魔力ゼロの転生モブだが、主人公の死に戻りを許さない

犬白グミ

文字の大きさ
2 / 4

2 記憶

しおりを挟む
 前世の僕は、不幸にも父親と母親を同時に亡くしていた。

 十五歳の暑い夏の日だった。
 両親ふたりが乗った車が、高速道路を走行中に危険運転をする車と正面衝突したのだ。

「ご両親が交通事故に遭われました。すぐに南総合病院に来てください」

 そんな電話を受けた僕は、言葉を失った。

 そして五歳年上の姉とふたりで病院に駆けつけたときには、母も父もすでに帰らぬ人となっていた。
 即死だったらしい。

 このときの僕の佐倉新の記憶は曖昧だ。
 心を閉ざしたように。

 ただ、姉が僕の手をぎゅっと握った感触だけが残っている。

 その後は両親と住んでいたマンションで、姉とふたりで協力し合いながら慎ましく暮らした。
 その生活は厳しくて心細いものだった。

 しかし遠方の祖父母を頼らずに済んだのは、両親の残した生命保険と少なくない貯蓄があったから。
 それに加えて、僕が人並みに成人できたのは、何より姉の支えがあったからだ。

 あっという間に九年が経ち、僕は高校を卒業して地元の国立大学に入学し、順調に有名企業の内定がもらえた。

 ところがその矢先、不幸は続く。

 姉が免疫系の難病と診断されて闘病生活がはじまったのだ。
 大学を卒業後は姉をようやく楽にさせられると思っていたのに。

 最初はほとんど面会を許されず、ガラス越しに顔を見るだけの日が、三か月続き、僕は不安で堪らなかった。

 両親に続き、姉までもいなくなってしまったら……。
 そう思うだけで、涙が止まらなかった。

「姉ちゃん、頑張って……」

 治療の成果が現れると、ほんの数分だけの面会が許されるようになったが、まだまだ油断は許さない。

 休日は姉が入院する病院に通う。
 そんな日が続いていた。

「今日は調子がいいのよ」
 ベッドの上で身体を起こして、背中を枕に預けた姉が嬉しそうに言った。

「無理しないでよね」
 確か、僕はそう返した。

 姉は僕に向ける目を細めた。
「わかってるわよ。今日はいい天気ね」

 姉が窓に顔を向ける。
 薄くなった背中と頭に被った白い帽子。
 後ろ姿だけだと姉じゃないみたいだ。

 僕のほうに顔を戻すと、姉は続けて口を開いた。
「こんなにいい天気の日は、私の見舞いなんかじゃなくて、デートでも行ってなさいよ」

 僕は苦笑して肩をすくめる。
「姉ちゃん、俺みたいな面白みのない男に彼女なんて……」

「二十四歳にもなって、何言ってるの。新は一度も恋愛したことないでしょ? 少しはそっち方面にも時間を使いなさい」

 僕はわざとらしく視線をそらした。

 確かに、これまで彼女がいたこともなければ、誰かに告白したいと思ったこともなかった。
 勉学とバイトだけで恋愛をする余裕なんてなかったのだ。

 モテるような容姿だったら、また違ったのかもしれないが、地味な僕は女性に好かれたこともなかった。

「うるさいな……いいんだよ、俺のことは。そんなことよりも買ってきて欲しい本は決まったのかよ?」
「ああ、決まったのわよ。この本を買ってきてよ」

 そう言った姉から、五冊の本のタイトルが並ぶメモ用紙を渡された。
 その中にあったのが『死に戻った疎まれ令息は逃げられない』だった。

 一瞬、僕はそのタイトルを見て、入院中の姉には相応しくないタイトルだと強く思った。

 縁起でもないと、どきりとしたのを覚えている。

 だからその本を購入するとすぐに、読んでみることにした。

『死に戻った疎まれ令息は逃げられない』

 魔法王国を舞台にした物語で、主人公リカルドは事故をきっかけに魔力を失い、最後は誰にも看取られずに死ぬ。
 そして禁忌の魔法によって、死ぬ前に戻って再びはじまるという、いわゆる男同士の恋愛を扱った小説だった。

