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密室的な事件
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りーーーん
綺麗に磨かれた親指の爪で弾かれたコインが澄んだ音を響かせて宙を舞う。
持ち主の頭よりも高く飛翔したコインは、偉大なる自然哲学者であり、数学者であり、物理学者であるアイザック・ニュートンが提唱した万有引力の法則に従って再び地面へと引き寄せられる。
はしっ!
コインが母なる大地へと向かうのを遮ったのは、コインの所有者である少女だった。
平均よりも少し控えめな体躯の少女の左手の甲に重ねられた右手。
この両手の間に納められているのは先程まで空中を舞い踊っていた一枚のコインである。
コインを左手の甲から落とさない様にそっと右手を離す。
「…………『表』」
自らの手の甲にあるコイン、そこには彫り込まれていた『ちょこんと座った猫』がこちらを見返していた。
「デカさん、容疑者の皆さんが居る部屋に向かいましょう」
屋敷の応接間には9人の人間が集まっている。
小柄な少女【相馬ひなの】
大柄な刑事【手河浩一】
殺された屋敷の主人の妻【山崎叶恵】
殺された屋敷の主人の息子【山崎拓巳】
山崎拓巳の妻【山崎静香】
殺された屋敷の主人の娘【山崎早苗】
殺された屋敷の主人の友人【飯島隆】
殺された屋敷の主人の取引相手【岡島創】
住み込みの家政婦【森脇花枝】
相馬ひなのと刑事である浩一以外の7人は屋敷の主人である【山崎大輔】氏が鍵のかかった書斎で死体となって発見された時、屋敷の中にいた人間である。
「あの……刑事さん、それでお話とは?」
「それと、その子供は誰ですか?」
拓巳と静香は浩一へと問い掛けた。
どう見ても高校学生、下手をしたら中学生かも知れない少女を連れて来たのは目の前にいる浩一だ。
「あー」
やはり聞かれたか……
予想通りの質問に、面倒だなと思いながらも浩一は口を開こうとする。
しかし、それは叶わなかった。
浩一よりも先に口を開いた者が居たからだ。
「お話と言うのは他でもありません。
山崎大輔氏を殺害した犯人についてです」
『え?』
容疑者でもある7人が同時に間の抜けた声を出す。
年端も行かない少女が刑事を差し置いて犯人がどうのと言い出したからだ。
「ちょっと、いきなりなんですか、あなた!
子供が首を突っ込んで良い事では有りませんよ!」
叶恵が勤めて感情を抑え告げる。
夫の死を子供の遊びに使われては堪らないと考えたのだろう。
尚も言葉を投げようとする叶恵だったが、それを浩一が止める。
「お待ち下さい。
彼女は警察の協力者です」
「協力者!
こんな少女に何を手伝って貰うというのよ!」
花枝が浩一へと詰め寄った。
かなり興奮している花枝だったが、浩一は静かで落ち着いた声音で宥める。
「落ち着いて下さい。
キチンと御説明します」
浩一は容疑者である7人をソファへと座らせると彼らの前に立ち、隣の少女について説明を始める。
「昨年施行された《警察当局外特別捜査協力法》をご存知ですか?」
「えっと……確か、近年の増加する犯罪の複雑化、専門化に対応する為に、警察が依頼した外部から協力者に対して一時的に刑事と同等の捜査権限を与えるって言う奴ですよね?
確か通称…………《探偵法》」
岡島が質問に答えた。
テレビで聞きかじった程度の知識だろうが、その理解で問題ないので浩一もそれを肯定する。
「そうです。
彼女……相馬ひなのは、今回の事件の解決の為、我々警察から捜査協力を依頼した……名探偵です」
浩一は真顔で言ってのけた。
その顔を見ればこれが不謹慎なジョークの類ではない事など一目瞭然だった。
浩一の説明を受けた7人の顔に有るのは戸惑いである。
目の前にいるのは休日、街に出れば視界に入れない方が難しい位の何処にでもいそうな少女なのだ。
冗談では無いようだが、とても信じられ無い。
しかし、ひなのはそんな7人の様子など気にも止めず発言する。
「犯人はこの中に居ます…………多分」
予防線を張っておく。
もし、間違えたら恥ずかしいからだ。
相馬ひなのは名探偵である。
では、彼女は類稀なる頭脳の持ち主なのか?
