喪女奇譚

桐江流花

文字の大きさ
1 / 2

喪女奇譚

しおりを挟む
 イヤホンから微かに擦れる音、キーを叩く音が流れてくる。
 私はその音を聞きながら、無言でパソコン画面を眺めていた。すると、
『どうしよう、ページ数が合わないかも』
 と、泣き出しそうな声がイヤホンから聞こえてくる。私は装着しているマイクを持ち上げた。
「ページ数が足りないの? 多いの?」
『どうやら足りないみたいです……ページ数を数え間違いました』
「だったらあとがきコメントで埋めちゃいなよ。大丈夫、多いよりは少ない方が誤魔化し効くから。最悪の場合空白ページでもいけるし」
『はい、そうします……』
 やけに落ち込んだ声で言うと相手は溜息を吐く。そうして、また沈黙と無機質な音が流れ始めた。
「締切には間に合いそう?」
『どうでしょう……』
 今、通話している相手はSNSを通して仲良くなった相手である。ハンドルネームを「桜咲りつ」と名乗る彼女は、若さと情熱が溢れる、声の可愛い二十四歳だ。
 ハンドルネームとはネットで使われる偽名であり、彼女の本当の名前ではない。私達が明かしているのは趣味と年齢だけ。本名や互いのプライベートはなに一つ知らない。そんな相手と私は夜な夜なスカイホンを通して楽しくお喋りをしていた。
 私達はコールセンターのオペレーターよろしくヘッドセットマイクをつけ、スカイホンと呼ばれる大手ソフトウェア社が提供する、インターネット電話で通話をしている。これはパソコンやスマフォにダウンロードすれば、どこでも誰とでも無料通話できる優れものである。
 最近ではトークという無料通信サービスの方が主流なのだが、トークは本名で登録してあり、リアルの友達や家族と繋がっているから、ネットだけで知り合った人間と繋がるのには少々難がある。ソーシャル・ネットワーク・サービス、略してSNSなどで繋がった人間は基本私の本名を知らないし、本名で私を呼ぶ人達は私のハンドルネームを知らないからだ。だから、現実用と趣味用で通信サービスを使い分けるようにしている。
 私はSNSなどを通じて、趣味で繋がった相手とID交換をするのはスカイホンと決めていた。トークだと一つのデバイスに一アカウントだが、スカイホンはメールアドレスがあれば、何個でもアカウントをとれる気軽さがあるのだ。
『如月さんは、今回のイベントで新刊を何冊出すんですか?』
「新刊は二冊だよ。一冊は入稿が終わってるね。別の一冊は来週の火曜日が入稿締切り。一応、原稿は完成してるんだけど、もう一回最後に確認作業しないといけないんだ。それをしたら入稿しちゃうよ」
『すごーい、二冊って大変じゃないですか! 私なんて一冊であっぷあっぷなのに。如月さんはやっぱり流石ですねえ』
 褒められた事に気を良くした私は、画面の前でニヤケ顔をした。
「いやいや、二冊出すって宣言しちゃったから、後には引けなくて」
 なるほどー、とりつちゃんが言う。
『如月さんにはファンが多いですし、楽しみにしてる人が沢山待ってますもん!』
「そんな事はないと思うんだけどさぁ」
『そんな事はなくはないですよ? 現に私が楽しみにしてます』
「そうかなあ? ふふ、ありがとう」
『如月さんの描くストーリーは、甘くて切なくて、いつも幸せな気持ちになれるんです』
「うふふ……」
 私は照れつつも、気持ちの悪い笑みを浮かべた。いよいよ顔が見えてなくて良かったと思う。
 私は同人誌、いわゆる、二次創作漫画を描くのを趣味として生きている。如月という名は勿論、ハンドルネームだ。本名は田部美代子という地味な名前である。
 二次創作とは漫画やアニメ、ゲームなどのキャラクターを使って漫画を描いたり小説を書いたりする事だ。公式のキャラクターを使用させて貰い、本編を軸にして本編にはない物語を描く、隙間産業みたいなものである。
 勿論、製作者や原作者とは無関係であり無許可の、あくまで個人で楽しむ為の非営利目的の活動ではあるが、個人で作った本(あくまでファンブック)などを売買し、金銭受理もある訳でこれには様々な議論、問題がある。
 私はその中で二次創作のボーイズラブを好んで描き続けるオタクで腐女子というやつだ。腐女子とは男性同性愛を題材にした作品やその愛好者の事を指している。本来「腐女子」は蔑称であったが、余り本人達は気にしていない。むしろ、積極的に自分の趣味嗜好を表現する言葉として使っている。オタクという言葉も差別的用語だったけれど、我々はそういう事を全く気にせず、好き勝手やっている。
 最近は芸能人のオタクカミングアウトや、腐女子発言も増えたし、日本のカルチャーとして海外でも注目されている事からだいぶイメージが変わったように思う。一昔前だったら、声高には言えなかった趣味だ。十年前、私の青春時代がそうだったように。
 ちなみに、私は三十三歳。腐女子という言葉ができる二十年前くらいから二次創作のボーイズラブに目覚めたくちである。通話をしているりつちゃんは、腐女子に目覚めて三年くらいの新人さんで、今度のイベント、いわゆる、同人誌即売会イベントで初めて個人サークル、販売者側として参加するらしい。有明の国際展示場で行われる中規模のイベントだが、彼女にしたら初めての大舞台だ。
『どきどきします』
「最初はそうだよね」
『緊張して喋れないかも』
「私も最初はそうだったけど、大丈夫、すぐ慣れるよ」
 師匠気取りでりつちゃんに言うと、りつちゃんは素直にうんうんと相槌を打つ。
『早く慣れるといいんですけど』
「大丈夫、大丈夫。私と初めて通話した時も凄く緊張してたけど、今じゃこうやって普通に話せてるじゃない」
 初めてりつちゃんと通話した時、彼女から誘ってきたのだけれど、りつちゃんはとんでもなく緊張していて会話にならなかった。なにを言っても数秒の間が空き、どもり、無言。それがここまでリラックスできるようになったのだから、要するに慣れだ。
『なんだか、その頃が懐かしく感じますね』
 感慨深くりつちゃんが呟く。
「それにしても、自分から誘ってきておいて沈黙ばっかりっていうね」
 私が冗談めかして言うと「それは仕方ないじゃないですか!」と彼女が抗議する。
『ツイスターみたいには喋れないんですよ。いわゆる、ネット弁慶なんです』
「ネット弁慶ってなによ」
『ネットでは気さくに話せるし強気でいられるけど、リアルでは駄目なんです』
 なるほど、内弁慶の「内」を「ネット」に変えた造語か。
 りつちゃんとはツイスターというリアルタイムで百四十字の短文が投稿できるSNSで知り合った。ツイスターは腐女子やオタクの間でも爆発的に利用者が増え、そのお陰でこれまでよりも広く、簡単に同じ趣味の仲間と繋がりがもてるようになったのである。
 私がりつちゃんくらいの年の頃は、ブログや個人のホームページなどが主流で、クローズドな世界だった。相手と交流するのもメールでいちいちやりとりをする時代だ。昨今のこのオープンさにはかなりの文明開化を感じている。
「私はネットでも駄目だし、リアルなんかもっと駄目。口下手で人見知りだから」
『いえいえ、如月さんはやっぱりオーラが違いますから』
「そんな事ないって」
 そっかあ、私にも少しはオーラがついたのか。なんてお気楽な事を考えてはニヤける。まあ、三十歳を超えて、ただ経験が蓄えられただけなのだろうけれど。
「りつちゃん、それは貫禄じゃないよ。多分、濃ゆいオタク臭だと思うよ。間違っちゃ駄目」
『なんでそんなに自虐的なんですかっ』
 互いに笑い合った後、暫く沈黙が続く。カリカリカリ……必死にペンを動かす音がする。りつちゃんは休憩を挟んで、原稿を仕上げるモードにスイッチを入れたらしい。私も自分の原稿の確認作業に入った。
 今回の新刊内容は、いつもの如く甘々なラブストーリーである。
 私が好きなロボットアニメ「アロウズサーガ」のキャラクター「ちぃ」と「ゆう」が、お付き合いに至るまでの物語である。この二人、どちらも男性で本編では幼馴染かつライバルなだけで恋愛フラグは(勿論)立っていない。けれど、互いに切磋琢磨する関係性が腐女子の萌え(サブカルチャー文化において、登場キャラクターなどへのある種の強い好意などの感情を表す言葉 ウィキペディアより抜粋)をついて、その作品の中では一、二を争う人気カップリングなのだ。
 カップリングとはキャラクター同士の恋愛関係を示す言葉である。
 恋愛の対象となる二人のキャラクターを私の好きな「ちぃ」と「ゆう」で現すと、「ちぃ×ゆう」と表記する。更に詳しく説明すると、×の前に来ているキャラ(この場合でいえば、ちぃ)を攻めと呼び、性行為などで男性側を指す。×の後のキャラは受けと呼ばれ、受動的な立場であり、性行為では女性側を担当する。
 私が黙々と画面とにらめっこをしていると、ペンを動かす音が止まった。

『私、如月さんの描く恋愛が凄く好きです』

 りつちゃんが唐突に言った。
「う、うん、ありがとう」
『如月さんって凄く素敵な人なんだろうなあって、素敵な経験をされてきた方なんだろうなあって、ずっと思ってたんですよ』
「ええと……」
 突然の告白に私は口籠る。
『絵も素敵なんですけど、ストーリーが凄く素敵で。ああ、語彙が足りなくて陳腐な言葉でしか言えないんですけど……』
 もどかしいとりつちゃんが悔しそうに言った。私は慌てて「いきなりどうした?」と訊ねる。
『自分で描いてみて、本当に大変なんだなって思ったら、つい』
「楽しいけど大変だよね」
『はい、やっぱり私は未熟で、表現したい事もなんだかあやふやなんです』
「それも慣れだよ」
『だからやっぱり、如月さんは凄いんだなって思いました』
「そんな事ないよ……」
『さっきも言った通り、恋愛の切なさとか甘さが凄く伝わってくるんです。この前の本なんか私、泣いちゃいました』
「ええ? ……ありがとう」
『前々からファンだったんですけど、如月さんとこうやってお話して貰ったりアドバイスして貰ったり、私、本当に感激しています。夢を見てるみたいだなって』
「いやあ、そんな……」
『本当なんです。お話をして、やっぱり如月さんって私の思ってた通りの人なんだって確信しました』
「……確信って」
 勝手に想像されては困る。いや、褒めて貰えるのは嬉しいけれど、でも困る。
『経験豊かで落ち着いていて、理想の方だって確信したんです』
 うわっ、と私は画面の前で頭を抱えた。
『私、三年前に如月さんが出した、百回目のキスからのファンで、ファン歴は浅いですけど、如月さんへの想いは誰にも負けないですから!』
 へ、へえ……そうだったんだ。
 そう言えば、三年前、そんな題名の本を出した気がする。あの本は、違うアニメの同人誌だったけれど。あの当時はまっていたゲームのカップリングで、「晃×忍」の同人誌だった。受けの忍が透明人間になってしまうのだが、晃がそれを見つけ助けるというパロディだった筈。
 経験豊かだなんて言われると思いもしなかったから驚いたけれど、私はオーラと共に、そんなイメージもつけてきたのか。自分ではどうしてそうなったのか、全くわからない。
『最後に素敵な台詞を言ってキスをするじゃないですか、もう本当に素敵で……あんなお話を描ける如月さんって凄いなって』

 いやいやいや、りつちゃん、私は経験豊かなんかじゃない。
 私は、キスなんてした事ないよ?

 同人誌を描き続けて二十年。ボーイズラブを描き続けれど、自分の恋愛経験はない。生まれて三十三年、一度もお付き合いをした事がなかった。私はネットスラングでモテないダサ女を現す、喪女なのである。
 いや、人を好きになった事はあるよ? あるけれど、壁からそっと覗いてるような独り相撲的なのしかない。
 残念ながら青春を同人活動に捧げ、周りが恋愛話に華を咲かせる中、暗く引きこもって同人誌を生産していた結果こうなってしまった。リアルの経験が乏しくなった代わりに妄想の世界が充実してしまった系女子である。
 実家の両親には結婚すら諦められ、既に話も出てこない。三十歳くらいまでは急かされていたのだが……。親にも諦められるのってどうなのよ?
 私は慌てて話題をイベントにすり替える。するとりつちゃんが今後の活動について尋ねてきた。
『今度のイベントに出たら、次のイベントは決めてるんですか?』
「ああ、ええと……仕事次第かなあ」
『お仕事お忙しいんですね』
「まあねえ……」
 同人活動で食べていければいいのだけれど、食べていける程のプラスにはならない。即売会に出るにも物販するスペース代が掛かるし、本の印刷代も掛かる。その他諸費用もあるし、本が全て売れて漸く少しのプラスが出るくらいだから、どう考えたって難しい。
 私も同人を生業にしようと思っていた時期があったが、そう簡単に成し得られる事じゃないとわかると、すぐに諦めた。趣味と割り切って楽しく無理なく活動するのが一番なのだ。
 勿論、同人で花を咲かせ、プロになった人もいるし、セミプロとして同人をしながら商業で活躍している人だっている。でもそれは極僅かで、厳しい世界なのだ。
 だから私は趣味として同人活動をしながら、普通にOLをしている。寿退社する後輩を何度も見送ってきたお局だ。
『じゃあ、今度のイベント以降は白紙って事なんですね』
「一応ね、わかんないけど」
 私はPC画面に映る原稿に目を滑らせながら言った。
『如月さん、イベントのアフター予定はあるんですか?』
「え? ないよ」
 同人即売イベントが終わった後の予定は未定だ。もし誘われたら、食事にでも行こうかなあくらいで、白紙状態である。
 みんな事前に予定を立てたりしてアフターに行くみたいだけれど、私はどちらかと言えばその時の状況に任せるタイプなのだ。
『あ、そうなんですか? てっきり、もう決まっているもんだと』
「いやいや、別にないよ」
 同人活動を長く続けているけれど、同人界で長く付き合っている友人というのは少ない。それなりに知り合いはできるけれど、他のアニメやゲームなどにジャンル移行すると、関係が途絶えてしまうというのは同人界あるあるだ。
 稀に、極稀にジャンル移動をしても仲良く連絡をとるような友達が出来たりするが、二十年続けてきて片手の指で収まる程度の人数である。もし、その友人が同じイベントに参加していて、誘われたらアフターに行ってもいいかな? ぐらいのスタンスなのだ。
『じゃあ、あの……如月さん、私とアフター、どうですか?』
 りつちゃんが恐る恐るといった感じで私に尋ねてくる。私は少し考えて「いいよ」と返事をした。
『やった! 如月さんと食事するの、夢だったんです』
「変な夢だね」
『そうですか? 憧れの人と食事できるのって凄い事ですよ?』
「いやあ……」
 憧れとりつちゃんは言ってくれるが、別に同人界で有名な作家ではない。
 同人即売会では販売数が多く、すぐに長蛇の列ができる為、壁際に配置される通称「壁サークル」と呼ばれる大手などがあるが、私は大手ではないし自転車操業の中堅サークル(だと思いたい)である。
「そんなに有名な訳じゃないし、憧れられる程じゃないよ」
『そんな事ないですよ、如月さんの御本を購入するのだって並ばないといけないじゃないですか』
 まあ、少しは……。長蛇の列ではないが、混雑時は並んで貰う時がある。ただ、そういうサークルは結構いるし、凄い、という程でもない。謙遜している訳でもなく、凄い人気サークルが間近にあったりするから、普通程度だと思えてしまうのだ。
 所詮、そんなものである。
『私の知り合いも如月さんの御本を楽しみって人、沢山いますよ! 如月さんは真面目だから謙遜されますけど、もっと自分に自信を持って下さい』
 自信、そう言われてガツンと後頭部を殴られた気がする。
『あっ、そういえば冬月さんって知ってます? 最近、ジャンル移動されてきた方なんですけど。今回のイベントでアンソロジー出すそうですよ』
「ああ」
 突然出てきた名前に私は表情を曇らせた。
 好きな世界で同じ人種が集まる影に、ひっそりと口を広げて得物を待っている暗い獣が潜んでいるのが浮かんだ。
 冬月あおい。あの女か……。
『人気の作家さんを集めてちぃ×ゆうのアンソロジー出すって告知してました』
「うん、知ってる」
 彼女がツイスターでうるさいほど告知してるのを私は知っている。彼女の宣伝が、いろんな人を経由して私のもとに大量に回ってきていたので、大体の事は把握していた。
『まあ、アンソロジーを作るのも大変だから頑張って欲しいよね。それにしても、イベント楽しみだなあ』
 私は然程興味もないといった体で言葉を返し、話題を変えようとする。
 冬月あおいは私にとって地雷なのだ。だから余り話をしたくない。
 多分、りつちゃんは知らないのだろうけれど、冬月あおいは危険人物なのだ。
 自分の気に食わない相手を匿名掲示板などで晒して苦しめるような性悪女なのである。何故、そんな事を知っているかと言えば、私がそれをされたから。三年前、それこそりつちゃんの言っていた「百回目のキス」を出した頃、彼女からの陰湿な攻撃を私は受けたのだ。
 あの時もアンソロジーを出すと言って、人気のある作家さんを彼女は募っていた。それが事の始まりだった。
『如月さんもアンソロジーに参加しませんか?』
 そんな感じで彼女の誘いを受け、私はそれを快諾した。その後りつちゃんと同じようにスカイホン通話をするまでの仲になり、食事も何回か行ったりした。だが、冬月あおいと交流をするようになってから、何故か匿名掲示板に私の名前が載るようになったのだ。
 そういうのをチェックしている友人からの指摘で気付いたのだが、どうやら身内でしか知らないような内容も記載されているとの事。私はそれを確かめる為、意を決して掲示板を覗いてみたのだが、それはもう酷い内容のオンパレードだった。
 正直、凹んだ。
『如月は喪女、彼氏がいない歴三十三年。喪女の癖に恋愛話を描くとか、うける』
 喪女の癖にってなんだよ、そんなの放っておいてくれ。
『おばさんファッションすぎて見てて可哀想になる。オタク丸出し、正直引くレベル。流石、喪女』
 作品の批判も勿論あったが、なんだか私のプライベートや外見に関する批判が多く、私に対する私怨としか言いようのない内容ばかりだった。
 喪女、喪女、喪女――。
 何故、仲が良かった筈の冬月あおいが犯人として浮上したかというと、彼女にしか教えていなかった内容が批判の中に入っていたからだ。
 両親が私の結婚を諦める要因となった「お見合い事件」、その事が匿名掲示板に批判として書かれている。私は唖然とした。
 そのお見合い事件だが、特に大した事ではない。
 お見合い相手と二人きりにさせられた私は話す事もなく、途方に暮れた。バーコードに禿げ上がった頭が悲しく光り輝いている。まだ四十歳になったばかりだというのに、見事な照りである。
 余りの沈黙に耐えられなくなった私は、仕方なしに相手の男性に趣味を尋ねた。
「実は僕、アニメが好きなんです」
 彼は突然、自分はオタクなのだとカミングアウトした。
 私は少し困惑しながらも、話を合わせねばと思い、自分もオタクなのだとカミングアウトしてみた。
「私もアニメが好きです。オタクです」
 仲間だと思ったからかなんなのか急に饒舌になった彼は、自分の好きなアニメの話をマシンガンのような早さで語り出す。私は呆気にとられながら相槌を打っていたが、彼は私が愛するアニメ作品を批判し始めたではないか。
 最初は我慢していたが、余りにもこき下ろすので我慢がならなくなり、口論になってしまったのは言うまでもない。
 勿論、結果は破談――それだけの事だ。うん、それだけの事。
 いや、本当に腹が立ったのだ。何様か、王様か、大王様かというような尊大な態度で「あのアニメはクソ」と批判し、あろう事か私の最愛のキャラまで「クズ」と馬鹿にしだしたのだから。私だって黙っていられない。腐女子とは本来熱い、猪突猛進、いや、猪突妄進な生き物なのだ。そういう事を思っていても口に出してはいけない。
 どんなに大人しい子だって、途端に豹変してしまうのを忘れてはいけない。これは、絶対である。
 とまあ、そのお見合い事件の事が何故か書いてあてあった訳だ。
『四十歳になる禿げたオタク男とのお見合いも失敗するような喪女』
 四十歳だという事、そうして禿げている事までご丁寧に書いてあり、私は冬月あおいだと確信する。その時、この話をしていたのは冬月あおいだけ。他の友人にもそれとなく話はしたのだが、お見合いをするという事だけしか言っていない。
 「四十歳のオタク」と事の顛末まで詳しく話をしたのは冬月あおい一人だけだった。まあ、他にも彼女にしか話していない事が書かれていたので、彼女が真っ黒となった。
 何故、こんな事をするのだろう? 私は首を捻る。
 彼女になにかしたような覚えは全くない。
 本人に詰め寄るのも怖いし、逆上されても困ると思い、荒らしにはスルーが一番と決め込んで、私は徐々に彼女との距離を置くようになった。
 
