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帰省
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◆
「一夏ちゃん、こっちこっち! まー大きなって!」
東京から新幹線で二時間、そこから私鉄に乗り換え特急で一時間。普通電車とバスを乗り継いで二時間。
古びたバス停で降りたところで一夏を迎えたのは、母の妹である叔母の秋子だった。
「五年ぶりやから分かるか不安やったけど、一発で分かったわ。お姉ちゃんの若い頃とそっくりや」
悪意のない秋子の言葉に、さっそく一夏の頬が引き攣る。
母の若い頃にそっくり――という表現は、母方の親戚筋や知り合いに毎度のように言われていた。輪郭も目鼻立ちも全体的にちんまりとしていて色素が薄く、少し猫毛気味なところがよく似ているらしい。たしかに女の子だったなら、小さくて色白なところは皆に羨ましがられるのかもしれない。しかし生憎、一夏は男だ。
「それ、あんまり嬉しくないんだけど」
控えめに不満を伝えてみるが、秋子はあくまで悪気なく笑う。
「ええやんか。そんなイケメンやったら学校でモテてモテてしゃーないんとちゃう?」
「いやぁ、ほんとにそんなことないって……」
「またまたぁ」
秋子は身の詰まった太い腕で一夏のスーツケースを掴むと、白い軽トラックの後ろに軽々と載せる。ごすん、と豪快な音が鳴ったが彼女は気にもせず緑のネットを掛け、運転席に乗り込んだ。続いて一夏も助手席に乗り込む。
「こんな車で恥ずかしいけど。ここは結局こういう車が一番便利やねん」
と、秋子は全く恥ずかしくなさそうに言う。
そうだろうな、と一夏も窓から景色を見ながら思った。私鉄の特急に乗っていたころはまだましだったが、普通電車に乗り変えてからは一気に緑の気配が濃くなった。運行本数は減り、連絡待ちで何十分も電車が止まり、最寄りのバスは一日五本しかなく、逃したら何時間も待たなければならない。
こういう土地では気取った高級車よりも、実用的で頑丈な車が重宝されるのだろう。毎年帰っている父方祖父母の村が『海のド田舎』なら、母方祖父母の村は『山のド田舎』のようだ。
「東京から大移動してきて疲れたやろ。今日はご馳走やから楽しみにしとき」
「へぇ。ご馳走って?」
「あっせや、はす向かいに山田さんて人が住んでるんやけどな。いやはす向かいゆうても百メートルくらい離れてるんやけど」
「え。うん」
「そこの息子さんも今帰ってきてんねん。そんでお孫さんが一夏ちゃんと歳近かったから遊んだったらええよ。しかしこの村に高校生の男の子が二人もいるなんて珍しいわぁ。天変地異の前触れかもな!」
あっはっは、と秋子は快活に笑ってハンドルを切る。
結局ご馳走って何なんだ――と思っているうちに目的地にたどり着いた。
築数十年は経っていそうな日本家屋である。
玄関ドアは木の枠が付いた引き戸で、東京ではあまり見ないタイプの飾りガラスが嵌めこまれている。雨樋には赤い錆が浮き、白い漆喰の壁は下の方がくすんでいた。いかにも田舎によくある一軒家という出で立ちだが、玄関まわりは綺麗に掃き清められ、小さな植え込みの中では紫がかった鮮やかなピンクの花が零れんばかりに咲き誇っている。家共々、それなりに丁寧に手入れをされているのが伝わってきた。
一夏はスーツケースを押しながら秋子の後に続いて家に近づく。秋子には「あたしが持つから」と言われたが、さすがに女性に荷物を任せて自分だけ手ぶらというのも格好が付かない。一夏が慣れないスーツケースに苦心しながら石畳を進んでいると、先に玄関に入った秋子が声をあげた。
「あらぁ! また何か持って来てくれたん? え、山田さんが? 嬉しいわぁ……でも悪いやろ、昨日もええお魚もらったばっかりやのに」
「いや、これはこういう作戦なんです。オレも親父もここあんま帰ってこれへんから。ご近所さんにうちの爺ちゃん見てもらえるように、定期的に賄賂送っとかんと」
「えぇ、賄賂やったの? そんならもろとこかなぁ。あっせや、昨日ゆうてた甥っ子、今帰ってきてん。歳近いから、千くんも仲良くしたって……」
秋子が促すように一夏を振り返るも、一夏は玄関先で、根が生えたように立ち尽くしていた。まるで予想だにしていない人物がそこにいたからだ。
烏の濡れ羽のように黒々とした髪は変わらず、ツンと澄ました表情はなりを潜め、代わりに穏やかに目を細めて秋子に軽口を叩いている。服装はシンプルな無地のTシャツと紺色のハーフパンツ、くるぶしまでの靴下とスポーツスニーカーという極めてラフな格好で、いつも纏っているクールで不愛想な印象は欠片もない。そして腕には、桃がいっぱいに詰められた段ボール箱。
「……柿之内君……?」
