手の平の上の婚約破棄

はぐれメタボ

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手の平の上の婚約破棄

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「この俺、ミハエル・リンド・フルールはコルベト公爵令嬢、サーシャ・エル・コルベトとの婚約を破棄する! 俺の愛するミリーを苛める様な女は王太子である俺に相応しくない! 俺はこのミリーと婚約する!」

 フルール国の王宮のパーティーでこの様な声が上がる。
 壇上では勝気な目をした少年がフワフワとしたピンクの髪の少女の腰を抱いて、自分の婚約者だった公爵令嬢を見下していた。

「婚約の破棄を受け入れます」

 サーシャがそう言うと、ミハエルは嗜虐的な笑みを浮かべて言葉を放つ。

「ふん! 初めからそうやってしおらしくしていれば良いんだ。まぁ、お前は顔は良いからな。ミリーの代わりに政務を熟すなら妾くらいにはして……」
「ふざけるな!」

 ミハエルの言葉を遮ったのは顔を真っ赤にしたサーシャの父、コルベト公爵だった。
 涙を堪えるサーシャを慰める様に肩を抱く公爵夫人も怒りを込めた目でミハエルを睨み付ける。

「ぶ、無礼な! 次期国王であるこの俺の言葉を遮るとは……」
「なんの騒ぎだ!」

 ミハエルの言葉を再び遮られた。
 後から入場するはずだった国王と王妃が騒ぎの中心であるミハエルとコルベト公爵の間に立つ。

「国王陛下。ミハエル殿下はこの様な場で、我が娘サーシャとの婚約の破棄を宣言されました。
 コルベト公爵家はこの婚約破棄を受け入れます」
「な、何だと⁉︎」
「では我々はこれで。帰るぞサーシャ」
「はい、申し訳ありません。お父様」
「お前は何も悪くない。ミハエル殿下には自分の行いの責任を取って貰う事になるだろう。お前はしばらく領地で休みなさい」
「ま、待ってくれ! コルベト公、サーシャ嬢。申し訳なかった! この馬鹿息子にはしっかりと言って聞かせるので、どうか婚約の破棄は撤回させて欲しい!」
「撤回は不要です」

 国王は慌ててコルベト公爵を引き止め頭を下げるが、コルベト公爵は足を止める事はない。

「父上! この様な公の場で王が臣下に頭を下げるなど情けない!」
「黙れ馬鹿者が! 貴様の様な愚か者が王太子でいられるのはコルベト公が後ろ盾でいてくれるからなのだぞ!」

 状況を全く理解していないミハエルの言動に王妃はバタリと倒れ、侍女達に連れられて行く。
 その騒ぎも無視して立ち去ろうとするコルベト公に、国王は必死に謝り引き止めようとするが、反応を返す事なくパーティー会場を出て行ってしまった。
 正妃の息子であるミハエルはあまり出来が良くない。それなのにミハエルが王太子になれたのは国内で最大の権勢を誇るコルベト家の後ろ盾が有り、非常に優秀なサーシャが王太子妃になるからであった。
 国王としても愚かなミハエルを次代の王にするのは不安だったが、ミハエルの弟である第二王子と第三王子は優秀なのだが、それぞれの母親である第二妃と第三妃は野心家で実家も力も強い。
 もしミハエルが王太子から外れれば王太子の座を巡って暗闘が始まるだろう。
 その先に待っているのは内乱だ。
 せっかく時間を掛けて国内をまとめて隣国の国土を切り取ろうと戦力を集めていた矢先こんな問題が起こるとは、国王は全く予想していなかった。
 ミハエルは馬鹿だが、サーシャの事をそれなりに好いていたし、サーシャもミハエルに好意を持っていた筈なのに。

「父上! あの様な無礼者は処罰するべきです。それよりこのミリーを見て下さい。生まれは平民ですが、父上もすぐ彼女の素晴らしさに……」
「何処にいるのだ! その女を私の前に連れて来い! 王命である婚約を破棄させた咎でその首を斬り落としてくれる!」
「な⁉︎ そんな事は許しません! それに彼女ならさっきからそこに……あれ?」

 さっきまでミハエルの腕に抱きついていた筈のミリーの姿がない。

 ミリーの姿を探すミハエルと怒る狂う国王、ミハエルの失墜を確信して第二王子と第三王子の何方に付くべきか思案する貴族達でパーティー会場は大混乱に陥っていた。

 そんな喧騒が遠くに聞こえる王宮の側の薄暗い路地の前に一台の馬車が止まり、路地に身を隠していたドレス姿の少女が音も無く馬車に飛び乗った。

「お疲れ様です。これでこの国はしばらく戦争所ではなくなるでしょう」

 御者の男が視線を向ける事なく少女に声を掛けるが、少女はそれに応える事なくドレスを脱ぎ捨て、馬車に用意されていた商家の娘の様な服に袖を通した。
 フワフワのピンク髪の少女はドレスやミハエルに貰った装飾品を袋に詰め込む。

「コレ、処分をお願いします」
「お任せ下さい。それとこちらを」

 答えながら御者は懐から取り出した手紙を後ろ手に少女に差し出す。
 受け取った少女が中身を改めると、そこに書かれていたのは幾つかの野菜や調味料の名前。買い物メモにしか見えないそのメモだが、そこに隠されたメッセージを読み取った少女は馬車の隅に吊るされたランプの火でメモを燃やした。
 座席の下の隠し戸の中から新しい身分証や学生証、編入届を取り出しながら少女は御者に次の目的地を告げる。

「ドルクマ王国の王都に向かって下さい」
「畏まりました。エージェント『H・T』」

 ミリーと言う名前だった少女は、新たな名前と経歴を手にフルール王国の王都を後にするのだった。


 数ヶ月後、ドルクマ王国の王都。

「きゃ!」
「おっと⁉︎」

 王侯貴族も通う国一番の学園の門の前で、この国の王子はフワフワのピンク髪の少女とぶつかってしまった。

「済まない、私の不注意だ」
「いえ、私の方こそ……いたっ」
「大丈夫かい?」
「……足を挫いてしまったみたいです」

 王子は痛そうに顔を顰める少女を抱き上げる。

「救護室に行こう」
「あ、ありがとうございます」

 顔を真っ赤にする少女に、貴族の貼り付けた様な笑みになれた王子は新鮮な感情を抱く。

「私はこの国の第三王子、アルバスだ」
「アルバス様……わ、私はフレンダと言います」

 こうして、この国にも新たな婚約破棄が生まれるのだった。
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