 冬月あおいとの交流が途絶えても、掲示板の悪口は暫く続いていたが、ネタが尽きたのか、私が作品移行をしたからか、悪口も徐々に減り、ついには沈静化した。
 けれど――。
 まさか冬月あおいが同じ作品、同じカップリングにくるとは思ってもみなかった。もともと同じようなカップリングやキャラクターを好む事はわかっていたが、数あるアニメやゲーム、漫画作品の中で、同じところに来なくてもいいだろう。
 もしかして、また私を嫌がらせしようと思っているんじゃ……。当たり前、過去のトラウマが蘇る。冬月あおいがきたからジャンル移動をしようかとも考えたが、それは癪に障るし、萌えを突然変更するのはできないからやめた。嫌がらせをされだしたら考えようと思っている。
『楽しみですねえ』
 なにも知らないりつちゃんが声を弾ませ言う。私は「そうだね」と浮かない顔をしながら言った。


 楽しみにしていた、イベント当日。私のサークルスペースには沢山の人が来てくれた。
 長机の半分、大体パイプ椅子二つ分が並べられるくらいの長さが一スペースとして与えられるのだが(縦幅は大体A4の本が二冊おけるくらいである)、その小さなスペースに二列になって人が沢山並んでくれた。一人で捌くのは大変だったがとても有意義な時間を過ごせたと思う。
 いつもこの瞬間だけは満たされ幸せな気持ちになれる。
 まあ、また原稿の修羅場に入ったりすると、何故こんな苦しい思いをしながらやっているのだろう……と思う事も多々あるのだが。けれど、この時だけは同人をやっていて良かったと素直に思い、達成感に感激するのだ。
 午後になる前に、販売分の三百冊が売れ、私の机には嬉しい空白ができた。
 私の恋愛経験ゼロで描き上げた同人誌を楽しみにしてくれる人達がいる。申し訳ないやら、嬉しいやら。
「こんにちは」
 私が漸く一息吐くと、スペースの前に可愛らしい女性が現れた。私はつられて「こんにちは」と挨拶を返す。
「りつです、こんにちは、初めまして」
「ああ、りつちゃん!」
 クリーム色のニットにワインレッドの膝丈スカートを合わせ、髪の毛をゆるく巻いている。清楚な姿の彼女はにこやかに微笑んだ。
 明らかにリア充臭が漂う姿に、私はひきつった笑みを浮かべる。
 こんな子に師匠めいた事を言っていたのか……。むしろ彼女の方がリアルでは師匠なのではないだろうかと思える程、その姿は愛らしく整っている。
 ピンク色のチークは程よく頬を染め、薄い唇にうっすら乗せたグロスは太陽を受けて光る水面のよう、まるまるとしてくりくりのお目めは漫画のヒロインみたいだった。
「新刊、どちらも売り切れちゃったんですか?」
「あっ、りつちゃんの分はちゃんと取り置きしてあるよ」
 頼まれてはいなかったが、なんとなく彼女の分は残しておいたのだ。いつもお世話になっているお礼の意味を込めて彼女に分けておいた新刊二冊を渡す。りつちゃんが財布を取り出そうとするから私はそれを静止した。
「いいよ、あげる。貰って」
「えっ? 駄目です!」
 りつちゃんは首がもげるのではないかと思う程、ぶんぶんと振って「それはいけない」と全身で表した。私は「いいのいいの」と言うが、それでもお金を出そうとする。
「いや、これからも仲良くしようねって事で」
 余りにもしつこく支払いをしようとするのでそう言うと、彼女は固まってしまった。
「りつちゃん?」
 りつちゃんは金縛りにでもあったのか、固まったまんま動かない。小刻みに手に持った本が揺れていた。
「わたし……感激です……一生、如月さんについていきます」
「ええっ」
 うるうると目が潤っていく。私はおろおろとしながら、彼女に「とんでもない」とか「言い過ぎだよ」と慌てて言った。
 りつちゃんは歓喜に震えながらも、肩に下げていた可愛いエコバッグの中から自分の本を取り出し、私の前に恥ずかしそうに差し出した。
「僭越ながら……貰ってやって下さい」
 私はそれを受け取り、まじまじと本を見る。これは彼女が必死に仕上げていた本だ。
「うわあ、ありがとう! 大切に読ませて貰うね」
 彼女は恥ずかしそうに笑って「面白いかわからないですけど……」と呟いた。
「そんな事ないよ、一生懸命作ったんだから」
「一生懸命作ったのは作ったんですけど、内容が無いよう、みたいな……」
 冗談を言って茶化してみせるものの、どこか緊張しているような面持ちでりつちゃんは言う。私は「そうかなあ」と言いながら、本の表紙を撫でた。
「確かに、面白いのは大切だと思うし、一生懸命だけじゃ駄目だって人もいると思うんだけど、一生懸命が大事だと思うんだよね。それが始まりだと思うの。それをしないとさ、どこが悪かったとか次に生かせないと思うんだよ。大体、一生懸命さがない作品って伝わっちゃうしね。それが伝わると必然、面白くないに繋がると思うんだよね」
 私はしみじみと同人活動を始めた頃の自分を思い出しながら言った。あの頃はこんな風に売れなかったけれど、一生懸命だった。今も一生懸命は一生懸命だけれど、あの頃のひたむきな一生懸命さには敵わないかもしれない。
 あの頃の必死さがあったからこそ、今の自分がいる。まあ、その一生懸命さがリアルを疎かにしたのも確かだけれど。
「如月さんってやっぱり凄い!」
 りつちゃんが声を上げた。瞬間、くさい事を言ってしまった恥ずかしさがわっと襲ってくる。
「いや、うん、なんちゃって……」
 今度は私が茶化す番だ。けれどりつちゃんは目をキラキラとさせて羨望の眼差しを私に向けている。
 おっと、これは居心地が悪い。
 相手は絵に描いたような可愛らしい御嬢さん。一方、こちら喪女。藍色のジーパンに黒のタートルを合わせ髪を一本に纏めた眼鏡の冴えない中年だ。
「あ、そうだ、買い物がまだなんだった」
 私は思いだしたかのように叫ぶ。
 午前中は自分のスペースの切り盛りでスペースの外に出られなかった。
 誰か手伝ってくれる友人がいればいいのだが、生憎彼女達もまた自分のスペースをもっているので頼めない。仲良くしている友人二人もこのイベントに参加していた筈だが、彼女達も忙しい午前中を過ごした筈だ。一人でスペースを見るとなると、買い物できるのは客が引いてきた午後になってしまう。
「りつちゃん、私買い物に行こうと思うんだけど、いいかな?」
 今を逃してしまうと売り切れが続出したり、帰ってしまうサークルさんも少なくない。伺うように聞くとりつちゃんはハッとしたように頷いた。
「あ、はい、長々とすみません!」
 私はスペースにギンガムチェック柄の布を被せ、大きめのメモ帳に「外出中」と大きく赤ペンで書くと、それを布の上に置いた。そうして、貴重品と財布を味気ない黒のエコバッグに入れる。
「いや、こっちこそごめんね。アフターもあるし、そこでゆっくり喋ろうね」
「はい、楽しみにしてます。えっと、二時半にどこで待ち合わせしましょうか?」
「あ、私がりつちゃんのスペースに行くよ」
「お願いします」
 ひとまず一旦解散し、私は散策の旅に出る。
 事前にメモをしておいたサークルに足を運び、同人誌を購入する作業を繰り返しながら、もう少し身なりに気を遣えば良かったと少しだけ反省した。
 自分の身なりが適当過ぎた事を、本を購入する度に痛感する。みんな、髪の毛を巻いたり、綺麗に纏めたり、お洒落な装いをしてキラキラしていたからだ。
 小銭を渡す時、本を受け取る時、彼女達の指先はソーダ色だったり桜色だったり、色とりどりに煌めいていた。自分の爪を見てみると、原稿の邪魔にならないようにと短く切った不揃いが色気なく指にくっついている。
 マニキュアくらい塗れば良かったかな……?
 マニキュアなんて持ってすらいない。というか、この恰好にマニキュアをしていても爪だけが浮くに違いない。
 みんな綺麗にしているのに。流石は喪女……と一人唸ってしまった。

 買い物も終了し、スペースへ戻る。
 布を外してゆったりとパイプ椅子に座り、休憩をしながら何人か新刊を求めてやってきてくれた人にお詫びをした。そうやって過ごしていると、スマフォのデジタル時計が二時を表示していた。私は帰り支度を始める。
 ダンボールに残った既刊と購入した同人誌、細々したものを入れ宅配スペースに運ぶ。重そうにしていた私の荷物を若い配送業者のお兄ちゃんが、ひょいと受け取り、にこやかに対応してくれた。私はこういう時、なんだか胸がキュンとなる。
 彼氏がいた事なんてないからアレだけど、彼氏がいたらこんな風に頼る事ができるんだろうなあと妄想した。生まれてこの方、そんな風にされるのはこういった業者や客商売をしている店員だけというのも悲しい話である。
 同人誌では容易く、非現実的な唐突さでロマンスがやってくるのに、私には待てどくらせどロマンスはやってこない。そうやって三十三年が過ぎてしまった訳だが、三十三歳になってしまうと、もうロマンスはやってこない気がする。だから、自分にあったらいいな、言われたらいいな、こうして欲しいな、を同人誌に詰め込んでいくのだ。だけど、それがうけているんだから、結構私は才能があるのかもしれない。ポジティブに変換しながら、次の本にはこういった小さな萌えも詰め込もう、そんな風に思った。
 スペースに戻って、後片付けを再開する。
 大きな荷物は送ってしまい身軽になった私は、黒のエコバッグ一つを肩に下げると、りつちゃんのスペースへと向かった。
 即売会イベントでは、長机を「ロの字」型に並べ、「島」と呼ばれるひとかたまりを作る。島はイベントの規模、参加者の人数によって多くなったり少なくなったりするのだが、会場の広さもそれによって変わる。ちなみに机に囲まれた口の字の中(椅子を並べる場所)が、サークル参加者のスペースとして割り当てられている。
 小さなイベントだとこの島というひとかたまりが二つくらいの時もあるし、世界的にも有名な即売会イベントとなると国際展示場の東館、西館に数えきれないくらいの島ができる。向こう側が霞んで見えないくらいの規模だ。
 今回のイベントは中規模程度だったから、東館を二ホール使用し、向こう側が見えないという程ではなかったけれど、それでも開場時は混雑していて歩くのも大変そうだった。今現在、通路はだいぶ閑散としていて、戦場のようだった雰囲気もゆったりと優しいものに変わっている。みんな目当てのものが購入できたのか、ほっとした表情で思い思いに談笑をしたり、スペースの椅子でまったりとしていた。
「如月さんっ」
 私のスペースから二つ目の島の端っこにりつちゃんのスペースはあった。りつちゃんはスペース内から出て、可愛いエコバッグと小さ目のトートバッグを持ってこちらに小さく手を振っている。
 私も小さく手を振って応え、彼女に近づいたその時だった。

 りつちゃんの背後、丁度、島のコの字型の先端スペースから鋭い視線が私に向けられた。

 私は足を止め、眉を寄せた。
「如月さん?」
 りつちゃんは首を傾げ「どうしたのか?」という表情をしている。正直に言えば、今すぐりつちゃんに「さようなら」と言って逃げ出したい気分だった。

 冬月あおい――、彼女がこちらを睨んでいたのだ。

 そういえば、彼女も今日同じイベントに参加し、近くにいたのだった。忙しさと充実感で、すっかり忘れていた自分が恨めしい。
 蛇に睨まれた蛙。
 まさに今の私は冬月あおいに睨まれて動けなくなっている。
「如月さん、いきましょう」
 気が付くとりつちゃんが私の隣にいて、彼女にぐいと腕を引かれた。彼女はにこにこ笑い、無邪気に「私、お店を予約しといたんで、早くいかないと!」と言った。
 冬月あおいの眼光という呪縛から、りつちゃんが私を剥がしてくれたおかげで、漸く私の思考や鼓動が戻ってくる。余りにも固まり過ぎて動き方がぎこちなくなっていた。
 りつちゃんがぐいぐい腕を引っ張って来るから、それに引きずられているみたいにしてその場を離れる。
 いや、この場合は有難い。それにしても、三十三歳にして睨まれたくらいで固まるのはどうなのだろう。睨み返すくらいの事をしたいが、どうもそういうのには慣れていない。同人誌でバイオレンスは描けても、私の人生にはバイオレンスは描けない。性格的に無縁だったのだ。
 東館から出て人ゴミをするする抜け、正面ゲートまでやってくる。外の空気を吸った瞬間に体の力が少しだけ抜けた。まだ少し胸はドキドキしている。
「如月さん、新宿のお店なんです。りんかい線で新宿まで行きましょう」
「う、うん」
 私は未だ少し脳が凍っているので、申し訳ないけれどりつちゃんにお任せ状態になっている。普通ならば一回りも違う年下の子を私がリードしなければならないのだろうけれど。
 冬月あおいショックから未だ立ち直れていない自分に驚きながら、未だ引いて貰っている腕を頼もしく思う。
 りんかい線国際展示場駅に向かう途中の階段で私はつまずいたりよろけたり、散々だった。その度にりつちゃんに支えて貰い、彼女には頭が上がらなくなりそうな予感がする。
 ザ・お台場というような近代的な作りをしたファッションビルなどを通り抜け、なんとか駅までやってきた。改札を抜けると、ホームに降り立つ。少し早い時間ではあるが、既に会場から帰る人々でホームは混雑していた。
 生温かい風と共に電車がホームへ滑り込む。私達は人の波に乗って、無言で電車の中へ乗り込んだ。
 電車の中は予想通りの混雑具合で、私達は少し離れたところに立った。私は吊革にぶら下がりながら、冬月あおいの事を思いだす。
 あの鋭い目つき。睨み具合。きっと彼女は未だ私の事を嫌っているのだ。そうでなければ、あんな表情にはならないと思う。
 黒のワンピースを着て、短い髪を後ろに流していた彼女の表情は般若みたいだった。年齢は確か三年前で二十八歳だったから、今や三十路の仲間入りを果たし、三十一歳である。
 
 それにしても三年前だというのにどうして……?

 私は悶々と考える。
 もしかして、本当に私に嫌がらせをしようとして移動してきたのかも。いやいや、それは考え過ぎではないか。それをするなら、私が移動して来たタイミングであちらも追ってくる筈だろう。
 だが、でも、だって……、悶々、悶々と私は考える。胃がずしりと重くなったり冷たくなったりしながら考える。国際展示場駅から新宿駅までの間、約二十五分間、私の心はずっと暗く長いトンネルの中を彷徨っているようだった。
「如月さん、降りますよ」
 離れていたりつちゃんに声を掛けて貰うまで、私はずっとその事を考えていた。

