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三部
ワールドトークRPG異伝_003
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俺は黒い聖杯からカザン王の血を飲み干し、“魂を漁る者”となった。
その瞬間から聖杯とカザン王の血から、さまざまな情報が俺の身体の中を稲妻のように駆け抜けていった。
この黒い盃が『漆黒の聖杯』と呼ばれるアーティファクトであること。
漆黒の聖杯と契約した者は“魂を漁る者”が殺めた生物の魂の量によって、聖杯は願いを叶えることができる、万能の願望実現器だ。
そして、こからはカザン王の血から読み取った知識。
ディックのときは無我夢中で気が付かなかったが、吸血鬼の王は相手の血から情報を読み取れる。
本人が覚えていないような細かな記憶までは読み取れないが、ごくごく強い感情に彩られた記憶は自分のことのように追体験できる。
カザン王は漆黒の聖杯によって祝福――いや、呪われている。
自らが望まないかぎり、死ぬことがない身体。
それはカザン王がまだ若かりし頃。先王アレンのいまわの際に漆黒の聖杯の所有権を譲られ、数晩悩んだ挙句に選んだ“願い”だった。
まず、カザン王はそうして自らを不死の魔物にも匹敵する肉体を持ち、長い年月をかけて次なる“願い”のため備えた。
カザン王が望んだこの先の未来。
初代ユルセール王と不死の王シャリエは、魔物のはびこる未開の地に住まう土地を切り開き、その過程で膨大な魂の力を得た。
その魂はユルセールの土地を豊かな大地にするために使われた。
百余年もの間、漆黒の聖杯は初代ユルセール王が願った豊穣の大地を保ってきた。
今、その魂の力がまた消えかけている。
歪な力で整えられたユルセールの地は、おそるべき速さで崩壊を進めている。
カザン王の願いは“魔界の門”を開くこと。
王は“願い”を叶えるために必要な大量の魂を、ユルセールの民や他の人々ではなく、別の次元に求めることにしたのだ。
そのためにはペストブリンガーの魔法と実力。大量殺戮の技。
さらに契約者である王を守り、ペストブリンガーに匹敵する実力者。ストームブリンガーのような者が現れるのを待っていたんだ。
血は嘘をつかない。
俺の目的と王の目的は一致した。
自然と俺はカザン王の足元に跪いていた。
「ユルセール王よ。この俺の力。“仮面の”メフィストはユルセールを守護する鬼となることを誓う」
「その誓い、受け入れようぞ。メフィストよ」
夜は更けていき、俺とカザン王とバルムンクは地下の謁見室でこれからの戦いを煮詰め合った。
「ストームブリンガー。お前は魔法封じることができるという話だが、具体的にはどうやるんだ?」
「――カザン王」
俺がずばりストームブリンガーの秘中の秘であろう能力に突っ込むと、バルムンクは眉を寄せてカザン王を見た。もちろん王は頷いて視線を返す。
「こんな簡単に手の内を明かしていいもんか……」
「俺も手の内を明かす。頼む」
「おいおい。吸血鬼の王ってだけでも古代龍並にヤバいっていうのに、まだ何かあるのかよ」
「というか『吸血鬼の王』についてどれだけ知っているんだ、ストームブリンガー?」
「バルムンクでいい。その呼ばれ方はそんなに好きじゃない――そうだな。えらい怪力と血を吸うくらいしか知らないが、実際にお前と対峙して只者じゃないのはわかっているつもりだ」
いくぶん砕けた様子でバルムンク。すでに王のそばに立つのをやめて、椅子に腰を掛け始めた。
「わたしも吸血鬼については伝説にあるような話しか知らぬ。よければ吸血鬼の王教えてはもらえぬか?」
カザン王もそういうことだし、俺は吸血鬼の王――自分のことについてなのだが、語ることにする。
