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37 マイネの告白
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「はい」
俺は震えそうな声で、そう答えるのが精一杯だった。
とたんに、ルシャードの胸の中に閉じ込められる。
後頭部に大きな手のひらがそえられ、逞しい身体に包まれた。
ルシャードの温かい体温と愛情が伝わる。
「四年半前、マイネに近づけたと思ったら、消えてしまった。先ほどの虹のようにな。今度は消えたりしないでくれ」
ルシャードが懇願するように言い募る。
俺を失ったルシャードが、どんなに深い悲しみに沈んだのかを垣間見た瞬間だった。
「はい」
「何があっても、俺の前からいなくならないでくれ」
ルシャードの背中に腕を回したマイネは、溢れる想いを口にした。
「俺もルシャード殿下が好きです。離れたりしません」
「このまま一緒に王宮に帰ろう」
ルシャードは、いっそう強く俺を抱擁する。
「……今すぐにですか?」
「そうだ。駄目か? 世話になった病院に別れの挨拶ぐらいはしたいか?」
ルシャードに大切な存在をまだ伝えていない。
俺はルシャードの顔を見上げた。
どんな反応が返ってくるだろうか。
俺は覚悟を決めて告白した。
「俺……――四年前、ルシャード殿下の子を出産しました」
「子を……産んだ?」
ルシャードは、目を瞠り口を開けたまま唖然とする。
俺を抱きしめていた腕が所在なさげに解かれた。
「はい。あのあと、すぐに妊娠していることがわかりました」
三秒の間、絶句するルシャード。
ここまで驚くのか。ルシャードが次にどんな返答をするのか、俺は緊張して待った。
冷静沈着なルシャードから、狼狽えと戸惑いと焦りがはっきりとうかがえる。
「どうしてだ……どうして、もっと早く……妊娠したとわかったときに教えてくれなかったのだ? 王都に戻れない理由でもあったか?」
詰問するようにルシャードに迫られて、俺は正直に明かした。
「ルシャード殿下には公表してない婚約者がいると思って――」
「婚約者などいない!」
遮って、ルシャードが尖った声で反論する。
「はい、今はわかってます。でもあのときはルシャード殿下がアプト領に王女殿下を出迎えに行かれたと聞いて、婚約者が訪問されるのだと誤解してしまい」
「そんな……違う。俺が迎えに行ったのは……」
ルシャードは額に手を置いて呟く。
「わかってます。四日前、薬剤師のリサと暮らす女性に会って、はじめて事実を知りました」
「あぁ、エリに会ったのか。すべて聞いたのか?」
「教えてくれました」
ルシャードは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
「……マイネは発情期中のことを覚えてないようだな」
「はじめての発情期だったので朧げです。殿下はオメガのフェロモンに惑わされただけで、そこに感情は備わってないのだと思っていました」
俺がそう言うと、ルシャードは短く嘆息した。
「俺はアルファ用の抑制剤を飲んでたし、自分の意思でマイネを抱いたんだ。それに、何度も好きだと伝えた」
やはり、あの夢は現実だったのか。
「よく覚えてなくて、夢かと思ってました」
「それで、俺から逃げて、ひとりで出産したと言うのか?」
苦痛に耐えるようにルシャードが眉を顰めた。
「はい。妊娠してるってわかったとき、すごく嬉しかったんです。そしたらルシャード殿下にそっくりの子が産まれて、俺はすごく幸せでした」
なぜか俺は不意に涙をこぼした。
泣くつもりなんてなかったのに。
ルシャードが顔を寄せて、頬に落ちた涙に唇を落とす。
啄むように、繰り返した。
徐々に俺の唇に辿り着き、ルシャードの唇が軽く触れる。
再び唇を重ねると、ルシャードの舌が歯列の間から口内に侵入した。
湿ったルシャードの舌が俺の舌を宥めるように優しく撫でる。
