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8章◆少年タビトの物語
フタクチダケ
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◆
サンサリーズ村、滞在三日目、旅行最終日。
今日は午前中にイリスと大通りの商店や広場を巡り、散策してから昼前の乗合馬車で王都に帰る算段になっている。初日も二日目もどこからともなく呼んでもいない村人達がワラワラとついてきて、イリスとろくに二人きりになることができていなかったタビトは、今日こそはと朝から息巻いていた。
実は今回の旅でタビトはこれまで小鹿の馬車亭で稼いだ給金を、こっそり持ち出してきている。その金で以てイリスと一緒にどこかしら雰囲気のいい店に入り、「わあ、これ素敵。でもちょっと高いな」「いいじゃないですか。これくらいオレが買ってあげますよ」「えっほんと? すごい、君ってお金持ちなんだね。好き! カッコイイ! 甲斐性がある!」……というようなやり取りがしたい。それでこそ旅行、それでこそ観光と言うものではないか。それができなくて何が旅行か。今日こそは絶対にイリスと観光を楽しんでやる。
そんなタビトの密かな決意は、アンジュ邸で朝食を終え、食後のお茶をしている時に砕かれた。
「イリス先生、今日帰っちゃうんですよね!? あっあの、おれ先生とどうしても行きたい場所があって……!」
「タビトのアニキ、もう帰っちゃうんですかぁ!? あの、えっと、か、帰る前にその……もう一回だけ手合わせしてください! お願いします!」
やってきた闖入者――言うまでもなく、ラギとオードである――により、午前の予定は変更された。昨晩、疲労のせいもあってつい愚痴のようなものを零してしまったことも影響しているのだろう。イリスは二人の申し出をあっさりと承諾すると、タビトに向かって「今こそ誤解を解くチャンスだよ」と言わんばかりに目配せしてみせた。
いや別に、オードの誤解が解けようと解けまいと本当にどうでもいいんですけど。それより先生とデートしたいんですけど――とは、さすがのタビトでも本人を前にしては言うことができなかった。
かくしてタビトはオードに連れられ、人気のない稽古場の板間に突っ立っていた。
「タビトのアニキ、無理言ってすみません! でも今日の昼にはもう帰っちまうって聞いて、いてもたってもいられなくって」
「……あー。うん」
ちなみにイリスとラギは大通りに買い物に行くことになったらしい。
なんであいつがオレのやりたいことをやってんだよ――と思うと手合わせなどする気力も沸かない。
――適当に組んで、適当に終わらせるか。
ぼんやりとオードと対面するように板の間に立ち、試合が始まるのを待つ。しかしオードは気まずそうに目を伏せると、ぺこりと頭を下げた。
「あの……すみません。ほ、本当は今日は手合わせじゃなくて……ただ、タビトのアニキと話がしたかったんです。その……昨日アニキが言ってたこと、どうしても気になって」
「……ああ」
やはりその話だったか。と、タビトは緩慢にオードを見返しながらも内心で腑に落ちる。
――抜けるのは簡単だったよ。オレ以外皆死んだから。
たしかによくよく思い返せば我ながら、ぎょっとする台詞だ。小心者のオードなら尚更だろう。
――変な言い方したオレも悪かったか。先生みたいに、もっとうまく話せるようにならないとなぁ。
タビトは一人で納得すると、野外稽古場に面した南側の方に体を向けてあぐらをかいて座った。オードもつられるようにタビトの隣に腰を下ろす。
「別に、そんなビビらなくていいって。大した話じゃないから」
「そ、そうなんですか? ……それじゃ、改めて聞いてもいいですか? タビトのアニキがどうやって山賊団を抜けたのか……」
「いいけど……その前に」
ただ順番に話すだけでは混乱させてしまうだろう。タビトは本題に入る前に一つ確認をする。
「お前、ヒトクチダケって知ってる?」
予想外の質問だったのか、オードが「へっ」と気の抜けた声を漏らす。質問の真意を測りかねているようだったが、怪訝そうな顔をしながらも答えた。
「し……知ってます。一口サイズの茸で、年中森ん中に生えてるやつですよね。この辺でもよく採れますよ。茸汁にすると美味いッスよね」
「そうか、この辺にも生えるんだな。それじゃあフタクチダケは?」
「フタクチ……?」
オードが怪訝そうに顰めた眉根を更に寄せる。
「いえ、この辺りじゃ聞いたことないッスね。二口サイズの茸ですか?」
――フタクチダケの方は知らないのか。まあそういうこともあるか。
タビトは状況を整理しつつ、小さく首を振った。