否、成績は中の上、得意科目はギリギリ上位、不得意科目はギリギリ赤点を免れる位の成績だ。
では、彼女は凡人には想像も付かない様な閃きの持ち主なのか?
否、小3の時になぞなぞの本を読んで知恵熱を出し、学校を休んだ事がある。
では、彼女は誘導尋問やメンタリズムなどの特殊な技能の持ち主なのか?
否、あまり会話は得意では無く、『人の気持ちを考えろ』とよく言われる。
友達は少ない。
では、なぜ相馬ひなのは名探偵と呼ばれるのか…………それは、彼女がとてつもなく幸運だからである。
「ちょっと、多分って何よ!」
浩一は、またかと思いながらざわつく7人を宥める。
彼女は何処かズレている。
ズレた彼女をフォローするのが先輩から押し付け……託された浩一の役目なのである。
「デカさん、アレを出して下さい!」
「手河さんだ。
………………………………ほら、これで良いか?」
最早、諦め掛けている訂正を入れながら浩一はカバンからひなのが適当に(浩一にはそう見えた)選んだいくつかの物品を取り出し、机に並べると1~12の数字の書かれたカードをそれぞれの前に並べる。
「では、行きます!」
その宣言に部屋の中の視線がひなのに集まる。
ひなのが手を差し出すと浩一がポケットから取り出したソレをひなのの手の上に乗せる。
「おりゃあ!」
気合い一閃、ひなのの手から離れたソレが机の上を転がる。
コロコロと転がって動きを止まったのは正十二面体のボディのナイスガイ、《12面ダイス》である。
ピタリと止まった12面ダイス、その頂点が示すのは3。
「3番ですね~」
ひなのは唖然としている7人をよそに3のカードが置かれている物を手に取る。
それはレトロな雰囲気がある鍵だった。
鍵に付けられた札には書斎と書かれている。
「被害者が発見された現場の鍵だな」
浩一の言葉には答えず、ひなのはメモ帳をめくる。
「被害者が発見された書斎には鍵がかけられていた。
そして、この鍵が発見されたのは書斎の机の中、屋敷の他の鍵は家族と家政婦の花枝さんも持っているけど、書斎の鍵を持っていたのは殺された大輔氏のみ、合鍵やマスターキーはない。
密室殺人って奴ですね」
「ああ、そして死因は頸部圧迫による窒息死、凶器のネクタイは被害者の物で……」
りーーん
「『裏』デカさん、死因や凶器は関係有りませんよ。
鍵……扉…………ん?
鍵が掛かっていた書斎にどうやって入ったんですか?」
ひなのの疑問に岡島が答える。
「大輔さんが約束の時間になっても書斎から出て来ないから花枝さんに呼びに行って貰ったんだ。
しばらくして花枝さんが戻って来たんだけど、呼びかけても返事が無いと言うんだ。
鍵は掛かっていると言うから中に大輔さんが居るのは間違いないから僕と花枝さん、たまたま居合わせた拓巳さんと飯島さんの4人で書斎へ向かったんだ。
そして、失礼かとも思ったけど鍵穴から中を覗いたら倒れている大輔さんを見つけて、慌てて花枝さんが持って来てくれたツルハシで鍵穴を壊して扉を開けたんだ。
直ぐに大輔さんに駆け寄ったけど既に亡くなっていた。
花枝さんに警察に電話して貰って、僕達は部屋に入らない様に気を付けて部屋で警察を待っていたんだ。
君達が来るまで誰も部屋を出ていない。」
「なるほど……本当に合鍵は無いのですか?」
「有りません!
旦那様は、書斎の鍵を肌身離さずお持ちでした!