唇が離れると、うなじの匂いを嗅がれた。
ルシャードの髪がうなじに触れてくすぐったい。
「発情期はいつあった?」
「殿下と再会した日にありました。一日だけで治りましたが」
「今日も抑制剤を飲んだほうが良さそうだぞ」
「俺を発情させる何かが、ルシャード殿下にあるみたいですね」
「マイネを好きすぎるから、誘発してしまうのかもしれないな。マイネが呆れてしまうのではないかと心配だ」
ルシャードが首筋に顔を埋めて、甘えたようにすりすりと頬を触れ合わせた。
その仕草がなんともカスパーに似ていて驚く。
俺が目を細めて笑った。
「それなら俺も」
俺が答えると、ルシャードは俺の頬を愛おしげに撫でながら、ゆっくりと唇を唇に重ねる。
愛情を伝え合うような優しい口づけ。
ルシャードは頬から耳のほうに手のひらを移動させて、額を合わせた。
「――これからは些細なことでも何でも話してくれるか?」
ルシャードが真摯な声で訴えた。
俺はこれからという言葉に、これから王弟ルシャードの番になるのだと改めて実感した。
これから、ずっと続くのだと思いながらこくりと頷く。
「子の名前はなんというのだ?」
「カスパーです」
「カスパーか……」
ルシャードは噛みしめるように口にした。
ルシャードがカスパーの名を呼ぶ日が来るなんて、出産したときは想像もしなかった。
ルシャードの声が耳に残り、脳内で繰り返す。
「獣人のアルファです」
「ならば聖獣だ。今は四歳だろ? 獣型に変化できるようになったらどうするつもりだった?」
ルシャードの問いに、俺は首を傾けた。
「疑われたら、ひっそりと隠れて暮らそうと思ってました。カスパーさえいてくれたら、なんとかなるかと……」
「カスパーにも聖獣だと教えてないのか?」
「……ごめんなさい。もう片方の父親は獅子獣人で事故で亡くなったと教えてます」
躊躇いつつ、すまなさそうに伝える。
ルシャードの存在を消してしまった罪悪感が、ちくりと胸に刺さった。
カスパーにもルシャードのことを、告げなければいけない。
「無理にとは言わないが、今から会ってみたい」
俺は震えそうな声で、そう答えるのが精一杯だった。
とたんに、ルシャードの胸の中に閉じ込められる。
後頭部に大きな手のひらがそえられ、逞しい身体に包まれた。
ルシャードの温かい体温と愛情が伝わる。
「四年半前、マイネに近づけたと思ったら、消えてしまった。先ほどの虹のようにな。今度は消えたりしないでくれ」
ルシャードが懇願するように言い募る。
俺を失ったルシャードが、どんなに深い悲しみに沈んだのかを垣間見た瞬間だった。
「はい」
「何があっても、俺の前からいなくならないでくれ」
ルシャードの背中に腕を回したマイネは、溢れる想いを口にした。
「俺もルシャード殿下が好きです。離れたりしません」
「このまま一緒に王宮に帰ろう」
ルシャードは、いっそう強く俺を抱擁する。
「……今すぐにですか?」
「そうだ。駄目か? 世話になった病院に別れの挨拶ぐらいはしたいか?」
ルシャードに大切な存在をまだ伝えていない。
俺はルシャードの顔を見上げた。
どんな反応が返ってくるだろうか。
俺は覚悟を決めて告白した。
「俺……――四年前、ルシャード殿下の子を出産しました」
「子を……産んだ?」
ルシャードは、目を瞠り口を開けたまま唖然とする。
俺を抱きしめていた腕が所在なさげに解かれた。
「はい。あのあと、すぐに妊娠していることがわかりました」
三秒の間、絶句するルシャード。
ここまで驚くのか。ルシャードが次にどんな返答をするのか、俺は緊張して待った。
冷静沈着なルシャードから、狼狽えと戸惑いと焦りがはっきりとうかがえる。
「どうしてだ……どうして、もっと早く……妊娠したとわかったときに教えてくれなかったのだ? 王都に戻れない理由でもあったか?」
詰問するようにルシャードに迫られて、俺は正直に明かした。
「ルシャード殿下には公表してない婚約者がいると思って――」
「婚約者などいない!」