「この世に究極のアンデッドがふたつある。ひとつが不死の王。不老不死の身体と混沌神の加護。そして魔術――魔術を極めたものだけが使うことができる十位階の上位魔法語《死徒転生/ビカムアンデット》で変じることから、魔術に特化したアンデッドだ」
魔術を極めたものだけが――
自分の言葉が永遠に鼓動を止めた胸を抉るようだった。
「その反対に位置するものが吸血鬼の王。不死の王には劣るものの混沌神の加護。つまり暗黒魔法を扱うことができ、不老不死を得た化物。最大の特徴は物理的な暴力だ」
俺は自分の隠しから短剣を取り出すと、鋭い切っ先を左手の指で抓んだ。短剣を持つ右手に力を込めると、鉄でできた短剣の刀身がみるみる縮んでいく。
もちろん縮んだわけじゃない。
俺の怪力と両腕に込められた完璧なバランス。それが短剣を押しつぶしているのだ。
それを見たバルムンクが場違いな口笛を短く漏らした。
「すげえな」
「メフィストよ。仮に、バルムンクと戦えばどちらが勝つ?」
そこにカザン王がとんでもない質問をぶち込んできやがった。
「俺だろうな――けど、魔法を封じる力が本当にあるのなら。さらに奥の手を隠しているなら、正直わからない。いや、多分俺の分が悪いだろう」
俺の正直な感想だが、王もバルムンクも表情を変えない。
「暗黒魔法があれば俺は持久戦ができる。秩序の神々の神官のように、アンデッドに使う回復魔法がある。それに、俺の奥の手もある。だが、相性が悪いんだ」
「魔法を封じられることがそんなに……か? お前は物理攻撃に特化したバケモ――ああ、すまん。アンデッドなんだろ」
妙なところで気を使ってくれるな。俺が考えていたよりももっと、バルムンクっていうのはいい奴なのかもな。
「まだ慣れてないんだ。殴り合いっていうのが」
「それはどういうことだ、メフィスト?」
王が冷たい声で促す。カザン王にはもうわかっているはずだ。俺の正体が。
その上で俺の口から明らかにするのを望んでいる。
――覚悟を決めろ。そう、いいたいのだろう。
「これを見てくれ。この城をすこし離れたところから見た様子だ」
無限の革袋から水晶球を出す。遠見の水晶球というやつで、俺を中心とした一帯を映し出すことができるマジックアイテムだ。
水晶球は、満月からの青白い光が夜のリ=ハン湖と剛健な城を寒々しく映し出している。
水晶球の景色を確認し、俺はマントで隠すようにしていた剣を抜く。
バルムンクが俺の剣を見て少しだけ反応したように見える。
「安心してくれ。この剣は俺の魔法の発動体だ」
「魔法? 神官が使う魔法に発動体が必要ないだろ」
「見せてもらおう。“仮面の”メフィストの隠された力を」
やや不審げなバルムンクに対して、カザン王はどこまでも泰然としたものだ。
見せてやるよ。かつてこの国一番といわれた魔術師の魔法を。
「――我が魔力、大気に満ちよ。天変覆いて境地に至れ。糸を紡ぐように雫を布に。その織物を以って雨雲を纏い、舞いおどれ。万雷の拍手が地異に降り注ぐまで。《天候操作/コントロールウェザー》」
呪文は完成した。しばらくの沈黙ののち、水晶球に映し出された景色が一変した。雨期の密林でしばしば起こるような、激しい土砂降りの雨だ。
「俺は、第九位階の上位古代語までを操れる。天候を操り、肉体を石化させ、複数の人間に強制の魔法を同時にかけたりすることができる。もちろん《転移/テレポート》もだ」
「天候操作の魔法……!? カザン王、まさかこいつは!?」
バルムンクが腰の魔剣に手を伸ばしかけたが、カザン王は片手を上げただけでそれを制した。
「メフィストよ。そなたの力、しかと見届けた。バルムンクよ、詮索は無用だ」
「“依頼”した王様がそういうんであれば、俺はいいんだが……そうか。それで俺とは分が悪いってことか」
魔法が使えなければ俺は“ただの”吸血鬼の王。
カザン王の持つ漆黒の聖杯や、バルムンクが持っているであろうアーティファクト級の奥の手を持っていない俺は、詰めが足りない。
