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4章◆魔法使いの卵達
一夜明けてー1
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◆
「時間もないことだし、前置きはなしで説明しよう。前に王都では子どもができないという話はしたよね」
翌朝、朝六時の教会の鐘と共に起きたタビトとイリスは、階下で朝食の席を囲っていた。アンジュは未だ調理場を行き来しながら細々とした器を運んでいる。
「はい。聞きました。だからあの……星渡しの儀でよその村から子ども集めてるんですよね」
アンジュの耳に入らないよう後半は声を落として囁くと、イリスが茶を啜りながら頷く。
「そう。そしてもう一つ、魔法使いの力は血によって継承される。だから貴族は自分達の血を継いだ優秀な子孫を残すことに必死だ。だけど王都では子どもは産まれない。さて、どうすると思う?」
「それは……」
タビトはリウルに以前聞いたことを思い出しながら答える。
「王都にいる間は子どもが持てなかった夫婦でも、王都から離れたら子どもが産まれる……んでしたっけ。だったらその……欲しくなった時だけ、どっかよその土地に行けばいいんじゃないですか? 休みとかとって」
自分でそこまで言ってから、今度はリズロナの言葉を思い出す。サンサリーズ村。田舎だけど、たまに貴族が休暇で行ったりするところ……。
「その通り。子どもが必要になった貴族は伴侶と共に『出産休暇』をとり、王都を離れてアーロット各地に滞在する。そしてこのサンサリーズは貴族の逗留地としてひそかに人気があるんだ。王都から近くて自然が多く、詮索してくる他の貴族もいない。店自体が少ないから無駄に浪費する機会もないし見栄を張る必要もない。その上腕のいい薬師もいる」
「アン爺さんは産婆さんもやってるってこですか? いや、男だから産爺さん……?」
タビトの言葉にアンジュがぷっと吹き出し、最後の器と共に席に着く。
「いや失礼。わしが必要とされるのは出産の手伝いではなくその前後だね。気持ちを落ち着けて体調を整える薬、つわりを和らげる薬、熱い夜を過ごせる薬などなど」
「熱い夜……? 夏になるってことですか……?」
「まあその話は置いといて」
イリスがアンジュに「余計なことは言わなくていいから」と目配せで伝えながら、スープ皿に匙を入れる。
「一般的に繁殖力が『戻る』のは、王都を離れてから数か月かかると言われている。だから男性の場合、最低でもそれくらいの期間王都を離れる必要があるのだけど……まあその、貴族という連中は……基本的に……」
イリスが言いにくそうにスープ皿をかき回していると、アンジュが漬物を齧りながら言葉を継ぐ。
「節操がない。王都では子どもができないのをいいことに遊び呆けていたようなやつばかりだからな」
「そう。そういうことです。そういう節操のない男は、妻一人を相手にするだけじゃ何か月も満足できない。やがて村の女性に手を出すようになる。それが『不妊期』ならまだいいが、もし『戻って』いた場合……」
「魔法使いの血を引いた子どもが、平民の女から産まれる……ってことですか」
「そういうこと」
イリスは一仕事終えた、と言わんばかりに大きく息を吐く。だがタビトには、昨夜の殺気だった男達の様子と今の話がいまいち繋がらなかった。納得し切れないまま卵焼きをつついていると、アンジュが言葉を継ぐ。
「ラギも……そういう子どもの内の一人だ。母親のキサは、ここに逗留していた貴族の屋敷で奥方の世話をしていたんだが、そこで手を付けられてしまった。貴族達が王都に帰ってからも、キサは恨み事一つ言わず一人でラギを産み育てた。昨晩君達と話をしていた男……顔の半分に火傷の痕があった男はキサの幼馴染で、名をギリーという。今はラギの親代わりでもある」
「親代わり……ってことは、キサって人と結婚したんですか?」
アンジュは苦々しい顔で首を振った。
「キサは昨年の冬、鈍の月に死んだ。元々ラギを産んで以来体が弱くなっていたんだが、あの冬は特に底冷えするような寒い日が続いてな。体が持たなかった。ギリーはそれ以前からずっとこの母子を気にかけて支えていた。そして今年の頭だ。ラギが十五を迎えても魔法の力に目覚める様子がないから、もうないものと村の皆で安心していたのに。あろう事かキサの命日に突然力が目覚め、母子が暮らした家が焼けてしまった」
「……」
タビトが言葉を失っていると、イリスが補足する。
「親の片方が平民だと魔法使いの血を引いていても表に出ないこともある。そして魔法の力は平均して十歳前後で現れるんだ。十五とは、ずいぶん遅かったのですね」
「ええ。だからかどうかは分からないが、彼の力は凄まじくてね。おそらくあれは火の魔法でしょう。稀有な力ですから、王都に行けば間違いなく貴族達の間で取り合いになる。でもあの子もギリーもそれを望まない。キサを不幸にしたのは他でもない貴族なんですから。ですがこのままではラギが危険です。彼の火は周囲のものだけでなく彼自身の体も焼いてしまう。ならばもう彼の命を守るためにも聖検隊に引き渡すべきではないかと、村でも意見が別れ始めているところでした」
「えっ。聖検隊?」
