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8章◆少年タビトの物語
少年タビトの物語・急-1
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◆
「フタクチダケ」の特徴的な症状は、強烈な下痢と嘔吐である。
それは摂取して一時間程度経過したところで始まる。上からも下からも出せる限りのものを、すべて吐き出してしまうのだ。中には口から胃を、肛門から腸をひり出したという事例まで存在するらしいが、これはどこまで本当かは分からない。とにもかくにもそれ程までに苛烈な毒で、フタクチダケが原因で亡くなる者は後を絶たない。一方で十分な体力と健康に恵まれた者なら、たっぷりの水を飲んで安静にすることで快復するとも言われている。とは言え常識的に考えれば絶対に手を出すべきではない、極めて危険な毒茸の内の一つだ。
何故そんな毒茸にこれまで多くの人間が引っ掛かってきたのか。それは「ヒトクチダケ」という、見た目も味もそっくりの茸が存在するからだ。ヒトクチダケは古くから食用として人気で、当然毒はなく、味もよい。森のあらゆるところに広く分布し、年中繁殖を繰り返し、一つの古木から大量に、何度も採れる。貧しい平民にとっては救世主のような食材だし、その豊かな風味から裕福な者達にも好まれた。
それでは、ヒトクチダケとフタクチダケをどうやって見分けるか。
――見分けることはできない。実際に口にして、食べてみないことには。
「フタクチダケは二口食べれば死ぬ。それは裏を返せば、『一口だけなら死なない』ってことだ。ややこしいけどな」
一口だけならば、下痢も嘔吐もそこまで酷いものにはならない。元々体が弱い者や、体力のない老人や子どもは運が悪いと命を落とすこともあるが、大抵の者は半日寝込む程度で快復する。
だから通常「ヒトクチダケのようなもの」の群生を見つけた時は、最初に毒見係が一口だけ食べて様子を見る。一時間後何も起こらなければヒトクチダケだ、美味しく頂こう。何か起こってしまった場合は致し方ない、もったいないがすべて処分だ。家畜の餌や畑の肥やしはもちろん、鼠捕りの薬にも利用できない。周囲一帯に鼠の汚物がまき散らされることになるからだ。
「唯一の救いは、この二種類の茸は同じ群れに混在することはない……ってとこだな。茸としてはヒトクチダケの方が強いらしくて、近い場所に生えるとヒトクチダケの方がフタクチダケの群れを吸収して無毒化しちまうんだって。だからとにかく、『一口だけ』毒見すれば事足りるという話。で、なんでオレがそんな茸の説明を長々したかっていうと……」
山賊団の親分の大好物が、このヒトクチダケだったのだ。
彼はヒトクチダケをふんだんに使った茸汁を、週に一度は所望した。親分のぶんだけならまだしも、月に数回行われる宴では山賊団員全員に茸汁を振る舞いたがった。何でも――一つの鍋で作った料理を皆で食べることで団への忠誠心と団結力が増す。年中どこにでもしぶとく生える、生命力の強いヒトクチダケの茸汁ならば尚のこと、効果てきめんに違いない――というのが彼の主張だ。
なんとも素晴らしい思い付きだが、迷惑するのはヒトクチダケを調達しなければならない炊事班である。炊事班にはタビトと黒爺の他に三人いて入れ替わり立ち代わり作業していたが、その内一人か二人は常にヒトクチダケの採取と下処理に追われていた。
そしてその毒見係は、いつも黒爺だった。
「毒見は何十年も前から黒爺の担当だと教えられてたから、オレは何の疑問も持ってなかった。他の班員もたぶん同じだったと思う。でも黒爺は……見た目のせいで歳もよく分からなかったけど、『爺』って呼ばれる歳だったことは確かだったんだ。それにいくら『一口だけなら死なない』って言っても、そんな危ない茸を週に何度も食べていたら、そりゃあいつかはよくないことが起こるに決まってる」
ある日黒爺は毒見でフタクチダケの方を引いて寝込み、そのまま死んだ。
森での暮らし方を一年間教わって、季節は秋になっていた。この冬からは去年学んだことを上手にこなして黒爺を驚かせてやろうと、意気込んでいた矢先の出来事だった。
黒爺の埋葬は早々に終わり、新たな炊事班の班長が決まり、補充の人員が一人回されてきた。すべての物事が円滑に、問題なく進んだ。皆黒爺など最初からいなかったかのように振る舞い、親分が茸汁の習慣を取りやめることももちろんなかった。
