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12 頷きもしない
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「さて、そろそろ次の場所に移動しようか。近衛騎士団を紹介するよ。こっちだ」
ハンが立ち上がって、俺を誘導する。
中庭を抜けて十五分ぐらい歩いた距離に、騎士団の鍛錬場があるらしい。
「ルシャード殿下は近衛騎士団長をつとめていらっしゃるから、近衛には何かと関わることが多いんだ」
俺はハンの隣を歩きながら、続けて説明を聞く。
「アンゼル王国の騎士団は近衛騎士団と第一騎士団と第二騎士団の三つに分かれていて、総勢二千人ぐらいかな。知ってるとは思うけど、王族を守る役割を担っているのが近衛騎士団だよ」
突如、視界がひらけた。
屋根のない土を固めただけの広大な広場が目の前に現れて、揃いの服を着た騎士たちが基礎訓練に励んでいるところだ。
圧巻の光景だった。
「この鍛錬場を使用するのは近衛だけだから、近衛鍛錬場と呼ばれてる。あぁ、ダイタ様がいる。ルシャード殿下の従兄弟にあたり近衛騎士団の副団長だよ」
鍛錬場に降りたハンが「ダイタ様」と呼びかけたのは、赤い短髪に黒い目の獣人の男。
従兄弟ならば聖獣人だろう。
はじめて間近に見る先端が尖った聖獣の耳と長毛で覆われたふさふさな長い尻尾は、他の獣人との違いがそれほど感じられない。
俺の視線に気づいたダイタは、柔らかく笑った。
「聖獣人を見るのは、はじめてか?」
「あっ、ごめんなさい。はい。はじめてです」
不躾だったかと思い、俺は慌てて謝罪する。
「それじゃあ、ルシャードにはまだ会えてない?」
ダイタがそう訊くと、ハンが答えた。
「そうなんです。まだ紹介できてません。ルシャード殿下は、こちらにはいらっしゃいませんか?」
「二十分前まではいたけど、ミラに呼ばれて政務宮に戻っちゃったな。そろそろ昼時だから、王族専用のテラスで俺と一緒に昼でも食べながら、ルシャードを待ったらどうだ? ルシャードもいつもそこで食べてるから、待ってれば会えるだろ」
何気なくダイタに昼食を誘われる。
王族専用のテラスで王族であるダイタと食事をするなんて、緊張して何を食べても味がわからなくなりそうだ。
しかし、ハンは躊躇うことなく即答した。
「そうします。お食事ご一緒させてください」
そうして、俺とハンは邪魔にならない場所で午前の鍛錬が終わるのを待つと、戻って来たダイタとともに政務宮にある王族専用テラスに移動した。
到着したのは、中庭を見渡せる壁一面が大きな窓のある個室のようなテラスだ。
楕円形のテーブルと六脚の椅子があるのみだが、窓の外に広がる紫のクレマチスとバラが可憐に咲く様子は絵画のように美しかった。
ダイタの向かい、ハンの隣の席に俺は腰を下ろす。
席に着くと早速、給仕の女性が食事を運び、俺の前にも野菜と鶏肉のソテーとスープが並べられた。
三人は食事をはじめる。
先ほどまでの荒々しい鍛錬のときとは違い、ダイタの所作は王族らしく洗練されていた。
俺もカトラリーに手を伸ばし、鶏肉を口にする。
味がわからないかもなんて、とんでもなく間違っていた。
「美味しい……!」
思わず、俺は声を上げる。
ダイタがその様子に目を細めつつ訊ねた。
「マイネちゃんは寄宿舎に住むのか?」
いつの間にかダイタは、マイネちゃんと親しげに呼んだ。
「はい。荷物も運び終わったので、今日から移ります」
俺は口の中をもぐもぐと飲み込んでから答える。
王宮と隣接する寄宿舎で、俺は家族と離れて新しい生活がはじまる。
不安しかないが、ベータとして生きていくと決めたのだから弱音など吐けない。
「まだ二十代だよな? 何歳だ?」
「二十三です」
「七つ下か。俺はルシャードと同じ三十歳だよ。ハンは三十五歳で、こう見えて既婚者なんだ」
ダイタの言葉を受けて俺顔を上げると、ハンと目が合った。
「今のマイネと同じ年齢のときに結婚したんだ。マイネはまだ結婚してなかったよね?」
「はい。してません」
結婚なんて、一生できないかもしれない。
だから俺は王宮で働くことを選んだのだから。
欠陥オメガなんて誰にも必要とされない。
オメガの腹から産まれる子のバース性は、アルファである確率が高いとされるが、発情期のない俺では妊娠すらできない。
