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7章◆雷光轟く七夜祭
ホントごめん
しおりを挟むマリラが目に涙をいっぱいためて、タビトを睨みつけていたのだ。
「ま、……マリラ様。そう重く考える必要はないのです、私はただ……」
「どうして」
マリラの声は涙に歪んでいた。
「どうして……マリラと呼んでくださらないの? 二回もお願いしたのに。他人行儀な呼び方はしないでって言ったのに。どうして」
「え? あ、……そうですねマリラ。大変申し訳……」
「もういいっ!」
ばちんっ! と、今度は確かに何かが大きく弾ける音がして、一番近くにあった照明がふつりと消えた。店内はただでさえ薄暗いというのに、タビト達のいるテーブル周辺はいっそう闇が濃くなる。かろうじて誰かが座っていることが、輪郭から読み取れる程度だ。
不穏な気配を感じ取った客達が騒めき始め、それがさざ波のように店内に広がっていく。
タビトは自分の手には負えない何かが起こりそうな気配を感じ、ごくりと生唾を呑んだ。
――そろそろ親方、助けてくれてもいいんじゃないの? 本当に待機してくれてるの? これもう無理だろ?
辺りを見渡して助けを呼びたいけれど、眼前のマリラから目を離すことができない。今や黒い影となった彼女の表情を窺い知ることはできないが、それでも目を逸らせば恐ろしい何かが起こりそうな予感があった。
マリラの影が両手で顔を覆う。
「どうして……? わたくしの誘いを断る殿方なんて、これまで一人だっていなかったのに。どうしてタビト様はそんなに頑ななの? わたくしに女としての魅力が足りていないから……?」
「えっ? いやいやそうじゃありません、マリラのせいでは――」
「どうして? どうしてタビト様はマリラと呼んでくれないの? どうして?」
もはや彼女にタビトの声は届いていないようだった。
貴族の娘が我を失いつつある――ということの重大さに、タビトは遅まきながら気が付いた。アリアナ家の者は怒らせると天災のように恐ろしい、というシフの言葉がさっと脳裏を過る。今にして思えば、あれはただ貴族が持つ権力を怖れての発言ではなかったのだ。何故ならこの国において、貴族は魔法使いとほとんど同義。そして魔法使いは、――時として暴走する。
マリラの背後に控えていた黒い影が動き出す。
「お嬢様、お気を確かに。今すぐこの『魔封じの首輪』を――」
「おだまりっ!」
ぴしゃっ! と店内に白い閃光が閃き、「ひゃあっ」という男の上擦った悲鳴が上がる。続いてどさ、と重いものが床に倒れる音がして、何か焦げつくような匂いが立ちのぼった。
暗闇を見つめながらマリラが呻る。
「何が『魔封じの首輪』よ、失礼しちゃう。そんな幼稚なものわたくしには必要ないっていうのに。お父様に言いつけてやるんだから。ねえタビト様」
「えっ」
突然声を掛けられ、ぎくりとタビトの肩が強張る。暗闇の中で動かなくなった付き人のことが気になって、つい彼女から目を逸らしてしまっていた。
暗闇の中ぱちぱちと白い光が細かく爆ぜ、それがマリラの輪郭を浮き彫りにしていた。表情が見えない代わりに、その光が彼女の感情の波を十二分に表現している。
「わたくし、やっぱり納得できません。タビト様に心に決めた方がいらっしゃるのは分かりました。それはそれは結構なことね、お幸せに。だとしても、鼻先に美味しそうなご馳走を突きつけられれば飛びつくのが男という生き物でしょう? タビト様、あなたは今、生き物の本能に逆らっているのよ。何故そうまでしてわたくしを拒絶するの。わたくしの何が不満なの。あなたのお相手とわたくしの、一体何が違うというの」
「えーっと……別に私は本能がどうとか、そんな大層な話をしたいのではなく……」
「タビト様。わたくし見ての通り、気が長い方じゃないの。簡潔にはっきりと、答えて頂けます?」
「……」
マリラを取り巻く白い光から、一筋の光がぴしりと立ち上り天井付近で飛び散った。
タビトは絶望的な気持ちになりながら、その光の消えた先を見上げる。
――これもう、完全に怒らせたよな。ここまで怒らせたらもう、……取り繕っても無駄だよな。
「……分かりました。簡潔に、ですね」
細く息を吐く。この様子をどこかで見守っているかもしれない親方に向けて、心の中で謝罪する。
そしてマリラの影を、正面から見据えた。
「はっきり言いますと、……あなた、オレの好みじゃないんです」
「……好みじゃ、ない?」
「はい、全然。さっぱり。だから別に本能とか関係ないです。普通に無理なんです。ホントごめんなさい」
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