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二部
164 恥の帰投
しおりを挟む「じ、地震――!?」
ビショップが叫ぶが、当人の足元は揺れていない。
しかし、一歩足を踏み出せば届くところの大地が激しく鳴動しているのだ。
ユルセールにはほとんど地震らしい地震がない。そのためユルセール育ちのビショップには、この地震がまともな地震かどうかの判断がにわかに決めつけられなかった。それはシェイラも同じであった。
それは地震というよりも、地面が沸騰しているかのようだった。
見えない何かが地中から表土を押し上げ、岩や礫を勢い良くはじき出している。
あるいは巨大な革張りのドラムが地面の下に隠れており、誰かがそれを乱れ打ちしているような有様だった。
ハムたちを追ってきたワームたちは、大地から突き上げられる礫や岩によって傷つき、中には尖った岩に身体を貫かれているものもいる。さらに、激しい大地の揺れに移動もままなっていない。
数々の冒険の中で、大地震といえるものを経験してきたハムとアーティアは、この地震がただの地震ではないことを知っていた。
そして、この地震が魔法によってもたらされたものであることを。
「まさかこの魔法は――」
ハムがまさかという思いで呟きかけたとき、頭上の太陽がふたつあるかのような光と熱を感じた。
「リーズン!?」
「俺向きの戦闘に間に合ったようだな!!」
ハムたちの頭上から太陽のような何かに乗ったリーズンが降りてきた。太陽だと思ったものは、鬼のような姿をした炎の上位精霊。イーフリートの姿である。
「あなたウォルスタはどうしたのよ! それより、危ないじゃないの!! わたしたちが完全に魔法の効果範囲に入っていたわよ!?」
「すまんすまん。大地の上位精霊の力を借りる精霊魔法というのは滅多に使わないんで、目測を誤った」
イーフリートの方に乗っていたリーズンはハムたちのそばに飛び降りると、自分が起こした魔法でワームが蹂躙されているのを満足気に眺めた。
「炎の魔法に比べるとやはり地味だが、地虫の類に《大地震/アースクエイク》の魔法はてきめんに効く」
リーズンの言葉どおり、ワームの大群はほぼほぼ《大地震/アースクエイク》の衝撃にやられて移動もままならない。全身を地面に設置していなければ動けないワームは次々と大地から突き出る岩に貫かれていく。
「助かったぞリーズン……だが、ウォルスタを空にして大丈夫なのか?」
「そうよ。そもそもイーフリートともどもどこから湧いてきたのよ!?」
詰め寄るハムとアーティアにも怯まず、リーズンは得意気に肩をすくめてみせた。
「まあ待て。俺の《大地震/アースクエイク》では竜の鱗を貫通させて致命傷を与えることはできない。なにしろ飛ばれればそれでおしまいだ」
「あの二体の竜は翼を傷めつけたので長くは飛べないはずです」
ビショップも近づいてきて、リーズンに竜の状態を知らせる。
なるほど、竜はごく低空で飛ぶのみで、ゆっくりとこちらに近づいてきている。しかし、あれだけの高度があれば《大地震/アースクエイク》でのダメージは受けずに済む。
「ふむ。では竜が近づいてくるまでに、俺のほうの状況をざっくり説明しておく――」
無念。
その一言を胸に。しかし、言葉にすることはなく、ヴァリウスは黒龍騎士団を率いて空を翔ける。
ヴァリウスの思った通り、前線から遠のけば遠のくほど飛竜の混乱はおさまり、遠くにユルセール城が見える頃にはすべての飛竜は全団員の手綱に応えて飛翔することができるようになった。
「団長! ヴァリウス団長!!」
「何だ」
「飛竜たちの様子は元に戻りました。それなのに、このまま王都に戻っていいものでしょうか……?」
先頭を翔けるヴァリウスの飛竜、テンペストに近づき、風切り音に負けぬよう声を張り上げたのは副団長のトーマスであった。
「何がいいたい」
「まだるっこしい、いいかたでした。飛竜の不調が戻ったのなら、戦線に戻ったほうがいいのでは」
「駄目だ」
「しかしこのまま武功も上げられずユルセールに戻れば、黒龍騎士団の待遇をよく思わない者たちにつきいるスキも――」
「くどい!!」
食い下がるトーマスの言葉を一喝してヴァリウス。
「黒龍騎士団は一度ユルセール城に帰還し、白狼とともに国防に当たる。――レオン陛下の勅命でもある」
この言葉にトーマスは引いた。
国王の勅命。それは騎士たちにとっては何よりも守らなくてはならないみことのりだったからだ。
むろんヴァリウスとて生粋の武人。戦場から逃げ帰ったといわれてもおかしくないこの状況を、忸怩たる思いで帰投している。
しかし、ヴァリウスは愛する飛竜、テンペストが、こう語りかけ続けている気がしてならないのだ。
(このままあの場所にいれば飛竜のすべては正気でいられない。自分もお前を傷つけてしまうだろう――戻れ)