旦那様以外は目にする事も無いのに合鍵なんて作る隙は有りませんよ!」
「お、落ち着いて下さい」
騒がしい花枝と浩一を無視してひなのの質問は続く。
「皆さんも書斎以外の鍵はお持ちなんですよね?」
「え、ええ、家族と花枝さんは皆んな持っているわ、当然でしょ?
自分の家の鍵なんだから」
当然でしょ?
と早苗が自分の鍵を取り出して見せる。
そこにひなのは、すっと手を差し出す。
「 ? 」
早苗はつい反射的にひなの手の平に鍵を乗せた。
「 ? 」
ところがひなのもよく分からない表情をする。
別に何かあった訳ではない。
ただ、なんと無く手を出してしまっただけなのだ。
ひなのは受け取った鍵をとりあえず観察してから早苗に返そうとする。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
早苗の方に一歩踏み出したひなのは何も無い部屋の中でつるりと滑り転倒した。
バナナの皮を踏んだお笑い芸人の如く、絵に描いたような転倒である。
余談ではあるが、それだけ盛大に転倒した為、彼女のスカートは大きくはためいたが、何故かどれだけ波打とうとも下着が見える事はなく、スカートは己の使命を全うするのだった。
「あいたたた」
「相馬、大丈夫か⁉︎」
浩一は少し慌てる。
しかし、ひなのは口では痛いと言っているが、正直別に痛くも何とも無かった。
ただ、さっきまで手にしていた早苗の鍵が見当たらない。
転倒した拍子に何処かへ飛んで行ってしまった様だ。
キョロキョロと周囲を見回したひなのは、難なく鍵を発見する。
昔から何故か探し物は得意なのだ。
「あ!」
「え⁉︎」
ひなのの手から離れた早苗の鍵は 机に置いてあった書斎の鍵のすぐ隣に転がっていた。
そして、その2つの鍵は…………とても良く似ていた。
「と言うか、これ同じ鍵ですよ」
ひなのは2つの鍵を手に取り見比べる。
「どう言う事ですか早苗さん。
何故、貴女が書斎の鍵と同じ鍵を持っているのですか?」
「ちっ、違います!
私は何も知りません!
コレは普段は使わない蔵の鍵です!」
「お話は署の方でお聞きします。
ご同行を願えますか?」
「そんな!」
浩一は早苗を鋭く睨み付ける。
1つしか無いと言われていた書斎の鍵、その鍵と同じ鍵が出て来たのだ。
つまり、早苗も自由に書斎に出入り出来たと言う事になる。
りーーん
「『裏』デカさん、早苗さんは犯人では有りませんよ」
「何⁉︎
しかし、書斎の鍵が……」
「早苗さんは犯人では無い。
なら、その鍵は蔵の鍵なのでしょう。
つまり、この書斎の鍵も蔵の鍵。
書斎の鍵は大輔氏が常に肌身離さず持っていた。
誰も書斎の鍵をしっかりと見た事は無かったのでしょう。
犯人は大輔氏を殺害した後、書斎の鍵を似たデザインの蔵の鍵とすり替えて書斎を出た後、本物の書斎の鍵で鍵を閉めたのです」
「そ、そんなの、その鍵が書斎の鍵穴に合わなくて直ぐにすり替えたとバレるじゃない!」
「いいえ、鍵穴は既に破壊されて直ぐには検証は出来ません。
勿論、警察が調べれば分かるでしょうが、遺体発見時のドサクサに紛れて本物を戻そうと考えていたのでしょう」
「じゃ、じゃあ、犯人は……」
「皆んな持っているこの蔵の鍵を持っていない人物が犯人です」
ひなのの言葉に慌てて自分の鍵を取り出し潔白を証明する。
屋敷の人間では無い飯島と岡島以外は次々と鍵を取り出す。
ひなのと浩一は差し出された鍵が蔵の鍵と同じ物かしっかりと確認して行く。
「さて、あなたの蔵の鍵を見せて頂けますか?
森脇花枝さん」
「……………………」
花枝は俯いたまま答えない。
「は、花枝さん……」
「まさか、花枝さんが!」
「なんで花枝さんが親父を……」
「ま、待って下さい!