 新宿駅に着くと、りつちゃんが予約してくれたお店までの道のりを歩く。東口を出て、スタジオアルタを通り過ぎ靖国通りまで出た。信号を渡りドン・キホーテを右折し四件目のビル。飲食店や居酒屋が入っている雑居ビルの七階にその店はあるという。
 ビルのエントランスに入り、設置されているエレベーターに乗り込むと七階のボタンをりつちゃんが押した。スムーズに一回で七階まで到達すると、少し軋んだ音を立てながらエレベーターのドアが開く。開くとすぐにそこは店内になっていて、人の良さそうな店員が「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。
「予約した、藤原です」
 りつちゃんがそう言うと店員はレジカウンターの上に置いてある予約台帳を確認し、にこりと笑顔を浮かべた。
「藤原様ですね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
 りつちゃんの本名は藤原っていうのか……。
 へえ、と私は思う。
 私達は同じ趣味という絆で結ばれ仲が良いけれど、お互いのプライベートについては一切知らない。りつちゃんがなにをし、普段どんな生活をしているかも想像がつかない程には。
 店内は薄暗いけれど、それがアジア風の装飾とマッチしていてかなり雰囲気が良かった。アラビアンナイトの世界みたいだ。
 大きな水槽が仕切りのように置いてあり、中にはオレンジや紫の熱帯魚が泳いでいる。お客さんはみな落ち着いた感じでカップルが多いように感じる。なんだかちょっと場違いな気がしたが、胸を張って堂々と歩くりつちゃんに習い、私も胸を張った。
 案内された個室はアジアンテイストをふんだんに取り入れたお洒落な空間だった。木製のテーブルに赤く塗られた椅子。椅子の上にはエスニック柄のクッションが置いてある。テーブルの脇にはランプが置いてあり、温かい光をぼんやりと灯していた。
 私達は席に着くと、改めて挨拶をする。
「ふふ、なんだか変な感じですね」
 くすぐったそうに彼女は笑い、私も笑いながら頷く。
「ほんとだね、私達仲良くなってそろそろ半年くらいだけど、一度も会った事はなかったもんね」
「殆ど通販で如月さんの御本は購入してましたから、ご挨拶にも伺えませんでしたし」
「私の本は通販で買ってくれてたんだもんね」
 私は同人誌専門の通信販売業者に本を委託して貰っている。遠方の地域だと、なかなか東京のイベントに足を運ぶ事ができず、私の本を購入できないとメールでリクエストを貰ったからだ。
 私の実家も山形県と遠いので、その気持ちは良くわかる。昔は東京なんて気軽に行ける距離ではなく、その事に何度ももどかしい思いをした。その頃は同人誌を宅配してくれる業者などなく(勿論、インターネットすらなかった)必死の思いで同人誌を手にしていたのを思いだす。
 私の義務教育時代は、同人専門誌などの情報誌に乗っている通販欄を見て、サークル側に直接手紙で連絡をして通販を行っていたものだ。銀行振り込みではなく、郵便局の小為替を手紙に同封し支払をしていた。送料分の切手も自分で購入して同封しなければならなかったし、返信用封筒(これは在庫がなくなった時などの通信用である。自分の住所を書いて切手も貼る)も同封し、裏がシール状になったラベルに自分の住所を書いて同封(これはサークル側が同人誌を送る時に封筒に貼る用)しなければならなかった。
 今考えるとサークル側にとっても、利用者側にとっても恐ろしく手間が多く、タイムロスも多かった気がする。
 業者だと遅くとも一週間で品物が届くが、昔は一カ月は早い方で、遅くて半年は掛かり、郵便事故があれば本は届かなかった。
 本当に便利な世の中になったものだと感心する。
「りつちゃんて、一般でもイベントに参加した事あんまりないんだよね?」
 私はメニューを眺めながらりつちゃんに尋ねた。
「そうです、イベントには……ええと、今日を含めたら、二回目じゃないかな?」
「サークルと一般で二回って事だよね?」
「そうです」
 ははあ、と私は腹から驚きの声を出した。
「初めてに近いのに、良くサークル参加しようと思ったよね」
「如月さんに誘われたので」
 りつちゃんはにこにこしながら言った。
 りつちゃんとスカイホンで通話するようになってから少しして、私はりつちゃんにサークル参加してみてはどうか? と誘ってみたのだが、だからといって「はい、わかりました」と本を作ったり、勝手のわからない世界に飛び込むのは凄い度胸だと思う。
 私が唖然としていると、彼女が「ドリンクオーダーしちゃいましょう」と、てきぱきとした様子で店員を呼んだ。
 店員が仕切りになっている麻のカーテンを開け、オーダーを取りにくる。私はオレンジジュースをオーダーし、りつちゃんはメロンソーダを頼む。
 店員が少しきょとんとした。
「ごめんね、私、お酒苦手なんだ」
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい。ソフトドリンクも二時間飲み放題なんで、がんがん飲みましょう」
「もし、お酒が飲みたかったら、私に気にせず頼んでいいからね」
「はい、大丈夫です」
 暫くすると頼んだソフトドリンクと、お通しが運ばれてきた。どうやらコースを頼んだらしく、まずは温泉卵の乗ったシーザーサラダが運ばれてくるらしい。
 私達はソフトドリンクで乾杯をすると、互いにお通しに箸をつけた。タコとパプリカのマリネはレモンの風味がさっぱりとしていて、空腹時の舌を唸らせた。
 私はぺろりとお通しをたいらげる。そういえば、イベント中なにも食べていなかった。いつも、イベントの時はアドレナリンが出ているせいか空腹すらも忘れてしまう。
「如月さん、それ気に入りました?」
「うん、美味しい」
「よかった」
「私、あんまりこういう雰囲気のお店に入った事がないから、いろいろ新鮮」
「そうなんですか?」
「うん」
 私はくるりと個室全体を見回してから、もう一度頷いた。りつちゃんはそれが面白かったのか、けらけらと笑った。
 私は「美味しい」の言葉通り、その後に来たコース料理をぺろりとたいらげた。温泉卵がとろとろのシーザーサラダに脂の乗ったサーモンのカルパッチョ、トマトが惜しみなく使われたアラビアータ、全部を恥ずかしいくらいぺろりとたいらげた。
 りつちゃんは食が細いのか、皿には必ず少しのお残しがあった。料理を運んでくる店員がくる度に、りつちゃんは申し訳なさそうに皿を片して貰っていた。
 私が食べてあげようか? と言いそうになったが、それを言ってしまうと、あかんおばちゃんになりかねないのでやめておく。
 コース最後のデザートがやってきて、濃厚なバニラアイスと苺の果肉が入ったストロベリーアイスを頬張る。ドリンクも既に三杯目だ。
 他愛もない話しから、今日のイベントの感想などを言い合っていると、突然りつちゃんが真面目な顔をする。
「如月さん、今日、なんだかちょっと元気なかったですよね?」
「え? そうかな?」
「なんだか、帰り、おかしかったですよね?」
 私はぎくりとして、スプーンからアイスを落としそうになった。
「え? え? そんな事ないよ? そんな風に見えた?」
「はい」
 りつちゃんがはっきりと首を振る。
 これは参った。まさか冬月あおいの事をりつちゃんには言えない。
 りつちゃんの事は信じているけれど、軽率に言える内容ではなかった。もし、りつちゃんが誰かにその事を言って冬月あおいの耳に入ってしまったら、とんでもない事になりそうだからだ。
 睨まれるだけでは済まなそうだ。
「やだなあ、そんなにおかしかった?」
「動揺してましたよね?」
 りつちゃんはきっぱりと言う。
 あの時、そんなに目に見える程の動揺をしていたのだろうか。確かに固まってしまったけれど、表情は変えていない筈だった。
 私は言葉を詰まらせる。まさか、それを突っ込まれるとは思わなかったのだ。漫画のヒロインのようなまるまるなお目めが私をしっかりと捉えていた。
「ええと……その」
「はい」
「なんていうか……」
「なんていうか」
「ちょっとね……」
「言いたくないですか?」
 りつちゃんが少し悲しそうな顔をする。
 本音を言うと言いたくない。これ以上、争いの種になりうる心配をしたくないのだ。
 りつちゃんの事は信じている。むしろ信じたい。けれど、仲の良かった冬月あおいに裏切られた過去があるから、心から信用したくても難しい。
「言いたくないっていうか……」
 りつちゃんはいよいよ悲しそうに俯いた。
 私はりつちゃんの落ち込む姿を見て、これはいけないと慌てる。そうしてどうにか誤魔化せないものかと咄嗟に考える。
「ええと、違うの、あのね、本当に凄く恥ずかしい話なんだけど、私おばさん臭いかなって思って、喪女だし」
「はい?」
 りつちゃんはぽかんと顔を上げた。
「ええと、如月さん。それはどういう……」
「りつちゃんとこんなダサイおばさんが一緒に歩くのはどうなのかなって」
「つまり、ええと、自分に自信がなかったって事でしょうか?」
「そう」
 私は頷く。辻褄を合わせる為とはいえ、これはどうなのだろう……、けれど、思い付く言い訳がこれしかなかった。実際にイベント中に感じた事でもあるし、嘘は吐いていない。
 りつちゃんは腑に落ちないという表情で持っていたスプーンでかつんかつんと皿を鳴らした。
「如月さん、そんな事を気にしてたんですか?」
 怒ったように目を細め、じとりと私を見る。
「気にする事ないと思いますよ?」
「でも、みんなお洒落で可愛い恰好をしてるし、なんだか浮いているようなそんな気分になっちゃって……」
 えへへ、と私は気持ち悪く笑った。りつちゃんは呆れたように口を半開きにする。
「私、ずっとお洒落とかに興味がなくて。でも、最近、それじゃ駄目なのかなあって思い始めてさ」
「どうしてです?」
「ええと、そうだなあ……」
 私は暫し考える。
 どうしてあの時私はそう感じたのか。今まで気にしなかった身なりに対し、引け目を考えるようになったのかを辿っていくと、冬月あおいの顔が浮かんだ。彼女がひたすらパソコンに向かい、私の悪口を掲示板に書き込んでいる姿だ。
『喪女、気持ち悪い』
『喪女、いけてない』
 私が唯一、冬月に嫌がらせをされる理由に思い当たる節があるとすれば、喪女であるからという可能性が大きい。
 私が喪女だったから、彼女はあんな事を書いたのだろうか?
 私がいけてないから、いじめやすかったのだろうか?
 もし、私がお洒落でいけていたら、彼女の標的にされなかったのかもしれない。
「もしも、もしもよ?」
「はい」
「私がお洒落をしてキラキラしていたら……言ってて恥ずかしいんだけど」
「続けて下さい」
「ええと、人生、違ったのかなって」
 私が恥ずかしさに俯きながらそう言うと、りつちゃんが「なるほど」と小さく呟いた。そうして、スプーンを皿に置き、神妙な面持ちでこちらを眺める。
「如月さんは自分を変えたい訳ですね」
「まあ、そういう事……かな?」
 りつちゃんはふむ、と指を口元に置いた。
「それでしたら、私も納得します。いえ、私の考えで言うと、如月さんは変わる必要はないと思っています。今だって十分魅力的だと思いますから。ですが、それは私の意見であって当事者の気持ちとは違いますよね? だから納得するって事です。だって、別に外見がどうとか、その方が魅力的であれば関係ないと思うんです。魅力的に見せようと表面だけ着飾ったり小綺麗にしても余り意味のない事だと思っていますから。SNSなんかでリア充ぶった写真を上げていても、現実はその真逆の生活をしていたなんてザラですし」
「は、はあ……」
「如月さんはそういう見栄っ張りで空っぽな方ではない。ですから、表面を華やかに変えても支障はないと思います。むしろ、もっと魅力的になると思うので賛同します」
 にっこりとりつちゃんが笑う。私はなんだか気圧されてしまったが、ひきつった口元を必死に上げた。
「いや、うん、私なんか、おばさんだし、無理だろうけど……」
 後頭部に手をあてて、あははと乾いた笑い声を上げたが、りつちゃんは首を傾げている。
「おばさんなんて関係ありませんよ。年齢ってそんなに大切なものですか?」
「若い方がそりゃあいいに決まってるよ」
「人間、今が一番若いんだよ」
「え?」
「と、永六輔さんが言ってました。素敵な言葉ですよね」
 りつちゃんはそう言うとにこりと笑い、ぼんやりと輝くランプの笠を指で突いた。
「明日より今日の方が若いんだって、いつだって、その人にとって今が一番若いんだって、私もそう思います。老いを嘆くより、今を輝かせた方が素敵だしワクワクしますよね。生きているのが楽しくなります」
 ランプの光がちらちらと揺れる。ランプの笠に悪戯するりつちゃんの指をぼんやりと眺めるとキラキラと光が反射して煌めいていた。
 彼女の爪に塗ったグリッターが煌めいているのだ。
 私はぼんやりぼんやりとしながら、今日の事を思う。みんな綺麗にマニキュアを塗っていて、それを羨ましく思った事。自分の殺風景な爪を情けなく思った事、そんな事を。
「私もマニキュア塗ってみたいな……」
「じゃあ、塗りましょうよ」
「でもマニキュアがないよ」
「マニキュアがないならネイルサロンに行けばいいですよ」
「行った事ない」
「大丈夫です。美容情報サイトにネイルサロンは沢山載ってますし、クーポンもありますから」
「同人情報誌かグルメ情報誌しか見た事ない……」
「それと同じです。内容がグルメか美容かだけの違いですから」
 まるで私の方が年下のような会話だ。我ながら喪女すぎて泣けてくる。
 ネイルサロンなんて行った事もないし、なんだか私みたいなのが行っちゃいけないような気がした。完全に被害妄想かもしれないが。
「もう、如月さんったら、消極的すぎですよ!」
 りつちゃんが頬を膨らませる。確かに、私も薄々は勘付いていた。
「自分を変えたいんだったら、今この瞬間ですよ?」
 りつちゃんがびしりと私の眉間に向って指をさす。
 確かに、確かにそうだ。
 だけど、私は「ううん」とこの期に及んで唸り声を上げていた。
「如月さんが本気で変わりたいのなら、お手伝いします。ですから、そんなに悩まないで下さいね」
 そんな私に対して呆れもせず、りつちゃんがそう優しく励ましてくれる。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ごめんね、なんか……」
「いえいえ、気にしないで下さい」
「私のつまらない話ばっかり聞いて貰って、なんだか申し訳ないよ」
 はあ、と大きな溜息を吐くと、彼女はにっこりと笑う。
「そんな事ないです、だって私も如月さんにお願いしたい事が実はあったので!」
 だからお相子なのだと彼女は言う。
「スケブ、描いて貰っていいですか?」
「え? ああ、いいよ」
 りつちゃんはぱっと表情を明るくすると、いそいそと自分のバッグの中からB5サイズのスケッチブックを取り出した。
 腐女子には、自分のスケッチブックにその場で絵を描いて貰うという習慣がある。イベント会場やオフ会などでは良く見られる行為だ。だが、まさかここで言われるとは思わず、私は目を瞬かせた。
「やったあ、感激です!」
 彼女の瞳が期待に溢れていたから、そっとそれを受け取った。



 イベントが終わって一カ月が経った頃、突然、友人から連絡が入った。彼女は同じアニメジャンルで違うカップリングの活動をしている友人だ。ハンドルネームを右京という。
 私が二十五歳の時にイベントで知り合い、それから互いに作品ジャンルが変わっても仲良くしている数少ない友人である。
 彼女から入った情報を見て、私はパソコンの前で固まってしまった。
『如月の悪口が掲示板にまた書かれてるよ』
 私は肩を落とし、やっぱりか……と溜息を吐いた。
 なんとなく予感はしていたが、こうもすぐ現実のものになるとは……。
 すぐにその友人に返信をして、スカイホン通話できるかを尋ねてみる。答えはOK。私はヘッドセットマイクを装着し、スカイホンの画面を開いた。
『久しぶり』
 呼び出し音が数回鳴った後、右京の声がヘッドホンを通して聞えてくる。女性だけれどハスキーでややかすれた声をしている彼女は、良く男の声に間違えられるのだと、どこか嬉しそうに言っていた。
 彼女は男性に憧れがあるのかいつも男の子っぽい服装をしている。七分丈のハーフパンツに髑髏などのTシャツを合わせ、伊達眼鏡を愛用する二十八歳。ショートカットの髪の毛はいつも鮮やかな色に染まっていて、極楽鳥みたいだ。勿論、本人に極楽鳥みたいと伝えた事はないけれど。
 さばさばしている癖に、実は一番女の子らしい面を持つという見た目とのギャップが面白い子である。
「久しぶり、いきなりだけど、掲示板に私の名前があったって?」
『如月って名前が掲示板にあった。最近どうなのかを聞こうと思って』
「どうなのかって言われても……なにもないんだけどね」
『如月ってハンドルネームは結構使ってる人が多いから、違うかとも思ったんだけどさあ、今いるジャンルって――』
 右京は私のはまっているアニメ「アロウズサーガ」の名前をはっきりと確認するように言った。
「うん、今もまだそれで活動してるよ」
『カップリングは?』
「ちぃ×ゆう」
 言った瞬間に、盛大な溜息がヘッドホンから聞こえた。
『ビンゴ。アロウズサーガのちぃ×ゆうで活動している如月だって書いてあった』
 私はがっつりと項垂れ、机に突っ伏す。
 またかよ。心の中でそう叫んだ。
『でもまあ、心当たりがないんだったら、違う人かもね』
「違う人って?」
『同じハンドルネームを使ってる人がいるかもしんないし』
「多分、私だよ」
 私は遠い目をしながら、傍らにあったペンをくるくると回す。
「冬月あおいが同じカップリングに来た」
『まじで?』
 右京は三年前の事を話した数少ない人物である。そうして、晒し行為を見つけてくれたのも右京だった。
「結構、書き込み多かった?」
『いんや、あんたのはまだ一個だけだったよ』
「よく見つけられたよね……」
『昔、私も晒された時期があったからさあ、確認するのが癖になっちゃったよね』
 怖いもの見たさってやつ? 右京はそう言って笑うが、私は怖いものは見たくないタイプだ。『もしかして、言わない方が良かった?』と、右京が今更ながらの事を言うけれど、私は「大丈夫」と答えた。
「なんとなくわかってたから」
『それにしても、冬月もジャンルにきてるんだ』
「この前、イベントで会ったよ」
『うわあ、どうだったの?』
 私が蛇に睨まれた蛙状態だった事を話すと、右京は悲鳴を上げ、仕切りに「怖い」を連呼した。
「どんな事が書いてあったのか聞いてもいい?」
『言っていいの?』
「いいよ、どうぞ」
 右京は戸惑っているのか、少しだけ間を置いた。
『簡単に言うと喪女って事』
「やっぱりね」
 大体想像通りだ。だからといって、落ち込まない訳ではないが。
 私は「ふぅん」とか「はぁ」とか言葉にならない声を出しながら、ペンをくるくるくるくると現実を逃避するように回す。
『落ち込んでるよね?』
「そりゃね」
『別に気にする事ないよ』
「うん」
『だって冬月になにもした覚えないんでしょう?』
「私が覚えてる限りではないね」
 ただ萌えを語り合っただけだし、アンソロジーに善意で参加しただけだ。怒らせるような事も、迷惑になるような事もした覚えがない。
「まあ、嫌がらせをしてるのが、冬月あおいっていう確証もないしね」
『嫌がらせされてるのが、如月だっていう確証もないよ』
「そうだよね」
 そうだ、私っていう確証もないのだ。自分にそう言い聞かせようとしたが、やはり気は重い。
『まだ一回しか書き込みはないし、スルーするのが一番だよ』
 私を気遣うように右京が言う。
「右京は晒された時、どうしたの?」
 私が聞くと右京が暗い声で唸る。
『スルーするしかなかったね』
「今は?」
『まあ、ぼちぼち。最近はないけどね』
 右京は言葉を濁すように言った。ぼちぼちって事は今もあるにはあるのか? と聞き返そうと思ったが、余り突っ込んでしまうと右京が気にしてしまうような気がして、尋ねるのをやめた。とにかく、最近はないのだろう。
「そっか、右京はいつ頃から晒されだしたの?」
『如月と知り合う前だよ。なんか、良くわかんないけど変ないちゃもんとか、いろいろ書かれてたね』
 右京はそう言うと、かすれた声を更にかすれさせる。そのトラウマが未だに残っていて、どうしても掲示板を確認してしまうのだと彼女は力なく言った。
 右京もまた身に覚えのない事で叩かれ、傷付いていたのだ。
 やっている本人は面白いのかもしれないけれど、やられている方はたまったものではない。既に何年も経っているのに、私達の傷は未だ癒えていないのだから。
 右京と通話を切った後、私は何気なしにパソコンのフリーメールを開いてみた。もしかしたら誰かからメールがきている可能性もある。そのメールアドレスは同人活動用に作ったアカウントであり、たまに感想などが送られてきたり、たまに作った本の乱丁や落丁があったと報告があるのだ。
 受信箱を開くと、企業のお知らせや広告などが十件程表示された。その中に見知らぬメールアドレスでタイトル不明のメールが届いている。
 なんだろう?
 私は軽い気持ちでそのメールを開いた。

『初めまして、貴方の本を購入した者です。まあまあの内容で、暇潰しができました。ありがとうございます。ですが、貴方を見てガッカリしました。内容がまあまあになってしまったのは、貴方の姿を見てガッカリしてしまったからだと思います。これからも頑張って下さい。さようなら』

 なんだ、これ……私は内容に唖然とした。私がいけてない人間だから、折角の本がつまらなくなったというクレームである。頑張って下さいと最後に綴られているが、なにを頑張れと言いたいのかさっぱりわからない。
 また始まった……。
 私はがくりと項垂れる。このタイミング、冬月あおいしか浮かばないではないか。けれど、断定はできない。限りなく黒に近いが、その決定的な証拠はないのだ。
 私はもう一度、短い文章に目を這わせる。ねっとりとした呪詛のようなメール文章を。そうして次第にわなわなと怒りがわいてきた。どうして趣味で、しかも好きな場所で他人からトラウマを植え付けられなければならないのだろう? その問いに答えてくれる人も上手い折り合いのつけ方を指南してくれる人もいない。
 こんなの、慣れているじゃないか。気にしないのが一番だ――そう自分を励まそうとしても、私の心に沈殿したもやもやが一気に心の中に広がる。苦い苦い記憶だ。

 中学生の頃、私はいじめに遭っていた。
 いじめ、といっても暴力などの過激なものではない。無視されたり陰口を言われたりするくらいのものだ。クラスの中で自分が透明人間になってしまったような、そんな暗い日々を過ごしていた。

 いじめの理由はオタクだから。

 教室の隅で一人弁当。休憩時間は一人で読書。周囲の楽しそうな声を羨ましく、けれど決して羨ましいなどと顔に出さないようにひっそりと息をする。まるで、植物に擬態する虫みたいな生活。
 もし、目立った事をしたら、すぐにひそひそと白い目で見られるので、一日に一度も声を発さない日もあったくらいだ。
 ただ授業があるだけの日はまだいい。一番辛いのは特別な行事がある日だ。
 修学旅行のグループを決める時、クラスに友人が一人もいないものだから、いつも一人余って人数の空いているグループに入れて貰う。先生に言われて仕方なくと言った体でそのグループの子達は渋々私を入れてくれる。
 その居心地の悪さと言ったら、言葉にしようがない。
 みな、眉を顰め、こいつが入ってくんのかよ、邪魔、みたいな扱いをする。遠足や体育祭などの特別行事は私にとって地獄だった。

 孤独な中学時代、そんな私のオアシスとも言える唯一の楽しみは部活の時間だけだった。
 私は美術部に入っていて、そこだけは透明になっていた私が実体を臆す事無く現せる場所だったのである。
 仲間が沢山いて、漸く大きく息が吸える場所。
 美術部はオタク腐女子のたまり場で(もしかしたら本当に絵画をやりたかった人もいるかもしれないが)他の部活をしている子達からすると、いけてないダサイ奴らの巣窟であり、近寄る事すら嫌がる場所だった。けれど、私にとってみれば、意地悪な子達が近寄らない聖域でしかなかった。
 ノートやスケッチブックに仲間とイラストを描き合い、自分の好きなキャラの話を部活終了まで話し合う。外が暗くなっても私の心は明るいままで、ずっとこの時間が続けばいいのにと思った。
 そんな願いも虚しく、翌朝には耐える生活をしなければならない。
 いつも私は部活までの時間を数えながら暮らしていた。
 
 ある日の事だ。放課後、私が意気揚々と部活に行こうと準備をしていた時にそれは起こった。
 クラスで目立つ女子が、からかって私が机に準備していたスケッチブックを取り上げてしまったのだ。
「田部ってこんなん描いてんの?」
 スケッチブックを開き、そうして取り巻きの女子に見せつける。すると取り巻きの女子達が次々に「気持ち悪い」と言って引いたり、くすくすと笑って「ださい」と言ったりした。
 私は「やめて」とも言えず、ただただ固まっているだけだ。「やめて」なんて言って抵抗したらなにをされるかわからない。
「これってアニメのキャラクターだよね?」
 スケッチブックをパラパラと捲って、彼女は一枚の絵で止める。
「え? なに? なんでこいつら見詰めあってんの? きも」
 あろう事か、私のカップリング絵に彼女は目を止めたのである。私の背中からだらだらと冷たい汗が噴き出した。
 それは、ちょっと……。
「私、このキャラ知ってるけど……こんなんじゃなくない?」
 どうやら、恋愛関係っぽい雰囲気が伝わったらしく、怪訝そうにして彼女達は絵を見ている。私は心の中で「どうしようどうしよう」と混乱状態に陥った。
「ともかく、きもいから」
 リーダーの女子は汚いものを見るかのように、私を睨みつける。
「あんたがオタク臭まいてる空気吸ってんのかと思うと吐き気がすんだけど? まじ気持ちわりい」
 彼女はスケッチブックを床に叩き付けると、面白くなさそうに教室から出ていった。すると取り巻き達も後を追うように教室を出て行く。

 誰かが「ほんと、気持ち悪い」と捨て台詞を言った。

 それは彼女の取り巻きが言ったのか、それともまだ数人残っていたクラスメイトが言ったのか定かではなかったが、みんながそういう気持ちで私を見ているのが悲しかった。
 私はぽつんと一人残され、悲しい気持ちのままスケッチブックを拾い上げる。力任せに叩き付けられたお陰で表紙の真ん中から端まで折れ曲がっていた。

 どうして、こんな事をされなければならないのだろう?