それでもバルムンクひとりならば、まだ戦いようがある。そこにカザン王の無敵の身体と聖杯の“願望”を使われたらまず勝ち目はない。
「ところでこれは俺の興味なんだが……その剣を見せてもらえないか?」
「俺の剣を?」
バルムンクが意外なことを聞いてきた。
俺の剣は七つの護符剣というマジックアイテムだ。
形状は片手半の広刃の剣で、刀身には七つのメダルが嵌めこまれている。
このメダルにはそれぞれ魔法を封じ込めておくことができるのだが、自分の使った魔法でなくてはならず、また使う時も自分でなくてはならない。しかも剣じたいがそこそこ重いので、今まで俺には扱えなかった。
これまでは重かったので身にはつけなかったが、持ち運ぶ手段さえあれば、便利な魔法貯蔵庫という具合だった。
今では筋力も比較にならないくらいになったので、魔法の剣としてもそこそこ強く、魔法語の発動体にもなるこの剣を常時身に着けている。
「いいけど……俺以外の魔術師が持っていてもたいした効果はないぞ」
俺は七つの護符剣を渡すと、の効果について一通り説明する。
すると、バルムンクは自分の剣を腰から外して見比べる。
「この剣。俺の天叢雲剣と……柄頭の意匠が似ている。全体的な造りも……」
天叢雲剣? それがバルムンクの持つ剣の名前か。
「俺の剣は呪われた剣。かつてヴァル魔法王国を終焉に導いた剣…… この剣を鍛え、魔力を注ぎ込んだのは魔法王国の宮廷魔術師であったリサージオといわれている」
何か納得したのか、バルムンクは七つの護符剣を俺に返して問いかけてきた。
「天叢雲剣は魔法を封じる結界を生み出す力と、嵐と竜巻を生む力。さらに雲を食べる八首の竜を召喚し、純粋な剣としても絶大な威力を秘めたアーティファクト――」
「――ちょっとまってくれ。なんだその出鱈目な剣は!?」
どれか魔法を封じる効果。嵐と竜巻を呼ぶ効果。雲を食べる竜を召喚する効果。さらに純粋な魔剣として強い。どれひとつを取っても国宝級のマジックアイテムの効果だ。
「いくら古代魔法王国のアーティファクトといっても、そう思うだろうな…… だが、この剣を使うためにはいくつか呪われた制限があってな」
バルムンクは天叢雲剣を使うために必要な条件と達成しなくてはいけないコストを列挙していった。
血統制限、継承するたびに重くなるコスト、一年間に殺さなくてはならない生け贄―― そして、それらを支払えなかった時の代価。
「なるほどな。それだけの効果をもたらすためにマイナスの効果を盛り込んで、バランスを取っているわけか……」
「それもあって、俺はカザン王の考えに同意した。魔界なら倒す相手はよりどりみどりだろうし、無事にユルセールの歪みとやらを直した暁には――」
「左様。その剣の呪いを聖杯の力で解き放とう」
そういうことか。なんでストームブリンガーともあろうものが、一国の王とはいえ付き従っているのかが合点がいった。
「まあ、俺はいいんだ……その、天叢雲剣の呪いを解くのはオマケみたいなものなんでな。それよりメフィストのその剣」
「リサージオって魔術師が作ったっていう」
「リサージオはヴァル魔法王国の国王とふたりの息子。そして、自らのためにアーティファクトを作ったという。その剣、もしかすると……」
「もしかすると……」
「呪われているんじゃないのか?」
「やめてくれ!!」
思わずバルムンクに突っ込みを入れてしまった。
冗談じゃない。随分前に古代遺跡で手に入れてから、魔法のストック用具として便利に使っているんだ。今さら呪われているとか勘弁してくれ。
「鑑定の魔法は使ってみたのか?」
「実のところ定期的に使ってはいるんだが、一度も成功したことがない」
自分の力が上がったと思ったとき、《鑑定/アナライズ》の魔法を使い続けて入るものの、ただの一度も成功したことがなかった。