遮って、ルシャードが尖った声で反論する。
「はい、今はわかってます。でもあのときはルシャード殿下がアプト領に王女殿下を出迎えに行かれたと聞いて、婚約者が訪問されるのだと誤解してしまい」
「そんな……違う。俺が迎えに行ったのは……」
ルシャードは額に手を置いて呟く。
「わかってます。四日前、薬剤師のリサと暮らす女性に会って、はじめて事実を知りました」
「あぁ、エリに会ったのか。すべて聞いたのか?」
「教えてくれました」
ルシャードは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
「……マイネは発情期中のことを覚えてないようだな」
「はじめての発情期だったので朧げです。殿下はオメガのフェロモンに惑わされただけで、そこに感情は備わってないのだと思っていました」
俺がそう言うと、ルシャードは短く嘆息した。
「俺はアルファ用の抑制剤を飲んでたし、自分の意思でマイネを抱いたんだ。それに、何度も好きだと伝えた」
やはり、あの夢は現実だったのか。
「よく覚えてなくて、夢かと思ってました」
「それで、俺から逃げて、ひとりで出産したと言うのか?」
苦痛に耐えるようにルシャードが眉を顰めた。
「はい。妊娠してるってわかったとき、すごく嬉しかったんです。そしたらルシャード殿下にそっくりの子が産まれて、俺はすごく幸せでした」
なぜか俺は不意に涙をこぼした。
泣くつもりなんてなかったのに。
ルシャードが顔を寄せて、頬に落ちた涙に唇を落とす。
啄むように、繰り返した。
徐々に俺の唇に辿り着き、ルシャードの唇が軽く触れる。
再び唇を重ねると、ルシャードの舌が歯列の間から口内に侵入した。
湿ったルシャードの舌が俺の舌を宥めるように優しく撫でる。
唇が離れると、うなじの匂いを嗅がれた。
ルシャードの髪がうなじに触れてくすぐったい。
「発情期はいつあった?」
「殿下と再会した日にありました。一日だけで治りましたが」
「今日も抑制剤を飲んだほうが良さそうだぞ」
「俺を発情させる何かが、ルシャード殿下にあるみたいですね」
「マイネを好きすぎるから、誘発してしまうのかもしれないな。マイネが呆れてしまうのではないかと心配だ」
ルシャードが首筋に顔を埋めて、甘えたようにすりすりと頬を触れ合わせた。
その仕草がなんともカスパーに似ていて驚く。
俺が目を細めて笑った。
「それなら俺も」
俺が答えると、ルシャードは俺の頬を愛おしげに撫でながら、ゆっくりと唇を唇に重ねる。
愛情を伝え合うような優しい口づけ。
ルシャードは頬から耳のほうに手のひらを移動させて、額を合わせた。
「――これからは些細なことでも何でも話してくれるか?」
ルシャードが真摯な声で訴えた。
俺はこれからという言葉に、これから王弟ルシャードの番になるのだと改めて実感した。
これから、ずっと続くのだと思いながらこくりと頷く。
「子の名前はなんというのだ?」
「カスパーです」
「カスパーか……」
ルシャードは噛みしめるように口にした。
ルシャードがカスパーの名を呼ぶ日が来るなんて、出産したときは想像もしなかった。
ルシャードの声が耳に残り、脳内で繰り返す。
「獣人のアルファです」
「ならば聖獣だ。今は四歳だろ? 獣型に変化できるようになったらどうするつもりだった?」
ルシャードの問いに、俺は首を傾けた。
「疑われたら、ひっそりと隠れて暮らそうと思ってました。カスパーさえいてくれたら、なんとかなるかと……」
「カスパーにも聖獣だと教えてないのか?」
「……ごめんなさい。もう片方の父親は獅子獣人で事故で亡くなったと教えてます」
躊躇いつつ、すまなさそうに伝える。
ルシャードの存在を消してしまった罪悪感が、ちくりと胸に刺さった。
カスパーにもルシャードのことを、告げなければいけない。
「無理にとは言わないが、今から会ってみたい」
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