92 / 183
5章◆命を吸う牙
第十三番『氷虫』-2
しおりを挟む「うッ……だ、駄目ですせんせ、離れてくださ……」
「え。ど、どうしたのタビト? 苦しい? 寒い?」
「そ、そうじゃなくて」
狭い毛布の中でなんとか首を逸らし、顔を手で覆う。
「……ちました」
「え? ちま? 何したって?」
「だから!! ちんちん勃ちました! 先生がそんなカッコするから!」
半ばヤケクソになって叫ぶように言う。隠そうにもこの態勢ではいずれバレてしまうのは確実だった。しかしイリスは心底驚いたように「えっなんでぇ?」と目を丸くする。
「何でもクソもないですよ! そういうのホントいい加減にしてください!」
「え、あ、ごめんね……? いやでもほら、勃起するってのはいいことだよ、体が内側から熱くなってるってことなんだから。あ、一発抜いとく?」
「いやだから本当にそういうのやめて……」
「いや、今抜いてクタクタになったらまずいか。ごめんタビト、今は抜けないからまた後でね」
「……」
勝手に納得して勝手に引き下がってくれた分には構わないが、どうにも噛み合わない。どっと疲労感を覚えつつもタビトは沸いてくる欲求を抑えきれず、イリスの腰に腕を回した。そのまま彼の体を抱き寄せ、更に密着させる。
「えっ。……た、タビト?」
「先生がしたかったのって、つまりこういうことでしょ? 『二人抱き合って温め合おう』」
「う、うん、そうだけど。でもその君、ぼっ――」
「そこはもう気にしないでください。今はどうしようもない」
硬くなった下半身が、完全にイリスの体に当たっていた。恥ずかしい気持ちはもちろんあるが、今更取り繕っても意味がない。それにこんな事態を招いた張本人に、自分が何をやらかしたのか知らしめてやりたい気持ちもあった。
「タビト……大丈夫? 寒くない?」
「今は……そんなに。誰かさんのおかげで」
「そう? ……一応良い方に受け取っていいのかな……?」
「……」
なんで良い方に受け取れるんだよ、と思ったが、事実寒さはさっきよりかなりましになった。イリスの裸の体をかき抱き、白い首筋に顔を埋める。皮膚が触れると冷たかったのか、細い肩がびくんと跳ねた。
「わ、つめたっ。そうか、顔ももうちょっと対策すべきだったね。鼻や耳は凍傷になりやすいから」
「……」
イリスも自分から顔を寄せ、タビトの耳に顔の側面をくっつけて温めようとする。そのたびに柔らかい髪が肌を掠めてくすぐったい。腕の中で落ち着きなくもぞもぞ動く、この温かい生き物がどんどん愛おしくなり、タビトの心音が速くなっていく。
「ねえ君、本当に大丈夫? 君が静かだと不安になるんだけど」
「……大丈夫です。先生もそんなに気にしなくていいですよ。なんかもう、このままいける気がしてきました」
「そう? ……それならいいけど」
昨日イリスから聞いた説明によると、砂漠の夜に舞うユキコガネを一匹口にした者は、凍える夜を一晩耐えるだけで済むらしい。一晩というと、時間にしておよそ八時間前後か。ユキコガネ三匹相当である『氷虫』にどれほどの持続力があるかは分からないが、ひとまずは八時間が目安になりそうだ。
――長いなぁ。
声には出さず、頭の中だけで呟く。でも。
「タビト、寝てないよね? 反対側の耳もあっためたいから頭の位置変わって」
「……はーい……」
腕の中でタビトを温めようと必死でもがくイリスを見ていると、いつまでも耐えられるような気がした。
◆
いつの間にか目を閉じていた。少し眠っていたようだ。
薄く目を開けると、もう腕の中にイリスはいなかった。
それを残念に思う前に、強い違和感を覚える。はっとして顔を上げるとそこは、イリス家の小部屋ではなかった。否、イリス家どころか現実に存在しない場所だった。
「……何だ、ここ」
真っ白い、ただ真っ白いだけのだだっ広い空間が上下左右に広がっていた。狭いのか広いのかすら分からない、どこにもないはずの場所に呆然としてただ口を開きっぱなしにしていると、背後から何かが動く気配がした。
「ようやくお目覚めか」
低く濁った、男の声だった。即座に振り返ると、そこにいたのはやはり――現実には、存在し得ないものだった。
「な、……」
黒い靄に覆われた人型の物体が、白い空間の中で染みのように漂っていた。それでも不思議と彼が、タビトと同じ浅黒い肌と黒い髪の持ち主であることは分かる。ただしそれ以外の部分――四肢も顔も黒い靄によって隠され、腰に布のようなものを巻いていることくらいしか分からない。ただ彼が黒い靄の下で面白げにタビトを見つめているということは、なんとなく雰囲気から察した。
「よく来た、『海と大地の子』、『訳アリ』のタビト。歓迎しよう。とりあえずはな」
「な、……何だお前。オレのこと知ってるのか……?」
「ああ、よく知っている。というより、俺は貴様の中にいる」
「は……?」
黒の靄の男はまるで王様のような緩慢な仕草で、ゆらりとタビトを指さす。
「俺は貴様らが創星の魔人と呼ぶ者。否、正確には魔人になりつつある者か。貴様らが必死で掻き集めている残骸の、その寄せ集めだ」
0
あなたにおすすめの小説
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
fall~獣のような男がぼくに歓びを教える
乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。
強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。
濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。
※エブリスタで連載していた作品です
忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった
ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)
「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」
退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて…
商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。
そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。
その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。
2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず…
後半甘々です。
すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。
聖獣は黒髪の青年に愛を誓う
午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。
ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。
だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。
全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。
やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる