百鬼夜行<變>

Minoru.S

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一章 胡散臭い宇宙人と戦う女子高生

八.メランコリー・ゲーム

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 おもちゃは長く遊べるものがいい。できれば飽きがこず、変化があり、丈夫で、見栄えがすればなおいい。

 だけど遊戯に永遠はない。こちらが遊び飽きて捨ててしまうか、遊びすぎたおもちゃが壊れてしまうか、どちらかが必ず訪れていずれ終幕となる。

 もしおもちゃがひとつしかなければ、そのおもちゃが壊れたとき、きっと寂しくて耐えられない。
 もしおもちゃがひとつしかなければ、おもちゃに飽きてしまったとき、退屈で仕方がない。
 だからおもちゃは複数あるべきだ。

 おもちゃはおもちゃであるゆえに主人をきっと裏切らない。従順で思うとおりに動く。

 だから大事なものはみんなおもちゃにするべきなんだ。


         *


「葵は素直で綺麗な黒髪をしておるな」

 ベッドに腰掛けた葵の髪の毛をつげ櫛で丁寧に梳きながら、杏珠はうっとりと囁いた。
 赤いサテンのシーツで覆われたベッドの上には花の模様が描かれた陶箱が置かれ、その中に入っていた杏珠の宝物だという細工の凝った色とりどりの簪が散らばっていた。
 せっかくなので、簪をつけてやろうという杏珠の提案があり、葵はベッドに座らせられ、言われるがままに髪の毛をいじられていた。

 肩まである葵の髪は強情なほど真っ直ぐな黒髪だ。
 日頃あまり手入れはしていないが、染めたこともパーマをあてたこともないため傷みは少ない。
 だが、髪をまとめてもすぐに解けてしまうため、幼い頃、母がよくため息をついたものだった。

「褒められるとは思わなかった」

 葵は肩に垂れた自分の髪の毛をつまんで呟いた。

「そうか? 葵にはいいところがいっぱいあって、褒めるべきところもたくさんあると思うぞ。自覚が足りないのじゃ」

「杏珠は優しいのね」

 耳をくすぐる囁きは、それでも素直に受け入れ難かった。葵は困ったように微笑む。

 不意に肩を強く捕まれ、バランスを崩す。気づくと仰向けなっていた。天蓋から垂れる絹モスリンのカーテンがヴェールのようにベッドを覆っていることにいまさら気づく。

 覗きこむように杏珠が葵を見つめていた。
 長い睫毛に縁取られた黒い瞳は夜空のようだ。それも都会のくすんだ夜空ではない。森の中でやっと見つけた切れ間に広がる星空だ。
 艶やかな黒髪がひとふさ頭巾の下から落ちてきた。葵はその一端に思わず触れる。

「そなたはどんな辛い思いをしてきたのだ?」

 いたわるように優しく杏珠が訊ねた。

「葵の心はとても堅い。ひとに触れられることを恐れておる。心のなかに深い穴を掘って、自身を埋めてしまったようじゃ」

 葵は驚愕で目を見開いた。身を起こそうとしたが、その肩を杏珠が押さえていて起き上がれない。

「恐れることはない。妾に身をゆだねよ。悲しみや苦しみをすべて吐きだすといい。妾が受け止めてやろう」

「なにを、言っているの……?」

「わかっておろう、葵よ。戦うことでそなたはやっと一歩踏みだした。その歩み次第でそなたはどんどん変わっていくじゃろう。変化を恐れる必要はない。ときになにかを失うこともあろう。だが、代わりに手に入れるものがある。それは失って初めて手に入れられるものじゃ。だから臆する必要はない」

 杏珠のてのひらが葵の?茲を撫でる。愛でるように触れるのに、その指先は体温が低く冷ややかだ。

「なにを見ているの? それが皆が言ってた杏珠の能力?」

「そのとおりじゃ。妾は千里眼を持つ。力にムラはあるもののひとの心の表層や、ときに近い未来を覗くことが可能じゃ。深い心のうちを見るにはどうしても時間が必要で、こうやって一対一で長い時間向き合わねばならぬがな」