そんな男オメガを敢えて選ぶ人なんて、アルファどころかベータにもいないだろう。
そう考えて、俺は気落ちしたように目を伏せた。
「俺も独身で結婚の予定もない」
ダイタは俺の心情を察したかのように口にする。
するとそのときテラスの扉が静かに開いた。
現れた長身の男の姿を、俺は吸い寄せられるように瞳を向ける。
鮮やかな金色に輝く艶やかな髪に、深く冷たい印象の金色の瞳。
どの角度から見ても完璧な美貌は噂通りの麗しの黄金の人、ルシャードに違いない。
まるでひとつの彫刻が、生きて動いているかのような均整のとれた無駄のない美しさ。
その驚くほどの存在感に惚けてしまった俺だったが、急いで口の中を咀嚼した。
立ち上がって挨拶をする。
「ルシャード殿下、今日から事務官に配属されましたマイネです。よろしくお願いします」
ルシャードは俺を一瞥すると興味がないとばかりに、頷きもしないで目の前を通りすぎる。
反応のないまま、ダイタの隣の席に背中を預けた。
俺は困惑を隠せない。
何か間違えただろうか。
ルシャードを恐る恐る伺う。
ルシャードの隣でダイタがわざとらしく深くため息をつく。
「マイネちゃん、大丈夫だから。座って、食事を続けよう」
俺はそっと腰を下ろす。
ハンにも「食べよ」と促されて、食事を再開した。
ふたりの様子から、ルシャードの態度は通常通りなのだろうと理解したけれども、予想を上回るぞんざいな扱いに一瞬挫けそうになった。
しかし、デザートの美味しそうなタルトが運ばれてきて、即座に目を奪われる。
ルシャードとダイタが騎士団に関する連絡事項を伝え合っている合間に、俺はデザートに集中した。
甘いものなら何でも好きだ。
夢中で食べていたら、ふと視線を感じて顔を上げる。
ルシャードの煌めく金色の瞳が俺を見ていた。
鼓動が高鳴る。
体温が一気に上昇し、酩酊に似たような感覚が全身を痺れるように駆け抜けた。
俺の菫色の瞳はルシャードに捕えられて逸せなくなり、恐れからなのか背筋がぞくりと震えた。
「甘い匂いがする」
ルシャードが威圧感のある声で呟く。
「タルトの匂いだろ? それがどうした?」
ダイタが不思議そうに首を傾げると、ルシャードは眉を顰めた。
「そうか……いや、なんでもない」
ハンが立ち上がって、俺を誘導する。
中庭を抜けて十五分ぐらい歩いた距離に、騎士団の鍛錬場があるらしい。
「ルシャード殿下は近衛騎士団長をつとめていらっしゃるから、近衛には何かと関わることが多いんだ」
俺はハンの隣を歩きながら、続けて説明を聞く。
「アンゼル王国の騎士団は近衛騎士団と第一騎士団と第二騎士団の三つに分かれていて、総勢二千人ぐらいかな。知ってるとは思うけど、王族を守る役割を担っているのが近衛騎士団だよ」
突如、視界がひらけた。
屋根のない土を固めただけの広大な広場が目の前に現れて、揃いの服を着た騎士たちが基礎訓練に励んでいるところだ。
圧巻の光景だった。
「この鍛錬場を使用するのは近衛だけだから、近衛鍛錬場と呼ばれてる。あぁ、ダイタ様がいる。ルシャード殿下の従兄弟にあたり近衛騎士団の副団長だよ」
鍛錬場に降りたハンが「ダイタ様」と呼びかけたのは、赤い短髪に黒い目の獣人の男。
従兄弟ならば聖獣人だろう。
はじめて間近に見る先端が尖った聖獣の耳と長毛で覆われたふさふさな長い尻尾は、他の獣人との違いがそれほど感じられない。
俺の視線に気づいたダイタは、柔らかく笑った。
「聖獣人を見るのは、はじめてか?」
「あっ、ごめんなさい。はい。はじめてです」
不躾だったかと思い、俺は慌てて謝罪する。
「それじゃあ、ルシャードにはまだ会えてない?」
ダイタがそう訊くと、ハンが答えた。
「そうなんです。まだ紹介できてません。ルシャード殿下は、こちらにはいらっしゃいませんか?」
「二十分前まではいたけど、ミラに呼ばれて政務宮に戻っちゃったな。そろそろ昼時だから、王族専用のテラスで俺と一緒に昼でも食べながら、ルシャードを待ったらどうだ? ルシャードもいつもそこで食べてるから、待ってれば会えるだろ」
何気なくダイタに昼食を誘われる。
王族専用のテラスで王族であるダイタと食事をするなんて、緊張して何を食べても味がわからなくなりそうだ。
しかし、ハンは躊躇うことなく即答した。
「そうします。お食事ご一緒させてください」