 別に悪い事をしている訳ではないのに、何故、こんなにも非難されなければならないのだろう。
 放っておいてくれればいいのに。けれど彼女達は暇な時、八つ当たりの捌け口として私を放っておいてくれない。
 ぐすり、と鼻を啜ったが、涙は零さなかった。オタクの最後の強がりである。
 美術室に行こう。
 あそこなら、誰にも邪険にされないし、意地悪な事もされない。みんなが私を慕ってくれている聖域へ行こう。
 私は折れ曲がったスケッチブックと鞄を持つと、涙目のまま美術室へ向かった。

 ヘッドセットを外す。私は立ち上がり、ずかずかとキッチンへ向かう。冷蔵庫の麦茶を飲んで、ぷはっと息を吐き、またくるりと部屋に戻って机に置いてある白い紙袋に手を伸ばした。紙袋を開け、小さな赤いボトルを取り出す。
 会社帰りに雑貨店で購入してきた安いマニキュアのボトルである。しかも、赤。
 私はでんと椅子に座ると、キャップを開け、キャップと一体型になっているハケを爪に滑らせる。ぶるぶると指が震えてハケが爪から飛び出し、肉の部分も赤く染めた。
 今、私は昔聖域だった場所にいる筈だ。なのに、昔と同じようないじめを受けている。同じ趣味の仲間が集まり、楽しむべき場所なのにも関わらずだ。
 しかも、クラスメイトの女子と同じような『ダサイ』『きもい』という理由で。
 昔のように泣き寝入りするだけでいいのか? いい筈はない。惨めな気持ちになるばかりで、全然前に進めないじゃないか。

 やれる事はやってみよう。

 もう私は悲しみに震えるだけの子供じゃない。三十三歳のいい大人なのだから。
 あの時の惨めな気持ちを思いだし、好きな場所に居続けたいなら努力をしなければと、そう思った。
 戦わなければ。



 自分を変えるなら、まず、なんだろう?

「如月さん、こんにちはっ」
 りつちゃんが可愛らしく駆けてくる。薄いベージュピンクのプリーツスカートに清楚なブラウスを合わせ、ゆるふわウェーブの髪をなびかせる姿は、まるで天使のようだった。
「ごめんね、無理なお願い言って」
「いえいえ、そんな事ないですよ」
 私は居心地が悪くてそわそわしながら、背後にそびえるハチ公像を眺めた。
――渋谷にきてしまった……。
 私が一番敬遠する街に、遂に降り立ってしまったのだ。
 日曜という休日を使って、私は自分を変える第一歩を踏み出す事に決めた。要するに今のダサさを克服するのだ。
 戦う、といってもバイオレンスは苦手なので、叩かれている外見から変えてみようと思う。ヘタレと言われようと、やってみないよりはやってみた方がいいだろう――と、そう思ったのだ。
 だがしかし、一人ではどうしていいかわからない。
 自分を変えようにも、一度も試みた事のない挑戦にはアドバイザーが必要だ。そこで、りつちゃんにお願いをしたという訳である。
 彼女が快く了承してくれたお陰で、私は今ここに立っているのだ。
「では、まず、どうしましょう?」
「ええと、まずは服を買おうかと……」
「そうですね、取り敢えず……丸井にでも行ってみましょうか」
「ああ、丸井ね」
 丸井か……遥か昔に新宿の丸井には何度か行った事がある。上京した当初、丸井のロゴが読めなくて「おいおい」だと思っていた。友人達に笑われながら「丸井」だと教えてもらった恥ずかしい過去。赤っ恥にも程がある。
「丸井だったら、アニメとのコラボ出店も良くしていますし、入りやすいでしょう?」
「確かに」
「今日もアニメとのコラボをしているみたいですよ」
「そうなんだ……じゃあ、ちょっとは仲間がいるかな?」
 私は少しだけほっとした。
 そうしてスクランブル交差点の信号待ちをする。すると若い男性がりつちゃんを覗きこむようにして声を掛けてきたではないか。
「ねえねえ、一人?」
 キャッチかと思ったらどうやらナンパのようだ。りつちゃんはあからさまに不機嫌そうな顔をして答えない。
「どこか遊びに行かない?」
 それでも彼は食い下がる。ナンパをする人間は無視されたくらいでは引き下がらないようだ。
 生まれて初めてナンパを見た私はそれをまじまじと見てしまった。
 何度も声を掛けるものの、りつちゃんはうんともすんとも言わない。そうしている内に信号が青に変わる。りつちゃんが私の腕を掴み「行きましょう」と言った。
 瞬間、彼は私がつれだという事に気が付き、目を真ん丸にする。そうして、
「え? お母さん?」
 と言った。私はそれを喧騒の中でも聞き逃さず、ずーんと重い気持ちになってしまった。変わる前に挫折しそうである。
 お決まりのジーパン、今日はオフホワイトのタートル、一応ぺたんこだが黒のパンプスをはいてきたのだが、やはり婆臭いだろうか……婆臭いのだろうなあ。私は一抹の不安に溜息を吐いた。
 交差点を渡りきり、井の頭通りを抜けるとすぐに丸井が見えてくる。丸井の中に入るとオータムフェアと書かれ、ハロウィンの装飾が沢山店内に施されているではないか。入口に置かれた大きなジャック・オ・ランタンは私よりも堂々としている。
 りつちゃんは周りに溶け込んで違和感がないが、どうも私は浮いているような気がしてそわそわそわそわ落ち着かない。エスカレーターに乗る時も緊張して、よろけてしまった。
「りつちゃん……死にそう……」
「死にませんから大丈夫です。とりあえず、テナントの中には入らず周囲を回ってみましょうか」
「助かる……」
 その提案はとても助かる。もし、店の中に入ったとして、まともに店員と喋れる気がしないからだ。どもって挙動不審になってしまい、頭が真っ白になりそうな気がする。今だってかなり挙動不審なのだし。
 りつちゃんのようなお洒落な装いをした女の子達と擦れ違いながら、私達はぐるぐるとウインドウショッピングをする。途中、アニメコラボの店に立ち寄って二人で盛り上がったりしながら、店内散策をした。
 一通り見終えると、私達は通路脇にある椅子に腰かけ休憩した。
「どうですか?」
「どうって?」
「こういうお店を見て回って」
「緊張するし、やっぱり世界が違う」
 私は正直な感想を述べた。
 オタクの世界にはすんなり入れるけれど、こういった店にはすんなり入れそうもない。これじゃ買い物もまともにできないだろう――そんな事を伝えると、りつちゃんは「うんうん」と相槌を打ちながら、なにかを分析するみたいに考え込んでいる。
「丸井はアニメコラボもしてるし、なんとか入れるけど……一人では無理かも」
「アニメは強し、ですね」
「うん、やっぱ私はオタクなんだって再確認した」
 どんな再確認だ、と突っ込みは入らない。りつちゃんは「そうですか」とただ頷く。こんな事を言ってはなんだけど、正直な話、やっぱり喪女から抜け出せそうにない。
「お店を見て回って、他に気付いた事はあります?」
「ええと……、こういうのが流行ってるのかあって、今の流行はわかった、ような?」
 新作と書かれ、テナントの前に飾られている洋服やマネキン、それらは柄や装飾などは違えど、大まかには同じだった。今の流行がある程度、ウインドウショッピングでわかる事にはわかったけれど……。
「気に入ったものは?」
「ある事にはあるけど……ちょっとお値段が」
 最後に見たテナントでスカートみたいなパンツがあって、これは楽そうだしイベントにもはいていけそうだな……と思うものがあったのだが、値札を見てみたらとんでもない額が書いてあった。お値段に0が一個多くて、とても買おうとは思えない。
「それでいいんですよ」
 りつちゃんが親指を立てて、ウインクをする。私は「どういう事だ」と首を捻る。
「こういった店には流行りの洋服が並んでいるんです。この秋冬のトレンドをこういったところで押さえて、他の店で購入すればいいんですよ」
「へ、へえ……」
「流行ですから、安い店にも必ず似たものがあります。なるたけ同じものを見つければいいだけなんですよ。そうすれば女子に人気のメーカーと同じような装いの完成です」
「な、なるほど……」
 確かに。高い店では流行のリサーチだけをして、安い店で同じようなものを購入すれば金銭的にも困らない。でもやっぱりお値段がそれなりだと、安っぽくなるのではないだろうか?
「ファッションデザイナーにチェックされる訳でもないし、安いか高いかなんて素人にはわかりませんから大丈夫です。もしそれが気になるようでしたら、靴を高級なものにするとか、鞄をブランド物にするとかして、化かしてしまえばいいんです」
 私は納得したとばかりに頷いた。
 確かに歩いている子達の着ているものの値段なんてわからない。ただ、彼女達に纏う雰囲気でお洒落だの可愛いだの勝手に解釈していただけに過ぎない。
「私のこのスカート、実は二千円なんです」
「ええっ」
「わからないでしょ?」
 りつちゃんはにやりと口端を上げ、ベージュピンクのスカートの裾をつまんだ。私はまじまじとそのスカートを眺め、「へぇ」だとか「ほぉ」と驚きの声を上げる。まるでマジシャンのトリックに見入るような、そんな感覚だ。
「慣れ、ですよ」
 いつか私が彼女に言った言葉をりつちゃんは言う。
 そうして、立ち上がり「次に行きましょうか?」とにっこり笑った。

 渋谷の喧騒を眺めながら、私達は優雅にカフェオレを飲んでいた。荷物は二倍になり鞄の他に買い物袋が二つプラスされている。
 丸井を出た私達は、今度はプチプラな店を回り、丸井でリサーチしたばかりのものを半額以下で購入した。
 スカンツという立ち止まっている時はロングスカートに見えるパンツを白と黒、色違いで二本と、ついでにトップス(これはりつちゃんに選んで貰った)も二着、合計で四着も購入する事となった。
 この四点でなんとお値段一万円。丸井のお店だったら、スカンツ一本も買えない金額だ。もしかしたら、今までの洋服よりも安いかもしれない。
「きっと如月さんに似合うと思います」
 そう言って選んで貰ったトップス。一着はシンプルな黒のアンサンブルだが、もう一着は綺麗なブルーの襟ぐりがかなり開いたニットだった。肩の方までがらんと開いた襟ぐりに、キラキラのビジューが刺繍されているそのニットを見た時には「無理!」と叫んでしまった。
 こんなに襟の開いたものを着た事がなかったから、なんとなく拒否反応が出てしまったようだ。
 けれど、りつちゃんに「如月さんは首が長くて細いですから、出した方がいいと思います」と真面目に言われてしまったので、渋々レジへ持っていった一着である。
 私はストローを齧りながら、疲弊した心身をカフェオレで癒していた。足の親指と土踏まずがチリチリと痛んでいる。多分、親指は靴擦れを起こしているに違いない。
 私はテーブルの下でペタンコ靴を踵の方だけ外し、なんとか回復させようと試みている。行儀が悪いが許して欲しい。
 それにしても疲れた。まだ三時間も経っていないのに、へろへろである。全てを出し切ったような、そんな感じがした。イベント時は忙しくても全然疲れないのに、不思議な話だ。
 りつちゃんの萌え話に相槌を打ちながら、私は足をぶらぶらとさせ、りつちゃんの萌え話が途切れたところで、前から疑問に思っていた事を質問をした。
「りつちゃんってどうして同人に目覚めたの?」
「私が、ですか?」
「そう」
「ええと……そうですね、アニメや漫画、ゲームがもともと好きだったから、でしょうか」
 珍しく考え込んで言葉を慎重に選んでいる様子をカフェオレを飲みながら眺める。
「まあ、どうして同人に目覚めたか、なんてわかんないよね」
「そうですね、気が付いたらふと……という感じでしょうか」
「そっかあ」
 明確な理由はないのだろう、りつちゃんは困ったように眉を下げた。だが、「あ、でも」とりつちゃんは続ける。
「深く同人にのめり込んだ理由はありますよ。如月さんと同じ場所に立ちたかったからです」
「ふぅん」
 私と同じ場所に立ちたかったからかあ……いろんな理由があるのだなあとカフェオレを暢気に飲み込む。けれど、すぐに「え?」と聞き返した。
「私と同じ場所?」
「はい、如月さんの御本が素晴らしくて、本当に感銘をうけたので、同人活動を始めたいなあとは思ってたんです。如月さんはどうして同人を始めたんですか?」
「私が同人を始めた切っ掛け?」
「はい」
 りつちゃんは興味津々なのか顔をこちらに向けて真剣な顔をしている。私は思い出すように首を傾けながら、唇を開いた。
「小学校五年生の頃に美術クラブがあって、そこで六年生の先輩がアニメ雑誌とか同人情報誌を持ってきてたんだよね――」

 小学五年生の時に一年生から続けてきた書道教室を辞めた。
 長年教えてくれた先生が引っ越しをする事になったのだ。もう七十歳近い女性だったのだが、息子夫婦と暮らす事になったらしい。唯一の御稽古がなくなった私は、母親の勧めもあって新たに美術クラブに入る事にした。
 近所の公民館で週一回開かれているクラブ。そこには絵を描くのが好きな子供達が十人くらい通っていて、思い思いに好きな絵を自由に描ける場所だった。
 もともと幼稚園の頃から絵を描くのが好きだったし、何回か絵で賞を貰った事もある私は喜んで通うのを決めた。
 人見知りで物静かだった私に少しでも人と打ち解けられるようにと母は思ったのかもしれない。(残念ながら三十三歳になった今も直っていないが)私が喜んでやる気になっている姿にほっとした様子だった。

 そのクラブの中には六年生の先輩が二人いて、アニメやゲームのキャラクターをノートに描いたり、漫画を描いたりしていた。
 最初は驚いたが次第に私も興味を持ち始めた。アニメや漫画は好きだったし、ゲームも兄から借りてよくやっていたので彼女達が描くキャラクターを私は良く知っていた。
 私は意を決して二人に話し掛けた。この二人なら打ち解けられるかもしれない、そう思ったのだ。
「あの、それって……」
 私がキャラクターの名前を言うと、二人は目を見合わせ、それから歓喜の声を上げた。どうやら、私は彼女達に歓迎されたらしい。すぐに二人と打ち解け、いろいろな事を教えて貰った。
 彼女達が持ってきたアニメ雑誌や同人情報誌を見せて貰い、こんな世界があるのかと私は驚いた。更には彼女達が親に内緒で購入したという同人誌まで見せて貰えたのだ。
 その当時は有名な同人作家の本が書店に並んでいるというカオスぶりだったので、彼女達は書店で購入したのだという。あの頃はそれが有難い事だと思っていたが、今考えるととんでもない事である。もし、自分の同人誌が普通の書店で一般人の目に晒されると思うと胃がきゅっとなる。
 ともあれ、彼女達とそのカオスな時代のお陰で私はすぐに同人界の虜になったのだ。
 彼女達とキャラクターを描き合ったり、漫画の描き方を教わったりするのは、とても楽しかった。それは彼女達が小学校を卒業するまで続いた。
 だが、二人は小学校を卒業するとクラブを辞めてしまい、私が進学する中学とは違う学校に進学してしまったので、それきりになってしまった。その後は一人で漫画を描いたりイラストを描いたりして過ごしていたが、なんだかやっぱり一人は寂しい。
 周りは水彩画やアクリルで絵を描いているのに、キャラの絵を描いている私はクラブで浮き始めた。悲しいかな、クラブでも孤立してしまっていた。
 これだったら別に家でもできるじゃないか。
 母の願いも虚しく、私は六年生の半ばでクラブを辞めてしまった。

 懐かしいなあと私は過去を見詰めるような遠い目をする。
「如月さんって小学生の頃に目覚めたんですねえ」
 私の話を聞いてりつちゃんが驚いたように言った。私は頷くと「早熟でしょう?」と冗談ぽく言う。
「それからずっと同人を続けてるんですか?」
「サークルとか活動をしだしたのは大学の頃だけどね。でも、ずっと絵とか漫画は描いてたかなあ」
「地元でイベント参加とかはしようと思わなかったんですか?」
「ううん、一般で参加した事は何回かあるけど……サークル参加をしようとは思わなかったかなあ」
 地元、山形の同人イベントは規模が小さいし、いつどこで誰に遭遇するかわからない怖さがあった。私は両親や兄弟にオタクである事を隠していたので、うっかり知り合いなどに会おうものなら、ばれる危険性があったのだ。ばれないよう慎重に行動していた故に、イベントには余り近付けなかった。
 中学、高校の友人は何人か参加していたけれど、そんな事情もあって、私はとてもサークル参加する気になれなかったのだ。
「御家族には内緒だったんですね」
「そうそう」
「じゃあ、アニメ雑誌とか、同人誌はどうしてたんですか?」
「それは、もう厳重に隠してたよ」
 ベッドの下に兄はエロ本を隠していたらしいけれど、それは甘い。
 私は学習机の鍵付きの引き出しの中に厳重に保管していた。鍵は肌身離さず学校にまで持って行っていたし、風呂場にもポーチに入れて持参していた程の慎重ぶりである。
「そこまで……。でも、よく引き出しに同人誌が入り切りましたね……。学習机の引き出しって、しかも鍵付の場所はそんなに物が入らないじゃないですか」
「あの頃はお金がなかったからね……、そんなに買えなかったし、ある意味同人誌が薄い本で良かったよ」
 同人誌が基本的に薄いのが功を奏した。大体、B5サイズで二十四ページから三十六ページくらいが主流だったのでなんとかなったように思う。でも長く集めていれば入りきらない本も出てくるので、そういうのは親ばれしている友人の家などに預かって貰っていた。雑誌などのかさばるものは毎月購入している友人に見せて貰ったり、立ち読みなどで済ませた。
「なかなか凄いですねえ」
「まあね、そんなんだったからサークル活動を始めたのは大学に受かって上京してから。一人暮らしになってからだね」
 私は絶対、東京の大学に通うと決めていた。さして将来の夢や目標はなかったけれど、東京に出て誰にも気を使わず、人の目を気にせずイベントに行きたいという夢だけは叶えたかったのだ。その為ならば受験勉強も苦ではないと思う程、私の願望は熱く滾っていた。
 見事、大学に合格した時は泣いた。これで、誰にも邪魔されずオタク生活ができるんだと思ったら自然と涙が出たのだ。
「そこから同人活動を始めて……もう十年以上が経ったんだねえ」
 感慨深く私は呟く。
 大学一年の夏に友人と初めて東京で開かれる一番大きな即売会イベントに行って、その規模のでかさ、人の多さに圧倒され感動した。
 私は本を買い漁り、誰にも邪魔されない自分の城で同人誌を気兼ねなく読み漁る。そんな自由自適な生活のせいで更にはまりこんでしまった。その半年後にサークル参加してしまうくらいには。
「私の人生って本当に同人抜きでは語れないよなあ」
 もし、同人抜きで私の人生を語ったとしたら、塩の入っていないパンくらい味気ないものになるだろう。
「でも、同人ばっかりやってたから、リアルな事は全部置いてきちゃったみたい」
「これから取り返せばいいんですよ」
「取り返せるかなあ?」
「如月さんがその気になれば、すぐに取り返せると思います」
「そっかあ」
「そうですよ、今日購入したものはその一歩じゃないですか」
「うーん……」
 ちょっとリア充になった自分なんて想像が出来ないけれど。私の不安が表情に出たのか、りつちゃんがもう一度「大丈夫」と力強く言った。
「如月さんならできますよ」
「でも私がこの洋服を着ても、なんだかあか抜けない気がする。オタク臭は抜けないみたいな」
「まあ、そうですね。これだけではまだ駄目だと思います」
 はっきりと彼女は言い切る。これだけでは駄目、の部分をかなり強調しながら。
「メイクも練習しないと」
「メイク……」
 メイク道具なんてファンデーションと眉ペン、マスカラしか持っていない――しかもマスカラは百円均一で購入したものだ。
 アイシャドウも持っていたけれど、塗っても余り変わらない気がしたので捨ててしまった覚えがある。
「そうですね、今のメイクでも私はいいですけど、しっかりと自分を変えたいのなら、もっと練習が必要だと思います。例えばチークを塗ったり、リップを塗ったりとか」
「必要最低限さえしてればいいかなあと思ってたからねえ」
「確かにそうなんですけど、劇的に変わりたいのならメイクももう少し華やかにした方が変化を感じる事ができると思いますよ」
「りつちゃんはメイク上手だよねえ」
 私はぼんやりとりつちゃんの顔を眺める。するとりつちゃんが照れたようにはにかんで、顔を両手で隠す素振りをした。
「やめてくださいっ」
「いや、本当だから」
「私もメイクの練習は手こずったので、上手って言われると嬉しいんですけど、恥ずかしいですねえ」
「どうやって練習したの?」
 私はりつちゃんに尋ねる。彼女は両手をテーブルに置き、「百貨店」と言った。
「百貨店のメイクコーナーに行って、店員さんに化粧をして貰いました」
 りつちゃんの練習の仕方はこうだ。
 雑誌のメイク講座を見ても、書いてある内容だけでは不十分らしい。モデルの顔は目が大きかったり整っているので、彼女達と同じメイクをしても同じにはならないから、自分の顔にじかに化粧をして貰って、そのテクニックを盗むのがいいのだと言う。
 少し値段は張るが、店員が勧める化粧品を主要なものだけでも購入するのが一番てっとり早いらしい。
「自分に合うものを提案して、何色か試してくれるのでお勧めです。勿論、初めての時は購入前提になりますが、慣れてきて顔見知りになったら、購入しないでも試してくれたりしますよ」
「へええ」
 化粧については全て自己流である。自己流と言える程の化粧をしている訳ではないが。
 確かに若かりし頃、雑誌を見ながら試みた事があるけれど、文字にして書いてあるだけでは良くわからなかった。だから結局、自己流のベタ塗り、のっぺらぼうみたいなメイクになってしまっている訳だ。
「私、良く、顔色が悪いって言われるんだよねえ」
「多分、チークを塗ってないし、少しファンデーションが白いんでしょうね。如月さんの首の色を見ると、黄色が少し強いみたいなんで。もうちょっとイエローが入った色を選んだ方がいいと思います。今塗ってるファンデーションはどこで購入されたんですか?」
「え、ドラッグストアで」
「色を合わせずに?」
「う、うん」
 ドラッグストアで適当にカゴに入れたファンデーションだと言うと、少し間が空いた。
「でしたら、一度、百貨店のコスメコーナーに行かれた方がいいと思いますよ」
「そうだよねえ……でもそんなところに私なんかが――」
「行けます。如月さんだけ駄目という事はないです」
 私は、乾いた声で「あははは」と誤魔化すように笑った。このネガティブ根性、自分でも呆れる。これでは喪女と批判されても仕方がない。自分が喪女だと主張しているようなものなのだから。
「後は、髪ですね」
「髪の毛……はい」
 次に指摘されるのは髪だとは薄々気付いていた。私は一本結いで纏めたお粗末な髪の毛の束に触れる。胸まで伸びっぱなしにした髪の毛。最後にヘアサロンに行ったのは半年前くらいだろうか? 明確な日付けすら覚えていない。
 ヘアサロンは私にとって特別行きづらい場所だった。どこもかしこも行きづらいとしか言っていない私だが、ヘアサロンは本当に苦手な場所なのだ。サロンで担当してくれる店員に喋り掛けられるのが苦痛なのである。
「いつもどこでカットしてるんですか?」
「ええと……」
 私は口籠るが、観念したとばかりに口を開き、その店の名を言う。
「なるほど、千円でカットできるお店ですね」
「はい」
 私は肩を竦めた。
「まあ、確かにそこなら話をしなくても済みますもんね」
 気持ちはわかります、とりつちゃんが頷いた。けれど、りつちゃんの表情は険しい。まあ、そりゃそうだろう。
 千円カットは基本、年齢に関係なく「乙女」である女性は行かない場所だ。
「もし、よければ私がいつもお願いしているサロンを紹介しましょうか? 私から事前に喋るのが苦手だって言っておけば、お話しなくて済むと思いますよ」
「え、いいの?」
「勿論」
「わあ、その時はお願いするよ~」
 りつちゃんが余りにも優しいので、天使に見えた。彼女の背中には羽が生えているのではないだろうか? こんなにも駄目な人間の面倒を見てくれるなんて人間だとは思えない。もし、幼馴染の友人なんかだったら「あんたってほんと面倒。勝手にしたら?」と言い放つだろう。
 拝みそうになるのをぐっと堪えてお礼を言うと、りつちゃんは「いいえ、気にしないで下さい」と言って微笑んだ。
「カラーも少し明るくするといいかもしれませんね。今はカラーしていないんですよね?」
「カラーはしてないよ。カラーしちゃうと、伸びてきたら汚くなりそうで……」
 一度カラーをした事はあるのだが、伸びてきた髪の毛だけが真っ黒のまま放置してしまった事がある。その時、原稿の修羅場に突入し髪の毛の色などに構っている暇がなかったのだ。
 その時の横着さを考えると、カラーをするのは性格上、自分に合わないと思った。本来の髪の色でいれば汚い色にはならないのだから。
「なにを言ってるんですか。汚くなる前にサロンに行けばいいんです。ちゃんと綺麗にしようって意識が大事なんですよ。サロンに行くようになれば、ついでにウインドウショッピングなんかもできていいじゃないですか」
「おっしゃる通りです……」
 休日は日頃の疲れを癒す為に寝て過ごすか、ゲーム、アニメ鑑賞、漫画を読んだり、原稿をしてみたり、完全に引きこもりモードだ。外に出ようという意識は一切ない。そう考えると積極的に外出するのなんて、イベントに行く以外はないかも。
 喪女と言われない為に変化するなら、引きこもりも程々にしないといけないなあ。
 りつちゃんの指摘やアドバイスにぐぅの音も出ない。
「後はできればコンタクトにする事をお勧めします」
「あ、はい」
 これも予想していた事だ。
 コンタクトにしようしようとは思っていたのだが、必要にせまられなかったせいもあり、眼鏡っ子のままである。
 眼鏡愛用歴二十年、既に自分の体に一部だと錯覚するくらいには、こいつとは長い付き合いだ。
「普通のコンタクトでも印象は凄く変わると思います」
「善処します」
 わかってはいたけれど、こうやって面と向かって言われると辛い。問題点が山積みだ。この山を登れるのか、私はやり遂げられるのかが不安になってきた。
「何事もゆっくり焦らずですよ」
 そうりつちゃんは言うけれど、私がゆっくりもたもたしていたら、しわくちゃのお婆ちゃんになってしまいそうだ。
「あ、そうだ!」
 りつちゃんが突然思い出したかのように叫んだ。何事かと私が驚いていると、りつちゃんの口から「冬月あおい」の名前が飛び出した。
「また次のイベントでアンソロジーを出すそうで、誘われたんです」
「え、そうなの?」
 りつちゃんは眉を下げてなんだか困った顔をしている。
「私、この前が初参加だし、冬月さんとは面識がないので、どうして誘われたんだかわからないんですけど……」
 私はもしかして、と心の中で思った。

