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15 剣術大会
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剣術大会の日。一年に一度の大会だ。
円形の広場をすり鉢状のように階段席が取り囲む試合会場は、誰でも観戦できるためほとんどの席が埋まっていた。
「これより、騎士団剣術大会を開始する! 力と技を競い、日頃の鍛錬の成果を証明せよ!」
近衛騎士団長のルシャードが、開会の号令を威厳のある声で宣言した。
快晴の澄み渡る青い空の下、金管楽器の音色が高らかに響き渡ると同時に、歓声に包まれて選手たちが入場する。
俺はルシャードとハンとともに主賓室にいた。
主賓室は会場内の正面に位置し、選手の息遣いまで感じられそうな臨場感のある席だった。
座席数はそれほどなく、前方に座るルシャードからは離れた後方の席を選んで俺は着席する。
ハンはルシャードの隣に座った。
銅鑼の音が合図となり、第一試合の開始だ。
熟練の熊獣人と俊敏な豹獣人の対戦だった。
どちらの騎士も果敢に剣先を繰り出し、互角の戦いが続く。
使用している模造刀の剣は、心臓を貫くほどの鋭さはないが骨折ぐらいなら十分に与えられる強度である。
激しく剣身がぶつかり合う金属音が、すぐそばから聞こえるかのようだ。
三十分が経過したところで、銅鑼の音が再び鳴り響く。
終了の合図だ。
熊獣人の勝利が告げられると、歓声と拍手が上がった。
「すごい」
俺は感嘆する。
迫力ある試合に興奮しつつ、記録係として結果を用紙に書き留めていく。
背後にある主賓室の扉が開いて、副騎士団長のダイタが大股で歩き室内に入った。
ダイタがハンの隣の座席に腰を下ろしたとき、第二試合がはじまった。
目を引いたのは、獣人の女騎士だ。
俺が「女性もいるのか」とひとり呟くと、ダイタが身体ごと振り向いて言った。
「女でもアルファなら、並のベータより強いからな」
確かに女騎士は俺よりも屈強そうな身体つきだ。
剣を振る姿も力強い。
「それならオメガもいますか?」
「今まで一度もオメガが騎士団にいたことはない。オメガでも強い奴はいるのに、不公平だとは思うのだけど、どんなに才能があってもオメガは騎士になれない」
「……どうしてですか?」
そう訊いたマイネだったものの、答えはわかっていた。
オメガへの差別は存在する。
差別には小さな棘もあれば大きな棘もあり、小さな棘ぐらいの痛みならば、麻痺して感じられなくなっていた。
「発情期があるからだよ。発情期はオメガだけではなく、アルファにも影響を及ぼす。……でもさ、知り合いにオメガでも騎士になりたがっていた奴がいたんだ。オメガだという理由だけであいつが騎士になれないなんて俺は残念だって思ってた」
唇を結ぶダイタの表情は、言葉通り残念そうだった。
不意にルシャードが俺に顔を向けた。
それから俺を一瞥すると、再び試合場に視線を戻す。
それは一瞬だけだったが、何か言いたげに金色の瞳が揺れていたような気がした。
なんだろうかと疑問に思ったが、銅鑼が鳴りはっする。
女騎士が勝ったようだ。
その後の試合もよどみなく進み、第六試合まで進んだ。
第六試合には近衛騎士の中で、優勝候補だと噂されるほどの技術と経験を兼ね備えた獅子獣人ヨシカが登場する。
やはりはじまりからヨシカの圧勝のようだ。
相手の黒髪の騎士よりも明らかにヨシカのほうが動きが速い。
黒髪の反応が遅いのではなく、ヨシカが速すぎるのだ。
ヨシカの模造刀の剣身が男の腕を斬りつけた。
黒髪は苦痛に顔を歪ませるが、剣を強く握り直す。
攻撃をしかける黒髪の剣先を寸前でかわしたヨシカは、すぐさま剣を斜めに振り上げた。
それを剣身で受け止めた相手はじりじりと後退する。
どこまでも追うヨシカに、俺は興奮した。
ふたりは主賓席のすぐそこまで迫っていた。
目の前でヨシカと黒髪の白熱した剣捌きが繰り広げられていく。
ついにヨシカの鋭い剣が、相手の剣を弾き飛ばした。
模造刀の剣先が矢のように吹き飛び、太陽の光にきらっと輝く。
眩しい。
俺はその瞬間、目を閉じた。
「あぶない!」
そう叫んだのは誰の声だったのか。
次に目を開けると、誰かの腕の中に守られるように抱き寄せられて、その腕を俺はしっかりと握りしめていた。
「殿下、大丈夫ですか!」
ハンの慌てた声がした。
「騒ぐな。問題はない」
頭上近くでルシャードがそう答える声が聞こえ、俺は心底驚いた。
俺が掴んでいたのはルシャードの逞しい腕だったのだ。
模造刀が俺の手前に落下している。
黒髪の模造刀だ。
これが、凄まじい勢いで俺を狙うかのように飛んできたのか。
まさか、ルシャードが盾になった?