聞いたことのある単語に、つい反応してしまった。聖検隊とは、星渡しの儀を執り行う司祭の集団のことではなかったか。すかさずイリスがタビトの疑問を汲み取って答える。
「時間もないことだし、前置きはなしで説明しよう。前に王都では子どもができないという話はしたよね」
翌朝、朝六時の教会の鐘と共に起きたタビトとイリスは、階下で朝食の席を囲っていた。アンジュは未だ調理場を行き来しながら細々とした器を運んでいる。
「はい。聞きました。だからあの……星渡しの儀でよその村から子ども集めてるんですよね」
アンジュの耳に入らないよう後半は声を落として囁くと、イリスが茶を啜りながら頷く。
「そう。そしてもう一つ、魔法使いの力は血によって継承される。だから貴族は自分達の血を継いだ優秀な子孫を残すことに必死だ。だけど王都では子どもは産まれない。さて、どうすると思う?」
「それは……」
タビトはリウルに以前聞いたことを思い出しながら答える。
「王都にいる間は子どもが持てなかった夫婦でも、王都から離れたら子どもが産まれる……んでしたっけ。だったらその……欲しくなった時だけ、どっかよその土地に行けばいいんじゃないですか? 休みとかとって」
自分でそこまで言ってから、今度はリズロナの言葉を思い出す。サンサリーズ村。田舎だけど、たまに貴族が休暇で行ったりするところ……。
「その通り。子どもが必要になった貴族は伴侶と共に『出産休暇』をとり、王都を離れてアーロット各地に滞在する。そしてこのサンサリーズは貴族の逗留地としてひそかに人気があるんだ。王都から近くて自然が多く、詮索してくる他の貴族もいない。店自体が少ないから無駄に浪費する機会もないし見栄を張る必要もない。その上腕のいい薬師もいる」
「アン爺さんは産婆さんもやってるってこですか? いや、男だから産爺さん……?」
タビトの言葉にアンジュがぷっと吹き出し、最後の器と共に席に着く。
「いや失礼。わしが必要とされるのは出産の手伝いではなくその前後だね。気持ちを落ち着けて体調を整える薬、つわりを和らげる薬、熱い夜を過ごせる薬などなど」
「熱い夜……? 夏になるってことですか……?」
「まあその話は置いといて」
イリスがアンジュに「余計なことは言わなくていいから」と目配せで伝えながら、スープ皿に匙を入れる。
「一般的に繁殖力が『戻る』のは、王都を離れてから数か月かかると言われている。だから男性の場合、最低でもそれくらいの期間王都を離れる必要があるのだけど……まあその、貴族という連中は……基本的に……」
イリスが言いにくそうにスープ皿をかき回していると、アンジュが漬物を齧りながら言葉を継ぐ。
「節操がない。王都では子どもができないのをいいことに遊び呆けていたようなやつばかりだからな」
「そう。そういうことです。そういう節操のない男は、妻一人を相手にするだけじゃ何か月も満足できない。やがて村の女性に手を出すようになる。それが『不妊期』ならまだいいが、もし『戻って』いた場合……」
「魔法使いの血を引いた子どもが、平民の女から産まれる……ってことですか」
「そういうこと」
イリスは一仕事終えた、と言わんばかりに大きく息を吐く。だがタビトには、昨夜の殺気だった男達の様子と今の話がいまいち繋がらなかった。納得し切れないまま卵焼きをつついていると、アンジュが言葉を継ぐ。
「ラギも……そういう子どもの内の一人だ。母親のキサは、ここに逗留していた貴族の屋敷で奥方の世話をしていたんだが、そこで手を付けられてしまった。貴族達が王都に帰ってからも、キサは恨み事一つ言わず一人でラギを産み育てた。昨晩君達と話をしていた男……顔の半分に火傷の痕があった男はキサの幼馴染で、名をギリーという。今はラギの親代わりでもある」
「親代わり……ってことは、キサって人と結婚したんですか?」
アンジュは苦々しい顔で首を振った。
「キサは昨年の冬、鈍の月に死んだ。元々ラギを産んで以来体が弱くなっていたんだが、あの冬は特に底冷えするような寒い日が続いてな。体が持たなかった。ギリーはそれ以前からずっとこの母子を気にかけて支えていた。そして今年の頭だ。ラギが十五を迎えても魔法の力に目覚める様子がないから、もうないものと村の皆で安心していたのに。あろう事かキサの命日に突然力が目覚め、母子が暮らした家が焼けてしまった」
「……」
タビトが言葉を失っていると、イリスが補足する。
「親の片方が平民だと魔法使いの血を引いていても表に出ないこともある。そして魔法の力は平均して十歳前後で現れるんだ。十五とは、ずいぶん遅かったのですね」
「ええ。だからかどうかは分からないが、彼の力は凄まじくてね。おそらくあれは火の魔法でしょう。稀有な力ですから、王都に行けば間違いなく貴族達の間で取り合いになる。でもあの子もギリーもそれを望まない。キサを不幸にしたのは他でもない貴族なんですから。ですがこのままではラギが危険です。彼の火は周囲のものだけでなく彼自身の体も焼いてしまう。ならばもう彼の命を守るためにも聖検隊に引き渡すべきではないかと、村でも意見が別れ始めているところでした」
「えっ。聖検隊?」
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