 もしかして、私と仲良くしていたから?

 私がりつちゃんと帰るところを彼女は見ていた筈だ。あの時、しっかりと鋭い目でそれを捉えていた筈なのだ。急にぶるりと体が震える。
 もしかしたら、私と仲良くしていたから近付いたのかもしれない。あくまで仮定ではあるが、大いにありえる話だ。
 嫌な予感がする。凄くなにか嫌な予感がする。
「彼女のところの本は購入した?」
「はい、アンソロジーと冬月さんの個人誌は購入しましたけど。でも冬月さんは私の本は購入してないんですよね」
 なのに、どうしてアンソロジーに誘うんだろう? りつちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「普通だったら、アンソロジーには仲が良い作家さんとか、自分が好きな作家さんを招くじゃないですか。なのに、なにを描いているかわからない人間を呼ぶなんて正直理解できなくて」
 私もそれには同意見だったが、私と確執があるから貴方をアンソロジーに招いたかもしれないとは言えない。私は苦笑いを浮かべて「そうだよねえ」と頷くしかなかった。
「でも、ピクシアに絵とか漫画を上げてるから、それを見てかもしれないよ」
 ピクシアとはイラストや漫画を中心に自分の作品をアップロードできるSNSである。自分の好きな作品をお気に入りに入れたり、点数を入れたりする事ができ、ユーザーが作品を通じて他のユーザーと繋がる事ができる便利なサービスだ。
 ピクシアには私もりつちゃんも、冬月あおいも登録している。
 だから、冬月がりつちゃんの作品をピクシアを通して見ている可能性だって十分あり得るのだ。
 実を言うと、昨日もピクシアに不審なメールが送られてきていた。ピクシアにはメール機能もあり、そこに『人気みたいですけど、ちょっと意味がわかりません』という謎のメールが届いていたのだ。
 私の方がちょっと意味がわからない、と言いたいところだったが、差出人は捨てアカウントを使っていた。捨てアカウントとは本アカウントでは非難される事をしたり、接触しづらい相手とやりとりをする時に使われるアカウントの事だ。身バレ防止の為に使われる、所謂嫌がらせアカウントからのメールだったのだ。
「そうなんですけど……ちょっと不思議です」
 冬月あおいがなにを考えているのか、私も知りたいくらいだ。
 私は途端に怖くなってくる。いじめに対するトラウマが、冬月あおいのせいで掘り返されて嫌な気分になる。
 どうして放っておいてくれないのだろう? 好きな趣味でどうしてこんな思いをしなければならないのだろう?
 ずーんと暗くなり俯くと、買い物袋が目に入る。
 いけない、戦うって決めたんじゃないか。自分を変えると意気込んで、りつちゃんに応援を求めたのではないか。
「如月さん、どうかしましたか?」
 気が付くと、りつちゃんが心配そうにしていた。おっといけない、少し落ち込み過ぎたようだ。
「ううん、なんでもないよ。確かに不思議だなあって思って」
 私は無理矢理に笑顔を作る。だが、りつちゃんは未だ心配そうな顔をしていた。
「でも、チャンスじゃない。あの人がアンソロジーに呼ぶって事は実力を認めてるって事だから、名誉な事だよ」
「私なんかでいいんですかねえ……」
「いいんだよ。もし、わからない事があったら手伝うし、私も頑張るからりつちゃんも頑張って」
 りつちゃんは腑に落ちない気持ちだろうが、アンソロジーは参加する機会に恵まれなければなかなか参加する事のできないものだ。しかも、招待制だと尚更なのである。いかに趣味の同人活動であろうと、ネームバリューとコネがなければ参加は難しい。だから、理由はどうあれりつちゃんには折角だから楽しんでほしいと思う。
 彼女は渋々「そうですねえ」と言ったが、やはりどこか不安気だった。まあ、無理もないだろう。
「如月さんは冬月さんと親しいんですか?」
「えっ、ううん、あんまり知らない」
 私は苦い気持ちになりながら首を振った。
 りつちゃんは「そうですか」と言った。

 その後私達は渋谷にある中古の同人誌を売るお店に意気揚々と移動した。
 一般人には近寄りがたい雰囲気を醸し出しているその空間こそが私にとっては居心地のいい場所だ。ショッピングで疲弊していた心身が突然マックスまで回復するのだから驚きである。
 私達はお宝の山を掻き分け、自分好みの本を見つけるのに必死で一時間程無言だった。また新たな買い物袋がひとつ増えた。
 それから新宿に移動して、飲食店の個室でりつちゃんに頼まれたスケブ描く。付き合って貰ったお礼はスケブでいいと彼女が言ったからだ。スケブでいいのなら簡単な事だが、本当にそんなんでいいのだろうか。まあ、嬉々として眺めているりつちゃんを見ると本当にスケブでいいようなのだが。
「ええと、また付き合って貰えると有難いです」
「はい、喜んで」
「多分、近い内にまた頼むと思うんだけど」
「全然大丈夫ですよ。スカイホンで会議しながらそれは決めましょう」
「お願いします」
 私はスケブを描きながら小さくお辞儀する。すると、りつちゃんは「次はなにを描いて貰おうかなあ」と期待に目を輝かせていた。本当にスケブが好きみたいだ。
 りつちゃんはつくづく変わった子だなあと思う。
 最初は可愛い年相応の女の子、といった印象だったが、最近じゃ彼女は年相応なのではなく、もっとなにか達観しているのではないか? という疑惑が私の中で溢れている。私が年相応でないからそう思うのかもしれないけれど、彼女には不思議で力強いなにかが渦巻いているような気がするのだ。
 細い体に物凄いエネルギーを秘めているのかもしれない。
 私の体は横に広いけれど、かすっかすのエネルギーしかないから羨ましく思うし、それと同時に頼もしく思う。
 冬月あおいが同じ会場で近くにいても、彼女と共にいれば、怖さも半減しそうな気がする。最近、嫌がらせのメールや晒しがあったからか、疑心暗鬼になり始めている自分がいた。冬月の目も怖いし、もし冬月でなかったとしたら見知らぬ誰かが私を嫌っていて、一挙一動に目を光らせているのだと思うと怖くて仕方がないのだ。
「りつちゃんが相棒だったら怖いものなさそうだなあ」
 私はペンを走らせながら、無意識にそう呟いていた。
「どうしてですか?」
「いやさあ、年下なのにしっかりしてるし、頼れるし、もしりつちゃんが相棒だったら凄く心強いと思って」
 一人で活動するのも勿論いいけれど、でも助け合える存在が身近にいたらもっといいと思う。どうせ、作品を作る際はどうしたって個人プレーなのだ。アンソロジーで他の人の作品と混じり合っても、仕上がった作品だけが混じり合うだけで、作業中は一人である。
 せめて、誰かとイベントに行けたら……と私はずっと思っていた。イベントでは各々のペース配分や、やり方があるから友人にもずっと遠慮してきたけど、本音を言うとそういうのに憧れていた自分がいる。
 最近は不穏でもあるし、本当に誰かに縋りたい気分だ。
「喜んでっ」
 りつちゃんが甲高い大きな声を出したので、私は驚いて顔を上げる。描くのを頼まれた「ゆう」の眉毛が半分で途切れた。
「感激ですっ」
「え、ええ……っ」
 りつちゃんが対面席から身を乗り出して、私に迫ってきていた。危うくペンがころりと手から落ちそうになった。
「私、如月さんの相棒になりますっ! もう、なんでもお手伝いさせて下さい! イベントでも、なんでもこきつかってやって下さい」
「いや、こきつかうのは、ちょっと……。でも、いいの?」
「いいもなにも、願ったり叶ったりですから」
 りつちゃんは片手を自分の胸に置き、背を正した。
「如月さんのイメチェンのお手伝いから、イベントのお手伝い、なんでも引き受けます」
 それでいいのか、桜咲りつ。
 途中、個室に入って来た店員が私達を見て明らかに驚いていた。デザートをテーブルに置くと、彼はそそくさと個室を出て行く。気持ちはわからないでもない。
 店員に引かれた事でりつちゃんはクールダウンしたのか、体を元に戻した。けれど、まだ完全に興奮が冷めきっていないようで、前のめりにはなっている。
「いやね、一人参加だと買い物も午後からしかできないし、なにかと不便だったりするから。二人だったら助け合えるし、いいなあと思ってさ」
「そうですよね、一人だと心細いですし」
「そう、それ」
 特に私は。
 私は深く頷いて、溜息を吐いた。
「もし、よろしければその素晴らしい提案を現実のものにしてもいいでしょうか?」
「りつちゃんがいいなら」
「勿論、私は先程から言っているようにオールオッケーです」
 力強いりつちゃんの声に私は「よかった」と呟く。そうして中断していたスケブにペンを走らせた。
 「ゆう」の途切れた眉毛を描き足す。少し角度が気に入らないと思って、消しゴムで眉毛を消し、新たな息吹を描き足していった。
 りつちゃんはテーブルに両の肘を付き、手の甲に顎を乗せて満足そうに私を見ている。そうして「良かった」ともう一度呟いた。
 彼女はぼそぼそとなにか言ったけれど、小さすぎて聞こえない。私は聞き返したけれど、彼女は満足そうに微笑むだけだった。
 やっぱり、りつちゃんは変わっている。

「あれ? りつちゃんもこっち?」
「はい、小田急線です」
 解散と相成って新宿駅南口の改札を抜けると、彼女はそう言った。
「如月さんも小田急ですか?」
「そうだよ」
「小田急に乗ってどちらに?」
「私は町田住みだよ」
「あ、そうなんですか! 私は海老名です」
 海老名か……、小田急線で町田から五駅のところじゃないか。電車で十五分のところに住んでいたのかと意外な近さにびっくりする。
「でもこの前新宿で別れた時、小田急線に乗らなかったよね?」
 前回、りつちゃんは山手線に乗って品川へ行くと言っていたのだ。
「そうなんです、あの時はちょっと用事があったので」
 りつちゃんがそう言うのと同時に私達二人の間を、スーツの男性が通り抜けて行った。なにかに急かされているようなスピードの彼は、一直線にどこかへ消えていく。帰宅ラッシュの時間だ。
 私達はぎゅうぎゅう詰めの小田急線に乗り、他愛もない話しをちょっとしたくらいで別れた。電車の窓から手を振っているりつちゃんに手を振り返す。電車が発車するまでホームに残り、それを見送った。
 電車が発車すると、私は町田駅を出て、商店街のスーパーで買い物をした後、徒歩二十分の自宅アパートまで足を引き摺りながら歩いた。電車を降りたら忘れていた足の痛みが再発したのである。
 大量の買い物袋を掌に食い込ませながらアパートに戻り、シャワーを浴びた後、靴擦れしていた足の親指に絆創膏を貼った。そうしてパソコンデスクに座り、土踏まずをふにふにと手でマッサージしながらパソコンに電源を入れる。スカイホンを立ち上げて暫くすると、ピコンとメッセージマークがついた。
 右京からだ。
『冬月からアンソロジーのお誘いが来たんだけどwww』
 興奮気味の右京のチャットメッセージに私は思わず、ぶっと噴き出した。すぐに返信をすると相手からもすぐに返信が返ってきた。
 ちなみに言うと文章の終わりについている「w」は(笑)と同じ意味合いがある。嘲笑の意味でも使われるので、使う場面は選ばなければならない。
『いや、突然メッセージがピクシアの方にきたんだよね。私、ちぃ×ゆうじゃないのに』
 私はカタカタとキーを打ち込み、「でも、ちぃ×ゆうのアンソロジーなんだよね?」と聞いた。答えはイエスだった。
 どういう事? 私は眉を顰める。
 右京は確かに同じジャンルではあるけれど、カップリングが違う。そういう人を誘うのは異例の事だ。例えば、凄く仲良くしている友人であれば可能だろうけれど、仲良くもない作家に別カップリングを頼むのは失礼にあたる。
 なんてメッセージがきたのか聞くと、暫し間が空いた。私は土踏まずを力任せに押しながら待つ。自然と力が入ってしまっている。
 暫くして右京から冬月あおいから届いたメッセージのコピーが届いた。
『こんばんは、初めまして。「暁」というサークル名で活動している冬月あおいと申します。突然で申し訳ありませんが、アンソロジーの執筆をお願いしたくメールさせて頂きました。
 今回、考えておりますアンソロジーはちぃ×ゆうと右京さんが活動しておられるカップリングとは違うのですが、個人的に私が右京さんのファンでして、是非とも右京さんの描くちぃ×ゆうを拝見できたらと思い、失礼とは存じておりますがお願いに伺った次第です。
 もし気を悪くされたら申し訳ありません。なかった事にして頂いても構いません。ですが、もし、宜しければお話だけでも聞いて頂けたらと思います』
 冬月は右京のファンだったのだろうか? 私がそうメッセージを送ると、右京は凄く困惑している、と言った。
『あの人、私の作品なんて読んでないと思ったんだけど……。なんだか怖いよね』
 右京は冬月が私を晒していたというのを知っているから、警戒していると言う。私は腕を組んで、唸った。

 りつちゃんもアンソロジーに誘われた。
 右京もアンソロジーに誘われた。

 どちらも不自然な点があり過ぎる。
 けれど、完全に黒と決まった訳ではないので、安易な事は言えない。右京に変な心配をさせるのも可哀想だし、私がそう思いたくないのかもしれない。
 冬月あおいが私の周りを固めようとしているだなんて、思いたくもなかった。
 右京は「暫く考えて、慎重に返信しようと思う」と言った。それがいい選択だ。右京はそれでなくとも余り波風を立てたくないだろうから。もし、強く断ったりしたら、晒されてしまうかもしれない。そんな危険性を右京も感じているのだろう。右京もまたトラウマをもった同士だから、その言葉に私も深く納得をした。
 冬月あおいは要注意人物。それを右京も感じているのだ。
「右京……私、最近嫌がらせのメールがきてるんだよね」
 思わず右京に打ち明けると、右京がマイク越しに息を飲んだ。
『それって冬月?』
「わからない。捨てアカウントとか差出人不明だから」
 重い沈黙が二人の間に落ちる。暗く重い雰囲気が不穏さを物語っていた。
『私も実は、未だに嫌がらせのメールがくるんだよね』
「晒された時の?」
『ううん、前に喧嘩した人のファンだと思うんだけど』
「前に喧嘩した人って前ジャンルの?」
『そう、その時、私に粘着して嫌がらせをした人だと思うんだけど、忘れた頃にメールしてくるんだよ』
 右京は晒される以外にも二年程前、ゲームジャンルでごたごたがあった。最初は仲良くしていた作家とキャラクターへの解釈違いが原因となり(といっても個人の勝手な解釈に過ぎないが)、ネット上で言い合いになったのだ。
 最初はSNS上で誰に宛てているかわからない愚痴を上げていたのが、だんだんと右京だとわかるような嫌味になっていき、堪えきれなくなった右京がそれに応戦した。「それって私の事ですか?」と食ってかかったのだ。相手は「貴方なんて言ってませんが?」と白を切っていたが、右京は「私しかいない」と相手に募った。すると相手もヒートアップし、最終的には言い合いに勃発。周りに見えている状況下だったので、相手の取り巻きやファンに右京は総叩きになってしまった。
 総叩きの決定打になってしまったのが相手の「あの人は私の絵を真似している」発言だ。他人の絵をぱくる行為は同人であっても許されない。みな、上げ足をとるように右京の絵と相手の絵の検証に乗り出した。結局、烈火の如く炎上し、右京はそのジャンルにいられなくなって一年くらい同人活動を休止した。漸く同人を再開できるようになったのに、まだメールがくるというのか。
「なんてくるの?」
『未だに絵をぱくってるのかって』
「ぱくってるもなにも、あの時だってぱくってなかったのに」
 私がそう鼻で笑うと右京は押し黙った。嫌な沈黙が流れて、右京がぽつり、と呟く。
『実は、一度だけ真似したの』
 右京からのまさかの告白に私が今度は押し黙る。まさか、そんな。と笑いたかったが、彼女の声色は冗談を言うには真面目すぎた。
『ちょっとだけ、ちょっとだけだよ。構図とか描き方を真似してみたの』
「どうしてそんな事……」
『人気がなかったから、人気のある人のを真似たら少しは見て貰えるかなって、そう思っちゃったんだよね……。誰にもばれなかったんだけど、やっぱり本人にはばれちゃった』
「そっか……」
 私はなにも言えなかった。右京は「今はもうそんな事をしていない」と言った。そうして「反省している」とも。最後にちゃんと相手には何度も謝罪をして許して貰ったとも話してくれた。
『そういうのもあったから余計人を警戒しちゃうのかも。自分で撒いた種とはいえ、ちょっときつかった。もう絶対にあんな事はしないって誓ったし、自分の喧嘩っ早い性格もどうにかしないとと思ったよ』
「確かに、すぐかっとはなるよね」
 私がせめてもと思い茶化すと右京は小さく笑った。
『この世界が好きだから、これからは慎ましく正しく生きようと思って』
「そうだね」
『なにか目立つ事をすると、すぐに叩かれて居場所がなくなっちゃうから』
 私はなんだか苦い気持ちになる。確かに、そう、確かに右京は悪い事をした。けれど、第三者から関係のない人からの攻撃が未だに続いているのは、なんだか腑に落ちない。ただ、八つ当たりの的にされているような気がするのだ。
 どんなに反省して心を入れ替えても、相手はお構いなしで自分の鬱憤の捌け口にしていると思うとやるせない。私も、それに該当するのだと思うとやるせなくなってくる。
『私はこの世界にいたいから』と言い、本来の自分を封印した右京を見ていると、私も頑張らなければと思えた。