俺が怪我をするところだったとはいえ、ルシャードが剣先との間に入ったというのだろうか。
見上げると、すぐそばにルシャードの端整な顔があり、俺の頭に息がかかりそうだった。
状況がわからない。
ルシャードに助けられたのは間違いないだろう。
「……ありがとうございます」
俺は礼を言う。
鼓動が速くなる。
ルシャードの声や匂いや逞しい身体が近いからだ。
俺はルシャードの胸の中で身じろぎした。
「あの……目を瞑ってしまって……よくわかってないんですけど」
この状況を誰かに説明してもらいたくて、俺はハンを見つめた。
しかしハンではなくダイタが口を開いた。
「マイネの顔面に剣先が刺さるところだった。咄嗟にルシャードが席を飛び越えて、腕で模造刀を払い退けてくれたんだよ」
「腕で?」
聞いたところで、冷静にはなれない。
俺をすっぽりと抱き寄せていたルシャードが、何事もなかったように退いて席に戻ろうとする。
俺は極度の緊張からか、なぜかそんなルシャードを呼び止めようとしてした。
「あっ……」
そして一歩足を踏み出し、転がっている模造刀に躓きかける。
俺は視線を彷徨わせた。
ルシャードから目を逸らすと、徐々に心臓の高鳴りがおさまるような気がした。
それなのに無意識にルシャードの姿を追ってしまう。
すでに試合場ではヨシカの勝利が決まり、第七試合がはじまっていた。
円形の広場をすり鉢状のように階段席が取り囲む試合会場は、誰でも観戦できるためほとんどの席が埋まっていた。
「これより、騎士団剣術大会を開始する! 力と技を競い、日頃の鍛錬の成果を証明せよ!」
近衛騎士団長のルシャードが、開会の号令を威厳のある声で宣言した。
快晴の澄み渡る青い空の下、金管楽器の音色が高らかに響き渡ると同時に、歓声に包まれて選手たちが入場する。
俺はルシャードとハンとともに主賓室にいた。
主賓室は会場内の正面に位置し、選手の息遣いまで感じられそうな臨場感のある席だった。
座席数はそれほどなく、前方に座るルシャードからは離れた後方の席を選んで俺は着席する。
ハンはルシャードの隣に座った。
銅鑼の音が合図となり、第一試合の開始だ。
熟練の熊獣人と俊敏な豹獣人の対戦だった。
どちらの騎士も果敢に剣先を繰り出し、互角の戦いが続く。
使用している模造刀の剣は、心臓を貫くほどの鋭さはないが骨折ぐらいなら十分に与えられる強度である。
激しく剣身がぶつかり合う金属音が、すぐそばから聞こえるかのようだ。
三十分が経過したところで、銅鑼の音が再び鳴り響く。
終了の合図だ。
熊獣人の勝利が告げられると、歓声と拍手が上がった。
「すごい」
俺は感嘆する。
迫力ある試合に興奮しつつ、記録係として結果を用紙に書き留めていく。
背後にある主賓室の扉が開いて、副騎士団長のダイタが大股で歩き室内に入った。
ダイタがハンの隣の座席に腰を下ろしたとき、第二試合がはじまった。
目を引いたのは、獣人の女騎士だ。
俺が「女性もいるのか」とひとり呟くと、ダイタが身体ごと振り向いて言った。
「女でもアルファなら、並のベータより強いからな」
確かに女騎士は俺よりも屈強そうな身体つきだ。
剣を振る姿も力強い。
「それならオメガもいますか?」
「今まで一度もオメガが騎士団にいたことはない。オメガでも強い奴はいるのに、不公平だとは思うのだけど、どんなに才能があってもオメガは騎士になれない」
「……どうしてですか?」
そう訊いたマイネだったものの、答えはわかっていた。
オメガへの差別は存在する。
差別には小さな棘もあれば大きな棘もあり、小さな棘ぐらいの痛みならば、麻痺して感じられなくなっていた。