たまたまこの剣を持って《鑑定/アナライズ》をかけたとき、魔法が吸い込まれたのを知ってから七つの護符剣のちからに気がついただけ。
なのでバルムンクの剣の壮絶なリスクを聞いて、その剣と同じ作者が作ったと知ると“呪われている”という言葉が俄然生々しくなってくる。
「これまでメフィスト自身が害に気が付かなかったのであれば、その剣の素性については今はよかろう。――それよりもだ」
カザン王がこの話を続ける気がなくなるような調子で、話題を本題に戻した。
「シャリエ殿もまたアーティファクトで疫病を操る。バルムンクの剣ではそれを防げず、わたしもまた不死に近いとはいえ、疫病にかかり続ければ動くこともままならないだろう」
「魔法を封じても、ペストブリンガーのアーティファクトがある限り、必勝が望めないってことか。けど、カザン王の聖杯の力で、それくらい無効化できるんじゃないのか? あるいはペストブリンガーそのものを滅することだってできるんじゃ?」
「……なぜかはわからないが、漆黒の聖杯は生き物を直接殺すことができない。そして、これまで」
「案外、聖杯も万能じゃないんだな」
しかし考えてみれば、聖杯は誰かを殺すことで力をチャージしているんだ。
その力で人を殺してしまうのは、何か矛盾が起こってしまうのかもしれない。
「そして、シャリエ殿とそのアーティファクトの力を封じるのに、どれくらいの魂が必要になるのかは未知数だ。これまではシャリエ殿がいなければ、とてもではないが数多くの魂を漁ることができない。聖杯の力、無駄に使うわけには行かぬ」
つまりだ。カザン王は俺にこういっているのか。
「俺が――ペストブリンガーに取って代われと」
王は深く頷いた。
「わかった。この俺、“仮面の”メフィストがペストブリンガー。ユルセール顧問魔術師シャリエのあとを継ぐことを約束する」
「勝算はあるのか?」
バルムンクが当然そういってくる。
大丈夫だ。王の聖杯の力を使わずとも。
冒険者として数々の困難を乗り越えてきた俺だ。
望んだ力ではないが、力も得た。
「当然――勝てる」
その瞬間から聖杯とカザン王の血から、さまざまな情報が俺の身体の中を稲妻のように駆け抜けていった。
この黒い盃が『漆黒の聖杯』と呼ばれるアーティファクトであること。
漆黒の聖杯と契約した者は“魂を漁る者”が殺めた生物の魂の量によって、聖杯は願いを叶えることができる、万能の願望実現器だ。
そして、こからはカザン王の血から読み取った知識。
ディックのときは無我夢中で気が付かなかったが、吸血鬼の王は相手の血から情報を読み取れる。
本人が覚えていないような細かな記憶までは読み取れないが、ごくごく強い感情に彩られた記憶は自分のことのように追体験できる。
カザン王は漆黒の聖杯によって祝福――いや、呪われている。
自らが望まないかぎり、死ぬことがない身体。
それはカザン王がまだ若かりし頃。先王アレンのいまわの際に漆黒の聖杯の所有権を譲られ、数晩悩んだ挙句に選んだ“願い”だった。
まず、カザン王はそうして自らを不死の魔物にも匹敵する肉体を持ち、長い年月をかけて次なる“願い”のため備えた。
カザン王が望んだこの先の未来。
初代ユルセール王と不死の王シャリエは、魔物のはびこる未開の地に住まう土地を切り開き、その過程で膨大な魂の力を得た。
その魂はユルセールの土地を豊かな大地にするために使われた。
百余年もの間、漆黒の聖杯は初代ユルセール王が願った豊穣の大地を保ってきた。
今、その魂の力がまた消えかけている。
歪な力で整えられたユルセールの地は、おそるべき速さで崩壊を進めている。
カザン王の願いは“魔界の門”を開くこと。
王は“願い”を叶えるために必要な大量の魂を、ユルセールの民や他の人々ではなく、別の次元に求めることにしたのだ。
そのためにはペストブリンガーの魔法と実力。大量殺戮の技。
