銀の旅人

日々野

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5章◆命を吸う牙

第十三番『氷虫』-2

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「うッ……だ、駄目ですせんせ、離れてくださ……」
「え。ど、どうしたのタビト? 苦しい? 寒い?」
「そ、そうじゃなくて」

 狭い毛布の中でなんとか首を逸らし、顔を手で覆う。

「……ちました」
「え? ちま? 何したって?」
「だから!! ちんちん勃ちました! 先生がそんなカッコするから!」

 半ばヤケクソになって叫ぶように言う。隠そうにもこの態勢ではいずれバレてしまうのは確実だった。しかしイリスは心底驚いたように「えっなんでぇ?」と目を丸くする。

「何でもクソもないですよ! そういうのホントいい加減にしてください!」
「え、あ、ごめんね……? いやでもほら、勃起するってのはいいことだよ、体が内側から熱くなってるってことなんだから。あ、一発抜いとく?」
「いやだから本当にそういうのやめて……」
「いや、今抜いてクタクタになったらまずいか。ごめんタビト、今は抜けないからまた後でね」
「……」

 勝手に納得して勝手に引き下がってくれた分には構わないが、どうにも噛み合わない。どっと疲労感を覚えつつもタビトは沸いてくる欲求を抑えきれず、イリスの腰に腕を回した。そのまま彼の体を抱き寄せ、更に密着させる。

「えっ。……た、タビト?」
「先生がしたかったのって、つまりこういうことでしょ? 『二人抱き合って温め合おう』」
「う、うん、そうだけど。でもその君、ぼっ――」
「そこはもう気にしないでください。今はどうしようもない」

 硬くなった下半身が、完全にイリスの体に当たっていた。恥ずかしい気持ちはもちろんあるが、今更取り繕っても意味がない。それにこんな事態を招いた張本人に、自分が何をやらかしたのか知らしめてやりたい気持ちもあった。

「タビト……大丈夫? 寒くない?」
「今は……そんなに。誰かさんのおかげで」
「そう? ……一応良い方に受け取っていいのかな……?」
「……」

 なんで良い方に受け取れるんだよ、と思ったが、事実寒さはさっきよりかなりましになった。イリスの裸の体をかき抱き、白い首筋に顔を埋める。皮膚が触れると冷たかったのか、細い肩がびくんと跳ねた。

「わ、つめたっ。そうか、顔ももうちょっと対策すべきだったね。鼻や耳は凍傷になりやすいから」
「……」

 イリスも自分から顔を寄せ、タビトの耳に顔の側面をくっつけて温めようとする。そのたびに柔らかい髪が肌を掠めてくすぐったい。腕の中で落ち着きなくもぞもぞ動く、この温かい生き物がどんどん愛おしくなり、タビトの心音が速くなっていく。

「ねえ君、本当に大丈夫? 君が静かだと不安になるんだけど」
「……大丈夫です。先生もそんなに気にしなくていいですよ。なんかもう、このままいける気がしてきました」
「そう? ……それならいいけど」

 昨日イリスから聞いた説明によると、砂漠の夜に舞うユキコガネを一匹口にした者は、凍える夜を一晩耐えるだけで済むらしい。一晩というと、時間にしておよそ八時間前後か。ユキコガネ三匹相当である『氷虫』にどれほどの持続力があるかは分からないが、ひとまずは八時間が目安になりそうだ。

 ――長いなぁ。

 声には出さず、頭の中だけで呟く。でも。

「タビト、寝てないよね? 反対側の耳もあっためたいから頭の位置変わって」
「……はーい……」

 腕の中でタビトを温めようと必死でもがくイリスを見ていると、いつまでも耐えられるような気がした。





 いつの間にか目を閉じていた。少し眠っていたようだ。
 薄く目を開けると、もう腕の中にイリスはいなかった。
 それを残念に思う前に、強い違和感を覚える。はっとして顔を上げるとそこは、イリス家の小部屋ではなかった。否、イリス家どころか現実に存在しない場所だった。

「……何だ、ここ」

 真っ白い、ただ真っ白いだけのだだっ広い空間が上下左右に広がっていた。狭いのか広いのかすら分からない、どこにもないはずの場所に呆然としてただ口を開きっぱなしにしていると、背後から何かが動く気配がした。

「ようやくお目覚めか」

 低く濁った、男の声だった。即座に振り返ると、そこにいたのはやはり――現実には、存在し得ないものだった。

「な、……」

 黒い靄に覆われた人型の物体が、白い空間の中で染みのように漂っていた。それでも不思議と彼が、タビトと同じ浅黒い肌と黒い髪の持ち主であることは分かる。ただしそれ以外の部分――四肢も顔も黒い靄によって隠され、腰に布のようなものを巻いていることくらいしか分からない。ただ彼が黒い靄の下で面白げにタビトを見つめているということは、なんとなく雰囲気から察した。

「よく来た、『海と大地の子』、『訳アリ』のタビト。歓迎しよう。とりあえずはな」
「な、……何だお前。オレのこと知ってるのか……?」
「ああ、よく知っている。というより、俺は貴様の中にいる」
「は……?」

 黒の靄の男はまるで王様のような緩慢な仕草で、ゆらりとタビトを指さす。

「俺は貴様らが創星の魔人と呼ぶ者。否、正確には魔人になりつつある者か。貴様らが必死で掻き集めている残骸の、その寄せ集めだ」
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