次の毒見係はタビトに決まった。
「フタクチダケ」の特徴的な症状は、強烈な下痢と嘔吐である。
それは摂取して一時間程度経過したところで始まる。上からも下からも出せる限りのものを、すべて吐き出してしまうのだ。中には口から胃を、肛門から腸をひり出したという事例まで存在するらしいが、これはどこまで本当かは分からない。とにもかくにもそれ程までに苛烈な毒で、フタクチダケが原因で亡くなる者は後を絶たない。一方で十分な体力と健康に恵まれた者なら、たっぷりの水を飲んで安静にすることで快復するとも言われている。とは言え常識的に考えれば絶対に手を出すべきではない、極めて危険な毒茸の内の一つだ。
何故そんな毒茸にこれまで多くの人間が引っ掛かってきたのか。それは「ヒトクチダケ」という、見た目も味もそっくりの茸が存在するからだ。ヒトクチダケは古くから食用として人気で、当然毒はなく、味もよい。森のあらゆるところに広く分布し、年中繁殖を繰り返し、一つの古木から大量に、何度も採れる。貧しい平民にとっては救世主のような食材だし、その豊かな風味から裕福な者達にも好まれた。
それでは、ヒトクチダケとフタクチダケをどうやって見分けるか。
――見分けることはできない。実際に口にして、食べてみないことには。
「フタクチダケは二口食べれば死ぬ。それは裏を返せば、『一口だけなら死なない』ってことだ。ややこしいけどな」
一口だけならば、下痢も嘔吐もそこまで酷いものにはならない。元々体が弱い者や、体力のない老人や子どもは運が悪いと命を落とすこともあるが、大抵の者は半日寝込む程度で快復する。
だから通常「ヒトクチダケのようなもの」の群生を見つけた時は、最初に毒見係が一口だけ食べて様子を見る。一時間後何も起こらなければヒトクチダケだ、美味しく頂こう。何か起こってしまった場合は致し方ない、もったいないがすべて処分だ。家畜の餌や畑の肥やしはもちろん、鼠捕りの薬にも利用できない。周囲一帯に鼠の汚物がまき散らされることになるからだ。
「唯一の救いは、この二種類の茸は同じ群れに混在することはない……ってとこだな。茸としてはヒトクチダケの方が強いらしくて、近い場所に生えるとヒトクチダケの方がフタクチダケの群れを吸収して無毒化しちまうんだって。だからとにかく、『一口だけ』毒見すれば事足りるという話。で、なんでオレがそんな茸の説明を長々したかっていうと……」
山賊団の親分の大好物が、このヒトクチダケだったのだ。
彼はヒトクチダケをふんだんに使った茸汁を、週に一度は所望した。親分のぶんだけならまだしも、月に数回行われる宴では山賊団員全員に茸汁を振る舞いたがった。何でも――一つの鍋で作った料理を皆で食べることで団への忠誠心と団結力が増す。年中どこにでもしぶとく生える、生命力の強いヒトクチダケの茸汁ならば尚のこと、効果てきめんに違いない――というのが彼の主張だ。
なんとも素晴らしい思い付きだが、迷惑するのはヒトクチダケを調達しなければならない炊事班である。炊事班にはタビトと黒爺の他に三人いて入れ替わり立ち代わり作業していたが、その内一人か二人は常にヒトクチダケの採取と下処理に追われていた。
そしてその毒見係は、いつも黒爺だった。
「毒見は何十年も前から黒爺の担当だと教えられてたから、オレは何の疑問も持ってなかった。他の班員もたぶん同じだったと思う。でも黒爺は……見た目のせいで歳もよく分からなかったけど、『爺』って呼ばれる歳だったことは確かだったんだ。それにいくら『一口だけなら死なない』って言っても、そんな危ない茸を週に何度も食べていたら、そりゃあいつかはよくないことが起こるに決まってる」
ある日黒爺は毒見でフタクチダケの方を引いて寝込み、そのまま死んだ。
森での暮らし方を一年間教わって、季節は秋になっていた。この冬からは去年学んだことを上手にこなして黒爺を驚かせてやろうと、意気込んでいた矢先の出来事だった。
黒爺の埋葬は早々に終わり、新たな炊事班の班長が決まり、補充の人員が一人回されてきた。すべての物事が円滑に、問題なく進んだ。皆黒爺など最初からいなかったかのように振る舞い、親分が茸汁の習慣を取りやめることももちろんなかった。
次の毒見係はタビトに決まった。
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