 右京とのチャットを終えると、またメッセージ欄がピコンと点灯した。誰かと見ると、中学時代から友人である由香からだ。
『今、通話できる?』
 私はヘッドセットマイクを装着しオッケーだと返信する。すると着信音がイヤホンから流れ、私は通話ボタンをマウスで右クリックした。
「久しぶり、どうしたの?」
 私が問うと由香は右京の名前を出した。由香と右京と私の三人は共通の友人なのだ。
『右京がさ、冬月からアンソロジーに誘われたって聞いた?』
「今聞いて驚いてたとこ」
 由香も冬月あおいが三年前に私を晒した事を知っている。私が由香に相談をしたからだ。
 彼女は二十年来の腐女子仲間である事から、私が信頼をおく数少ない一人なのである。
 中学時代の散々だった生活の中で支えてくれたのは由香だ。多分、由香がいなかったら不登校になっていたかもしれない、そう思う程には。
 私達は美術部で知り合い、すぐに意気投合した。はまっていたゲームが同じだったから、分かり合える事が沢山あったのだ。二人でイラストを描いたり、漫画を描き合ったり、とても楽しかった。いじめられている事も由香には相談したし、由香も私の気持ちを良くわかってくれた。
「わかるわかる、私も同じような扱いされてるから」
 そう言ってくれたのが、どれだけ心の支えになったか。
 私は今でも由香に感謝をしている。
 昨今、若い子達の自殺が取り上げられているが、その一人になっていた可能性も否定できない。私には理解者がいてくれたからこそ、今こうして元気に暮らせているのだ。
 高校も同じところに通い、大学は違うところに進学したが、私達は暇があれば連絡を取り合い、イベントにつれて行って貰ったり、萌えを語り合ったりして、昔と変わらない付き合いを続けた。
 同人サークルとしてイベント参加をしようと思い始めたのも、由香がいたからだ。
 由香は私よりも前に同人活動をスタートさせていて、私がサークル活動を始めようか迷っている背を押してくれた。
「もし、わからない事があったら教えるし、手伝うからさ、やってみたら?」
 由香はそう言った。私がりつちゃんにしている事は、過去に私が由香にして貰った事なのだ。
 由香のお陰で右京とも知り合えた。
 人見知りで引っ込み思案な私は、友達を作るのが下手で同じ趣味を持つ仲間とわかっていても、なかなか声を掛けられない。そんな私を熟知している由香がイベントで右京を紹介してくれたのだ。
 私達三人は、その当時、同じゲーム、同じカップリングで活動をしていたからイベント帰りに良くアフターなどの集まりを開いていた。だが、程なくして互いにジャンル移動をするとバラバラになり、余り集まらないようになってしまったのだが。
 時たまスカイホン通話などはしたりしたけれど、前よりも頻度は減り、「久しぶり」と言い合うくらいには接触が減ってしまったのだった。
『まさか右京が冬月のアンソロジーに呼ばれるとは思わんかったなあ』
 由香がそう言い、ぱりぱりとなにかを咀嚼している音が聞こえた。ポテトチップでも食べているのだろう。中学の頃から由香は良く食べる子だった。部活中もこっそりと持ち込んだ菓子を食べながらイラストを描いてたっけ。
「だよねえ、右京と冬月って共通点なかったよね」
『そうだね。今、同じジャンルだけどカップリングは違うし、面識とかもないってさ』
「なんだか不気味……」
 私がぶるりと体を震わせると、由香が「どうしたのか?」と尋ねてきた。私は掲示板にまた晒されていた事などを正直に彼女に話す。
「右京がまた見つけてくれたんだけどね」
『右京、まだ掲示板とか見てるんだ』
「そうみたいよ。晒されたのがトラウマになってるみたい。……かくいう私も結構トラウマになってるんだけどね……」
 右京との会話がふと頭をよぎったが、私は余計な事には触れないようにする。彼女のあの暗い感じを見ると、安易に言っていいものではないとそう判断したのだ。
『まじかー』
 私はそれがまた冬月かもしれないと言った。すると由香は「まさか」と驚いた様子を見せた。冬月あおいが突然同じジャンルの同じカップリングに現れた事、そうして先月のイベントで遭遇し睨まれた事を話すと由香は唸り声を上げる。
『だってもう何年も経ってるよね?』
「三年、三年経ってるんだけど……」
『そんなにする理由なんてある?』
「わからないよ」
 それは冬月あおいに聞かないとわからない。聞く勇気もないし、聞いて教えてくれるかもわからないけれど。
「私はそこまでの事をやった覚えなんてないし、なんでそんなに嫌われてるかもわかんない。まあ、今回晒されたのも冬月がやったのかわかんないし、全部わかんないんだよね」
『わかんないづくしもつらいね』
 ぱりぱりぱりぱり、由香の咀嚼音が虚しく響いた。
『もうさ、なんであんた私の事狙うのよ! むきーーーーっ! て目の前でキレてみたら?』
「それができたら、こんなに苦労してないよ」
『あはは、そうだよねえ』
 私がもっと勇敢だったらできたのだろうけど……。勇敢で無鉄砲であれば。だが、残念な事に昔からその方面に才能はないらしい。
『まあ美代子がそんな事できない人だってわかってるから、冗談だよ』
 わかってるから安心して、と由香が言う。
「気になる事が一つあってさ。私の友人も冬月からアンソロジーに呼ばれたんだって。面識もないのに」
『ああ、それも聞いたよ、ええと、桜咲りつさん……だっけ?』
「そうそう」
 由香は本当に変だと言った。
 私もそう思う。やはりなにか悪い方向へいっているとしか思えない。
『注意した方がいいと思う。冬月がなにするかわかんないし』
「また晒しが始まるかもしれないしね」
『少し、サークル活動を自粛するとか……』
 私は首を緩く振って「それはしない」と伝えた。由香は少し驚いているようだった。
「冬月のせいでサークル活動自粛なんて嫌だ。確かに私は臆病だし勇敢とはいえないけど、彼女の思うつぼになるのも嫌なの。だから、自分にできる事をして、ちょっとだけ反抗してみようと思う」
『どうやって?』
「まずは見た目から変えようと思って」
 由香は「どういう事?」と呆けた声を出す。
「前に晒された時に喪女とかダサイとか、見た目をいーっぱい批判されたの。同人活動の事よりもね。だから、まずは見た目を変えてみようって思って」
『見た目を?』
「そう。昔からおとなしくてオタク臭いから煙たがられたりいじめられたりしてたじゃない? だから、見た目を変えたらちょっとは変わるかもしれない」
『嫌がらせがなくなる、と』
「うん」
 そんなに簡単なものか? とか、見た目が普通だって可愛くたっていじめられるかもしれないとか、由香は言った。確かにそうだ。そうだけれど、変えてみてから考えればいいと思う。
 私は弱いから、右京のように面と向かって抗議はできない。けれど、そんな弱虫にもできる反抗はある。どんなに小さな事でも打開策かもしれないなら、やってみる価値はあるだろう。
 なにかをしないよりはした方がいいに決まっている。
「無視をするのが一番だって言うけど、それじゃ癪に障るからね」
 せめてもの反抗なのだと私は笑った。
『まあ、美代子がそうしたいならすればいいと思う。私も応援してるよ』
「ありがとう」
 由香は通話を切った後「ファイト!」とチャットにメッセージを残した。私は穏やかに微笑むと、ふん、と鼻息を荒くする。
 やってやろうじゃないか!
 綺麗になって外見を批判できなくしてやる。
 勿論、外見が綺麗になったところで晒し行為や嫌がらせがなくなるとは思っていない。けれど私は弱虫な自分が嫌なのだ。ずっと中学の時のままでいる自分が情けなく、腹立たしい。
 もっと自分に自信があれば、あの時、スケッチブックを奪い返して、言い返す事ができたかもしれない。たった一つの大好きな趣味と自分を馬鹿にされて泣きそうになっている自分とはもうお別れしてもいい筈だ。
『如月さんの事を尊敬してます』
 ふと、りつちゃんの言葉が蘇る。尊敬してくれている人もいるんだから、情けない自分とはお別れしよう。その為には、自分が必死で努力せねば。





 変わるのに焦りは禁物。

「田部さん、それがお昼ですか?」
 会社の後輩が覗き込んできた。彼女は私をオタク腐女子と知らないリア充さんで、オフィスの雰囲気を和ませるムードメーカー的な女の子である。そうして月に一回、夢と魔法の国と呼ばれているテーマパークに行く系女子だ。テーマパークの年パスはお守りだと豪語していたのが印象的な子である。
 私はそうだと頷くと、彼女は「あれえ?」と変な顔をする。
 言いたい事はわかる。いつもなら、男性社員よろしくカップラーメンとおにぎりの炭水化物無双だったのだから。
「最近、ダイエットしてるんだよね」
 私はそう言って、玄米のリゾットを掻き混ぜる。後輩は「なるほど」といった感じで、隣の席に腰を下ろした。
「確かに最近痩せましたよね?」
「えっ、わかる?」
 後輩はうんうん頷くと、私の顎を指差し、「フェイスラインがほっそりした」と明るく言った。私は「うわあ」と歓喜の声を上げる。
「二週間で二キロ落ちたんだよねえ」
「先輩、本気ですねえ」
 自分を変える計画は着々と自分の中で進んでいた。由香やりつちゃんに宣言してしまっているし、進めるしかない状態だったのもあるが。
 そんな訳で人生で初めてのダイエットに着手してみた。
 取り敢えず、カロリーを気にして食事を控えめにして、間食をやめ、エクササイズや筋トレを暇な時にやると決め実行してみたが、二週間で効果が出たようだ。目に見える変化は嬉しいと喜んでいると、後輩が言った。
「お昼はちゃんと食べた方がいいと思いますよ? そうじゃないともたないですから」
「え、でも……」
「先輩、朝昼晩と少なくて味気ないものを食べてるんじゃないですか?」
「う、うん……」
 後輩はビシリ、と目の前に指を指した。
「駄目です。すぐにリバウンドします」
「え、ええ……」
「いきなり食事制限なんてしたら、絶対にストレスが溜まりますもん。それよりは、お昼は好きなものを食べて、夜控えめにしたらいいんですよ」
「そ、そうなんだ……」
「人間の三大欲求を舐めちゃ駄目です」
 彼女曰く、自分もダイエット歴は長いけれど、無理なダイエットをするといい事はないと言った。そうして、最初は劇的に痩せるけれど、ある程度までいくと痩せなくなってしまう事、そういった時にストレスが爆発して暴飲暴食に走り、結果自棄になって前よりも太ってしまうのだと言った。
「自論ですけどね」
「でも、確かに……そうなのかも」
 はっきり言って、二週間という短い期間だけれど、凄くストレスが溜まっている。食べたいものを断っているせいか、心が貧相になった気がした。
「食べたいものを食べないと心が荒みますよ」
「うう~ん……」
 今まさに思っていた事を指摘され、頭を抱えそうになった。
「過度なダイエットは肌荒れも起こしますしね。行き過ぎると拒食症になる可能性だってありますから」
「そんな、拒食症なんて……」
「簡単にならないと思います?」
 後輩は長い髪の毛を掻き上げながら言った。いつもの茶化すような感じではなくどこか無機質な感じのその表情に私は無言になってしまう。
「まあ、私がちゃんと指摘したのでもう大丈夫ですよね? ね?」
「う、うん、気を付けるよ」
「それにしても突然どうしたんですかあ? あ、恋人ができたとか?」
「残念ながら違うよ」
 私が指でばってんを作ると、彼女は小さく唸って考え込む。
「好きな人ができた」
「それも、ぶぶー」
 今度は腕でばってんを作ると彼女は「ええー」と地団駄を踏んだ。
 OLの給湯室みたいな会話である。私は一度も職場の同僚とそんな会話をした事がないけれど。給湯室ではカップラーメンやスープの湯入れくらいしかしない。
「残念、最近ちょっと体重が増えてたからいかんなって思っただけ」
「なるほど」
「貴方みたいにスレンダーになれたらいいんだけどね」
 制服のスカートから伸びるすらりとした足。まるで棒のようだ。彼女は羨ましいくらい痩せていて、少しでも力を入れたら折れてしまいそうな程だ。なのに後輩の彼女はカロリーが高そうなものでも戸惑いなく食べている。世の女子が指を咥えて見るだけの高カロリーのものを美味しそうに。もとから太らない体質なのだろう。
 自分に溜めた脂肪の事を考えると溜息が自然と零れた。
「もしかして先輩、悩みでもあるんですか?」
「ええ? ……まあ、ちょっとね」
 後輩は目を瞬かせると真剣な顔をして私に言った。
「もし、悩みがあるんなら相談に乗りますからいつでも言って下さいね!」
 私は小さく笑って「ありがとう」と言った。
「でも別に大した事じゃないから」
 オタク腐女子で同じオタク腐女子に嫌がらせを受けています、多分。とは相談できないから、私はそうやって誤魔化した。けれど、後輩は眉を寄せて不満そうにしている。そうして「そんな事ないですよ」と呟いた。
「悩みに大きいも小さいもないですからね、先輩」
「うん、ありがとう」
 私は既に食感がなくなったべちゃべちゃのリゾットを啜る。無味無触感なそれに微妙な顔をしていると後輩ちゃんが、空腹時ように持っていたカロリーメイトのチョコ味を一袋お裾分けしてくれた。



 焦らず一歩ずつ!

 晴れた日曜日、今、私は町田駅前にいる。今日はコンタクトを購入しにわざわざ町田駅までやってきたのである。

 コンタクトを作るのは人生で初めて。

 未開の地に足を踏み入れる探検隊の気分だ。コンタクトを作るくらいでこんな気持ちになっているのは世界中探しても私くらいに違いない。もし、いたとしたら熱い握手を交わしたいところだ。
 コンタクトのチェーン店である、アイタウン前。受付でとりあえず、コンタクトを作りたいと申請すればいいのだろうか。頭の中でイメージトレーニングを何度もする。
 眼鏡を作ったのも最早、五年以上前の事だし、こういう店に入るのは久しぶりだ。自分の物持ちの良さに若干驚きながら、店内でうろうろとしている。
 さて行くか……、いやでももう少し眼鏡でも眺めようかな? 怖気づいている私の背後からするりと三十代後半であろう女性が追い越し、堂々とした態度で受付前に立った。受付嬢がにこやかに対応をする。
「コンタクトを作りたいんだけど」
 言った! あの人、堂々と言ったよ!
 当たり前の事なのに私は興奮を隠せないでいる。自分だったら、一度は噛んでしまいそうなところだ。
 あの人の背後に並べばすんなり手続きができるかもしれない。
 巡ってきたチャンスを逃すまいと私は滑るようにして彼女の背後に回り、やり取りの一部始終を見聞きして、手続きの予習をする。まるで泥棒みたいだ。
 彼女が受付を終えて隣に併設されている眼科へ消えると、次は私の番だ。受付のお姉さんがにこやかに私に話し掛ける。私は尤もらしく、コンタクト購入の意思を伝え、手続きを開始した。
 保険証を見せ、カードを新しく作り、バインダーと共に問診票を渡される。そうして隣の眼科へ行くよう案内された。約五分くらいのやり取りで受付は終了する。簡単な事なのにどうして私はこんなにも難しく考えるのだろうか……。
 ともかく私は第一関門を突破したとばかりに、そそくさと眼科の中へ入る。こぢんまりとした待合室には黄色のソファーが置かれ、そこに先程の彼女が足を組んで座っていた。
 私は一人分空けて彼女の隣へ座る。ちょっときつめのツンとした香水の香りがこちらまで匂った。一人分空けていなかったら、さぞかしきつい匂いなのだろう。ちょっとした公害だ。電車の中でひんしゅくをかうタイプである。私はバインダーで固定された問診票を書きながらそんな事を思った。
 女性は匂いと同じようにツンとした雰囲気を醸し出している。気難しさが顔から滲み出ているようだ。それがどこか冬月あおいを彷彿とさせる。

 気難しそうだったけれど、別に嫌な人ではなかったのにな。

 一見、冬月はツンと気難しそうに見えるが、話してみるとそんな人ではなかった。まあ、仲良くしていた頃だけれど。
 むしろ、話しやすかったような印象がある。オタク腐女子はみなどこか気難しさを持っていて、自分の主張やルールをはっきりと持っている人が多い。だから、なかなか仲良くなるには時間が掛かったりするのだが、彼女と仲良くなるのには時間など掛からなかった。意外に冬月は柔軟な姿勢をもつ人間であったからだ。
 なのにどうして嫌われたんだろう?
 最大の謎である。
 何度も言うように私が彼女になにかをしたとは思えない。自分が気付いてないだけ、と言われたらそれまでなのだが、本当に一ミリも思い当たらないのだ。
 彼女と話していた内容なんて、カップリングの萌え話ばかりだったし、プライベートについて話すような事はなかった。原稿の進度や励まし合いなどはしたが、それが彼女の琴線に触れるとは思えない。
 冬月と知り合った三年前、イベントでスペースが隣同士になった事から交流が始まった。人見知りな私に彼女が気さくに話し掛けてくれたのだ。私もそれを嬉しく感じ、人がこない間は彼女とずっと話していたくらいだ。
 彼女は今と違い、かなり話しやすかった。口数の少ない私に話題を振ってくれるし、話し上手だったと思う。自分の話したい事だけを話すのではなく、私の話も聞いてくれる人だった。
「今度アンソロジーを出そうと思っているから、如月さんも参加しませんか?」
 彼女は参加してくれたら嬉しいと笑顔で言ってくれた。
 勿論、私は快諾し、そこから彼女とスカイホンのIDを交換して、プライベートでも仲良くするようになったのだ。
 それにしても冬月あおいはアンソロジーを出すのが好きだなあ、と私は感心する。この前のイベントでもアンソロジーを出したし、またアンソロジーを出すのか。その積極性とコミュニケーション能力には素直に感心する。
 アンソロジーを作るのは大変だ。
 個性豊かでそれぞれに主張のある猛者を纏めるのって凄く労力がいる事だ。その人達と密に連絡を取り合って、言い方は悪いがへりくだり、原稿を貰ったからといって終わりではない。そこから編集作業をして、本にする為の体裁を考え、アンソロジーの宣伝もしなければならないのだ。
 最近ではアンソロジーを紹介するホームページ(参加者や発売イベント、値段などを記載している)を作ったり、チラシを作ったりして広告もしているようだし、印刷代に加えて費用なんかも洒落にならない額になるのだろう。私だったら絶対にやらないしできない。それを彼女は私が知っているだけで三回もしているのだから、凄いと思う。
 嫌な人だと思っているけれど、尊敬する部分が彼女には沢山あった。
 でもそう考えるとやっぱり腑に落ちない。
 それだけ同人活動を活発に、熱意をもってやっている人が、何故個人を攻撃するのか。そんな暇があるのか。そんなに私が嫌いなのか。
 謎が謎を呼ぶ。
 アンソロジーを他の作家と共有する事で満足する彼女が、理由なく特定の誰かに嫌がらせをするとは思えないのだが。
 彼女にとってアンソロジーは他の作家と仲良くなるツールでもある。密に連絡をとっていれば、それだけ関わりも多くなり、仲良くなりやすい。それが著名な同人作家だったりしたら、自分の名誉や自信にも繋がる。有名な大手さんとは誰でも仲良くなりたいものだし。
 アンソロジーを編集している時の冬月との通話を思い出す。とてもいきいきとして、作るのが楽しくて仕方ないといった感じだった。まるで少女のようにはしゃぎながら、いろんな事を話してたっけ。
 ○○さんが描く漫画はやっぱり萌える。○○さんはストーリーが素晴らしい。○○さんから原稿を貰ったけど、労わりのメッセージが添えられていた。素晴らしい事ばかりでない大変な作業なのにも関わらず、彼女は愚痴ひとつ言わずに、アンソロジーに参加してくれている作家陣を褒めまくっていた。多分、心からの賞賛だったに違いない。それは声の感じでよくわかった。
 私の原稿も大変喜んで、感想を言ってくれた。これも心からの言葉に違いなかった。

