず俺はハムに俺の魔法をどう思ったか聞いてみたくて、ストブリの部屋へと向かった。だが、そこにはベッドに横たわったストブリしかいなかった。
「俺以外は皆、仕事に向かったぜ。……しっかしお前、本当に凄い魔術師だったんだな」
蚊の鳴くような声でストブリがそういった。車椅子の移動やハムに抱えられての移動であったが、俺が想像する以上に体力を消耗していたようだ。
「あんまり無理して喋らなくてもいいぞ」
「……そうか。それじゃあお言葉に……甘えさせてもらう――」
なけなしの気力で行動していたのだろう。ストブリは口元に強がりの笑みを浮かべたまま眠りについた。よほど無理をしていたんだな。
「レオンも自由にしていいっていうけどなあ……あっ。そういやアーティアとケイシャのところに行かないと」
俺はとにかく誰かと話したかった。魔術の力を見せつけて、俺の力に納得してもらったのはいいんだけれども、壁を作られてしまったようで悲しいのだ。
アーティアの部屋はユルセール城にいくつもある貴賓室のひとつだった。扉をノックすると中から「どうぞ」と、いつものアーティアらしい丁重だがぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「お邪魔します……って、何この雰囲気」
アーティアとケイシャは小さなテーブルを差し挟んで座っていた。
ただそれだけなのだが、アーティアは極度に神経を張り詰めている様子がわかるし、ケイシャもまた緊張と何かに集中する様子があった。
俺が入ってきたことにも気が付かないくらいケイシャは集中しているようだった。その様子は思い出せない何かを思い出しているようでもあり、数学の難問を頭のなかで必死に解いているかのようでもあった。
アーティアとケイシャの前には、それぞれ水の入ったグラスがあり、心なしかアーティアのグラスの水は淡く光っているように見える。……まさかあれって。
「せ、聖なる御手によりて、この。これらを、き、清められますよう……《聖水/ブレスウォーター》」
たどたどしくどもりながらも祈りの言葉を捧げたケイシャがグラスに触れる。
――すると、水が淡く光り輝いた。
「で、ででで出来ました! ……あっ、メ、メテオのお兄ちゃん」
ケイシャは俺を見るなり、駆け寄って抱きついてきた。
かわええなあ……いや、そんなことより今のって。
「……神聖魔法。しかも、これが使えればちょっとした町の司祭にでもなれる《聖水/ブレスウォーター》の魔法よ」
《聖水/ブレスウォーター》。レベル5の神聖魔法。5レベルともなれば、それはもう冒険者としても一人前レベルといってもいい。なんでケイシャが!?
「えっ、ケイシャは神官の生まれとかそういうのだったのか!?」
「う、ううん。違うの。ええと、そ、その……声をき、聞いたの」
「あなたがピニオーリでこの娘を助けたとき、神の声を聞いたみたい。わたしの信仰する商業神――幸運の神といったほうがいいのかもしれないわね」
どもってうまく説明できないケイシャに代わり、アーティアが答えた。
「もう駄目だ。助からない。そんなときにあなたが現れて、その後もこうしていられること。ケイシャはそれを例えようもないくらい幸運なこと。そう感じているのよ。わたしたちの神は、人との交流と幸運に対して真摯であり、純粋に幸運を感じることができる者に声を掛けるの」
たった今ケイシャが作り出した《聖水/ブレスウォーター》の入ったグラスを眺め、アーティアは驚きと感嘆を込めて断言した。
「その娘。いずれはわたしを越えるくらいの神官に。神聖魔法の使い手になるわよ。たまに出てくるのよ。神様に自分のお気に入りとして見染められる子供が」
「いくらなんでも5レベル――いや、《聖水/ブレスウォーター》を使えるとか嘘だろ!?」
「こうして自分で祈りの方法を教えていなければ、わたしだって信じられないわよ。ひとまず座ったらどう?」
俺と俺にはりついたケイシャを眺めて、アーティアは椅子を勧めた。立ち話もなんだしな。
「ケイシャを連れてこの部屋であなたを待っているときに、いろいろ話を聞いてみたの。これからどうしたいとか、好きなこととか、あなたと出会ったときのこととかね。そうしたら、あなたに助けてもらったときに、不思議な声を聞いたっていうからまさかと思って、簡単な祈りの言葉を教えてあげたの」
《聖水/ブレスウォーター》の入ったグラスのふちをなぞるアーティア。