たかが鍵1つでなんで私が犯人になるのですか!
蔵の鍵は私の不注意で紛失してしまったんです!
お預かりしていた鍵を無くしてしまったから言い出せ無かっただけで、私が旦那様を殺したなんて、とんでもない!」
りーーん
「『表』森脇花枝さん、犯人はあなたです!」
「バカにしないで!!
表が出たから犯人なんて!
そんな物が通るはず無い!!」
「相馬……」
「ふむ……」
ひなのは逐一書き込んでいたメモ帳を取り出すと目を瞑り適当にページを開く。
そのページは岡島から聞いた警察が到着するまでの7人の様子のメモだった。
「…………なるほど。
花枝さん、あなたは遺体発見時のドサクサに紛れて本物の鍵を戻すつもりでした。
上手くツルハシを渡して鍵穴を破壊する事に成功しましたが、遺体を発見して直ぐ、岡島さんに警察を呼ぶ様に指示されてしまった。
その後は皆さんと同じ部屋でずっと一緒に過ごしていた。
つまりあなたは今、本物の書斎の鍵を持っているのではないですか?」
「………………」
「花枝さん、女性の捜査官を呼びますので、身体検査をさせて頂けますか?」
「………………」
カタッ
俯いたまま、花枝さんはポケットから蔵の鍵とよく似た鍵を取り出した。
数日後
「へい、大盛りチャーシューネギニンニンマシマシお待ち」
ひなのは目の前で湯気を上げる器を手前に引き寄せる。
ズルズル
「それで、動機は何だったんですか?」
目の前でひなののラーメンに勝るとも劣らない山盛りの野菜とチャーシューが乗ったラーメンを食べている浩一に尋ねる。
ズズー
「なんでも金庫の金に手を付けていたのを大輔氏に気付かれ口論の末、カッとなって殺してしまったらしい」
「良くある話ですね」
「まぁな」
休日の昼間、駅前のラーメン屋で女子高生と中年刑事の会話はもう少しだけ続くのだった。
綺麗に磨かれた親指の爪で弾かれたコインが澄んだ音を響かせて宙を舞う。
持ち主の頭よりも高く飛翔したコインは、偉大なる自然哲学者であり、数学者であり、物理学者であるアイザック・ニュートンが提唱した万有引力の法則に従って再び地面へと引き寄せられる。
はしっ!
コインが母なる大地へと向かうのを遮ったのは、コインの所有者である少女だった。
平均よりも少し控えめな体躯の少女の左手の甲に重ねられた右手。
この両手の間に納められているのは先程まで空中を舞い踊っていた一枚のコインである。
コインを左手の甲から落とさない様にそっと右手を離す。
「…………『表』」
自らの手の甲にあるコイン、そこには彫り込まれていた『ちょこんと座った猫』がこちらを見返していた。
「デカさん、容疑者の皆さんが居る部屋に向かいましょう」
屋敷の応接間には9人の人間が集まっている。
小柄な少女【相馬ひなの】
大柄な刑事【手河浩一】
殺された屋敷の主人の妻【山崎叶恵】
殺された屋敷の主人の息子【山崎拓巳】
山崎拓巳の妻【山崎静香】
殺された屋敷の主人の娘【山崎早苗】
殺された屋敷の主人の友人【飯島隆】
殺された屋敷の主人の取引相手【岡島創】
住み込みの家政婦【森脇花枝】
相馬ひなのと刑事である浩一以外の7人は屋敷の主人である【山崎大輔】氏が鍵のかかった書斎で死体となって発見された時、屋敷の中にいた人間である。
「あの……刑事さん、それでお話とは?」
「それと、その子供は誰ですか?」
拓巳と静香は浩一へと問い掛けた。
どう見ても高校学生、下手をしたら中学生かも知れない少女を連れて来たのは目の前にいる浩一だ。
「あー」
やはり聞かれたか……
予想通りの質問に、面倒だなと思いながらも浩一は口を開こうとする。
しかし、それは叶わなかった。
浩一よりも先に口を開いた者が居たからだ。
「お話と言うのは他でもありません。
山崎大輔氏を殺害した犯人についてです」
『え?』
容疑者でもある7人が同時に間の抜けた声を出す。
年端も行かない少女が刑事を差し置いて犯人がどうのと言い出したからだ。
「ちょっと、いきなりなんですか、あなた!
