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7章◆雷光轟く七夜祭
雷后-2
しおりを挟む「ま、マリラ? 何か気に障りましたか?」
タビトはまた自分が何か余計なことを言ったのかと体を強張らせたが、マリラは「ふん」と鼻を鳴らす。
「べ、別にあなたに泣かされたなんて思ってません。それにこんな怪我なんてどうでもいいのよ、うちには優秀な治癒魔術師が何人もいるんですから。これくらいの傷、一晩で跡形もなく治るんですから。だからあなたのお気遣いなんて結構よ。放っといて頂戴」
マリラは自慢するような口ぶりでそう言ったが、タビトは感心するより呆れてしまった。この言い分、これではまるで、――誰かと同じじゃないか。
魔法使いという人種は、みんな『こう』なんだろうか。便利過ぎる力を持ってしまったが故に、痛みに鈍感になってしまうんだろうか。
目の前にいる娘がイリスに被って見えて、タビトは自然と口を開いていた。
「後で治せたとしても、今あなたが傷付いている事実は変わりません。だからやっぱり放っておけないんです」
「……」
「というか、女の子の顔に傷がついてどうでもいいはずないじゃないですか。オレが言えたことじゃないですけど、あなた方はもっと自分を大切にするべきです。どうせ治るからいい、なんて投げやりな考え方は辞めなくちゃ。傷は跡形もなく消えたとしても、痛い思いをしたって事実までは消えな……」
「……えぐっ」
しゃくりあげるような声で我に返る。イリスのことを考えていたら、つい説教なようなことをしてしまっていた。
はっとしてマリラに向き直ると、彼女の目から大粒の涙が零れていた。濡れたところからバチバチと激しい音がして、彼女に纏わりつく雷の勢いも強くなる。
「ど、……どうしました、マリラ? なんで泣くんです?」
「あ、……あなたが泣かせたんでしょぉぉおお!? 何でそうゆうことゆうのぉおおお!?」
「おっオレのせい? え、ちょっと待って……」
タビトは混乱しながらも席を立ち、マリラの前まで歩み寄る。飛び散る雷の粒を浴びないぎりぎりの距離まで近付いて跪き、下から彼女の顔を覗き込む。
「マリラ、泣いたら駄目です。ただでさえ酷い顔がもっと酷いことになります」
「そ。そんな言い方しないでよぉぉおお! わたくしが不細工みたいじゃないのぉぉおお!」
びええええん、と子どものように泣き声を上げる。その声に比例するように閃光が瞬き、未だホールに残ってこちらの様子を窺っていた客の半数が逃げ出した。
――なんでこうなる? これオレのせいなの? というか、アリアナ家の人はまだ来ないのか。いくら優秀な治癒魔術師がいるって言っても、このままじゃ本当に危ないんじゃ……。
マリラが両手で涙を拭っているせいで、頬全体に傷が広がり手と腕にも血が滲み始めていた。ほとんど初対面の相手とは言え、うら若き乙女が泣きながら傷付いていくさまは痛々しくて見ていられない。
どうにかして、この哀れな魔法使いの暴走を止めることはできないのか。
それを考えた時、タビトには一つ思い当たることがあった。しかしそれには彼女との接触は避けて通れない。
タビトは跪いた格好のまま、なるべく穏やかな口調で問いかける。
「マリラ、教えてください。……今のあなたに触れたら、オレはどうなります?」
「えぐ……そ、そんなの、決まってるでしょう。触れたところからわたくしの雷が移って、あなたを襲うのよ」
「そうですか。やっぱりそれは痛いんでしょうね?」
「い、痛いなんてものじゃないわよ、これを見れば分かるでしょう? 火傷して皮膚が剥がれて血が出るのよ。それだけじゃないわ、体の内側の見えないところだって傷つくの。ずっと触っていたら死んでしまうわ」
「ずっと触っていたら……ということは、すぐには死なない?」
「それは、そうだけど。でも危ないわよ。何を考えているの?」
雷を帯びて輝くマリラが、泣き濡れた瞳でタビトを見下ろす。その目から火花が飛び散るのが見えて、タビトはいよいよ放っておけない気持ちになった。
「マリラ。あなたの手に触れさせてくれませんか」
「え? な、何を言ってるの? 駄目よ、今どうなるか言ったでしょ」
「ほんの少し触れるだけです。大丈夫、例え怪我してもあなたの家の治癒魔術師に治してもらえば済む話ですから」
「……あなた、さっきはわたくしにそういう考え方は辞めるようお説教していたんじゃなくって?」
「女の子が怪我するよりはましでしょう。それに今こんなことになっている原因はオレにありますから、それくらいはさせてください」
「……それくらいって、何を……?」
マリラはまだ納得していないようだったが、タビトの方におずおずと右手を差し出した。ちょうど足元に跪く従者に、誓いの口付けを促すような格好になる。
「ほ、本当に危ないのよ? 何をする気か知らないけれど、十秒も触れていたら命を落としかねないのよ?」
「十秒ですか。それならじゅうぶんです」
タビトはマリラの手をじっと見つめる。何の穢れも苦労も知らぬような白い手の甲には、出来たばかりの火傷の跡がいくつもあった。タビトはその傷の向こうに、イリスの姿を思い描く。
――他人を助けるために、自分が傷付くことを厭わない人。身勝手で無謀で、……愛おしい人。
口の中に、硬く尖ったものが現れる感覚がした。
その感覚が消えないうちに、マリラの手を取る。途端、痛みというより衝撃のようなものがタビトの腕から体全体を駆け抜けた。ひっ、と自分が傷付いたかのようにマリラが小さく悲鳴を上げたが、構わず顔を寄せる。
「三秒で済みます」
そしてその白い手の甲に、透明な牙を突き立てた。
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