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1章◆王都スタルクリア
魔人の書-1
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◆
改めてダイニングテーブルに移動し、リウルが二人分のコーヒーを淹れる。コーヒーには胃を刺激する成分が入っているからという理由で、病み上がりのタビトには温めた牛の乳だ。リンゴ茶はしばらく見たくないという理由でイリスが却下したのでこうなった。
「まず……もう気付いてると思うけど、君がうちに入れた老人。あの老人こそがヴァルトレイン卿だ。あの人に目を付けられたからにはもう逃げられない。君には、……最悪な実験に協力してもらわなくてはいけなくなった」
「はぁ」
マグカップで両手を温めながら老人の姿を頭の中で思い起こす。
「たしかに……癖の強い爺さんでしたね。でもそんなに怖い人なんですか? ものすごい年寄りだし、目もほとんど見えてなかったみたいですけど」
「タビト。君は体が動かなくなってもしばらくは意識があったと言っていたね」
「はい。先生との話も聞こえてました、頭には全然入って来なかったけど」
「なら、彼の声がどんなだったか覚えてる?」
――あ。
そういえばあの時、口調だけでなく声質まで変わっていた。それに目の前にあった足も、老人とは思えないほどしっかりしていたような……。
タビトの反応を見てイリスが頷く。
「クロウ・クロノ・ヴァルトレイン伯爵……『時渡り』のクロウは、『触れたものの時を操る魔法』の使い手だ。強力な魔法だから他人の時を操るには色々と制約があるけれど、自分自身に対しては自由自在。ああやって、無害そうな老人や子どもに化けて相手の懐に入るのは彼の常套手段なんだ」
「そ、……そうなんですか。ってことは、あのちょっと若い方の声が本当の歳ってことですか?」
「さあ、分からない。誰も彼の本当の年齢を知らない。名を変えながら何百年と生きているって噂もある。正真正銘の化け物だよ」
「……」
ごくり、と唾を呑む。
タビトがイリスと一緒に過ごした時間はそう長くはないけれど、イリスはどんな不利な状況であっても最後まであがくことを辞めない、気の強い魔法使いだと知っている。そのイリスが彼を恐れ、早々に牙を収めて従っている理由が、初めて分かった気がした。とにかく得体が知れないのだ、あのヴァルトレインという男は。
「まあ、……あの人のことは考えても仕方ない。目下の課題はこれだ」
イリスがテーブルの上に古い本を置き、タビトの方へ滑らせる。背表紙は指一本分くらい厚さだろうか。赤茶色の装丁は革製で、題字の部分がうっすらとへこんでいる。使われている文字から現代アビニア語だとは分かったが、タビトが知らない単語だった。
「魔人の書、と書いてある」
「魔人……」
今日、何度か耳にした言葉だ。
具体的にどんなものかは分からないが、その言葉自体に秘密が隠されているような、妖しくも蠱惑的な響きがあった。
イリスが表紙を開くと扉の部分に、短い詩のようなものが書いてある。
「えっと……ナントカの……魔人? 求める……えっと、」
「――創星の魔人を求める者よ」
タビトの言葉を継いでイリスが諳んじる。
改めてダイニングテーブルに移動し、リウルが二人分のコーヒーを淹れる。コーヒーには胃を刺激する成分が入っているからという理由で、病み上がりのタビトには温めた牛の乳だ。リンゴ茶はしばらく見たくないという理由でイリスが却下したのでこうなった。
「まず……もう気付いてると思うけど、君がうちに入れた老人。あの老人こそがヴァルトレイン卿だ。あの人に目を付けられたからにはもう逃げられない。君には、……最悪な実験に協力してもらわなくてはいけなくなった」
「はぁ」
マグカップで両手を温めながら老人の姿を頭の中で思い起こす。
「たしかに……癖の強い爺さんでしたね。でもそんなに怖い人なんですか? ものすごい年寄りだし、目もほとんど見えてなかったみたいですけど」
「タビト。君は体が動かなくなってもしばらくは意識があったと言っていたね」
「はい。先生との話も聞こえてました、頭には全然入って来なかったけど」
「なら、彼の声がどんなだったか覚えてる?」
――あ。
そういえばあの時、口調だけでなく声質まで変わっていた。それに目の前にあった足も、老人とは思えないほどしっかりしていたような……。
タビトの反応を見てイリスが頷く。
「クロウ・クロノ・ヴァルトレイン伯爵……『時渡り』のクロウは、『触れたものの時を操る魔法』の使い手だ。強力な魔法だから他人の時を操るには色々と制約があるけれど、自分自身に対しては自由自在。ああやって、無害そうな老人や子どもに化けて相手の懐に入るのは彼の常套手段なんだ」
「そ、……そうなんですか。ってことは、あのちょっと若い方の声が本当の歳ってことですか?」
「さあ、分からない。誰も彼の本当の年齢を知らない。名を変えながら何百年と生きているって噂もある。正真正銘の化け物だよ」
「……」
ごくり、と唾を呑む。
タビトがイリスと一緒に過ごした時間はそう長くはないけれど、イリスはどんな不利な状況であっても最後まであがくことを辞めない、気の強い魔法使いだと知っている。そのイリスが彼を恐れ、早々に牙を収めて従っている理由が、初めて分かった気がした。とにかく得体が知れないのだ、あのヴァルトレインという男は。
「まあ、……あの人のことは考えても仕方ない。目下の課題はこれだ」
イリスがテーブルの上に古い本を置き、タビトの方へ滑らせる。背表紙は指一本分くらい厚さだろうか。赤茶色の装丁は革製で、題字の部分がうっすらとへこんでいる。使われている文字から現代アビニア語だとは分かったが、タビトが知らない単語だった。
「魔人の書、と書いてある」
「魔人……」
今日、何度か耳にした言葉だ。
具体的にどんなものかは分からないが、その言葉自体に秘密が隠されているような、妖しくも蠱惑的な響きがあった。
イリスが表紙を開くと扉の部分に、短い詩のようなものが書いてある。
「えっと……ナントカの……魔人? 求める……えっと、」
「――創星の魔人を求める者よ」
タビトの言葉を継いでイリスが諳んじる。
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