子供が首を突っ込んで良い事では有りませんよ!」
叶恵が勤めて感情を抑え告げる。
夫の死を子供の遊びに使われては堪らないと考えたのだろう。
尚も言葉を投げようとする叶恵だったが、それを浩一が止める。
「お待ち下さい。
彼女は警察の協力者です」
「協力者!
こんな少女に何を手伝って貰うというのよ!」
花枝が浩一へと詰め寄った。
かなり興奮している花枝だったが、浩一は静かで落ち着いた声音で宥める。
「落ち着いて下さい。
キチンと御説明します」
浩一は容疑者である7人をソファへと座らせると彼らの前に立ち、隣の少女について説明を始める。
「昨年施行された《警察当局外特別捜査協力法》をご存知ですか?」
「えっと……確か、近年の増加する犯罪の複雑化、専門化に対応する為に、警察が依頼した外部から協力者に対して一時的に刑事と同等の捜査権限を与えるって言う奴ですよね?
確か通称…………《探偵法》」
岡島が質問に答えた。
テレビで聞きかじった程度の知識だろうが、その理解で問題ないので浩一もそれを肯定する。
「そうです。
彼女……相馬ひなのは、今回の事件の解決の為、我々警察から捜査協力を依頼した……名探偵です」
浩一は真顔で言ってのけた。
その顔を見ればこれが不謹慎なジョークの類ではない事など一目瞭然だった。
浩一の説明を受けた7人の顔に有るのは戸惑いである。
目の前にいるのは休日、街に出れば視界に入れない方が難しい位の何処にでもいそうな少女なのだ。
冗談では無いようだが、とても信じられ無い。
しかし、ひなのはそんな7人の様子など気にも止めず発言する。
「犯人はこの中に居ます…………多分」
予防線を張っておく。
もし、間違えたら恥ずかしいからだ。
相馬ひなのは名探偵である。
では、彼女は類稀なる頭脳の持ち主なのか?
否、成績は中の上、得意科目はギリギリ上位、不得意科目はギリギリ赤点を免れる位の成績だ。
では、彼女は凡人には想像も付かない様な閃きの持ち主なのか?
否、小3の時になぞなぞの本を読んで知恵熱を出し、学校を休んだ事がある。
では、彼女は誘導尋問やメンタリズムなどの特殊な技能の持ち主なのか?
否、あまり会話は得意では無く、『人の気持ちを考えろ』とよく言われる。
友達は少ない。
では、なぜ相馬ひなのは名探偵と呼ばれるのか…………それは、彼女がとてつもなく幸運だからである。
「ちょっと、多分って何よ!」
浩一は、またかと思いながらざわつく7人を宥める。
彼女は何処かズレている。
ズレた彼女をフォローするのが先輩から押し付け……託された浩一の役目なのである。
「デカさん、アレを出して下さい!」
「手河さんだ。
………………………………ほら、これで良いか?」
最早、諦め掛けている訂正を入れながら浩一はカバンからひなのが適当に(浩一にはそう見えた)選んだいくつかの物品を取り出し、机に並べると1~12の数字の書かれたカードをそれぞれの前に並べる。
「では、行きます!」
その宣言に部屋の中の視線がひなのに集まる。
ひなのが手を差し出すと浩一がポケットから取り出したソレをひなのの手の上に乗せる。
「おりゃあ!」
気合い一閃、ひなのの手から離れたソレが机の上を転がる。
コロコロと転がって動きを止まったのは正十二面体のボディのナイスガイ、《12面ダイス》である。
ピタリと止まった12面ダイス、その頂点が示すのは3。
「3番ですね~」
ひなのは唖然としている7人をよそに3のカードが置かれている物を手に取る。
それはレトロな雰囲気がある鍵だった。
鍵に付けられた札には書斎と書かれている。
「被害者が発見された現場の鍵だな」
浩一の言葉には答えず、ひなのはメモ帳をめくる。
「被害者が発見された書斎には鍵がかけられていた。
そして、この鍵が発見されたのは書斎の机の中、屋敷の他の鍵は家族と家政婦の花枝さんも持っているけど、書斎の鍵を持っていたのは殺された大輔氏のみ、合鍵やマスターキーはない。
密室殺人って奴ですね」
「ああ、そして死因は頸部圧迫による窒息死、凶器のネクタイは被害者の物で……」
りーーん
「『裏』デカさん、死因や凶器は関係有りませんよ。
鍵……扉…………ん?