「そうしたら、使ってみせたのよ。《幸運の加護/ディバイン・ラック》。商業神の神官であれば誰でも使える、初歩の神聖魔法だったけど、それはもう驚いたわ」
アーティアの言うとおり、《幸運の加護/ディバイン・ラック》は『アャータレウ』の1レベル商業神の神官が使える魔法で、一日に一回だけ自らの“絶対失敗”。一ゾロの出目を成功に変えることができるという、初歩だが強力な魔法だ。
「もしかしてと思って、少しずつ上級の祈りを教えてあげたら《聖水/ブレスウォーター》が使えたって訳。《契約/アグリメント》までは使えないみたいだけど、この歳でこれだけの神聖魔法を扱えるなんて聞いたことがないわ。本当に“神の子”かもしれない」
《契約/アグリメント》は商業神の特殊魔法。こちらは6レベルだ。つまりケイシャはレベル5相当の神官ってことになる。あと“神の子”という言葉は初耳だが、神様に気に入られた子供ってことだろうな。
「ただ、まだ幼いからそこまで多くの魔法を連続で使えないみたい。途中、わたしが《精神賦活/インスティルメンタルエナジー》で心の力を分け与えながら、なんとかここまで使えることがわかったって所よ」
「……なるほど。ケイシャもアーティアもお疲れだった訳だ」
「この娘の将来にもかかわることですもの。それくらいどうってことないわ……ねえ、メテオ」
アーティアはずいっと俺に顔を寄せてきた。
「ケイシャをわたしの神殿で預からせてくれない?」
「えっ!?」
「あなたがいない間に話して悪いとは思ったけど、ケイシャにもそのことは話してあるわ」
ケイシャは無言だが頷いた。このリアクションは悪いものではない。乗り気というわけか。
「ケイシャは本当にいいのか?」
「は、はい。わたしは、メテオお、お兄ちゃんや、アーティアお姉ちゃんみたいになりたいです。し、修行でも何でもしますから」
「……アーティアが面倒を見てくれるっていうなら俺は安心だ。ケイシャも満更でもないようだし」
俺やアーティアのようになりたい……か。俺はそんなに大した人間じゃないぞ。
「そういってくれて嬉しいわ。これだけ強い神の加護を受けて、わたしの元に来たってことは商業神の幸運のお導きなのよ」
「でも、アーティアは今、ユルセールの金獅子騎士団の副官なんだろ。ケイシャの修行に付き合う余裕とかないんじゃないか?」
何気ない俺の一言だったが、アーティアはうっと言葉に詰まった。こいつが俺の言葉で動揺するとか珍しい。
「……それはそうなんだけれども、なんとかするわ。この娘は筋がいいからすぐにでも神官の仕事だって覚えられるし、ウォルスタに帰ったらわたしの侍祭を任せられるし」
こいつ、どうしてもケイシャを自分の弟子にしたいみたいだな。
確かにいきなり5レベルの神官だなんて、とんでもない才能の持ち主みたいだから、手元に置いて育て上げたいという気持ちもあるのだろう。
「うーん。でも戦争が始まるかもしれないんだから、さすがに危ない気がする。下手にケイシャが一人前の神官並に魔法が使えるってわかっても面倒事になりかねないだろうし。レオンはいいっていってくれるだろうけど、城の中にいきなり身元不詳の人間が増えることになるだろうし……」
「身元ならわたしの妹ってことにすればいいわ。ケイシャ・ソルディアって名乗ればいいのよ。これからそう名乗りなさい、ケイシャ」
こいつ本気だ。あとこんな幼女をさらっと妹とかいい度胸している。
「妹ってよりは母親だろ! お前もう二十代後半なんだから!!」
「あなただって自分のこと『お兄ちゃん』って呼ばせてるじゃない! いちいち細かいことを気にしないの!!」
「俺は姿がこのナリだからいいんだ」
よし。この世界に来てはじめてアーティアをやり込めることができるぞ。
そう思って次の言葉をたたみかけようとしたとき、突如俺の意識に何かが割り込んできた。
誰かが俺に対して《精神感応/テレパシー》の魔法で交信を求めるシグナルだった。
(――もしもし。俺だけれども)
(お、お師匠様ですか!?)
頭に響いてきたのは俺のかわいい弟子、エステルの声だ。
だが、その声には余裕がなく、悲壮感すら漂っている。何事かあったのだろうか。
(どうした。何かあったのか!?)
(メルとロマーノが深手を負って、緊急避難で魔術師ギルドに帰ってきました。お願いします、アーティア様に治癒魔法を頼んでもらえませんでしょうか!!)