テンペストはかつてリザール山脈にある飛竜の生息地の主だった。飛竜の暮らす谷の中でもっとも大きく、力強く、賢い個体で、百を超える飛竜たちを完全に統率するほどだった。
そのテンペストを、当時まだ十五という若さのヴァリウスが捕まえた。峡谷を滑空するテンペストに崖から飛び降りてつかまり、飛竜の体力が尽きるまで決して離さず、ついに屈服させた逸話はユルセールで知らぬ者のほうが少ない。
しかし、実際には捕まえてからが大変だった。長い時間をかけてテンペストと接し、ときにはヴァリウスが大怪我をすることもあった。
だが、ひとりと一匹はどんな存在よりも長く近く互いを知り、ついには心を通わせるまでとなった。
ゆえにヴァリウスはテンペストから伝わる“ことば”を信じた。
無謀に身を任せることよりも、生き恥を晒すことを選んだ。
(――だが、自分にできることはまだあるはずだ)
ユルセール城を目前にして、ヴァリウスは黒龍騎士団の厩舎へと全軍を降下させた。城のあちこちでは前線にいるはずの飛竜たちがすべて戻ってきたことで、混乱が生じているようだった。
「トーマス! すべての飛竜に休息を与え、追って命令があるまで待機せよ!!」
「は、はい! 団長はどこへ!?」
「ロルト殿のところだ。前線からここまで休みなしに飛ばして、飛竜たちはの体力は限界だろう。何かあれば動けるよう、飛竜たちを休ませてくれ。頼んだぞ」
「わかりました」
ユルセール軍が二日かけて朽縄川へとたどりついた道程を、黒龍騎士団はほぼ半日で帰ってきた。行きは騎馬や歩兵に合わせて動いていたが、飛竜が本気で最短距離を航行すればこその速さであった。
夜通しユルセールの空を飛ばし、ユルセール城についたのは朝方だった。おそるべき速さであったが、その代償は安くなかった。飛ぶことに特化した飛竜とはいえ、これほどの連続飛行は無茶がたたる。
ヴァリウスの見立てでは、ほとんどの飛竜が二~三日は使い物にならないだろう。ただし、テンペストをのぞいて。
「何事かと思えばヴァリウス! なぜおぬし帰ってきた!?」
「ロルト殿!!」
そこに現れたのは白いローブに流木のような杖。魔法使い然とした白のとんがり帽子にパイプなどくわえたロルトの姿であった。
おそらくはヴァリウスたちが接近したのを白狼騎士団の遠見が知り、それを伝えられたロルトはこの場所に駆けつけてきたのだろう。
「一部始終を説明します。その上でロルト殿にお願いがあり申す――」
「まずは聞こう。どれ、黒龍騎士団の詰め所で構わぬ。そこで茶など淹れさせ、口を湿らせながらじゃ」
「いえ、俺は――いえ、わたくしは今すぐにでも――」
「立ち話に老人を付き合わせるな。ワシの腰を労るつもりでテーブルに着け。それにおぬし、自分では気づいてないじゃろうがひどい顔じゃ。茶の一杯飲むくらいの余裕を持たんか」
ロルトにいわれてヴァリウスは口元に手を当てた。
唇が冷えきっている。夜通し空中を飛ばし、風にさらされた全身は冷えきり、唇に触れた指もまた感覚が鈍っていた。
「どれ、そこの黒竜の若いの。湯を沸かして茶を持ってこさせるのじゃ。どこか話のできる部屋は――」
「あちらにございます。ロルト様」
ヴァリウスは兵たちが空で冷えきった身体を温めるための暖気室として使う、小屋のひとつを指差し、そこへとロルトを案内する。
「うむ。よかろう」
小屋に入り、粗末な椅子に背をもたれかけると、ヴァリウスの身体から疲れがどっと溢れ出してきた。しかしまだ、弱音を吐くところではない。
ロルトはそんなヴァリウスを見据えると運ばれてきた薬罐から手ずから茶を淹れ始め、熱々の茶をマグへとなみなみと注いだ。その茶器は平素、黒龍騎士団で使う飾り気のないものだが、今ここで文句をいうものはいない。
「まずは一杯飲んでからじゃ」
今度はロルトの言葉に異論を唱えず、ヴァリウスは静かに茶をすすった。
その一杯をじっくりと身体に満たすと、身体に熱と力が蘇ってきた。
考えもまとまり、今後どうすべきかということも、明確になってきた。
「……ご馳走様でした」
「何があったか、聞かせてもらおう」
ヴァリウスは前線で何が起こったのかを語り始めた。
ロルトはその話を遮ることなく耳を傾けるのだった。
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あけましておめでとうございます!
本年も『ワールドトークRPG!』をご覧いただき、ありがとうございます!!
わたしは新年初テーブルトークRPGを済ませて上機嫌です!
お正月のあとの休みを使って、小説を書きまくろうと思っております。
本年が皆様にとってよい年でありますように…!
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