鍵が掛かっていた書斎にどうやって入ったんですか?」
ひなのの疑問に岡島が答える。
「大輔さんが約束の時間になっても書斎から出て来ないから花枝さんに呼びに行って貰ったんだ。
しばらくして花枝さんが戻って来たんだけど、呼びかけても返事が無いと言うんだ。
鍵は掛かっていると言うから中に大輔さんが居るのは間違いないから僕と花枝さん、たまたま居合わせた拓巳さんと飯島さんの4人で書斎へ向かったんだ。
そして、失礼かとも思ったけど鍵穴から中を覗いたら倒れている大輔さんを見つけて、慌てて花枝さんが持って来てくれたツルハシで鍵穴を壊して扉を開けたんだ。
直ぐに大輔さんに駆け寄ったけど既に亡くなっていた。
花枝さんに警察に電話して貰って、僕達は部屋に入らない様に気を付けて部屋で警察を待っていたんだ。
君達が来るまで誰も部屋を出ていない。」
「なるほど……本当に合鍵は無いのですか?」
「有りません!
旦那様は、書斎の鍵を肌身離さずお持ちでした!
旦那様以外は目にする事も無いのに合鍵なんて作る隙は有りませんよ!」
「お、落ち着いて下さい」
騒がしい花枝と浩一を無視してひなのの質問は続く。
「皆さんも書斎以外の鍵はお持ちなんですよね?」
「え、ええ、家族と花枝さんは皆んな持っているわ、当然でしょ?
自分の家の鍵なんだから」
当然でしょ?
と早苗が自分の鍵を取り出して見せる。
そこにひなのは、すっと手を差し出す。
「 ? 」
早苗はつい反射的にひなの手の平に鍵を乗せた。
「 ? 」
ところがひなのもよく分からない表情をする。
別に何かあった訳ではない。
ただ、なんと無く手を出してしまっただけなのだ。
ひなのは受け取った鍵をとりあえず観察してから早苗に返そうとする。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
早苗の方に一歩踏み出したひなのは何も無い部屋の中でつるりと滑り転倒した。
バナナの皮を踏んだお笑い芸人の如く、絵に描いたような転倒である。
余談ではあるが、それだけ盛大に転倒した為、彼女のスカートは大きくはためいたが、何故かどれだけ波打とうとも下着が見える事はなく、スカートは己の使命を全うするのだった。
「あいたたた」
「相馬、大丈夫か⁉︎」
浩一は少し慌てる。
しかし、ひなのは口では痛いと言っているが、正直別に痛くも何とも無かった。
ただ、さっきまで手にしていた早苗の鍵が見当たらない。
転倒した拍子に何処かへ飛んで行ってしまった様だ。
キョロキョロと周囲を見回したひなのは、難なく鍵を発見する。
昔から何故か探し物は得意なのだ。
「あ!」
「え⁉︎」
ひなのの手から離れた早苗の鍵は 机に置いてあった書斎の鍵のすぐ隣に転がっていた。
そして、その2つの鍵は…………とても良く似ていた。
「と言うか、これ同じ鍵ですよ」
ひなのは2つの鍵を手に取り見比べる。
「どう言う事ですか早苗さん。
何故、貴女が書斎の鍵と同じ鍵を持っているのですか?」
「ちっ、違います!