 だが、そんな冬月あおいが一度だけ弱音を吐いた事がある。

 アンソロジーの編集が終盤に掛かった時だ。
「編集が少し滞ってて……」
 私がどうしたのかと聞くと、「ちょっと困った事があった」と弱々しい声で言った。
 彼女が弱音を吐いたのは後にも先にもあの時だけだったかもしれない。
「もしかしたら、アンソロジー落とす(期日までに完成できない)かも……」
 なにがあったか聞いても冬月は「ちょっとね」としか言わなかった。ただ、「プライベートがちょっと立て込んでて……」とか細い声で言った。
 かなりの落ち込みようだったけれど、彼女はアンソロジーを見事完成させた。そうしていまだにアンソロジーを作り続けている。
 そう考えると、困った事があってもアンソロジーを作り続ける彼女のその根性、熱意、執着は見上げたものがある。私にしつこく粘着するのも頷ける気がする。
 私がうんうんと心の中で頷いていると、「田部さん、どうぞ」と呼ばれ、診察室に入るよう促された。
 気付けば、三十代の女性は隣から消えている。回想をしている間に呼ばれていたみたいだ。私は問診票を看護師に渡すと、診察室への扉を潜った。
 
 診察室に入り、まず自動屈折計、角膜曲率半径測定機で乱視などをチェックする。座って機械の中を覗き込むと赤い気球などのイラストが見えた。その絵がだんだんとぼやけたりぐにゃりとひしゃげていく、それを淡々と見ていると、看護師さんに次にいくよう促される。私は席を立つ。
 次に眼圧検査をされた。風を当てて目の硬さを調べるのだが、風が眼球に当たった瞬間、ひっと小さく叫んでしまったので死ぬ程恥ずかしかった。体もびくっと硬直したので、傍から見たら笑える図だったかもしれない。けれど、看護師さんは誰一人として笑わなかった。にやりともしていなかった。多分、そういう人が沢山いるのだろうから、慣れているのかもしれない。
 最後に視力検査をし、看護師さんが、サラサラと問診票に計った視力を書いて、「お疲れ様でした」と言った。
 最後の最後に眼科医の問診及び診察をし、漸くコンタクトの試着までこぎつけた。私は看護師さんに言われるままに装着を試みる――が、上手くいかない。看護師さんが見兼ねて装着してくれるが、目をこれでもかというくらいに指で広げられて、苦しかった。
「はーい、目をもっと大きく開けてくださーい」
 これ以上は裂ける、裂けるって……!
 心の中で私は悲鳴を上げるも、待ったはない。
 指が間近に迫ってくる迫力に負けて自然と目が閉じようとする。それを許さんとばかりに指の力で静止される恐怖は言葉にしがたい。なんとかコンタクトを装着した時には息が止まっていた。息はいつすればいいのだ。
「もう片方をもう一回自分で装着してみて下さい」
 私は悪戦苦闘し、何度も装着間近で瞬きをしてはコンタクトをテーブルに落とす。その度に看護師さんが「あぁ……」とがっかりしたような声を出すので居た堪れなかった。
 それを繰り返しながらも、なんとか、なんとか、装着をし終える。やはり息をするのを忘れていたが。
「では、次はコンタクトを取る練習をしましょう」
 そう言って看護師さんがまた私の目を指で上下にぐりっと開き、もう片方の指で眼球を撫でるようにしてコンタクトをつまみ、外した。私は余りの恐怖にガチガチに体を固まらせていたが、看護師さんは悪魔のように「さあ、やってみて下さい」と言う。
 仕方なしに同じようにやってみるが、どうも上手く外れない。躍起になってやってみるものの、上手くいかない。なにがいけないかもわからないまま、なんどもコンタクトの上から眼球を撫でる。それを何度も繰り返し、漸くコンタクトを外した頃には白目が赤くなっていた。
「慣れればすぐ外せるようになりますから」
 明るい声でそう言われたが、そうなるまで私は白目を痛めつけなければならないのかと陰鬱な気分になった。
 自分を変えるのって試練の連続だな……。
 私はアイタウンと書かれた袋を下げ、肩も下げながら帰路についた。



 さあ、次だ。

 小雨が降る日曜日、私はコンタクトを二十分かけて装着し、十一時ちょっとの電車に乗り新宿まで出た。日曜日の電車は空いていて、いつもよりすんなりと私を新宿駅までつれていってくれる。電車を降りると、私はそのまま新南改札へ向かった。
 新南改札を出ると不穏な曇天模様ではあるが雨は止んでいた。ここぞとばかりに私は早歩きで大きくそびえ立つタカシマヤタイムズスクエアへと向かう。
 今日の目的は化粧品を買う事だ。
 町田でも良かったのだが、ここは大都市にあるコスメコーナーの方がいいだろうと、意を決してやってきた。既に胃が痛くなってきているが、もうここは新宿、後戻りはできないと自分に言い聞かせる。
 タカシマヤの中に入ると優雅な人々が行き交っていた。六十代くらいのミセスが白く上品なつばの広い帽子をかぶり、凛とした姿でウインドウショッピングをしている。高級品の数々が私を出迎え、胃がしくしくとした。
 人種が違う……、と弱音を吐くのをぐっと堪えて、私はコスメコーナーに足を踏み入れる。
 りつちゃんにお勧めの化粧品を教えて貰ったので、そのメーカーを必死に探す。きょろきょろと迷子のように辺りを見回しながら、私は挙動不審気味に探索する。化粧品の甘ったるい匂いがそこかしこからしていた。コンタクトを作りに行った日のツンとした彼女の匂いとはまた違う甘さに酔いそうになる。
 探す事五分。漸く目当てのメーカーを見つけ、私は近付いていく。

 そして通り過ぎた。

 駄目だっ、なんか行きにくい……っ!
 髪を後ろでアップにし化粧ばっちりの美人な店員が黒いスーツを着て微笑みを浮かべていたから怯んでしまったのだ。
 あんなところにオタクが入っていっても大丈夫なんだろうか? 被害妄想も甚だしいが、入った瞬間に警備員を呼ばれそうな気がする。
 どどど、どうしよう。
 私はもう一度店に近づくが、また通り過ぎる。そうしてもときた道を戻り、玄関まできてしまった。
 なにをやってるんだ……。私は脱力した。
 このまま帰る訳にもいかないし、だからといってまた戻っても通り過ぎそうである。自分の引っ込み思案が末期だという事を思い知らされた。
 とりあえず、こんな事をしている場合じゃない。私は作戦を立てる。とても情けない作戦を。
「化粧品を揃えたいんですがどれを揃えたらいいかわからないし、化粧の仕方がわからないので全部教えて下さい」と店員に正直に言うのは私には敷居が高すぎる。だから、化粧品を見る振りをして、店員さんに声を掛けて貰おう(多分、化粧品を見ていればセールストークの為に寄ってくる筈)そのままの流れでいこう。
 自分から言い出せないなら、あちらからきて貰えばいいのだ。
 その切っ掛けを掴めるかが勝負である。
 なんとも情けない作戦を立て、私は再度コスメメーカーに挑む。
 多分、化粧品を眺めていれば声を掛けて貰える筈。きっと声を掛ける、掛けるに違いない。掛けて貰わなきゃ困る。掛けて下さい、お願いします。
 十分、私はそのコスメメーカーの周りをぐるぐると回っていた。もう不審者レベルだ。そして漸く決心をし(再々度であるが)コスメメーカーの前に立った。後は化粧品を眺める素振りをすればいい。
「いらっしゃいませ、なにかお探しですか?」
 私の存在に気付いた(あるいは不審具合に警戒していた)店員さんが、にこやかに微笑み声を掛けてきたではないか。
 予定よりも早い声掛けに、私の頭は真っ白になる。
「あのっ」
「はい、お探しのものがおありですか?」
「わたしっ、その、お恥ずかしながら、化粧の心得がなくてですね、その、三十三になるのに初心者なんですっ。ですから、化粧を教えて下さいっ!」
「まあ、そうなんですね」
 私はなにを言っているんだ……。正直に言い過ぎではないか、恥ずかしい。そう思った時にはもう遅い。全ては口から出てしまっている。
 店員さんは驚いた顔を一瞬するも、「こちらへどうぞ」と優しく微笑み、カウンターからこちら側へやってきて、コスメカウンターに案内してくれた。流石はプロ、引いている様子を微塵も感じさせない。
「す、すいません……」
「いえいえ、どうぞお座りになって下さい」
 コスメカウンターの椅子を引き、店員さんは微笑みを浮かべた。私は恐る恐る、おっかなびっくりで椅子に座る。
「ではご準備をして参りますので、少々お待ち下さいね」
 そう言って彼女は化粧品が展示してある方に向かった。
 私は緊張でどくどくいっている心臓を深呼吸で宥めながら、カウンター脇に置いてあるスタンド型の鏡に目をやった。
 うわあ、酷い顔……。
 顔がてっかてかじゃないか。脂汗で額や頬が白く光っている。
「お待たせしました。今からメイクをさせて頂きたく思うのですが……お時間に余裕はございますか?」
 私は引き攣った笑顔でうんうんと素早く頷く。するとにっこりと笑った店員さんが、白いガラス容器からコットンにたっぷりとさらりとした液体を染みこませ、私の額や頬を丁寧に拭っていく。
「今日はあいにくのお天気ですけど、雨は大丈夫でしたか?」
「あ、はい……ちょうどあがっていたのでなんとか……」
「ああ、それは良かった。昨日から雨が降り続いて急に寒くなったので、心配していたんです」
 店員さんはそう言うと上品に微笑んだ。彼女の顔は綺麗に化粧が施されている。リップの濃い赤が似合うくっきりはっきりとした美人だ。メイクのお陰もあるのだろうけど、元々の顔が整っているのだろう。
 彼女は次のガラス瓶を持ち上げると、今度はとろりとした液体をコットンに五百円玉くらい乗せ、そっと顔に広げていく。
「こちらは乳液になります。保湿にも優れていますし、さらりとしていてべたつかない仕様になっています」
「なるほど」
 ドラッグストアで一本六百円の化粧水だけしか使っていない私には、乳液がどのようなものかは良くわからないが、いい匂いはする。ほんのりとローズの匂いがするのは気に入った。

 そこからは怒涛だった。
 もう、顔面塗装と言わんばかりの塗ったくりである。こんなに重ねるものなのかと思うくらいには。果たして皮膚は呼吸できているのだろうか?
 化粧水の次にファンデーションを塗っていた自分にとっての未知の領域。
 
「この下地にはシルクエッセンスが配合されていてなめらかなお肌に整えます」
 下地。
「シミやニキビ跡の凹凸を消して、なめらかにするスティックタイプのコンシーラーです。パウダー成分を配合していますので、皮脂の多いTゾーンにお使い頂くのもオススメです」
 スティックコンシーラー。
「筆ペンタイプのコンシーラーです。パールが目もとのクマなど気になる部分を自然にカバーします。ヒアルロン酸やオイルなどを配合しているので保湿にも優れています」
 筆ペンタイプのコンシーラー。
「カバー力があり、透明感もあるリキッドファンデーションです。紫外線もブロックしますし、化粧崩れしにくいウォータープルーフタイプです」
 リキッドファンデーション。
「ベースメイクをキープするフェイスパウダーです。こちらも余分な皮脂を吸着してくれるので、メイク崩れを防いでくれます。粉っぽくならず、ふんわりと仕上げてくれますよ」
 フェイスパウダー。
 
 ベースメイクだけでこれだけするのか……私は豆鉄砲をくらった鳩みたいに唇を尖らせた。いやはや、ついていけない。けれど、目の前に置かれたスタンドミラーには顔色がよくなり、なめらかになった自分が映し出されている。
 既に、誰(だ)おま(え)状態だ。
 私はほお、と感嘆の息を吐いた。ベースメイクだけでこれだけ変わるのかと、ちょっと感動している自分がいる。シミやそばかす、惰性な生活のせいでできた吹き出物が綺麗に消えていた。
「それでは次の工程に参りましょうか」
 店員さんはアイシャドウを何点かテーブルの上に乗せた。ブラウン系、ブルー系、カーキ系のアイシャドウが並び、私はそれをまじまじと見た。
「どのお色を試しましょうか?」
「私、ブラウン系しか使った事がないんですけど……」
「なるほど、ではブラウンのお色はお持ちなんですね?」
「あ、はい」
 ドラッグストアで千円くらいのやつを過去持っていました。いらないと思って捨ててしまったけれど――とは言えない雰囲気だ。店員さんは少し考える素振りをするとカーキ系のアイシャドウを手に取る。
「カーキ系の落ち着いた色味ですし、お客様にお似合いになると思うのですが、いかがでしょう?」
 店員さんが眩しい程の笑顔を作る。カーキなんて使った事がないから仕上がりが想像できない。もし、似合わなかったらと思うと怯んでしまうが、彼女の笑顔には有無を言わさぬ強さがあった。
 そこまで眩しく微笑んでくれるなら騙されてもいいか。まあ、試し塗りなのだし、失敗しても今日恥ずかしいくらいだろう。
 私が「お願いします」と小さく言うと、「かしこまりました」と小さく礼をして、店員さんが筆で瞼にふわりふわりと色をつけていく。全体に薄いゴールドを塗り、濃いカーキを二重瞼に、中間色のカーキとゴールドの間みたいな色で濃いカーキをぼかした。
「アイホール全体にゴールドを塗って二重瞼には濃いカーキを。中間色でぼかすと自然なグラデーションができますよ」
「なるほど……」
 もう片方の目にもアイシャドウを塗り終ると、店員さんは筆からアイラインペンシルに持ち替え、上瞼のきわにアイラインを施していく。
「アイラインは目を閉じながら引くと真っ直ぐ引けますよ。リキッドタイプもありますが、慣れていないならペンシルタイプをオススメします」
 私の上瞼のきわに黒い線が引かれていく。上瞼を終えると、下瞼のきわにもうっすらと黒のラインを引いた。そうして、アイシャドウを取り出し、下のラインをぼかすように下瞼にもカーキを乗せた。
「こうすると目がはっきりとします。次は睫毛にマスカラを塗っていきますね」
 アイラインペンシルがちょっとなんだかザクリと刺さりそうで怖かったが、次にビューラーで睫毛を持ち上げられマスカラを塗る時の方が怖かった。先端のギザギザが目に刺さったら凄く痛そうだ。
 これは寝起きや寝不足で頭がぼやけている時には出来ないな……と思う。絶対、ざくりと目玉を刺す自信がある。眼球にまでメイクを施す必要はないだろう。
「眉毛を少し整えても構いませんか?」
 店員さんに声を掛けられ、ぼっと顔が赤くなるのがわかった。
 眉の手入れを忘れていたと私は自分の不甲斐なさに赤面する。顔や鼻の下の産毛は剃ったけれど、眉毛はどうしていいかわからず放置して忘れていたのだ。いつかやろうと長引かせて結局忘れるなんて、恥ずかしいにも程がある。
「すみません、お願いします」
 私は掻き消えそうな程、小さな声で呟いた。
 店員さんは先端が上に曲がった小さなハサミとブラシ、産毛用の剃刀を用意すると丁寧に眉のラインを整えていく。長く伸びた毛は空地の雑草みたいに伸び放題だったが、匠の技によって綺麗に手入れを施され、見違えるよう整備された。
「それでは眉を描いていきますね」
 アイブロウペンシルで眉に沿って曲線が描かれていく。眉尻を付け足し、眉山を少し高くして、なだらかな丘のような眉毛が出来上がった。パウダーアイブロウで眉根をぼかし、そのまま滑らせるように鼻筋に影を入れる。陰影のお陰ですっと通った鼻筋に早変わりした。
「チークを乗せていきます。ピンク系もいいかとは思ったんですけど、今回はよりセクシーで健康的に見せるオレンジ系をお試しします」
 頬にオレンジ色が乗ると、一層華やかになった。チーク一つがこんなにも印象を変えるのだと驚く。そのままハイライトだと言ってパールの入ったホワイトを鼻筋や目の下に入れると更に顔の凹凸がハッキリした。
「それでは最後にリップを塗らせて頂きますね。なにかご希望はありますか?」
 私の想像を軽く超えてしまっているので、希望なんぞはない。もう全てお任せすると伝える。すると店員さんは、ベージュピンクのリップを選び、唇に筆でアクリルを塗る時みたいに塗ってくれた。
「いかがでしょう?」
 私は鏡を覗きこむ。

 誰だ。

 化粧って凄い。私は素直にそう思った。
 ぼやけて薄い私のパーツがそれぞれに主張し、くっきりはっきりとしているではないか。言い過ぎかもしれないが別人だ。私は何度か瞬きをして、その変わりように絶句した。
「凄い、ですね……」
 正直な感想を述べると、店員さんは笑った。笑って、「お客様のお顔はメイク映えするお顔だと思いますので、メイクの練習をなされば楽しくなると思います」と言った。
 確かにこれだけ変われば楽しいかもしれない。私は穴が開く程、鏡の中の自分を見詰め頬に手をあててみた。頬にちゃんと手の感触がある――大丈夫だ、これは私だ。
「全部をご購入頂かなくても、必要なものだけで――」
「全部買います」
 店員さんはきょとん、とした。けれどすぐに満面の笑みを浮かべると「ありがとうございます、すぐにご用意致しますので、少々お待ち下さい」と言って、私の髪留めや前掛けを取ると、いそいそと準備の為にメイクカウンターを離れた。
 全部で幾らになるんだろ?
 額からつ、と汗が流れる。けれど流石である、汗の流れた箇所のファンデーションはよれていなかった。
 値段を見ていないけれど、きっと凄い金額になっているに違いない。けれどいい買い物をした、私はきっと賢い買い物をしたのだと自分に言い聞かせる。背筋が冷たくなってきたが、大丈夫、きっと間違いない。
 私は鏡の中の変貌を遂げた姿をもう一度見詰める。
 こんなに変わった自分を見てごらんよ、これで買わなかったら人生は一ミリも動かないね! それくらいの変貌なのだから、きっと間違っていない筈だ。
 暫くして店員さんが化粧品の新しい箱を運んできた。そうして、中身を確認しながら、値段をそっと私に伝えた。
 わあ、凄い。
 福沢諭吉に羽が生えて、四人飛んでいく。
 化粧品にこれだけお金をかけたのは初めてだ。良かった、夏のボーナスに手をつけていなくて本当に良かった。
 店員さんが、
「なにかメイクで不明な点があればいらして下さい」
 とにこやかに言った。私もにこやかに「はい」と答えた。
 私は思う――次くる時はもう少し度胸をつけて、本当にメイクについて尋ねるだけにできたらいいな――と。
 後は自分でもこのメイクが出来るようにせねば。
 それが一番の難関であるが。



 まだまだ先は長い。

 コンタクトを入れ、しっかりとメイクをし、今日も今日とて私の戦いは続く。
 本日、青天の日曜日、今日は表参道へとやってきた。落ち着いた上品な街はやはり日曜ともあって、活気づいている。一人だったら寂しいところだが、横にはにこにこしたりつちゃんが今すぐスキップしそうな程のご機嫌具合で歩いていた。
「今日はなんだか楽しそうだね」
 私が尋ねると、
「如月さんがお綺麗なので!」
 とイタリアの紳士も驚きの台詞を言った。

