魔力ゼロの転生モブだが、主人公の死に戻りを許さない

犬白グミ

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1 衝撃

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 それは運命的な出会いだった。

 まるで拘束魔法で身体が硬直したかのように、指先ひとつ動かすことが叶わなかった。
 それなのに心臓だけが痛いぐらいに高鳴っている。

 僕の視線の先には、見慣れた魔道具店の重そうな扉があり、その重そうな扉からゆっくりと姿を現した少年がいた。

 僕と同じ十五歳ぐらいの年齢だろうか。
 美少女と見間違えそうなほどの秀麗な容姿の少年。

 その彼は、夏の澄み切った青空の陽光に、一瞬眩しげに目を細めて、誰かを探すように周囲を見渡した。
 そして不意にまっすぐと迷いなく、僕のほうに足を進めたのだ。

 呆然として瞬きすらできない僕は、石畳に縫い止められたように立ちすくむ。

 目が離せなかった。

 決して一目惚れとかではない。
 そんなんじゃない。
 見惚れていたわけじゃない。

 だけど息を吸うのすら忘れてしまうほどの感動をしていた。

 恋に落ちたような衝撃。
 ぶわっと身体の中心から激しい突風が吹き荒れ、背筋が震える感覚がしたのだ。

 目の前まで少年の繊細な整った顔立ちが接近した。
 颯爽と横を通り過ぎる少年の横顔に魅入る。
 蜂蜜色の艶やかな髪が、風にあおられてなびいた。

 一瞬、少年の肩が僕の肩に触れそうになって身を引く。
 そこでようやく魔法が溶けたように身体が動いた。

 しかし少年は僕のことなど、視界の端にも映さない。
 視線を向けられるのではないかと少しだけ期待してしまったけど、そんなことを考えたのが恥ずかしくなるほどの無関心さだった。
 僕はすぐに振り返って少年の背中を目で追わずにはいられなかったというのに。

 彼は街路樹に並ぶ露店に近寄ると、妙齢の身なりのよい女性の隣で立ち止まった。
 ふたりは笑みを交わす。
 そして再び歩きはじめ、すぐに人混みの中に消えて見えなくなってしまった。

「…………リカルド」
 僕は無意識に名前を呟き、はっとした。

 会ったこともない少年の名前が、頭の中にすっと浮かんだのだ。

 そしてその名前を口にした、そのとたん、僕の中で眠っていた『佐倉新』という別の男性の記憶が、丸ごと一気に鮮やかに蘇った。
 突如として、この世界を構成するすべての記憶が――。

 長い眠りから目が覚めたような感覚。
 ようやく本来の自分自身を手に入れたような確信。
 夢を見て追体験をする感覚とも違った。

「これって……」
 誰にも聞き取れないほどの小さな声で囁く。

 転生……したってことか?

 手にしていた魔法薬の瓶を思わず落としそうになり、持ち直した。

 緊張と驚きで、再び、時間が止まってしまったかのようだった。

 日本という国の前世の記憶が、僕に異世界転生したのだと、否応なしに理解させたのだ。
 しかし理解はしてみたものの、納得できないようなジレンマが渦巻く。

 こんなのあり得ないと思いながらも、心の奥底では冷静にこの事実を受け入れている自分自身も存在しているような。
 驚くことに、僕は納得していた。
 それなのに僕の中の『佐倉新』のほうが納得することに拒否しているような不思議な心理状態だった。

 『佐倉新』にしてみたら、突然、知らない世界に突き落とされたような気がしているに違いないから。

 いや、違うな。
 まったくの知らない世界ではないのかもしれない。

「あの子……」

 そう囁くと、先ほどの少年の端正な姿を反芻する。
 転生前の記憶が覚醒したのは、明らかに彼がきっかけだった。

 鼓動が鎮まらない僕は、平常心を取り戻すのに時間がかかりそうだったけど、早急に確かめなければと思った。

 短く息を吐いて少しだけ呼吸を整えてから、少年が出てきたばかりのフロー魔道具店に向かった。
 扉を開けて魔道具店を覗くと、広い店内は充分な客足があり、混雑している。