(安心しろ。ちょうどここにアーティアがいる。治癒だったら俺もできる。今、ギルドのエステルの部屋にいるんだな?)
(すみません。わたしはもう魔法を使い果たしてしまって……メル! ロマーノ! しっかりして!!)
(すぐに行く、そこを動くんじゃないぞ)
「どうしたの、メテオ?」
「大森林の遺跡調査に出ていたエステルたちが深手を負ったみたいだ。アーティア、ついてきてくれるか」
「『北極星』ね。もちろんよ、わたしたちの二代目みたいなものだもの」
「すまない――《次元の扉/ゲート》!!」
すぐさま魔法の扉を作り出し、そこに飛び込む。
出現先は魔術師ギルドのエステルとメルの部屋だ。
そこで見たのは、右腕が半分くらいずたずたになった血まみれのメルと、ターコイズブルーの髪をした見たことのないハーフエルフの、噛み穴だらけの身体だ。
ハーフエルフは整ったイケメン顔を苦痛に歪ませているが生命にかかわる傷ではなさそうだが、メルの腕はやばい。
「お、お師匠様!! メルが! ロマーノが!!」
「アーティア。メルの腕を頼む。俺はあっちの青頭を治す」
「任せなさい」
メルの腕は身体の欠損を再生させる《再生/リジェネレーション》が必要だろう。俺は覚えてはいるが、まだ使ったことがないので、この難しい処置は慣れているアーティアに任せよう。
「メ、メテオ様。アーティア様。ごめんなさいなの…… メル、みんなを守れなかったの……」
「黙ってなさい。今元通りにしてあげるから」
アーティアが祈りの言葉をつぶやきはじめた。
俺も見たことがない青頭。こいつがロマーノっていう新しいメンバーなのか? 女って話だったが……いや、今はそれどころじゃない。こいつも全身噛み傷だらけですごいことになっている。
「――《回復/ヒーリング》。あれ、傷が」
傷を塞ぎ、失われた体力を満たす回復魔法、《回復/ヒーリング》を使うも、青頭の傷はふさがりはするのだが、しばらくするとじくじくとした青い傷と膿がただれたように浮きて出てくる。
「もしかして、これはただの傷じゃ――」
「か、神様。ぶ、ぶどう酒を酸っぱくさせる悪霊を、つか。つかまえてください――《保存/プリザベイション》」
「ケイシャ!?」
もしかしてこの傷は――と俺がひとつの可能性を思い浮かべたとき、横から小さな手が青頭の身体に触れた。
「こ、これで回復……で……き」
MND――魔法を使うために必要な精神力を使い果たし、ケイシャはこてんと倒れる。
青頭の傷と膿が赤い出血に変わった。思った通り、腐敗の呪いをかけられていたみたいだ。これで通常回復ができるはずだ。
「《回復/ヒーリング》!! ケイシャ、しっかりしろ――《精神賦活/インスティルメンタルエナジー》」
青頭の顔色がよくなってきたのを確認して、俺はケイシャを抱きかかえて《精神賦活/インスティルメンタルエナジー》でMNDを分け与える。
「ケイシャ、ケイシャ! 無理しやがって」
「……お兄ちゃん。青い髪のひとは……」
「ああ、大丈夫だ。よくあれが“腐敗の呪い”だってわかったな」
「か、神様が教えてくれたの。こうやって、い、祈りなさいって」
「本当にこの娘、“神の子”かもしれないわね……」
メルの処置が終わってアーティアもケイシャの魔法使用に驚きを隠せていない。
「わたしまだ、《保存/プリザベイション》なんて教えてもいないのに、ね」
《保存/プリザベイション》は4レベルの神官が使える魔法。ゲームシステム的には5レベルの《聖水/ブレスウォーター》を扱えるケイシャが使えない道理はないのだが、この実際の世界では異常なことであるらしい。
血に染まったエステルの部屋ではあるが、ひとまず急場は凌げたみたいだ。
「エステル。メルがここまでやられるなんて、何があった?」
メルの戦士としての実力。さらには猟兵として生き延びることに特化したその実力は俺がよく知っている。
よほどのモンスターに遭遇したということだろうか。
「……油断していました」
唇をきつく噛み締めてから、エステルは話し始めた。
************************************************
次回公開は11/23(日)の00:00です。
かみかみケイシャですが、魔法語と違って神聖魔法は祈りなので問題ないです。
心がこもっていれば神様は力を貸してくれます。たぶん精霊も!
魔術語は滑舌と早口がキモなのでダメですけどー
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