ひと夏の隠しごと

日々野

文字の大きさ
5 / 32

子守り

しおりを挟む



 一夏は高校生の一人部屋にするには少し広い、八畳間の和室を与えられた。

 元々は母が使っていた部屋だから、ベッドや机などの家具はどちらかと言えば女の子らしい柔らかな色合いで統一されていたが、デザイン自体はシンプルなので一夏が使っても特に違和感はない。アイボリーのクロゼットに当面の衣類をおさめ、机の上に勉強道具をまとめて積んでおく。

 続いてスマホの充電アダプタをセットしようとして、バス停から降りてもう数時間通知を確認していないことに気付く。ほんの少しの焦りを覚えながら画面を明るくすると、案の定メッセージがいくつか表示された。

「……ま、いいか」

 なんとなく返事を考える気になれず、そのまま充電パッドに置く。

 普段つるんでる友人には、田舎に帰省したことは伝えている。返事が来なかったとして、「移動で疲れてるんだなあ」くらいで済ませてくれるだろう。それ以外は……まあ、いいや。

 こんな自然しかない山奥にまで来て、小さな金属板とにらめっこして細かいことで頭を悩ませたくなかった。それに。

 ――嫌や。話したくない。他に言うことはない。

 柿之内の断固とした拒絶に、一夏は少なからず傷ついていた。

 玄関先で柿之内を見つけた時、驚いたのは事実だが、それ以上に嬉しかった。だってこんな偶然、なかなかない。ひそかにずっと気にかけていた柿之内と、もしかしたらこの夏は一緒に遊べるんじゃないか。連絡先だって交換できるかも。

 そんな淡い期待に胸膨らませていたのに、蓋を開ければこれである。口調こそ変わっていても、一夏に対する態度は学校の時と同じだ。しかし叔母の秋子や年下の従弟妹達に対しては、いかにも『明るくて面倒見のいい高校生のお兄ちゃん』という顔をしているのがまた小憎らしい。

「……なんだよ。二重人格め」

 別に、そっちがその気ならこっちだって無理に近づかないっての。

 一夏はいくつか届いていたメッセージには既読もつけず、その日は風呂をいただくと夜十時には寝た。こんな早くに眠りについたのは、久方ぶりのことだった。





 ――そっちがその気ならこっちだって無理に近づかない。

 一夏は昨晩、たしかにそう決意しながら眠りについたのだが、

「もー一夏ちゃんと千君来てくれてほんま助かるわぁ! しゅんくんみゆちゃん、お兄ちゃん達にいっぱい遊んでもらい。でも迷惑かけたらあかんで。ほな行ってきます、なんかあったら電話してな!」

 翌朝早々蝉の声に起こされたかと思ったら、秋子に従弟妹二人――ちなみに年齢は上から九歳と七歳――の子守りを頼まれた。何でも祖父秋蔵の血圧の薬をもらいに行く日だったとか、ついでにスーパーの特売に寄りたいからとか、ママ友に子どものおさがりの服をもらいに行くとか、まあとにかく主婦は色々とやることがあるらしい。

 一夏としてもただの居候として世話してもらうよりかは何かしら仕事を任せてもらう方が気が楽になるから、子守り自体は構わない。しかし何故柿之内まで呼びつけるのか。

 一夏が気まずい思いを抱えて部屋の隅っこで蹲っているというのに、柿之内は早くも子ども達に群がられている。

「千くん、何してあそぶ? 何してあそぶ?」
「ん? せやなー、春は何したい?」
「えっとー、インクで敵たおすやつ!」
「ああ、ゲームか? でもお母ちゃんにゲームは一日一時間いわれてんねやろ?」
「せんくん。みゆ、お絵かきする」
「おっ、ええなぁ。じゃあ落書き帳だして……」

 柿之内は子ども達に向けていた笑みをさっと引っ込めると、一夏を睨みつける。

「おい皆原、何ぼさっとしとんねん。お前のイトコやろが。手伝えや」
「うっ。……は、はい……」

 従弟妹と言ってもほぼ初対面で歳もこれだけ離れていれば、知らない子どもを相手にしているのも同然である。

 ――小さい子の扱い方なんて分からないって。……ああそうか、俺だけだと頼りないから叔母さんは柿之内を呼んだのか。

 内心でほんの少し疎外感を覚えながら、一夏ものろのろと柿之内の方へ向かう。彼の子どもへの接し方を見て真似しながら、一夏は春太郎と『インクで敵倒すゲーム』をやったり、畳の上で馬になって深冬姫を乗せたり、鬼になって子ども達を追いかけ回したりして過ごした。

 そうして夕方になる頃には子ども達もすっかり一夏に慣れ、遊び疲れて眠ってしまった。

「ご苦労さん。頑張ったやん」

 二人並んで眠る子ども達の隣で一夏がぐったりとしていると、柿之内が麦茶をなみなみと注いだガラスのコップを差し出した。からん、と氷が涼やかな音をたてる。

「……ありがと」
「けっこうしんどいやろ、子どもの相手は。こいつら意外と力あるし」

 麦茶を受け取ると、柿之内も同じものを持って隣に座った。

「千くんはずいぶん慣れてたけど。毎年こっちに帰省してるの?」
「あーうん、まあだいたい……」
「ん?」

 柿之内が返事の途中ではたと止まった。かと思えば嫌そうな顔で呻く。

「……一夏お前、キショイ呼び方すんなよ。鳥肌立ったわ」
「……え。……あっ」

 一夏は自分が『千くん』を呼んでいたことに、言われてから気付いた。子ども達がずっとそう呼んでいたから、ついうつってしまったのだ。

「ご、……ごめん。かっ、柿之内君は……」
「……いや。そうじゃなくて」

 柿之内は麦茶のグラスに口をつけ、ぶっきらぼうに言った。

「千……で、いいって。長いし言いにくいやろ。柿之内は」

 実証するかのようにロボットのような角張った口調で、「カキノウチクン」と自分で自分を呼んでみせる。

「そ、……そうかも。じゃあ……これからは、千って呼ぶ」
「おう。そうして」

 そこで柿之内は――千は、にっと口の端をあげて笑ってみせた。

 それは千が初めて一夏に向けた笑顔で、その顔を見た瞬間、一夏の胸がぎゅーっとなった。血が熱くなり、心音がうるさくなり、体温が上がっていくような感覚。嬉しくて幸せでいっぱいなのに、同時に苦い経験を思い出してしまう、あの感覚。

 その後二人は子ども達の寝顔を眺めながら、取り留めもない話をした。結局秋子が帰ってきたのは午後五時過ぎで、この日だけで一夏は高校二年の一学期より何倍も密で、中身のある会話をした気がして、頭の中がくらくらした。

「じゃあな一夏。また来るわ」

 別れ際、千はそう言って帰っていった。
 頭がくらくらしていたのと、未だに千の笑顔が目蓋に焼き付いていた一夏は、自分も千から呼び捨てにされていたことにはしばらく気付けなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

君のスーツを脱がせたい

BL
 学生兼モデルをしている佐倉蘭とオーダースーツ専門店のテーラー加瀬和也は絶賛お付き合い中。  蘭の誕生日に加瀬はオーダースーツを作ることに。  加瀬のかっこよさにドキドキしてしまう蘭。  仕事、年齢、何もかも違う二人だけとお互いを想い合う二人。その行方は?  佐倉蘭 受け 23歳  加瀬和也 攻め 33歳  原作間  33歳

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

処理中です...