「発情期があるからだよ。発情期はオメガだけではなく、アルファにも影響を及ぼす。……でもさ、知り合いにオメガでも騎士になりたがっていた奴がいたんだ。オメガだという理由だけであいつが騎士になれないなんて俺は残念だって思ってた」
唇を結ぶダイタの表情は、言葉通り残念そうだった。
不意にルシャードが俺に顔を向けた。
それから俺を一瞥すると、再び試合場に視線を戻す。
それは一瞬だけだったが、何か言いたげに金色の瞳が揺れていたような気がした。
なんだろうかと疑問に思ったが、銅鑼が鳴りはっする。
女騎士が勝ったようだ。
その後の試合もよどみなく進み、第六試合まで進んだ。
第六試合には近衛騎士の中で、優勝候補だと噂されるほどの技術と経験を兼ね備えた獅子獣人ヨシカが登場する。
やはりはじまりからヨシカの圧勝のようだ。
相手の黒髪の騎士よりも明らかにヨシカのほうが動きが速い。
黒髪の反応が遅いのではなく、ヨシカが速すぎるのだ。
ヨシカの模造刀の剣身が男の腕を斬りつけた。
黒髪は苦痛に顔を歪ませるが、剣を強く握り直す。
攻撃をしかける黒髪の剣先を寸前でかわしたヨシカは、すぐさま剣を斜めに振り上げた。
それを剣身で受け止めた相手はじりじりと後退する。
どこまでも追うヨシカに、俺は興奮した。
ふたりは主賓席のすぐそこまで迫っていた。
目の前でヨシカと黒髪の白熱した剣捌きが繰り広げられていく。
ついにヨシカの鋭い剣が、相手の剣を弾き飛ばした。
模造刀の剣先が矢のように吹き飛び、太陽の光にきらっと輝く。
眩しい。
俺はその瞬間、目を閉じた。
「あぶない!」
そう叫んだのは誰の声だったのか。
次に目を開けると、誰かの腕の中に守られるように抱き寄せられて、その腕を俺はしっかりと握りしめていた。
「殿下、大丈夫ですか!」
ハンの慌てた声がした。
「騒ぐな。問題はない」
頭上近くでルシャードがそう答える声が聞こえ、俺は心底驚いた。
俺が掴んでいたのはルシャードの逞しい腕だったのだ。
模造刀が俺の手前に落下している。
黒髪の模造刀だ。
これが、凄まじい勢いで俺を狙うかのように飛んできたのか。
まさか、ルシャードが盾になった?
俺が怪我をするところだったとはいえ、ルシャードが剣先との間に入ったというのだろうか。
見上げると、すぐそばにルシャードの端整な顔があり、俺の頭に息がかかりそうだった。
状況がわからない。
ルシャードに助けられたのは間違いないだろう。
「……ありがとうございます」
俺は礼を言う。
鼓動が速くなる。
ルシャードの声や匂いや逞しい身体が近いからだ。
俺はルシャードの胸の中で身じろぎした。
「あの……目を瞑ってしまって……よくわかってないんですけど」
この状況を誰かに説明してもらいたくて、俺はハンを見つめた。
しかしハンではなくダイタが口を開いた。
「マイネの顔面に剣先が刺さるところだった。咄嗟にルシャードが席を飛び越えて、腕で模造刀を払い退けてくれたんだよ」
「腕で?」
聞いたところで、冷静にはなれない。
俺をすっぽりと抱き寄せていたルシャードが、何事もなかったように退いて席に戻ろうとする。
俺は極度の緊張からか、なぜかそんなルシャードを呼び止めようとしてした。
「あっ……」
そして一歩足を踏み出し、転がっている模造刀に躓きかける。
俺は視線を彷徨わせた。
ルシャードから目を逸らすと、徐々に心臓の高鳴りがおさまるような気がした。
それなのに無意識にルシャードの姿を追ってしまう。
すでに試合場ではヨシカの勝利が決まり、第七試合がはじまっていた。
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