私は何も知りません!
コレは普段は使わない蔵の鍵です!」
「お話は署の方でお聞きします。
ご同行を願えますか?」
「そんな!」
浩一は早苗を鋭く睨み付ける。
1つしか無いと言われていた書斎の鍵、その鍵と同じ鍵が出て来たのだ。
つまり、早苗も自由に書斎に出入り出来たと言う事になる。
りーーん
「『裏』デカさん、早苗さんは犯人では有りませんよ」
「何⁉︎
しかし、書斎の鍵が……」
「早苗さんは犯人では無い。
なら、その鍵は蔵の鍵なのでしょう。
つまり、この書斎の鍵も蔵の鍵。
書斎の鍵は大輔氏が常に肌身離さず持っていた。
誰も書斎の鍵をしっかりと見た事は無かったのでしょう。
犯人は大輔氏を殺害した後、書斎の鍵を似たデザインの蔵の鍵とすり替えて書斎を出た後、本物の書斎の鍵で鍵を閉めたのです」
「そ、そんなの、その鍵が書斎の鍵穴に合わなくて直ぐにすり替えたとバレるじゃない!」
「いいえ、鍵穴は既に破壊されて直ぐには検証は出来ません。
勿論、警察が調べれば分かるでしょうが、遺体発見時のドサクサに紛れて本物を戻そうと考えていたのでしょう」
「じゃ、じゃあ、犯人は……」
「皆んな持っているこの蔵の鍵を持っていない人物が犯人です」
ひなのの言葉に慌てて自分の鍵を取り出し潔白を証明する。
屋敷の人間では無い飯島と岡島以外は次々と鍵を取り出す。
ひなのと浩一は差し出された鍵が蔵の鍵と同じ物かしっかりと確認して行く。
「さて、あなたの蔵の鍵を見せて頂けますか?
森脇花枝さん」
「……………………」
花枝は俯いたまま答えない。
「は、花枝さん……」
「まさか、花枝さんが!」
「なんで花枝さんが親父を……」
「ま、待って下さい!
たかが鍵1つでなんで私が犯人になるのですか!
蔵の鍵は私の不注意で紛失してしまったんです!
お預かりしていた鍵を無くしてしまったから言い出せ無かっただけで、私が旦那様を殺したなんて、とんでもない!」
りーーん
「『表』森脇花枝さん、犯人はあなたです!」
「バカにしないで!!
表が出たから犯人なんて!
そんな物が通るはず無い!!」
「相馬……」
「ふむ……」
ひなのは逐一書き込んでいたメモ帳を取り出すと目を瞑り適当にページを開く。
そのページは岡島から聞いた警察が到着するまでの7人の様子のメモだった。
「…………なるほど。
花枝さん、あなたは遺体発見時のドサクサに紛れて本物の鍵を戻すつもりでした。
上手くツルハシを渡して鍵穴を破壊する事に成功しましたが、遺体を発見して直ぐ、岡島さんに警察を呼ぶ様に指示されてしまった。
その後は皆さんと同じ部屋でずっと一緒に過ごしていた。
つまりあなたは今、本物の書斎の鍵を持っているのではないですか?」
「………………」
「花枝さん、女性の捜査官を呼びますので、身体検査をさせて頂けますか?」
「………………」
カタッ
俯いたまま、花枝さんはポケットから蔵の鍵とよく似た鍵を取り出した。
数日後
「へい、大盛りチャーシューネギニンニンマシマシお待ち」
ひなのは目の前で湯気を上げる器を手前に引き寄せる。
ズルズル
「それで、動機は何だったんですか?」
目の前でひなののラーメンに勝るとも劣らない山盛りの野菜とチャーシューが乗ったラーメンを食べている浩一に尋ねる。
ズズー
「なんでも金庫の金に手を付けていたのを大輔氏に気付かれ口論の末、カッとなって殺してしまったらしい」
「良くある話ですね」
「まぁな」
休日の昼間、駅前のラーメン屋で女子高生と中年刑事の会話はもう少しだけ続くのだった。
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