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7章◆雷光轟く七夜祭
女の手
その人物は光沢のある上等なドレスの裾をちょんと握り、はにかみながら軽くお辞儀をしてみせた。
「タビト様」
「マリラ……?」
――なんで。もうこの子の問題は片付いたんじゃなかったのか。
うんざりした気持ちが顔に出そうになり、寸でのところでこらえる。未だ真意は掴み切れていないものの、ついさっき「顔に出さない訓練をした方がいい」と言われたばかりだ。他でもない、彼女の父親から。
――ともかく、ここで無礼は許されない。
タビトは立ち上がると、マリラの方へ歩み寄る。
「どうしたんです? こんなところで」
「ふふ。驚きました? もう少しタビト様とお話ししたくて、供の者に尾けさせていたんです。まだここにいてくれて助かりました」
「ええ……そんな、不用心ですよ。貴族の令嬢が街中で一人になるなんて」
タビトが周囲を見渡すと、確かにマリラの斜め後方、暗闇の中に人の気配があった。おそらくマリラ達がジュークと呼んでいた付き人だろう。彼をタビトの尾行に使ったのなら、その間マリラは店の中で一人だったことになる。
タビトの心配をよそに、マリラは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、心配してくださるんですの? 嬉しい。でも安心なさってください。わたくし、街中で一人きりになったことなんてございませんから」
「え?」
「ふふ、タビト様ったら。もしかして勘違いしていらっしゃる? わたくしの供が、一人だけだと」
その瞬間、タビトは後頭部に刺すような視線を感じた。はっとしてその場で振り返るが誰もいない。殺風景な店の裏口を、ただ生ぬるい夜風が吹き抜けていった。
――ずっといたのか? 最初から? 全然気付かなかった。
野生の獣に狙われていたような気分だった。こめかみを汗が一筋流れ落ちる。
相手に敵意がないとは言え、自分を監視していた人物の存在にすら気付かないとは。さすが大貴族の令嬢というだけあって、優秀な従者が付いているということか。改めて目の前の娘が持つ、力の大きさを思い知らされる。
「お分かり頂けました? それでねタビト様。わたくし、気付いてしまったんです」
マリラは楽しそうに一歩踏み出すと、上目遣いでタビトの目を覗き込む。
「前に仰っていた、タビト様が添い遂げたいお方。その方って、『銀の手』のイリス様のことでしょう?」
ぎくりと肩が強張る。
なんで、どうして彼女が――と頭が一気に混乱するのを感じながら、タビトは咄嗟に否定しようとした。
「いや、えっと、それは……」
しかし途中で言葉に詰まる。
――いや、否定しなくていいんじゃないか? 王都では同性同士の交際はよくあることらしいし、ここで認めれば付き纏うのも辞めてくれるかもしれない。だけどなるべく――大事なものは隠しておきたい。この子は悪い大人ではないかもしれないが、でも、貴族だ。
タビトの逡巡をマリラは図星だと判断したらしく、満足げに微笑む。
「やっぱり。でも無理からぬことですわ、あんなにお綺麗な方と一緒に暮らしていれば、そっちの気がない殿方だってくらっときてしまうでしょうから。女のわたくしだってイリス様の美しさには嫉妬してしまうもの」
「はぁ……。いや、でも……」
容姿に惹かれているのも事実だが、見た目だけで好きになった訳じゃない。しかしそれを否定するとイリスへの恋心を認めることになる。
タビトが未だにぐずぐずと考えている内にマリラは一歩踏み出し、するりとタビトの手を取った。突然のことにタビトが反応できないでいると、マリラは慈しむように両手でタビトの手を包み込む。
「あ。あの、マリラ?」
つい声が裏返る。
タビトにとってマリラはただ厄介な貴族の娘というだけで、それ以上でも以下でもなかったのだが、その手は目を瞠るほど柔らかく滑らかで、初めてタビトは彼女が『女』であることを意識した。指は細くて華奢で、関節の一つ一つがなだらかで小さい。まるで自分とは別の生き物のようだ。
――女の子って、こんなに柔らかくて小さいんだ。
雷の発作を鎮めた時は手の感触なんて感じる余裕はなかったが、今ならはっきりと違いが分かる。これまでろくに女性というものに触れてこなかった反動なのか、急に胸がどきどきしてきた。
そんなタビトの内心を見透かしたようにマリラがくすりと笑う。そしてタビトの目を下から覗き込みながら言った。
「でもタビト様、お可哀そうですけど。あなたの恋が成就することは、未来永劫あり得ません」
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