 この魔道具店はフローレス伯爵が経営する店だ。
 伯爵の長男ノエは幼い頃からの僕の友人であったため、この店にも頻繁に訪れていてよく知っている。

 落ち着いた上品な内装の店内を見渡し、幼馴染みの男の顔を探す。

 ちょうどそのとき、奥のほうからノエ・フローレスが現れた。

 ノエの狐のような容貌を見たら、遠のきそうだった意識が、ありがたいことに夢から覚めたようにはっきりとした。
 幼馴染みのいつもと変わりない様子に安心したのだ。

 黒色に青色を混ぜたような紺碧のノエの瞳と目が合った。
 ノエはその細い目をいっそう細めて、薄い唇を歪ませる。

「お前、大丈夫か? 顔が赤いぞ。涙目になってるし、熱でもあんじゃねぇのか?」
 ノエは僕の顔を不審そうに覗き込む。

 もしかしたら、ノエの言う通り、熱でもあるのかもしれない。

 突拍子もない転生者という境遇を自覚したばかりで、身体が暑いのに震えそうで、心臓が飛び出てもおかしくないほど騒々しかった。
 でも、そんなことは今はどうでもいい。

 僕はノエの腕を力強く掴んだ。

「ねぇ、さっき店から出て行った綺麗な男の子……魔法学院の制服着てたけど知ってる子?」

 少年は魔法学院の灰色がかった深緑の制服を身につけていたから、同じ学院に通うノエは知り合いに違いないと思ったのだ。

 気圧されたように後退りしかけたノエは、首を傾げる。

「ん……綺麗な学院の子? 侯爵家のリカルドのことか?」
「……やっぱり、リカルドなんだね」

 ノエの予想通りの答えに、僕はなんとも形容しがたい感情に襲われた。

 深く息を吐く。
 この世界を転生前の僕は知っていた。

 やはり、主人公のリカルドに遭遇したことがトリガーとなって、転生前の記憶が蘇ったのだ。

 ああ、なんで……こんなことって…………。

 なんだか叫びそうになるが、それはまずい。

 知らず知らずのうちにノエの腕を掴んだ手にいっそう力が入る。

「ん? リカルドがどうした?」

 ノエは怪訝そうに首を捻り、僕は潤んだ瞳でそんなノエの顔を覗き込んで訊く。

「――同級生? それとも下級生?」
「同級生だけど……なんだよ、何? お前怖いって。腕離せよ、痛えからさ」

 そう言いながら、ノエが僕の腕を振り解いた。

 僕は、一瞬、目の前が暗くなったような錯覚がした。
 同級生だということは、リカルドはすでに十五歳だということだ。

 時間がない。
 あの少年が辿る未来を僕は知っている。
 リカルドの運命が十五歳で大きく変わることを。

 何を考えはじめているのかと自分自身に疑問に思うが、思考は止められなかった。

「もしかして、リカルドに一目惚れでもしたのか?」

 ノエは不意におかしな発言をして、僕の様子を伺った。
 少しだけ揶揄い口調ではあるものの、そこに同性の男に好意を向けることへの差別は含まれていない。

 僕が転生したレジェス魔法王国は、同性での婚姻が法律上認められているからだ。
 とはいえ、いくら魔法王国でも同性間で妊娠する方法はなく、異性間婚姻が主流ではあったけれども、同性との婚姻がさほど珍しいものでもなかった。

「一目惚れ? そんなんじゃない。勘違いするな」

 僕は否定する。
 だって彼は主人公なんだから、という言葉を飲み込みながら。

 確かにリカルドを見た瞬間、全身に電流が流れたような感覚があった。
 恋に落ちるときも、似たような症状があるのかもしれない。
 だけど、僕の場合は違う。

 少年と出会ったことにより、自身が異世界転生者だと知ったからこその、この衝撃。

 そして僕が出会った少年は――小説『死に戻った疎まれ令息は逃げられない』の主人公であるアレグレ侯爵家次男のリカルド・デ・アレグレだったのだから。

 この日、モブ転生者の僕――アーロン・サンチェスは、ようやく主人公と運命の出会いを果たしたのだった。
 



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