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1章◆王都スタルクリア
自活準備-2
しおりを挟むざっくり切ったアロナ芋、後楽人参、白キャベツとヒヨドリ豆を一つの鍋に入れ、塩とローレラの葉で味をきめる。野菜は皮の近くに栄養があるから硬くて食べられないところ以外は剥かなくていいとか、豆は肉の代わりになるくらい栄養があるとか、調理法が分からない野菜はとりあえずスープで煮込めばいいとか、細々としたことを教わりながら昼食が終わった。ちなみにアンコは早々に水を飲み終えると、尻をふりふり自宅に帰って行った。いや、まだ散歩中かもしれないが。
タビトが食器を洗っている間にイリスがリンゴの香りのするお茶を淹れ、ダイニングテーブルに向かい合って座る。
リンゴの匂いはするけど味はしないな、などと考えながら茶を啜っていると、イリスがほうと息を吐いてカップを置いた。
「ところでタビト。アビニア語の勉強は進んでるのかな?」
「えっ。……あ、はい」
「そう。どれくらい?」
柔和ながらもどこか有無を言わさぬ圧を与えてくるイリスの笑みに、タビトは悪いこともしていないのに身が縮むような思いがした。まさに「先生」らしい風格を感じる。最初はリウルに命令されて呼び始めただけだったのに、いつの間にか本当に「先生」になっていた。
「えっと……子供向けの絵本なら、何冊か読めるようになりました。辞書なしで」
「へえ、それはすごい。かなり頑張ったんじゃないの?」
「はい、頑張りました。書く方はまだ全然ですけど」
「まあ、そっちは追々でいいよ。それでどの話が一番面白かった? 何か一冊、感想を聞かせてもらいたいな」
「えっと……」
どの話もあまり面白くなかった。自分の好みではなかった――と、正直に打ち明けてよいものなのか。与えられたものにケチを付けることに少し迷ったが、少女趣味と思われるのも嫌なので、思ったことをそのまま話すことにした。
「正直、どれもあんまり……。主人公が女の子の話ばかりで、なんかこう……気持ちが乗らないといいますか」
「ほう? それじゃあ君はどんな話なら気持ちが乗るのかな」
「そりゃあやっぱり……強くてかっこいい男が活躍する話じゃないですかね? こう、応援したくなるような……勇敢な戦士が魔獣を退治する話とか、冒険家が財宝を探す旅に出る話とか。あっ、魔法使いの話も読んでみたいな。シンドラリアにちょっとだけ出てくる脇役みたいなのじゃなくて、戦う魔法使いとか……」
「戦う魔法使いかぁ。そんな童話あったかな」
イリスが記憶を探るように斜め上を見ているのに気付いてはっとする。
――な、何本当にありのままを話してるんだオレ! 結果的に新しい本をせびってるようになってるじゃないか!
「いえ先生、オレは別に……女の子用の本も案外面白いですよ。シンドラリアの継母が処刑されるところとかハラハラしますよね」
咄嗟に言い繕うが、イリスは面白げに笑う。
「タビト。子どもが遠慮なんかしなくていいんだよ。それに絵本には処刑のシーンなんて細かく書かれてないだろう」
――うっ。やはりお見通しなのか。
イリスはくすりと吐息だけで笑うと、おもむろに席を立つ。そしてキッチンの隅にあった小さな本棚から、一冊を引き抜いて戻ってくると、今度はタビトの隣に座った。
「これなんていいんじゃないかな、戦いや冒険じゃなくて旅の魔法使いの話だけど。建国神話として初等教育で読まされる本だから、ちょっと説教臭いところもあるけど……まあ、読んでおいた方がいいだろう。今後のためにも」
「はぁ……」
手渡された絵本の表紙を眺める。建国神話というありがたいお話だからか、表紙の絵には子どもらしさはなく、宗教画のような厳かな雰囲気が漂っていた。
今すぐ中を見て確かめたい気持ちになったが、……隣に座ったイリスの存在がどうにも気になる。
そんなタビトに気付いたのか、イリスが不思議そうに首を傾げた。
「読まないの?」
「いえ、読みますけど……せ、先生はなんで隣にいるのかなと……」
「私も久しぶりに読もうと思って。それにこの部屋、辞書がないだろう」
「はあ。オレの部屋に行けばありますよ」
「でも面倒臭いでしょ、わざわざ二階まで取りに行くの。だから私が辞書になってあげる」
――私が辞書になってあげる。
という言い回しに、何故か心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚え、漏れそうになる呻き声をぐっと堪える。
……何だろう、言い方の問題? 先生がこういうことを言うと、なんか胸がそわそわするんだよなぁ……。
「タビト?」
「いえ、分かりました。それじゃあお願いします……」
タビトは首を捻りながらも、観念して表紙を開く。
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