さらに契約者である王を守り、ペストブリンガーに匹敵する実力者。ストームブリンガーのような者が現れるのを待っていたんだ。
血は嘘をつかない。
俺の目的と王の目的は一致した。
自然と俺はカザン王の足元に跪いていた。
「ユルセール王よ。この俺の力。“仮面の”メフィストはユルセールを守護する鬼となることを誓う」
「その誓い、受け入れようぞ。メフィストよ」
夜は更けていき、俺とカザン王とバルムンクは地下の謁見室でこれからの戦いを煮詰め合った。
「ストームブリンガー。お前は魔法封じることができるという話だが、具体的にはどうやるんだ?」
「――カザン王」
俺がずばりストームブリンガーの秘中の秘であろう能力に突っ込むと、バルムンクは眉を寄せてカザン王を見た。もちろん王は頷いて視線を返す。
「こんな簡単に手の内を明かしていいもんか……」
「俺も手の内を明かす。頼む」
「おいおい。吸血鬼の王ってだけでも古代龍並にヤバいっていうのに、まだ何かあるのかよ」
「というか『吸血鬼の王』についてどれだけ知っているんだ、ストームブリンガー?」
「バルムンクでいい。その呼ばれ方はそんなに好きじゃない――そうだな。えらい怪力と血を吸うくらいしか知らないが、実際にお前と対峙して只者じゃないのはわかっているつもりだ」
いくぶん砕けた様子でバルムンク。すでに王のそばに立つのをやめて、椅子に腰を掛け始めた。
「わたしも吸血鬼については伝説にあるような話しか知らぬ。よければ吸血鬼の王教えてはもらえぬか?」
カザン王もそういうことだし、俺は吸血鬼の王――自分のことについてなのだが、語ることにする。
「この世に究極のアンデッドがふたつある。ひとつが不死の王。不老不死の身体と混沌神の加護。そして魔術――魔術を極めたものだけが使うことができる十位階の上位魔法語《死徒転生/ビカムアンデット》で変じることから、魔術に特化したアンデッドだ」
魔術を極めたものだけが――
自分の言葉が永遠に鼓動を止めた胸を抉るようだった。
「その反対に位置するものが吸血鬼の王。不死の王には劣るものの混沌神の加護。つまり暗黒魔法を扱うことができ、不老不死を得た化物。最大の特徴は物理的な暴力だ」
俺は自分の隠しから短剣を取り出すと、鋭い切っ先を左手の指で抓んだ。短剣を持つ右手に力を込めると、鉄でできた短剣の刀身がみるみる縮んでいく。
もちろん縮んだわけじゃない。
俺の怪力と両腕に込められた完璧なバランス。それが短剣を押しつぶしているのだ。
それを見たバルムンクが場違いな口笛を短く漏らした。
「すげえな」
「メフィストよ。仮に、バルムンクと戦えばどちらが勝つ?」
そこにカザン王がとんでもない質問をぶち込んできやがった。
「俺だろうな――けど、魔法を封じる力が本当にあるのなら。さらに奥の手を隠しているなら、正直わからない。いや、多分俺の分が悪いだろう」
俺の正直な感想だが、王もバルムンクも表情を変えない。
「暗黒魔法があれば俺は持久戦ができる。秩序の神々の神官のように、アンデッドに使う回復魔法がある。それに、俺の奥の手もある。だが、相性が悪いんだ」
「魔法を封じられることがそんなに……か? お前は物理攻撃に特化したバケモ――ああ、すまん。アンデッドなんだろ」
妙なところで気を使ってくれるな。俺が考えていたよりももっと、バルムンクっていうのはいい奴なのかもな。
「まだ慣れてないんだ。殴り合いっていうのが」
「それはどういうことだ、メフィスト?」
王が冷たい声で促す。カザン王にはもうわかっているはずだ。俺の正体が。
その上で俺の口から明らかにするのを望んでいる。
――覚悟を決めろ。そう、いいたいのだろう。
「これを見てくれ。この城をすこし離れたところから見た様子だ」
無限の革袋から水晶球を出す。遠見の水晶球というやつで、俺を中心とした一帯を映し出すことができるマジックアイテムだ。