そうして、俺とハンは邪魔にならない場所で午前の鍛錬が終わるのを待つと、戻って来たダイタとともに政務宮にある王族専用テラスに移動した。
到着したのは、中庭を見渡せる壁一面が大きな窓のある個室のようなテラスだ。
楕円形のテーブルと六脚の椅子があるのみだが、窓の外に広がる紫のクレマチスとバラが可憐に咲く様子は絵画のように美しかった。
ダイタの向かい、ハンの隣の席に俺は腰を下ろす。
席に着くと早速、給仕の女性が食事を運び、俺の前にも野菜と鶏肉のソテーとスープが並べられた。
三人は食事をはじめる。
先ほどまでの荒々しい鍛錬のときとは違い、ダイタの所作は王族らしく洗練されていた。
俺もカトラリーに手を伸ばし、鶏肉を口にする。
味がわからないかもなんて、とんでもなく間違っていた。
「美味しい……!」
思わず、俺は声を上げる。
ダイタがその様子に目を細めつつ訊ねた。
「マイネちゃんは寄宿舎に住むのか?」
いつの間にかダイタは、マイネちゃんと親しげに呼んだ。
「はい。荷物も運び終わったので、今日から移ります」
俺は口の中をもぐもぐと飲み込んでから答える。
王宮と隣接する寄宿舎で、俺は家族と離れて新しい生活がはじまる。
不安しかないが、ベータとして生きていくと決めたのだから弱音など吐けない。
「まだ二十代だよな? 何歳だ?」
「二十三です」
「七つ下か。俺はルシャードと同じ三十歳だよ。ハンは三十五歳で、こう見えて既婚者なんだ」
ダイタの言葉を受けて俺顔を上げると、ハンと目が合った。
「今のマイネと同じ年齢のときに結婚したんだ。マイネはまだ結婚してなかったよね?」
「はい。してません」
結婚なんて、一生できないかもしれない。
だから俺は王宮で働くことを選んだのだから。
欠陥オメガなんて誰にも必要とされない。
オメガの腹から産まれる子のバース性は、アルファである確率が高いとされるが、発情期のない俺では妊娠すらできない。
そんな男オメガを敢えて選ぶ人なんて、アルファどころかベータにもいないだろう。
そう考えて、俺は気落ちしたように目を伏せた。
「俺も独身で結婚の予定もない」
ダイタは俺の心情を察したかのように口にする。
するとそのときテラスの扉が静かに開いた。
現れた長身の男の姿を、俺は吸い寄せられるように瞳を向ける。
鮮やかな金色に輝く艶やかな髪に、深く冷たい印象の金色の瞳。
どの角度から見ても完璧な美貌は噂通りの麗しの黄金の人、ルシャードに違いない。
まるでひとつの彫刻が、生きて動いているかのような均整のとれた無駄のない美しさ。
その驚くほどの存在感に惚けてしまった俺だったが、急いで口の中を咀嚼した。
立ち上がって挨拶をする。
「ルシャード殿下、今日から事務官に配属されましたマイネです。よろしくお願いします」
ルシャードは俺を一瞥すると興味がないとばかりに、頷きもしないで目の前を通りすぎる。
反応のないまま、ダイタの隣の席に背中を預けた。
俺は困惑を隠せない。
何か間違えただろうか。
ルシャードを恐る恐る伺う。
ルシャードの隣でダイタがわざとらしく深くため息をつく。
「マイネちゃん、大丈夫だから。座って、食事を続けよう」
俺はそっと腰を下ろす。
ハンにも「食べよ」と促されて、食事を再開した。
ふたりの様子から、ルシャードの態度は通常通りなのだろうと理解したけれども、予想を上回るぞんざいな扱いに一瞬挫けそうになった。
しかし、デザートの美味しそうなタルトが運ばれてきて、即座に目を奪われる。
ルシャードとダイタが騎士団に関する連絡事項を伝え合っている合間に、俺はデザートに集中した。
甘いものなら何でも好きだ。
夢中で食べていたら、ふと視線を感じて顔を上げる。
ルシャードの煌めく金色の瞳が俺を見ていた。
鼓動が高鳴る。
体温が一気に上昇し、酩酊に似たような感覚が全身を痺れるように駆け抜けた。
俺の菫色の瞳はルシャードに捕えられて逸せなくなり、恐れからなのか背筋がぞくりと震えた。
「甘い匂いがする」
ルシャードが威圧感のある声で呟く。
「タルトの匂いだろ? それがどうした?」
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「そうか……いや、なんでもない」
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