「えっ。……皆原?」
柿之内千が、そこにいた。
「一夏ちゃん、こっちこっち! まー大きなって!」
東京から新幹線で二時間、そこから私鉄に乗り換え特急で一時間。普通電車とバスを乗り継いで二時間。
古びたバス停で降りたところで一夏を迎えたのは、母の妹である叔母の秋子だった。
「五年ぶりやから分かるか不安やったけど、一発で分かったわ。お姉ちゃんの若い頃とそっくりや」
悪意のない秋子の言葉に、さっそく一夏の頬が引き攣る。
母の若い頃にそっくり――という表現は、母方の親戚筋や知り合いに毎度のように言われていた。輪郭も目鼻立ちも全体的にちんまりとしていて色素が薄く、少し猫毛気味なところがよく似ているらしい。たしかに女の子だったなら、小さくて色白なところは皆に羨ましがられるのかもしれない。しかし生憎、一夏は男だ。
「それ、あんまり嬉しくないんだけど」
控えめに不満を伝えてみるが、秋子はあくまで悪気なく笑う。
「ええやんか。そんなイケメンやったら学校でモテてモテてしゃーないんとちゃう?」
「いやぁ、ほんとにそんなことないって……」
「またまたぁ」
秋子は身の詰まった太い腕で一夏のスーツケースを掴むと、白い軽トラックの後ろに軽々と載せる。ごすん、と豪快な音が鳴ったが彼女は気にもせず緑のネットを掛け、運転席に乗り込んだ。続いて一夏も助手席に乗り込む。
「こんな車で恥ずかしいけど。ここは結局こういう車が一番便利やねん」
と、秋子は全く恥ずかしくなさそうに言う。
そうだろうな、と一夏も窓から景色を見ながら思った。私鉄の特急に乗っていたころはまだましだったが、普通電車に乗り変えてからは一気に緑の気配が濃くなった。運行本数は減り、連絡待ちで何十分も電車が止まり、最寄りのバスは一日五本しかなく、逃したら何時間も待たなければならない。
こういう土地では気取った高級車よりも、実用的で頑丈な車が重宝されるのだろう。毎年帰っている父方祖父母の村が『海のド田舎』なら、母方祖父母の村は『山のド田舎』のようだ。
「東京から大移動してきて疲れたやろ。今日はご馳走やから楽しみにしとき」
「へぇ。ご馳走って?」
「あっせや、はす向かいに山田さんて人が住んでるんやけどな。いやはす向かいゆうても百メートルくらい離れてるんやけど」
「え。うん」
「そこの息子さんも今帰ってきてんねん。そんでお孫さんが一夏ちゃんと歳近かったから遊んだったらええよ。しかしこの村に高校生の男の子が二人もいるなんて珍しいわぁ。天変地異の前触れかもな!」
あっはっは、と秋子は快活に笑ってハンドルを切る。
結局ご馳走って何なんだ――と思っているうちに目的地にたどり着いた。
築数十年は経っていそうな日本家屋である。
玄関ドアは木の枠が付いた引き戸で、東京ではあまり見ないタイプの飾りガラスが嵌めこまれている。雨樋には赤い錆が浮き、白い漆喰の壁は下の方がくすんでいた。いかにも田舎によくある一軒家という出で立ちだが、玄関まわりは綺麗に掃き清められ、小さな植え込みの中では紫がかった鮮やかなピンクの花が零れんばかりに咲き誇っている。家共々、それなりに丁寧に手入れをされているのが伝わってきた。
一夏はスーツケースを押しながら秋子の後に続いて家に近づく。秋子には「あたしが持つから」と言われたが、さすがに女性に荷物を任せて自分だけ手ぶらというのも格好が付かない。一夏が慣れないスーツケースに苦心しながら石畳を進んでいると、先に玄関に入った秋子が声をあげた。
「あらぁ! また何か持って来てくれたん? え、山田さんが? 嬉しいわぁ……でも悪いやろ、昨日もええお魚もらったばっかりやのに」
「いや、これはこういう作戦なんです。オレも親父もここあんま帰ってこれへんから。ご近所さんにうちの爺ちゃん見てもらえるように、定期的に賄賂送っとかんと」
「えぇ、賄賂やったの? そんならもろとこかなぁ。あっせや、昨日ゆうてた甥っ子、今帰ってきてん。歳近いから、千くんも仲良くしたって……」
秋子が促すように一夏を振り返るも、一夏は玄関先で、根が生えたように立ち尽くしていた。まるで予想だにしていない人物がそこにいたからだ。
烏の濡れ羽のように黒々とした髪は変わらず、ツンと澄ました表情はなりを潜め、代わりに穏やかに目を細めて秋子に軽口を叩いている。服装はシンプルな無地のTシャツと紺色のハーフパンツ、くるぶしまでの靴下とスポーツスニーカーという極めてラフな格好で、いつも纏っているクールで不愛想な印象は欠片もない。そして腕には、桃がいっぱいに詰められた段ボール箱。
「……柿之内君……?」
「えっ。……皆原?」
柿之内千が、そこにいた。
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