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4章◆魔法使いの卵達
一夜明けてー2
しおりを挟む「聖検隊の役割には色々あって、一つは星渡しの儀の執行。その他には――というかこっちの比重の方が大きいけど――不定期に国内の町村を巡ってラギのような魔法使いの落し胤、力に目覚めた『魔法使いの卵』を確保することなんだ。王都から逃げ出した魔法使いの捜索と捕縛という役割もある。彼らの存在を聖検隊に告発した者には、教会から秘密裏に報奨金が与えられる制度付き。鈍の月から今日まで……およそ三か月ですか? その間誰も聖検隊に届けなかったとは。ラギという子はこの村の人々に愛されているんですね」
「ええ、とてもいい子ですから」
アンジュは深く頷いて茶を啜る。
「聖検隊が所有する『訓練生の首輪』を付ければ、魔法の無意識の暴発を抑え込めると聞きます。聖検隊の元に下った魔法使いの卵達は、その首輪を付けて安全に力の使い方を教わるのだとか。こちらとしては魔法の力を封じ込めるだけで十分なので、その首輪さえ手に入ればと考えてはみたものの、これが難しい」
「まあ、簡単に手に入る代物ではないでしょうね。私も教会の外では見たことがありません」
力なくイリスが呟き、空になったスープ皿に匙を添える。
タビトにもようやく、この村が抱えている問題と、昨夜の襲撃の目的が分かってきた。なるほどたしかに、見たこともない父親のせいで母親が苦労の末亡くなり、あまつさえその父から受け継いだ力で思い出の生家を焼いてしまうとは、ずいぶんと過酷な運命だ。可哀そうな子どもだとは思う。ギリーという男が必死になっていた理屈も分かる。
けれどなお、タビトに彼らを哀れむ気持ちは沸かなかった。まだ目の奥に、イリスの腹から血が吹き出す瞬間がまざまざと残っている。それに、まだ見ぬラギという子どもに少しの嫉妬心があるのもたしかだった。不幸な生まれでも、十四まで母親と暮らせたならまだよい方ではないか。それに父親代わりのギリーという男は、ラギのために得体の知れない魔法使いに立ち向かうほど『我が子』を愛しているようだし、他の村人達もラギのために皆口を噤んでいる。十分、恵まれた人生だ。
朝食を終えてもイリスとアンジュが話し込んでいるので、タビトも黙ってそれに付き合っていると、ガンガン、と玄関の方からノック音がした。アンジュが席を立つまでもなくドアの開く音がして、二人の男達が上がり込んでくる。一人はリーダー格の男ギリーで、もう一人はおそらく『魔法使いに詳しい』男だ。二人共、今朝はちゃんとスリッパに履き替えている。
ギリーは軽くアンジュに向かって会釈をしてから、イリスの正面に立つ。イリスも椅子を動かして体をギリーに向けた。
「アン爺さん、……昨夜は突然押しかけてすまなかった。それから魔法使い……『銀の手』のイリスさんと、ソマリ人のど……兄さんも」
「へぇ。私のことを調べてきたのかな? あとこの子はタビトね」
「そ、そうか。……おれはギリーという。ラギの母親の幼馴染で、今は親代わりみたいなことを……」
「そのあたりの話はさっきアンジュ先生から聞いたからもういいよ、ギリー。時間がないから結論から話してくれ」
イリスに被せるように言われ、ギリーが「そうか」と鼻を擦る。そしてイリスとタビトの顔をちらちらと見比べたかと思うと、がばりとその場に手を付いて頭を伏せた。
「ど、どの面下げてと言われたら返す言葉もねぇが……! イリスさん、あんたの話をこいつから聞いた。なんでも『銀の手』って言えば当代一の癒し手って意味らしいじゃねぇか。あんたなら……いや、あんたしかラギを助けられる人はいねぇ! どうか手を貸してくれ!」
「自分はマホルと言います! 昨日は本当にすみませんでした! イリスって名前を聞いた時はもしやと思ったんですが、まさか『銀の手』がこんなに若い方とは思いもよらず……!」
付き添いの男、マホルもギリーと同様に床に手を付いて首を垂れる。
イリスはその様子を見下ろし、ほっと息を吐いた。
「気が変わってくれてよかったよ。私としてもアンジュ先生の村をこのまま放置するのは忍びなかったから。まあそう畏まらずに頭をあげてくれ、こちらの被害も服が一枚駄目になっただけで――」
「オレは許してませんよ」
緩み始めた雰囲気に、冷や水を浴びせたのはタビトだった。ギリーとマホルの肩がびくりと震える。
「だってそうでしょう、まずはあのオードってやつに謝らせない限り話にならない。あいつはイリス先生を殺す気だったんですよ。いや、先生じゃなきゃ今頃死んでたっておかしくない。それなのに先生が『銀の手』と分かればこれですか。死人に助けを求めるなんて虫が良すぎる」
「タビト。……私は死んでないんだけど……?」
「ものの例えですよ例え。とにかく、やった本人が不在の謝罪なんて意味ないでしょ」
吐き捨てるように言えば、イリスは「うーん」と困ったように目を泳がせる
「まあ、君の考え方は好きだよ。でもあの彼……まだ動けないんじゃないかな?」
「え?」
「君に蹴り飛ばされてずいぶん勢いよく飛んでいったから……」
イリスが目だけでちらりとギリーを見れば、彼は再び額を床に擦りつける。
「に、兄さんの言うことは尤もだっ! もちろんオードも連れてこようとしたんだが、やつは今両腕の骨と肋骨がイッちまった上に異常な高熱が出て一歩も歩けねぇんだ! 動けるようになったらすぐにでも謝りに行かせる! 兄さん達の滞在中に治らなきゃ王都にも行かせる! だから今はこれで勘弁してくれ!」
「……」
思っていた以上の重傷に、さすがに連れて来いとは言えなくなった。イリスが悪戯っぽく笑う。
「タビト。君のせいで私の仕事増えちゃったよ?」
「す、……すみません。まさかそんなに……飛ぶとは」
「うそ。謝らなくていいよ。君があそこで出てくれたおかげで円滑に事が進んだからね。まあ、力加減は覚えた方がいいけど……」
イリスは立ち上がり、とん、とギリーの肩に手を置く。
「案内してくれるかな。魔法使いの卵のところに」
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