銀の旅人

日々野

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7章◆雷光轟く七夜祭

CO-2

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 リッチモンド・キャロラインの正体はすぐに分かった。リウルによると『美少年剣士イルシス』の作者で、その道十年のベテラン作家らしい。
 無事和解を遂げた二人は床の上に座り、リウルは木箱にあった本をぱらぱらと捲る。

「しっかし汚ねぇなこの本。最初からこんな感じだったのか?」
「はい。これでも見つけた時よりかはマシになったんですよ」
「でもこれじゃ読みにくいだろ。それに七巻までしかないし」
「え。全七巻じゃないんですか?」

 タビトの問いに、リウルは得意げに首を振る。

「ちげぇよ。全十三巻で番外編が別に二巻出てる。それに完結したのはもう何年も前で、今は別のシリーズを連載中だ」
「へぇ、そうなんですか。そういうの全然、考えたことがなかった……」

 そういえば王都に来てしばらく経つというのに、タビトは書店で本を購入するという経験がなかった。読書するならイリス家の『ジグマルドの間』にある本で十分だったというのも大きい。タビトの中では本というのは遠い昔に書かれた過去の遺産であって、今も数多くの作家が物語を創り、日々新しい本が生まれている、という発想が抜け落ちていた。

「そこでタビト。一つ相談なんだが」

 リウルはいかめしく咳ばらいをすると、タビトの目を正面から見据える。

「実は俺の家には今言った『イルシス』シリーズ全十五巻と、今連載中の新シリーズ……『凄腕暗殺者♂ですが国王の依頼で聖騎士団に潜入したら何故か美形団長や紅顔の王子様に溺愛されて仕事ができません!』の最新六巻までが揃っている。これらをお前の部屋に置いてくれないか。もちろん好きに読んで構わない」
「……えっ? な、なんですか? 意味がよく……」

 長すぎるタイトルの方に気を取られてリウルの言葉が頭に入ってこなかった。リウルが辛抱強く続ける。

「実はな、俺今ちょっといい感じの子がいるんだよ。まだ家に上げる仲まではいってないけどもしもってことがあるだろ? そういう時にこういう本を見られたら何もかもおしまいだ。かと言って俺の青春を捨てるなんて絶対にできない。だからお前の部屋に避難させてくれないかってこと」
「はぁ。いい感じの子ですか。……あれ? もしかして女の子ですか?」

 タビトは純粋に疑問に思ったのだが、リウルは「ったりめーだろ」と吐き捨てる。

「なんか勘違いしてそうだから言っておくがな、俺が好きなのは普通に女の子だぞ。先生は例外中の例外だ」
「あれ、そうなんですか。……でも前に、先生のせいでセーヘキがおかしくなったとか言ってませんでしたっけ」
「ああ、ガキの頃にな。あれ以来女の子と仲良くなってもすぐ『先生の方が可愛いな』とか『先生の方が肌綺麗だな』とか考えちまって全然進展しなかったが、最近ちょっとずつマシになってきたんだ。このままこの面食い病を完治させたい」
「な、なるほど」

 リウルにもそれなりの苦労があったらしい。タビトは今のところイリスしか眼中にないので共感はできないが、「先生の方が可愛い」と思ってしまう状況は容易に想像できた。イリスより綺麗な人物などアーロット中探しても滅多にいないだろう。少なくともタビトは知らない。

「別にここに置くくらい構わないですよ。でも部屋に入るのはオレがいる時だけにしてくださいね」
「ああ、分かってる。助かるよタビト、持つべきものは弟分だな!」
「ちょ、調子のいい……」

 ばしばしとリウルが肩を叩いてくるのを身を捩って逃れる。そもそもイリスによればこの男は当初「家探ししてやる」とのたまっていたのだ。それがたまたま同じ作家を愛読していたと判明したからこうなったものの、タビトがまったく別のエロ本を隠していたら果たしてどうなっていたのやら。今後一生何かにつけて揶揄われたに違いない。

「ああそれとこれ、お前昨日店来なかったから俺が預かってた。やる」
「え」

 リウルが無造作にタビトの胸に封筒を押し付ける。取り落としそうになりながらも封を切って中を確かめると、一万リラ札が一枚、二枚……

「さっ、三万リラも!? 何ですかこれ?」

 今まで手にしたことのない大金に、大きな声が出た。しかしリウルは平然と答える。

「何って、先月分の給与に決まってんだろ。お前あんま入ってないからそんだけしかないけど」
「こんなにもらえるんですか!? ちょっとテーブル回って初歩的な奇術やってみせただけなのに?」
「……そんなに簡単だっつうなら、もうちょい減らすか?」
「あっいえ、とんでもないです。ありがたくいただきます」

 話が余計な方に転がらないうちに、タビトは丁重に頭を下げる。

「そんでこれは親方からの伝言だけど」

 タビトが懐にしかと封筒をしまい込むのを見届けてからリウルが言った。

「明日から始まる七夜祭しちやさいの期間は、時間があればランチタイムも来てくれってさ。それと最終日には学院の管弦楽部を招いてちょっとした演奏会もするから、前座もやってみるかって話だ。まあ優先すべきは魔人の書だから、先生と相談して決めてくれ。無理に来いとは言わねえから。じゃ、店があるから俺はこれで」
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