水晶球は、満月からの青白い光が夜のリ=ハン湖と剛健な城を寒々しく映し出している。
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「――我が魔力、大気に満ちよ。天変覆いて境地に至れ。糸を紡ぐように雫を布に。その織物を以って雨雲を纏い、舞いおどれ。万雷の拍手が地異に降り注ぐまで。《天候操作/コントロールウェザー》」
呪文は完成した。しばらくの沈黙ののち、水晶球に映し出された景色が一変した。雨期の密林でしばしば起こるような、激しい土砂降りの雨だ。
「俺は、第九位階の上位古代語までを操れる。天候を操り、肉体を石化させ、複数の人間に強制の魔法を同時にかけたりすることができる。もちろん《転移/テレポート》もだ」
「天候操作の魔法……!? カザン王、まさかこいつは!?」
バルムンクが腰の魔剣に手を伸ばしかけたが、カザン王は片手を上げただけでそれを制した。
「メフィストよ。そなたの力、しかと見届けた。バルムンクよ、詮索は無用だ」
「“依頼”した王様がそういうんであれば、俺はいいんだが……そうか。それで俺とは分が悪いってことか」
魔法が使えなければ俺は“ただの”吸血鬼の王。
カザン王の持つ漆黒の聖杯や、バルムンクが持っているであろうアーティファクト級の奥の手を持っていない俺は、詰めが足りない。
それでもバルムンクひとりならば、まだ戦いようがある。そこにカザン王の無敵の身体と聖杯の“願望”を使われたらまず勝ち目はない。
「ところでこれは俺の興味なんだが……その剣を見せてもらえないか?」
「俺の剣を?」
バルムンクが意外なことを聞いてきた。
俺の剣は七つの護符剣というマジックアイテムだ。
形状は片手半の広刃の剣で、刀身には七つのメダルが嵌めこまれている。
このメダルにはそれぞれ魔法を封じ込めておくことができるのだが、自分の使った魔法でなくてはならず、また使う時も自分でなくてはならない。しかも剣じたいがそこそこ重いので、今まで俺には扱えなかった。
これまでは重かったので身にはつけなかったが、持ち運ぶ手段さえあれば、便利な魔法貯蔵庫という具合だった。
今では筋力も比較にならないくらいになったので、魔法の剣としてもそこそこ強く、魔法語の発動体にもなるこの剣を常時身に着けている。
「いいけど……俺以外の魔術師が持っていてもたいした効果はないぞ」
俺は七つの護符剣を渡すと、の効果について一通り説明する。
すると、バルムンクは自分の剣を腰から外して見比べる。
「この剣。俺の天叢雲剣と……柄頭の意匠が似ている。全体的な造りも……」
天叢雲剣? それがバルムンクの持つ剣の名前か。
「俺の剣は呪われた剣。かつてヴァル魔法王国を終焉に導いた剣…… この剣を鍛え、魔力を注ぎ込んだのは魔法王国の宮廷魔術師であったリサージオといわれている」
何か納得したのか、バルムンクは七つの護符剣を俺に返して問いかけてきた。
「天叢雲剣は魔法を封じる結界を生み出す力と、嵐と竜巻を生む力。さらに雲を食べる八首の竜を召喚し、純粋な剣としても絶大な威力を秘めたアーティファクト――」
「――ちょっとまってくれ。なんだその出鱈目な剣は!?」
どれか魔法を封じる効果。嵐と竜巻を呼ぶ効果。雲を食べる竜を召喚する効果。さらに純粋な魔剣として強い。どれひとつを取っても国宝級のマジックアイテムの効果だ。
「いくら古代魔法王国のアーティファクトといっても、そう思うだろうな…… だが、この剣を使うためにはいくつか呪われた制限があってな」
バルムンクは天叢雲剣を使うために必要な条件と達成しなくてはいけないコストを列挙していった。
血統制限、継承するたびに重くなるコスト、一年間に殺さなくてはならない生け贄―― そして、それらを支払えなかった時の代価。
「なるほどな。それだけの効果をもたらすためにマイナスの効果を盛り込んで、バランスを取っているわけか……」
「それもあって、俺はカザン王の考えに同意した。魔界なら倒す相手はよりどりみどりだろうし、無事にユルセールの歪みとやらを直した暁には――」
「左様。その剣の呪いを聖杯の力で解き放とう」
そういうことか。なんでストームブリンガーともあろうものが、一国の王とはいえ付き従っているのかが合点がいった。
「まあ、俺はいいんだ……その、天叢雲剣の呪いを解くのはオマケみたいなものなんでな。それよりメフィストのその剣」
「リサージオって魔術師が作ったっていう」
「リサージオはヴァル魔法王国の国王とふたりの息子。そして、自らのためにアーティファクトを作ったという。その剣、もしかすると……」
「もしかすると……」
「呪われているんじゃないのか?」
「やめてくれ!!」
思わずバルムンクに突っ込みを入れてしまった。
冗談じゃない。随分前に古代遺跡で手に入れてから、魔法のストック用具として便利に使っているんだ。今さら呪われているとか勘弁してくれ。
「鑑定の魔法は使ってみたのか?」
「実のところ定期的に使ってはいるんだが、一度も成功したことがない」
自分の力が上がったと思ったとき、《鑑定/アナライズ》の魔法を使い続けて入るものの、ただの一度も成功したことがなかった。
たまたまこの剣を持って《鑑定/アナライズ》をかけたとき、魔法が吸い込まれたのを知ってから七つの護符剣のちからに気がついただけ。
なのでバルムンクの剣の壮絶なリスクを聞いて、その剣と同じ作者が作ったと知ると“呪われている”という言葉が俄然生々しくなってくる。
「これまでメフィスト自身が害に気が付かなかったのであれば、その剣の素性については今はよかろう。――それよりもだ」
カザン王がこの話を続ける気がなくなるような調子で、話題を本題に戻した。
「シャリエ殿もまたアーティファクトで疫病を操る。バルムンクの剣ではそれを防げず、わたしもまた不死に近いとはいえ、疫病にかかり続ければ動くこともままならないだろう」
「魔法を封じても、ペストブリンガーのアーティファクトがある限り、必勝が望めないってことか。けど、カザン王の聖杯の力で、それくらい無効化できるんじゃないのか? あるいはペストブリンガーそのものを滅することだってできるんじゃ?」
「……なぜかはわからないが、漆黒の聖杯は生き物を直接殺すことができない。そして、これまで」
「案外、聖杯も万能じゃないんだな」
しかし考えてみれば、聖杯は誰かを殺すことで力をチャージしているんだ。
その力で人を殺してしまうのは、何か矛盾が起こってしまうのかもしれない。
「そして、シャリエ殿とそのアーティファクトの力を封じるのに、どれくらいの魂が必要になるのかは未知数だ。これまではシャリエ殿がいなければ、とてもではないが数多くの魂を漁ることができない。聖杯の力、無駄に使うわけには行かぬ」
つまりだ。カザン王は俺にこういっているのか。
「俺が――ペストブリンガーに取って代われと」
王は深く頷いた。
「わかった。この俺、“仮面の”メフィストがペストブリンガー。ユルセール顧問魔術師シャリエのあとを継ぐことを約束する」
「勝算はあるのか?」
バルムンクが当然そういってくる。
大丈夫だ。王の聖杯の力を使わずとも。
冒険者として数々の困難を乗り越えてきた俺だ。
望んだ力ではないが、力も得た。
「当然――勝てる」
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蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
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