ひと夏の隠しごと

日々野

文字の大きさ
3 / 32

帰省

しおりを挟む



「一夏ちゃん、こっちこっち! まー大きなって!」

 東京から新幹線で二時間、そこから私鉄に乗り換え特急で一時間。普通電車とバスを乗り継いで二時間。
 古びたバス停で降りたところで一夏を迎えたのは、母の妹である叔母の秋子あきこだった。

「五年ぶりやから分かるか不安やったけど、一発で分かったわ。お姉ちゃんの若い頃とそっくりや」

 悪意のない秋子の言葉に、さっそく一夏の頬が引き攣る。

 母の若い頃にそっくり――という表現は、母方の親戚筋や知り合いに毎度のように言われていた。輪郭も目鼻立ちも全体的にちんまりとしていて色素が薄く、少し猫毛気味なところがよく似ているらしい。たしかに女の子だったなら、小さくて色白なところは皆に羨ましがられるのかもしれない。しかし生憎、一夏は男だ。

「それ、あんまり嬉しくないんだけど」

 控えめに不満を伝えてみるが、秋子はあくまで悪気なく笑う。

「ええやんか。そんなイケメンやったら学校でモテてモテてしゃーないんとちゃう?」
「いやぁ、ほんとにそんなことないって……」
「またまたぁ」

 秋子は身の詰まった太い腕で一夏のスーツケースを掴むと、白い軽トラックの後ろに軽々と載せる。ごすん、と豪快な音が鳴ったが彼女は気にもせず緑のネットを掛け、運転席に乗り込んだ。続いて一夏も助手席に乗り込む。

「こんな車で恥ずかしいけど。ここは結局こういう車が一番便利やねん」

 と、秋子は全く恥ずかしくなさそうに言う。

 そうだろうな、と一夏も窓から景色を見ながら思った。私鉄の特急に乗っていたころはまだましだったが、普通電車に乗り変えてからは一気に緑の気配が濃くなった。運行本数は減り、連絡待ちで何十分も電車が止まり、最寄りのバスは一日五本しかなく、逃したら何時間も待たなければならない。

 こういう土地では気取った高級車よりも、実用的で頑丈な車が重宝されるのだろう。毎年帰っている父方祖父母の村が『海のド田舎』なら、母方祖父母の村は『山のド田舎』のようだ。

「東京から大移動してきて疲れたやろ。今日はご馳走やから楽しみにしとき」
「へぇ。ご馳走って?」
「あっせや、はす向かいに山田やまださんて人が住んでるんやけどな。いやはす向かいゆうても百メートルくらい離れてるんやけど」
「え。うん」
「そこの息子さんも今帰ってきてんねん。そんでお孫さんが一夏ちゃんと歳近かったから遊んだったらええよ。しかしこの村に高校生の男の子が二人もいるなんて珍しいわぁ。天変地異の前触れかもな!」

 あっはっは、と秋子は快活に笑ってハンドルを切る。
 結局ご馳走って何なんだ――と思っているうちに目的地にたどり着いた。

 築数十年は経っていそうな日本家屋である。
 玄関ドアは木の枠が付いた引き戸で、東京ではあまり見ないタイプの飾りガラスが嵌めこまれている。雨樋には赤い錆が浮き、白い漆喰の壁は下の方がくすんでいた。いかにも田舎によくある一軒家という出で立ちだが、玄関まわりは綺麗に掃き清められ、小さな植え込みの中では紫がかった鮮やかなピンクの花が零れんばかりに咲き誇っている。家共々、それなりに丁寧に手入れをされているのが伝わってきた。

 一夏はスーツケースを押しながら秋子の後に続いて家に近づく。秋子には「あたしが持つから」と言われたが、さすがに女性に荷物を任せて自分だけ手ぶらというのも格好が付かない。一夏が慣れないスーツケースに苦心しながら石畳を進んでいると、先に玄関に入った秋子が声をあげた。

「あらぁ! また何か持って来てくれたん? え、山田さんが? 嬉しいわぁ……でも悪いやろ、昨日もええお魚もらったばっかりやのに」
「いや、これはこういう作戦なんです。オレも親父もここあんま帰ってこれへんから。ご近所さんにうちの爺ちゃん見てもらえるように、定期的に賄賂送っとかんと」
「えぇ、賄賂やったの? そんならもろとこかなぁ。あっせや、昨日ゆうてた甥っ子、今帰ってきてん。歳近いから、千くんも仲良くしたって……」

 秋子が促すように一夏を振り返るも、一夏は玄関先で、根が生えたように立ち尽くしていた。まるで予想だにしていない人物がそこにいたからだ。

 烏の濡れ羽のように黒々とした髪は変わらず、ツンと澄ました表情はなりを潜め、代わりに穏やかに目を細めて秋子に軽口を叩いている。服装はシンプルな無地のTシャツと紺色のハーフパンツ、くるぶしまでの靴下とスポーツスニーカーという極めてラフな格好で、いつも纏っているクールで不愛想な印象は欠片もない。そして腕には、桃がいっぱいに詰められた段ボール箱。

「……柿之内君……?」
「えっ。……皆原?」

 柿之内千が、そこにいた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

君のスーツを脱がせたい

BL
 学生兼モデルをしている佐倉蘭とオーダースーツ専門店のテーラー加瀬和也は絶賛お付き合い中。  蘭の誕生日に加瀬はオーダースーツを作ることに。  加瀬のかっこよさにドキドキしてしまう蘭。  仕事、年齢、何もかも違う二人だけとお互いを想い合う二人。その行方は?  佐倉蘭 受け 23歳  加瀬和也 攻め 33歳  原作間  33歳

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

処理中です...