 僕は姉の本棚にそういうジャンルの本があることは知っていたし、同性間恋愛に嫌悪感はなかった。

 ただ正直な感想は、人の死を巻き戻すなんて、くそくらえだ。

 日本では転生とか死に戻りが流行っていたが、まったく共感できない。
 両親の死に続き、姉が死と隣り合わせになり、僕の中で死とはそんな簡単なものではなかったのだ。

 そう思いながらも、その小説を含めた何冊かの本を持って姉の入院先の病院に向かった。

 そして、その途中で、交通事故に遭う。

 前世の僕――佐倉新は二十四歳の若さで生涯を終えた。

 大通りの横断歩道を渡っているとき、僕の目の前で高齢の女性が転んでしまい、助け起こそうと屈んだ。

 その直後、大型のトラックが目の前に迫った。

 まずい。
 そう思ったのもつかの間、老人を強く突き飛ばした記憶が最後だった。

 姉のことが心残りすぎて、でも、きっとよくなって僕の分まで幸せになってくれるはずだ。
 僕は、そう願いながら儚く息を引き取った。

 そうしたわけで、僕はアーロン・サンチェスとして生まれ変わったのだ。

 二十四年間という佐倉新の記憶は、十五年しか生きていない僕に与えた影響は大きかったかもしれない。
 けれども、そう思ったのは僕だけで、まわりから不審に思われることはまったくなかった。

 僕が転生したサンチェス子爵家は爵位こそ低いけど、名高い魔法薬師の血筋で王家にも繋がりがある金持ち子爵だった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

塩対応の同室αが実は俺の番を狙っていた

雪兎
BL
あらすじ 全寮制の名門学園に入学したΩの俺は、入寮初日から最悪の同室相手に当たった。 相手は学年でも有名な優等生α。 成績優秀、運動もできる、顔もいい。なのに—— めちゃくちゃ塩対応。 挨拶しても「……ああ」。 話しかけても「別に」。 距離も近づけないし、なぜか妙に警戒されている気がする。 (俺、そんなに嫌われてる……?) 同室なのに会話は最低限。 むしろ避けられている気さえある。 けれどある日、発情期トラブルで倒れた俺を助けてくれたのは、 その塩対応αだった。 しかも普段とは違い、必死な顔で言われる。 「……他のαに近づくな」 「お前は俺の……」 そこで言葉を飲み込む彼。 それ以来、少しずつ態度が変わり始める。 距離は相変わらず近くない。 口数も少ない。 だけど―― 他のαが近づくと、さりげなく間に入る。 発情期が近いと察すると、さりげなく世話を焼く。 そして時々、独占欲を隠しきれない視線。 実は彼はずっと前から知っていた。 俺が、 自分の運命の番かもしれないΩだということを。 だからこそ距離を取っていた。 触れたら、もう止まれなくなるから。 だけど同室生活の中で、 少しずつ、確実に距離は変わっていく。 塩対応の裏に隠されていたのは―― 重すぎるほどの独占欲だった。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

転生したが陰から推し同士の絡みを「バレず」に見たい

むいあ
BL
俺、神崎瑠衣はごく普通の社会人だ。 ただ一つ違うことがあるとすれば、腐男子だということだ。 しかし、周りに腐男子と言うことがバレないように日々隠しながら暮らしている。 今日も一日会社に行こうとした時に横からきたトラックにはねられてしまった! 目が覚めるとそこは俺が好きなゲームの中で!? 俺は推し同士の絡みを眺めていたいのに、なぜか美形に迫られていて!? 「俺は壁になりたいのにーーーー!!!!」

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。

ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。 高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。 そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。 文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

処理中です...