 葵の体がこわばることを?茲に触れる指先で杏珠は敏感に感じ取る。

「恐れることはない。決して見えた内容をひけらかしたり、心を無理矢理こじ開けるような真似はせぬ。ひとの心を開かせるにはどうすべきかわかるか?」

 冷ややかなてのひらが葵の?茲から唇、首筋をなぞるように移動し、その胸にそっと置かれた。

「まずはそのものが欲している言葉を与えるのじゃ。そして、服を一枚一枚丁寧に脱がすように、優しくいたわりながら言葉をかけ徐々に核心に近づく」

 杏珠はゆるりと葵に体重をのせていく。

「そうしているうちにそのものは、自ら服を脱ぎ捨て、妾の前に丸裸を晒し、さらにその深層に触れられることを欲する。核心に触れられる心地よさはえも言われぬものなのだろう。ときにその境地に至ったものは恍惚の表情を浮かべるのものよ」

 ひとはその心に醜さや疚しさ欲望、弱さを持つ。そのために他人に心を読まれることを恐れる。醜い自分の姿を、拒絶されることを想像するからだ。
 だがそれは逆に言えば、他人に自身のすべてを晒してでも受け入れられることを望んでいるともとれる。
 取り繕っていない醜くも疚しくも弱くもある己を丸ごと受け入れられたものは、心が解放されたように充ち満ちる。
 杏珠にはそれができた。
 ひとの心に触れ、望むように受け入れ、優しく解き放ち、そしてその欲望を叶える。

 極上の笑みを杏珠は見せた。
 赤くふっくらとした唇は妖艶に輝き、眼はしっとりと濡れていた。
 ごく近づくことで甘い香りが漂い、それは貪りたくなるほどの良い香りだった。
 そして、冷ややかな指先は触れられるものの感覚をより鋭敏にする。

「のう、葵。妾はお主を慕っておるのじゃ。妾にすべてを見せよ。おのこのように辛いことはなにもせぬ。体に負担もかけぬ。扉の先にある極楽を味わってみたくはないか」

 惑溺するには十分すぎた。目前の美貌の持ち主は全身で誘惑していた。

 だが、当の葵は状況が把握できず、体を硬くしている。
 目の前で起こっていることがあまりに葵の認識する現実からかけ離れていた。どう反応したらいいのかわからない。
 けれどさすがに服の下から侵入しようする杏珠の手を止めるには至った。

「あ、杏珠……?」
「身をまかせよと申しておろう」
「いや、あの……杏珠はもしかして、わたしの勘違いかもしれないけど、その、わたしになにかしようとしているの?」

 桜貝の爪のついた白く細い指先を、ふっくらとした唇の奥から現れた赤い舌でちらりと舐める。

「よいことをな」
「そ、それはだめじゃない? あの、だって杏珠はまだ中学生でしょ」

 くすりと杏珠は笑う。
「葵の思い違いじゃ。妾はこれでも今年で三十じゃ」
「三十……? 三十って三十歳ってこと? 本当に?」
「嘘ではない。妾はそんなに若く見えたか」

 葵はそのまま沈黙し、じっと杏珠を見つめた。その心の変化に杏珠は眉を顰める。

「杏珠はこの屋敷でも権威ある立場に見えたけど、もしかしてこの屋敷でなにが起きていたかわかっていたの? それどころか加担していた?」
「ふん。あれは教祖や上層部の奴らが勝手にしでかしたこと。妾は加担したつもりはない」
「それじゃあ知っていながら見過ごしてきたの?」
「……そうじゃな」
「教祖が行ってきた悪事も止められたってこと?」
「どうじゃろう」
「もしかして、あなたは止めることすらしなかった……?」

