嫌いになりたい

犬白グミ

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【離婚した攻め】

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 十杯目にマティーニを伊野崎が注文し、一人では帰れないと判断されたようだ。
 夏生が「雨宮に連絡しますね」と言った。

 その一時間後、雨宮がタクシーを捕まえて店まで迎えに来たため、会計を済ませ店を出た。

 足がふらつき、そこで伊野崎は酔っていると自覚したのだった。
 
 タクシーが伊野崎の家の前に到着する。
 助手席で料金を払った雨宮が降り、後部座席を伺った。

「先生、降りますよ」と夏生に促された。
 伊野崎に意識はある。

 三人が降り、タクシーが走り去った。
 街灯のあかりが辺りを照らす。
 見えないほど暗くはなかった。

「先生、歩けますか?」
「歩けない…」
 夏生の肩を両腕で抱き、伊野崎は嘘をつく。

 伊野崎と夏生の間に、雨宮が入ろうと試みるが、隙間がなく上手くいかず、眉間に皺を寄せた。

 さっさっと伊野崎を帰宅させようと怒りを抑えながら言う。

「先生、鍵はどこですか?」
「コートの内ポケット」

「ちょっと離れてもらえますか、鍵探しますから」
 もぞもぞ動く夏生は、伊野崎の胸の中から逃げようとする。

 伊野崎の黒いコートは夏生が持っていた。

「俺が探す」
 伊野崎のコートを雨宮が奪い、内ポケットから鍵を出す。

 夏生の背中に腕を回し、伊野崎は耳元で息を吐いた。
 顔を寄せて、唇が重なりそうになる。

 紙一重で雨宮が、伊野崎の口を塞いだ。
「ああ!駄目ですよ」

 その瞬間、背後から駆け出す足音があった。

 走ってきたのは柴で、
「何してんだ!」
 口を塞がれた伊野崎を見て、激昂した。

 雨宮が咄嗟に手を離すと、伊野崎が怒鳴り返した。
「3人でセックスだよ!」

「え?」「は?」と夏生と雨宮が驚きを漏らす。

 タクシーが家に到着した時から、柴が見ている予感が伊野崎にはあった。

 夏生が声に出さず「誰?」と口を動かし、雨宮がわからないと首を傾げた。

 夏生と雨宮に口を挟まれる前に、伊野崎は嘘を続ける。
「見てわかんないのか?三人で楽しんでんだよ」

 柴がたじろぐ。
「本当か?合意なのか?」
「柴には関係ない。俺は柴以外だったら誰でもいいんだよ」

 柴以外なら誰でも一緒、これは伊野崎の本心だ。

「俺への嫌がらせならやめてくれ」
「止めてほしかったら、まず柴が俺ん家に来るの止めろよ」

「それは…」
 口ごもる柴に、酔った伊野崎は横暴な提案をする。

「柴が来るたびに、犯される相手を探すのも悪くないかもな」
「何、無茶苦茶なこと言ってんだよ」

 伊野崎の応酬は早い。
「お前だって、無茶苦茶なことしただろ」

 柴は深く息を吐き、呼吸を整えた。 
「…伊野の気持ちはわかった。お願いだから、そっちの二人に帰ってもらえ」

 柴がそう言うと、最初に動いたのは雨宮だった。
 鍵とコートを伊野崎に渡す。

「大丈夫ですか?」と夏生が伊野崎に訊く。
 伊野崎は頷き、謝罪した。
「ごめんね」
 
 雨宮と夏生が、駅の方角に姿を消すのを見送ると、安心した様子の柴は伊野崎に近寄る。

「伊野とやり直すなんて都合のいいこと思って会いに来たんじゃないんだ。でも、会ったら欲が出た。何度も勝手にごめん」

 伊野崎は、どんな顔をしたらよいのか迷った。

「俺が会いに来なくなったら、伊野も無茶しないんだな?」
「しない」

「幸せになって」
 柴にそう言われると、伊野崎は急に涙が溢れた。
 幸せは、目の前にあるのではないのか? 

「俺が伊野を好きなのは変わらないからね」
 柴は、伊野崎の左手の甲を持ち上げて離した。

 恋人だった頃、冗談の決まり事があった。
 左手の甲にキスして約束をするのだ。

 一瞬、手にキスをされるのかと伊野崎は思った。
 鼻を啜りながら、背中を向ける。
 玄関前で振り向くと、立ち竦んでいた柴と目が合う。

 そして、目を逸らした柴も背中を向けた。

 
 


 それから、柴は本当に来なくなった。
 手紙もない。

 望んだ結果なのに、伊野崎は愕然とした。
 
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