「いや、違う。味も見た目もヒトクチダケとほぼ同じだ。だけど食うと『二口だけ』で死ぬから、『フタクチダケ』なんだ」
サンサリーズ村、滞在三日目、旅行最終日。
今日は午前中にイリスと大通りの商店や広場を巡り、散策してから昼前の乗合馬車で王都に帰る算段になっている。初日も二日目もどこからともなく呼んでもいない村人達がワラワラとついてきて、イリスとろくに二人きりになることができていなかったタビトは、今日こそはと朝から息巻いていた。
実は今回の旅でタビトはこれまで小鹿の馬車亭で稼いだ給金を、こっそり持ち出してきている。その金で以てイリスと一緒にどこかしら雰囲気のいい店に入り、「わあ、これ素敵。でもちょっと高いな」「いいじゃないですか。これくらいオレが買ってあげますよ」「えっほんと? すごい、君ってお金持ちなんだね。好き! カッコイイ! 甲斐性がある!」……というようなやり取りがしたい。それでこそ旅行、それでこそ観光と言うものではないか。それができなくて何が旅行か。今日こそは絶対にイリスと観光を楽しんでやる。
そんなタビトの密かな決意は、アンジュ邸で朝食を終え、食後のお茶をしている時に砕かれた。
「イリス先生、今日帰っちゃうんですよね!? あっあの、おれ先生とどうしても行きたい場所があって……!」
「タビトのアニキ、もう帰っちゃうんですかぁ!? あの、えっと、か、帰る前にその……もう一回だけ手合わせしてください! お願いします!」
やってきた闖入者――言うまでもなく、ラギとオードである――により、午前の予定は変更された。昨晩、疲労のせいもあってつい愚痴のようなものを零してしまったことも影響しているのだろう。イリスは二人の申し出をあっさりと承諾すると、タビトに向かって「今こそ誤解を解くチャンスだよ」と言わんばかりに目配せしてみせた。
いや別に、オードの誤解が解けようと解けまいと本当にどうでもいいんですけど。それより先生とデートしたいんですけど――とは、さすがのタビトでも本人を前にしては言うことができなかった。
かくしてタビトはオードに連れられ、人気のない稽古場の板間に突っ立っていた。
「タビトのアニキ、無理言ってすみません! でも今日の昼にはもう帰っちまうって聞いて、いてもたってもいられなくって」
「……あー。うん」
ちなみにイリスとラギは大通りに買い物に行くことになったらしい。
なんであいつがオレのやりたいことをやってんだよ――と思うと手合わせなどする気力も沸かない。
――適当に組んで、適当に終わらせるか。
ぼんやりとオードと対面するように板の間に立ち、試合が始まるのを待つ。しかしオードは気まずそうに目を伏せると、ぺこりと頭を下げた。
「あの……すみません。ほ、本当は今日は手合わせじゃなくて……ただ、タビトのアニキと話がしたかったんです。その……昨日アニキが言ってたこと、どうしても気になって」
「……ああ」
やはりその話だったか。と、タビトは緩慢にオードを見返しながらも内心で腑に落ちる。
――抜けるのは簡単だったよ。オレ以外皆死んだから。
たしかによくよく思い返せば我ながら、ぎょっとする台詞だ。小心者のオードなら尚更だろう。
――変な言い方したオレも悪かったか。先生みたいに、もっとうまく話せるようにならないとなぁ。
タビトは一人で納得すると、野外稽古場に面した南側の方に体を向けてあぐらをかいて座った。オードもつられるようにタビトの隣に腰を下ろす。
「別に、そんなビビらなくていいって。大した話じゃないから」
「そ、そうなんですか? ……それじゃ、改めて聞いてもいいですか? タビトのアニキがどうやって山賊団を抜けたのか……」
「いいけど……その前に」
ただ順番に話すだけでは混乱させてしまうだろう。タビトは本題に入る前に一つ確認をする。
「お前、ヒトクチダケって知ってる?」
予想外の質問だったのか、オードが「へっ」と気の抜けた声を漏らす。質問の真意を測りかねているようだったが、怪訝そうな顔をしながらも答えた。
「し……知ってます。一口サイズの茸で、年中森ん中に生えてるやつですよね。この辺でもよく採れますよ。茸汁にすると美味いッスよね」
「そうか、この辺にも生えるんだな。それじゃあフタクチダケは?」
「フタクチ……?」
オードが怪訝そうに顰めた眉根を更に寄せる。
「いえ、この辺りじゃ聞いたことないッスね。二口サイズの茸ですか?」
――フタクチダケの方は知らないのか。まあそういうこともあるか。
タビトは状況を整理しつつ、小さく首を振った。
「いや、違う。味も見た目もヒトクチダケとほぼ同じだ。だけど食うと『二口だけ』で死ぬから、『フタクチダケ』なんだ」
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