 杏珠の表情は苦々しく歪んだ。

「賢しいのう。そのとおりじゃが」

 ため息をつきながら杏珠は葵から身を離す。
葵もベッドから起き上がった。

「なぜ止めなかったの?」
「なぜ……? なぜと問うか。その必要がなかったからに決まっておろう」
「だけど、騙されて困っているひとたちが大勢いるんじゃあ」

 杏珠はため息をつき葵から目を離した。表情は険しい。

「破滅するものはもとより破滅の道を歩んでいるものじゃ。その歩みはだれかが止めようとも本人がそこに行き着かぬ限り止まらぬ。もし、一時的に足を止めることができたとしても、気づくとそのものは走りだし、転げ落ちるようにそこへ行き着くものじゃ。結局ひとは愚かゆえそうなってみぬことには本当の意味で気づかぬ。妾はそのものの背を押すことはせぬ。その代わり止めることもせぬ。無駄だとわかっておるからな」

「そんな。だけど……」

「こんな胡散臭い宗教に嵌まるものがどういう輩か知っておるか、葵。ここに来るものの心は皆どす黒く濁っておる。まっとうな努力もせぬうちに己はだれよりも多くの幸運にありつく権利があると強く信じておる阿呆ばかりじゃ。隣家の旦那は出世した。なぜわたしの旦那は出世しない。あそこの家の息子は有名私立に入学した。なぜうちの息子は落ちたのか。わたしはなんて不幸なのか。そう嘆くものの多いこと! そんなものたちにいまさらどんな言葉が通じよう」

「杏珠……」

「神に祈るのは構わん。祈りたいのなら祈ればいい。だが神に祈ったくらいでそれ相応の努力もせず幸福にありつこうという輩が妾は嫌いじゃ」

 心底苦々しげに杏珠は言葉を吐きだす。眉間には皺が寄り、苛立ちを隠すこともしない。

「皆、不幸じゃ。だれもかれもが不幸を持っておる。それがいざ己の身に降りかかれば他人の不幸は目に入らず、己の不幸ばかりが際立つ。不思議なことじゃ。ひとのほとんどがその不幸を己の身にだけ起きていることのように思いよる」

 杏珠は皮肉な笑いを浮かべた。その幼い顔に似つかわしくない表情だが、それがさまになっていた。葵は思う。杏珠の千里眼は一体なにを杏珠に見せてきたのだろう。

 そのとき寝室のドアがノックされた。

「失礼いたします、姫みこさま。教祖さまがお戻りになりました」
「相わかった。すぐ参る」

 ドアに向かおうとする杏珠の背に葵は慌てて声をかける。

「待って、杏珠。教えて。なんで嘘をつかなかったの? なんでわたしの質問に正直に答えたの? あなたならいくらでも誤魔化して思いどおりにすることなんて簡単だったんじゃないの」

 杏珠は背を見せたまま、ちらりと葵を見やる。その目が存外に冷たいものだ
ったため、葵は思わず怯んだ。

「なにを期待しておるのだ、葵。妾が本当にそなたと友になりたいから真実を話したとでも思ったか」

「だって、杏珠が苛立っているのは他人に対してじゃなく、なにもかもわかっているのになにもできずにいる自分に対してだから。ずっと、後悔してきたのかなって」

 つかつかと杏珠は葵に近づいた。まだベッドに腰掛けていた葵の顎を乱暴に手で掴み、口を閉じさせた。葵はその力の強さに表情を歪める。

「くだらぬ。妾が嘘をつかぬのは、妾の千里眼は嘘をつくと力が弱まるためよ。他に理由などありようもない。それよりも葵よ。そなたは随分と孤独なようじゃな。ひとにも裏切られ、それに、だれも助けてくれなかったか。未熟ゆえそこから脱けだす術も見つけられないのじゃろう。妾の同情に値するほどよ」

 葵は目を見開く。顎を掴む杏珠の手を振り払って、杏珠から目を背けた。

「友となりたいと言った妾の言葉が嬉しかったようじゃな。だが妾は甘い言葉で唆しただけのことよ。どんなに裏切られてもひとを信じたくなるのは、孤独ではいられぬ人間の業よ。だが――」

 杏珠はふんと鼻で嗤った。

「虚しいだろう、葵」
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