 さっきから彼女は私をとても良く褒めてくれる。
 
「如月さんっ、凄いです!」
 待ち合わせをした新宿駅で私を見るなり、りつちゃんは甲高い声を上げた。道行く人が振り返って恥ずかしかったけれど、彼女はお構いなしで続ける。
「わああ、コンタクトにされたんですね?」
 いち早く私の変化に気付いてくれるのが流石だ。私は照れながらも答える。
「うん、まあ、未だにコンタクトを装着するのに時間が掛かるけど」
 今では十分に短縮された装着時間。けれど、外す時は未だ二十分くらい掛かっているのは内緒だ。
「凄いです。メイクも綺麗にできてますね!」
「りつちゃんに教えて貰ったメーカーに行って、教えて貰ったよ」
 店員さん並みのメイクはできないけれど、それなりに化粧はできている気がする。あくまで気がするだが。なんとなく、カラー原稿をやる時と似ていて、これは意外にも最初から上手くできたから驚きだった。
「洋服もあの時買った服を着てきてくれたんですね、お似合いです!」
 りつちゃんが選んでくれた襟の開いたブルーのニット。ちょっとこれは抵抗があったけれど、折角だし着てみたのだが、これも意外と似合っているような気がする。
 ダイエットの効果も出ていそうだなと私はひっそりと思った。
 あれから無理ないダイエットに変えて、一キロ落とした。胴回りや首回りがすっきりしたからこそ、似合うようになったのかもしれない。
「見違えるように綺麗になりましたねえ」
 りつちゃんはハッとして口元に手を置いた。いや、別にいいよ、本当の事だし……。私は笑いながら「いいよ」と彼女をフォローする。
「すみません、失礼な事を……」
「いいって、本当の事だし。自分でも驚いてるもん」
 コンタクトとメイクだけでここまで人間が変わるとは思っていなかったし、洋服で更に印象ががらりと変わって、自分で言うのもなんだが最早誰だかわからない。
 きっと右京や由香が私とすれ違っても気が付かない筈だ。
「本当にりつちゃんに感謝してる。りつちゃんがアドバイスしてくれなかったら、自分じゃ思いつかなくて途方に暮れてたもの。多分、放置して終わり」
「そんな事ないです。如月さんの努力の賜物ですよ」
「ありがとう。化粧品買いに行った時は緊張で死にそうになっちゃったけどね」
「私、着いて行かなくていいか凄く心配だったんですけど、大丈夫でした?」
 りつちゃんはコンタクトを作る時も、タカシマヤに行く時も「ついていく」と申し出てくれたのだが、私の方から断りを入れたのだ。コンタクトはついてきて貰うまでもないし、メイクに至っては人に見られながらだと、余計緊張しそうな気がしたからである。
 だが今回に至っては一人では無理だった。
「あ、如月さん。ヘアサロンはこっちです」
 ヘアサロン、私の尤も苦手な場所だったからである。
 私は口下手で人見知りだ。それは誰に対しても、どんな人であってもである。初対面の人間と喋ると表情は涼しくても(他人から涼しく見えているかはわからないが、本人としては涼しくしているつもりだ)手汗などが酷い事になっていたりする。
 ではメイクを担当してくれた店員さんだって同じだろう? それができたんだから、同じ事ではないか、とお思いだろう。
 違う、全然違うのだ。
 相手が女性であれば、なんとか凌げるのである。
 では、異性では?
 愚問だ。
 絶対、無理。無理無理無理、無理ったら無理。
 これまでの人生で私に関わった異性なんて、兄や父、会社の人間くらいだった。異性は星の数程地球上に存在しているというのに、悲しいかな、いつの時代も私は異性と話す事すらなく生きてきた。異性が目の前にいれど、ある種隔離されて生きてきたと言っても過言ではない。檻の中にいる動物を見ているようなそんな感覚だ。異性からしたら私の方が檻に入った動物に見えていたのかもしれない。
 何故かって? ……何故だろう?
 別に小さい頃に異性からこっぴどくいじめられた記憶もないし、クラスメイトの半分は男性だった訳だが、どうにもぴっちりと境界線を敷かれたかの如く、私と異性には隔たりがあったのだ。それを言葉にするのはとても難しいのだが……。だからやっぱり、動物園で檻に入ったライオンみたいな、そんなイメージがある。
 同じ場所で生きているけれど、触れ合えないもの。そんな感じで学生時代は過ごしてきた。ある意味イマジナリーと通ずるものがあるかもしれない。(ちゃんと実在しているが)
 とにかく、そうやって暮らしてきたものだから、イケメンと接する機会なんてあると混乱してしまう訳である。大人になると否応なしに異性と接さなければならない時があるのが困りものだ。例えば、そう、私の苦手なヘアサロンとか。
 美容師にはイケメンが多いイメージがあるし(カリスマ美容師とかそんなのをテレビで見た)、絶対にお洒落なヘアサロンにはイケメンが生息しているのだろう。だからこそ、野口英世一枚で済むような店に通っている訳なのである。
 もし、イケメンに担当されてしまったら……考えるだけで気が遠くなる。りつちゃんには話をするのが苦手だと言ったが、実を言うとイケメンが苦手なのだ。でもイケメンが苦手だとは言い難い。三十三歳にもなって処女っぽさを出してどうするのだ。一回り違う女の子にそれを言うのも気が引けるし、あの時はまさか本気で紹介してくれるだなんて思ってもみなかった。
『その時はお願いするよ~』と、私は半分冗談でお願いしたのだから、まさか実現してしまうとは思わないだろう。自分を変えるといっても、まだ気持ち半分だったのが伺える。
 私達は表参道駅から青山通りに出て渋谷方面に少し歩く。そうして脇道に入り二、三分歩くと、雑貨店や洋服店などの路面店が沢山ある場所に出た。個性的な外観のお店が何件も建ち並んでいる。輸入雑貨を扱っているのだろう店のショウウインドウには、木彫りの人形が屈託のない笑顔でこちらを眺めていた。
「あそこです」
 白を基調としたイタリア風の建物。木の看板にはサロンの名前が彫ってあった。玄関わきに植えられた植物には朱色の花が咲いていて、白い建物を深く、明るく見せていた。
「ほ、ほおお」
 私は余りのお洒落さに吠えた。自分を変える旅の中で、今回が一番の難関かもしれない。今までも敷居の高さをまざまざと感じていたけれど、独立した店舗の中に入るのは初めてだ。こんなお洒落空間に私の精神は果たして耐えきれるのか。
「ほら、如月さん、入りますよっ」
 りつちゃんがそう言って私の腕を強引に引く。まるで散歩に行きたがらない犬を嗜めるように。鈍い動作でじりじりと歩み寄ると、私のトップスと似た青い木製の扉の前で、息を大きく吸った。
 待って、まだ心の準備というものがだな……と、心の中で屁理屈を言ったりへっぴり腰で怖気づこうも、りつちゃんは待ってくれない。私の顔の色と同じくらい青い扉がぎいと音を立てて開く。チリンチリンと扉の上に打ち付けられた呼び鈴が威勢よく鳴った。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「藤原様、お待ちしておりました」
「今日は友人の代理で予約させて貰ってたんですけど――」
「はい、存じ上げております。こちらへどうぞ」
 ゆったりとしたオフホワイトのニットカーディガンに白のシャツ、スキニージーンズを合わせ、黒のハットをかぶった背の高い男性が私達をアイボリー色のソファーへ案内した。目が印象的な彼はにこりと微笑んで会釈する。
 私も慌てて会釈を返したが、内心、イケメンオーラで泡を吹きそうになっていた。
「座りましょう、如月さん」
「え、ああ、はっ、はい」
 棒立ちになっている私の腕を再度りつちゃんが引いた。そうしてソファーへ座らせてくれる。りつちゃんがいなかったら何時間でも棒立ちでいれそうだった。
「隆君、こちらが私がお世話になってる如月さんだよ」
 突然、イケメンに向ってりつちゃんが気安い言葉を放つ。すると、レジカウンターで準備をしていた彼がこちらへ振り向いた。さらりと揺れた前髪。漫画だったら、彼の背後に薔薇の花弁が散っているに違いない。
 イケメンっていい香りがしそう。どうでもいい事を考えていると、彼が私に視線を合わせて微笑む。眉間をイケメンスマイルという槍で突かれた。
「舞がいつもお世話になってます」
「え? ああ、いえ!」
「如月さん、あの人は私の従弟なの」
「え、ええ? そうなの?」
 私は隆と呼ばれるイケメンとりつちゃんを交互に見た。別にどこも似ていない。まあ従弟だし顔が似ていないのは仕方ないが、確かになんとなくだが雰囲気が似ている気がする。なんというか、カリスマがあるというかミステリアスなところがというか。そこら辺にいる人達とはオーラがちょっと違う気がする。浮世離れしていると言えばいいのだろうか? よく、わからない。
「よろしくお願いします、如月さん」
 彼はまた背後に花弁を乱舞させながら小さく会釈をした。
「如月さん、よろしくしてやって下さいね」
 りつちゃんは拳をぎゅっと握りしめながら言った。
 それにしても君達……、私を如月さんと何度も呼んでくれているけど、これはまごう事なきハンドルネームなんですが。隆さんはきっと私の本名だと思っている事だろう。私は「いつもお世話になってます」と、とりあえず会釈する。
 よくわからない不安を感じながら、私は周りを見回す。もしかして、このイケメンが私を担当するのだろうか。でも他といっても誰もいない。私達三人以外は誰もいないのだ。
「舞が友達を連れてくるなんて珍しいなあ」
「うん、そうだね。如月さんは特別だから」
「ははは、特別な友達を紹介して貰えて光栄だよ。気に入って貰えるよう頑張らないとな」
「隆君、如月さんは私の大事な友達だから、しっかり頼むよ!」
「オッケーオッケー」
 隆さんは指で丸を作り、任せておけと言わんばかりの顔をしている。
 やっぱり彼が担当するのか。私が青くなり始めると、りつちゃんが私の肩をぽんと叩いた。
「隆君、如月さんはお喋りが苦手な方なの」
「うん、だから舞が一緒にきたんだろ? 俺は従弟だし舞も一緒だったら、そんなに気にならないと思うんだけどね」
「すいません、なんだか気を遣っていただいて……」
「いえいえ、結構美容師と話すのが苦手な方はいらっしゃるんですよ。私共も気を付けてはいるんですが、やはり無言のままでは失礼になる。ですから、最初に言って貰えればこちらも気を付けられるので助かります。はは、僕もこんななりをしてますが口下手なので、いつもお客様と話す時は緊張してしまうんですよ」
「そうなんですか」
「隆君、美容師になる前は無口だったもんねえ」
 りつちゃんはソファーに深々ともたれ、足をパタパタとさせていた。なんだか、いつもしっかりしているりつちゃんが少し子供っぽく見える。従弟だから安心しているのかもしれない。
 それにしても、隆さんが口下手には見えないが。人とは見かけによらないものだ。でも仲間なのだと思うと、ちょっとだけ安心した。
 こぢんまりとした店内には大きな楕円形の形をした鏡とカット用の椅子が二つ、そうしてその奥に洗髪台が一つ設置されている。極めてシンプルで小さな空間だが、ランタン型の照明や、波のような模様に塗った漆喰の壁、そのところどころに散らばったアンティークのタイルの一つ一つが趣味の良さを物語っていた。
 こんなに素敵なお店なのに、従業員は彼以外にいない。それにお客さんもいないし、人が入ってくる気配もない。静かでゆったりとした音楽が流れ、非日常の空間を楽しめるのはいいが、大丈夫なのだろうか? 豪華な立地のお洒落なお店。他人事ながら経営面について少し心配になる。
「それでは、如月様、こちらへどうぞ」
 隆さんはそう言って腕で椅子を指す。
 イケメンが発するハンドルネームに私は一瞬ためらったが、今更「田部です」というのも気が引ける。もうこのままでいこうと漸く腹を括った。
 案内された椅子に座り、黒のカットクロスを着けるとまるで黒のてるてる坊主みたいになった。隆さんは鏡越しに私を見詰め、首を緩く傾げた。
「どのような髪型にしましょう? なにかお好みのものはありますか?」
「ええと……」
 伸びっぱなしのセミロングの髪の毛をブラッシングされながら、私は口をもごもごとさせた。
 実はなりたいイメージはあるのだけれど……如何せん似合うかどうかわからないし、恥ずかしくて言い出せない。どこまで消極的なのかと笑われそうだが、三十三年も喪女をやっていると、芸能人の画像を出して声を弾ませ「こんな感じにして下さい」なんて言えないのだ。
 言えたなら、多分、喪女はやっていないに違いない。
「隆君、如月さんはミディアム・ボブにして欲しいんだって」
「ああ、水原希子さんみたいな?」
「そうそう」
 さらりとりつちゃんが隆さんにイメージを言うと、隆さんは私がなりたい髪型イメージをさらりと言う。私は憤死寸前である。
「す、すいません、なんだか!」
 到底無理なものを押し付けてしまった罪悪感で鏡の中の私は顔を真っ赤にしている。もう、死にたい。
「似合わないのは承知の上なんですけど……!」
 なにに対して言い訳をしているのか自分でもわからないが、言い訳せずにはいられなかった。鏡に映る隆さんとりつちゃんはぽかんとした顔をしている。
「いや、似合うと思います。如月さんは顔の横幅が狭くてほっそりしているので、クールにでもキュートにでもスタイリング次第でどちらにももっていけるし、おすすめですよ」
 それに、と隆さんは付け加える。
「今、ロングに近いのでミディアム・ボブにしたら、かなり印象が変わると思います」
「わあ、如月さん、イメチェンですね!」
 りつちゃんが援護射撃してくるから、私は顔を真っ赤にしながらも「ミディアム・ボブで。後はお任せします」と憤死一歩手前の状態で言った。
 隆さんは微笑み頷くと、「ではお任せされます」と言って私の髪の毛に挟みを入れる。胸くらいまであった長さの髪を肩ぐらいからばっさりと。髪の束がバサバサとカラスの羽みたいに木の床に落ちた。
「ちょっと、隆君! 断髪式なんだから切りますくらい言ってよ!」
「え? そういうの必要だった?」
「い、いえ、いいんです、いいんです」
 隆さんにりつちゃんが苦情を言って、私は慌てて「違う」と否定をする。そんな力士の断髪式じゃないんだから……、たかだかイメチェンくらいで宣言されてもどうしていいかわからなくなってしまう。りつちゃんがぶぅぶぅ不満を言っている間にも隆さんのハサミは意思をもって私の髪の毛をカットし続けていた。
 みるみる内に髪がミディアム・ボブになっていく。よくこんな風に切れるものだと感心してしまう。長い修行や努力の賜物なのだろうけれど、本当に見事だと思った。それに真剣な表情で髪の毛を切っている隆さんは本当にイケメンである。思わず見とれてしまったではないか。描き手の性なのか、私は食い入るように彼を眺めていた。構図をばっちりと網膜や脳に焼き付けようとする。そういうところだけはちゃっかりと覚えようとしてしまうのだから、不治の病である。
 こっそり盗み見しているのがばれたのか、鏡の中で隆さんと目が合った。にこり、と微笑まれたものだから、危うく失神するところであった。これは心臓に悪い。男慣れしていない女に、それはレベルが高いよ! と心の中で私は叫ぶ。
「如月さん、カラーはどうします?」
 隆さんは髪の毛に視線を戻し、私に尋ねる。
「え、ええと……」
 髪の色までは考えていなくて、私は考え込んだ。すると、りつちゃんが腕をピシリと選手宣誓をするみたいに上げた。
「アッシュグリーンがいいと思います」
「ああ、いいねえ」
 アッシュグリーン……。私は即座によく熟した梨の色を連想する。そんな奇抜な色を推薦するのかと私は目を見開いた。驚きに呆けているそんな私に気付いたのか、隆さんは安心させるように言う。
「大丈夫ですよ、ブラウンにちょっとアッシュグリーンを混ぜるだけですから。そのままアッシュグリーンの色になる訳ではないので安心して下さい」
 くすくすと笑いながら隆さんはハサミを置き、後ろから腕を回して髪のサイドを持ち上げ長さの確認をする。
 抱き締められるかと思った……!
 まさかそんな事はしないだろう。馬鹿な私。だが、心臓はばくばくと鳴っている。ボーイズラブで妄想をしまくった結果、現実でも妄想が激しくなってしまったのかもしれない。
「前髪を少しだけ作って横に流してもいいですか?」
 一人でどぎまぎしていたら、隆さんは既にハサミを持って前髪に取り掛かろうとしていた。
「はっはい、お任せで!」
 少し声が裏返ったのは言うまでもない。
 随分作っていなかった前髪を作り、漸くカットが終わった。すでにイメチェンというか、化粧品を買いに行った時と同じく、誰おま状態だ。
「それではカラーに移ります。薬品を作ってくるので少しお待ち下さい」
 隆さんはそう言うと、店の奥へ消える。
 私は別人になった自分を鏡でぼけっと眺める。背後からりつちゃんのキラキラと輝く視線に気付いたけれど、なんだか気恥ずかしくて振り返る気になれなかった。

 髪の毛にカラー剤をたっぷりとまんべんなく塗り込み、サランラップを巻かれた。そうして暫く時間をおく。ちょっと間抜けなてるてる坊主になりながら、頭皮のピリピリとした痺れに耐えていると、また奥へと消えた隆さんが紅茶を持ってきてくれた。
 私は礼を言うと、彼の淹れてくれた紅茶を啜る。
 頭皮の鋭い痛みを堪えながら、世の女性はこんな痛みに耐えてお洒落をしているのかと頭が下がる思いだ。何事にも大変な思いや労力があってこそ、そんな事を今回の件で思い知らされた。同人だって趣味で好きな事をしているだけだけれど、それなりに大変だったりつらかったりする事が沢山ある。絵が初めから上手かった人間などいないだろう。腱鞘炎になるのではないかと思うくらい絵を毎日描いて、漸く上達する事ができるものなのだ。私だって毎日飽きる程描いて漸く認められるようになったのだから。
 最初の頃なんて本を作ってもそんなに売れるものではなかった。だけど頑張って、描いて描いて描き続けたからこそ今がある。それと同じなんだ。同人もお洒落も自分を磨く事なのである。そんな事をぼんやりと灯るランタン電灯と同じようにぼんやりと思った。
 今、同人で漸く自信を持てるようになってきた。だとしたら、お洒落に関しても続けていけば自信を持てるようになるのかもしれない。あの頃は喪女だったけど、と振り返れる日がくるのかもしれない。
 私は紅茶をもう一度啜る。なんだか味に深みが増した気がした。
「さて、確認しますね」
 巻いたサランラップを少しだけ捲り、カラー剤を塗った髪の毛を確認する。どうやら、ちゃんと染まっていたようで、真面目な目をほっと緩ませた。隆さんは頷くとシャンプー台へと私を案内する。
「いってらっしゃい」
 りつちゃんを一人ソファーに残し、私はシャンプー台へ移動すると椅子に座る。隆さんがふわふわのひざ掛けをかけてくれた。椅子がゆっくりと倒れ、私は横になった体勢になる。そうして目に水が入らないよう目の上にタオルが置かれた。そのタオルから柑橘系の匂いがほのかに香ると、ふっと全身の力が抜けた。
「熱くないですか?」
 頭皮に生温かいお湯が触れ、ほっと深い息を吐いた私は小さく頷く。すると撫でるように彼の掌が髪の毛全体を濡らしていった。そのヒーリング効果は絶大で、うっかりすると眠ってしまいそうになる。ヘッドスパが人気なのもわかる気がした。
 隆さんの掌と指が優しく私の髪と頭皮を綺麗にしていく。シャンプーのいい香りがするし、なんだか夢心地だ。さっきまで間近に異性がいる事や触られる事にどぎまぎと緊張してしまっていたけれど、もうどうにでもしてという状態だった。ヘアサロンも悪くないかも。
 いよいよ余りの気持ちの良さにとろりと眠りに落ちてしまいそうになったが、うっかりいびきでもかいたら大変なので意識を必死に保つ。すると、シャワーが止まり、やわらかなタオルが頭全体を覆った。
「お疲れ様でした」
 目の上のタオルが外され、ゆっくりと椅子が元に戻る。夢心地から徐々に現実に戻っていくと「なんだ、終わりか」と残念に思った。
 鈍い動作で私は元いた椅子に戻る。できればもっとシャンプーして貰いたかったかも。シャンプーがここまで人を変えてしまうとは驚きだ。一体あの毛を逆立てた猫も真っ青な警戒態勢はなんだったのか。
 タオルドライをしてドライヤーで髪を乾かす。髪の毛が乾くと隆さんは最終チェックをして整える為、少しだけハサミを入れる。念入りにチェックをした後、黄色の瓶に入ったオイルトリートメントで仕上げをしてくれた。
「はい、長い時間、お疲れ様でした。終了です」
 新しい私、アッシュグリーンのミディアム・ボブ。小学校低学年以来のヘアスタイルだ。あの当時はこけしみたいになってしまって到底似合うという言葉は浮かばなかったのに、自分でいうのもなんだけれど、凄く似合っていた。凄く、私にマッチした髪型だと思う。自画自賛かもしれないけれど。
「とてもお似合いですよ」
「如月さん素敵!」
 りつちゃんも隆さんも満足そうだ。勿論、私も大満足である。

 本当に別人だ。

 コンタクトやメイク、洋服、髪型――全てを揃えたら、本当に別人ができあがってしまった。私は目を瞬かせ、暫く鏡の中の自分を見詰めていた。
 これは現実なのかしら?
 現実でなければ困る。これだけ頑張ったのだから、それくらい許して貰ってもいいだろう。努力の印が目に見えた瞬間、私の中に小さな芽がぽつぽつと枯れた筈の土の中から顔を出していた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...