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7章◆雷光轟く七夜祭
ただし美形の男に限る-2
しおりを挟む「……、」
ぎくり、とタビトの顔が引き攣る。
「誰に訊いても誓いのキスがどうとか、御伽噺のようなことしか返ってこなくてね。君のご主人様にもはぐらかされてしまうし」
カロージェロは楽しそうに目を細めているが、タビトからぴたりと視線を定めて逸らさない。タビトはその瞳の奥に鋭い光が隠れているのを感じ、身を引き締める。
――相手はただの貴族じゃない、普通の貴族よりもっとエライ大貴族。何を考えているか分からない以上、余計なことは言っちゃいけない。
改めてそう認識すると、慎重に言葉を選ぶ。
「申し訳ありませんが、イリス先生が言っていないのならオレの口からも話せません」
「うん? そういう言い方をするってことは、主から口を閉ざすよう命令されている訳ではないんだね? だったら交渉といこうじゃないか。何か望むものを言ってみなさい」
「いえ。あの、何と言われても話せません。それにオレが欲しいものは金では買えないので」
「ふむ。それは残念だな」
まるで残念と思っていなさそうな、穏やかな笑みでカロージェロが答える。しかしやはり目だけは鋭い光を放っていて、タビトは自分が猛禽類に品定めされる獲物になったような気持ちになった。いつの間にか強張っていたタビトの肩を、マリラが労わるようにそっと撫でる。
「お父様ったら。いいじゃありませんの、そんなこと」
そして悪戯っぽく口の端をあげる。
「殿方には秘密の一つや二つあった方が魅力が増すというものよ。お父様だってそうでしょう?」
「ふん。私の場合一つや二つじゃ収まらないがね。まあいいだろう、当初の目的は果たせたのだし」
カロージェロは娘の言葉を鼻で笑うと、あっさりと立ち上がる。
「あらお父様、もうお帰りになるの? デザートがまだですわよ」
「マリラ、こう見えてお前の父は多忙なのだよ。今夜も無理を言って出てきたんだ、そろそろ事務所に戻らないと。まして今夜は七夜祭最終日なのだから、あらゆる事態に対処できるよう備えておかなければ」
「ふぅん。大変なのね」
「お前も花火が終わるまでにはうちに帰るんだよ。それとジュークの言うことをよく聞くように。ジューク、娘を頼むよ」
カロージェロがマリラの斜め後方の暗闇に向かって話しかける。タビトは緊張のあまり気付かなかったが、彼女の付き人は今日も変わらず気配を消して控えていたらしい。
「それじゃあタビトくん」
一通り別れの挨拶を終えたカロージェロがタビトに向かって半歩前に踏み出す。タビトが慌てて立ち上がると、カロージェロは芝居がかった仕草で両手を広げ、力強くタビトの肩を抱き寄せ抱擁した。
まるで親戚のような親しげな態度にタビトは面食らってつい身構えてしまったが、その耳元でカロージェロが素早く囁く。
「忠告しよう。君はもう少し顔に出さない訓練をした方がいい」
「……えっ?」
「得体の知れない悪い大人と話す時は、大事なものを悟られてはいけないんだ」
タビトがその意味を理解するより早く、カロージェロは一瞬だけ片目を閉じて微笑むと、わざとらしくタビトの背を叩いた。
「なるほど、マリラが見込んだだけあっていい体をしている。仕事の口に困ったらいつでも来なさい、力になってあげるから」
それじゃあ、と軽く手を掲げ、アリアナ家の当主は颯爽とその場を去っていった。
タビトは未だに自分が言われたことの意味を測りかね、呆然とその場に立ち尽くす。
――悪い大人? 大事なもの? オレの顔に何か出てた? 今の会話で?
訳も分からないまま自分の頬に触れてみる。今すぐカロージェロとの会話を頭の中で振り返りたくなったが、この場はどう見たって考え事にそぐわない。タビトは席には座らず、マリラの隣で中腰になった。
「マリラ、今日は来てくれてありがとうございます。オレはもう行かなきゃいけないけど、最後まで食事を楽しんでください」
「えっ? そんなぁタビト様、デザートも御一緒しましょうよ。ちょうどお父様のぶんが余っていることですし」
「あー……じゃあそれは、マリラの付き人の……ジューク、さんだっけ? 彼に食べてもらえばいいんじゃないですか?」
「えーっ、ジュークとぉ?」
タビトの思い付きの提案に、マリラが不満そうに唇を尖らせる。これで数多の男を落としてきたのだろうな、と思わせるような愛らしい表情だったが、しかしタビトの胸には響かない。むしろこれが原因で癇癪を起こされたらどうしようかとひやりとした。
――そうだ、ここで対応を間違えば最悪あの夜の二の舞だ。でもこの子は別に、自分を一番丁重に扱ってほしいと思ってる訳じゃない。だから言い方を少し変えれば……。
タビトはカロージェロの言葉を思い出し、そっとマリラの髪を撫でる。そして幼子に言い聞かせるように囁いた。
「マリラ。いい子だからオレの言うことを聞いて。……ね?」
「……!」
途端、びくんとマリラの肩が跳ねる。よろめきながらテーブルに手を付くと、どこか恍惚とした表情で言った。
「はい、タビト様……マリラはいい子です。タビト様の言う通りに致します」
「ありがとう。また会おうね」
マリラが「はいっ!」と元気よく返事をするのを背中で聞きながら、タビトは速足で従業員用の出入口に向かった。歩き方こそぎりぎり平静を保っているものの、心拍数は上がり背中にはびっしょりと嫌な汗をかいていた。予めカロージェロから聞いていたとは言え、実際にこういう言葉遣いで貴族の令嬢に話しかけるのは肝が冷える。本当に勘弁してほしい。
通路の入口にはシフが待ち構えるようにして立っていた。彼はタビトを見つけると長距離マラソンを走り終えたランナーを出迎えるかの如くタビトの肩を抱き、すぐさま客席から見えないところまで引っ張り込む。
「ど、どうだったタビト!? うまくいったんだな? マリランテ嬢、ずっとこっち見てるけどうまくいったんだな!?」
「う、……うまくいったと思います。……今回は……」
「そ、そーかそーか! よくやったな! ご苦労さん!」
シフが硬い手のひらでばしばしとタビトの背中を叩く。彼なりの歓待なのだろうが、打たれる方からするとけっこう痛い。しかしシフとはあの夜以来話していなかったことを思い出し、タビトはされるがままになっていた。
「あの。親方、この前はすみませんでした。オレがあの子を怒らせちゃったばかりに店に迷惑かけちゃって」
「ん? ああいや、お前は厄介事に巻き込まれただけだから気にするな。それに損害が出たぶんは全部ご当主が払ってくれることになったし何も問題ねえよ。それよりお前、リウルから聞いたがマリランテ嬢に求愛されたってのは本当か? 一体あんな方とどこで知り合ったんだ?」
「え? うーん、どこって言われると……」
美男子決定戦のことを説明するのはものすごく面倒くさいし、冷やかされること請け合いだ。タビトが言葉に詰まっていると、通路の奥、シフの背中側からか細い声が聞こえた。
「あの、すみません。食べ終わった食器はどこに持っていけばいいですか」
「ん? ああ、学院の生徒さんか。俺がもらっとこう、今日はお疲れさん。いい演奏だったよ」
「いえ、わたしは演奏してた方じゃなくて……あれ、タビトくん?」
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