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しらたま貝
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◆
庭で膨らませたビニールプールで春太郎と深冬と遊び、冷房の効いた涼しい居間で扇風機を浴びながら髪を乾かしていた、ある日の夕暮れ。
畑仕事を終えた秋子が、盆の上に人数分の麦茶を載せてやってきた。
「おつかれ、一夏ちゃん。いつも助かるわぁ。今日は一人で大変やったでしょ」
「うん、まあ、疲れたけど。でも春もみゆもいい子にしてたよな?」
一夏が振り返ると、子ども達二人は畳の上で「してたー」と蛇のように体をくねらせる。遊び疲れて眠くなってきたらしい。秋子は苦笑して座卓の上に盆を置き、麦茶を差し出す。
「でも千君が来てへんの珍しいね。ここ最近毎日遊んでたのに」
「うん、なんか用事あったらしい。でももうちょっとしたら来るってさっきメッセージ入ってて」
一夏はスマホの画面を起動し、千との会話を遡る。初めて連絡先を交換してからこの五日間、ほぼ何かしら短いやり取りがあった。内容は学校の宿題のこと、一夏や千自身のこと、ここでの暮らしのこと、それから何てことのない軽口など。もちろん「何てことない」というのは表面上そう取り繕っているだけで、一夏自身はものすごく言葉を選びながら慎重に返事をしている。でもそれは『普通の高校生』を演じている時より、ずっと楽しい時間だった。
秋子は微笑みながら、自分の麦茶を口に運ぶ。
「へぇ、仲良しなんやね。千君に聞いたけど、学校ではあんま喋ってなかったんやろ? それがもう親友みたいになって、男の子は仲良くなるんが早いなあ。まだ夏休み入ってそんな経ってへんのに」
「ま、……まあ、ここだと同世代が他にいないから……」
「そういうもんかぁ?」
そういうもんだよ、と口では答えつつ、内心では違う、とはっきり自覚していた。一夏は千に対して、既に友情以上の好意を抱いている。夜にアプリで千とメッセージを送り合っている時、ふと返事を迷ったり、千からの返信がすぐにこなかった時は、画面を少し上にスクロールして、彼の写真をぼーっと眺めてしまう。
――何度見てもかっこいい。でも千はこの笑顔を、クラスメイトの他の誰にも見せていないんだ。……俺以外には。
こんなことを考えて一人優越感に浸るのは、普通の友達じゃあり得ない。
――だからこそ、この気持ちだけは、秘密にしておかなければ。
一夏が決意を新たにしたところで、スマホの画面が点灯した。見ると千の犬のアイコンから、新しいメッセージが届いている。
『お前んちついた』
『いま出てこれる?』
飾り気のないいつもの文章が、何故だか無性に嬉しい。一夏は「噂をすれば来たみたい」とだけ秋子に告げると、小走りで玄関に向かった。
「おう、お疲れ。これやるわ」
「えっ? うわっ、なにこれ」
玄関前で顔を合わすなり、千が段ボール箱を差し出す。その中に入っていたのは、――本当に何か分からなかった。
一つ一つの大きさは三センチから六センチほど。形は白くて丸っこく、ひらひらした半透明の襞のようなもので覆われている。食べ物なのかそうでないのかも分からない。出来損ないの造花のようにも見える。
「シロキクラゲや。裏の森でよぉ採れるからおすそ分け。秋子さんに渡してみ、うまいこと料理してくれるから」
「へーありがとう、キクラゲってこんな感じなんだ。生のキクラゲ初めて見た。キノコっていうより、なんか花みたいだね」
箱から一つ摘まみあげてそう言えば、千は何か納得いかないような顔でじぃっと一夏を見つめる。
「……え。何?」
「いや。……花みたい? 他に似てるもんない?」
「え? ……」
千が、どんな答えを求めているのか全く分からない。一夏は手にのせた一つをよく観察する。たしかに「シロキクラゲ」という名称を聞いてからだと、他にも何かありそうだ。
「そうだな。なんかひらひらしてるところが海藻っぽいね。あとやっぱりクラゲ?」
キクラゲというからにはクラゲに似ているんだろう――と安易に考えて答えたのだが、千はがっかりしたように小さく息を吐いた。
「いや、それ……このへんやと『しらたま貝』って言われてんねん。丸っこい形が海の貝っぽいって」
「あー、たしかにそう言われてみれば。これなんか貝っぽいね」
何故か千の雰囲気が暗いので、一夏は明るい声を意識して、特に見事な球体になっている一つを指さす。しかし千はあくまで不満げだ。
「……なんか反応薄ない?」
「え? ……いや、普通じゃない?」
「普通やけど……」
むしろキクラゲでこれ以上どう反応しろと言うのか。一夏が困惑していると、千がぶっきらぼうに言った。
「綺麗な貝殻集めんの好きゆうてたから。もっと喜ぶもんかと……」
庭で膨らませたビニールプールで春太郎と深冬と遊び、冷房の効いた涼しい居間で扇風機を浴びながら髪を乾かしていた、ある日の夕暮れ。
畑仕事を終えた秋子が、盆の上に人数分の麦茶を載せてやってきた。
「おつかれ、一夏ちゃん。いつも助かるわぁ。今日は一人で大変やったでしょ」
「うん、まあ、疲れたけど。でも春もみゆもいい子にしてたよな?」
一夏が振り返ると、子ども達二人は畳の上で「してたー」と蛇のように体をくねらせる。遊び疲れて眠くなってきたらしい。秋子は苦笑して座卓の上に盆を置き、麦茶を差し出す。
「でも千君が来てへんの珍しいね。ここ最近毎日遊んでたのに」
「うん、なんか用事あったらしい。でももうちょっとしたら来るってさっきメッセージ入ってて」
一夏はスマホの画面を起動し、千との会話を遡る。初めて連絡先を交換してからこの五日間、ほぼ何かしら短いやり取りがあった。内容は学校の宿題のこと、一夏や千自身のこと、ここでの暮らしのこと、それから何てことのない軽口など。もちろん「何てことない」というのは表面上そう取り繕っているだけで、一夏自身はものすごく言葉を選びながら慎重に返事をしている。でもそれは『普通の高校生』を演じている時より、ずっと楽しい時間だった。
秋子は微笑みながら、自分の麦茶を口に運ぶ。
「へぇ、仲良しなんやね。千君に聞いたけど、学校ではあんま喋ってなかったんやろ? それがもう親友みたいになって、男の子は仲良くなるんが早いなあ。まだ夏休み入ってそんな経ってへんのに」
「ま、……まあ、ここだと同世代が他にいないから……」
「そういうもんかぁ?」
そういうもんだよ、と口では答えつつ、内心では違う、とはっきり自覚していた。一夏は千に対して、既に友情以上の好意を抱いている。夜にアプリで千とメッセージを送り合っている時、ふと返事を迷ったり、千からの返信がすぐにこなかった時は、画面を少し上にスクロールして、彼の写真をぼーっと眺めてしまう。
――何度見てもかっこいい。でも千はこの笑顔を、クラスメイトの他の誰にも見せていないんだ。……俺以外には。
こんなことを考えて一人優越感に浸るのは、普通の友達じゃあり得ない。
――だからこそ、この気持ちだけは、秘密にしておかなければ。
一夏が決意を新たにしたところで、スマホの画面が点灯した。見ると千の犬のアイコンから、新しいメッセージが届いている。
『お前んちついた』
『いま出てこれる?』
飾り気のないいつもの文章が、何故だか無性に嬉しい。一夏は「噂をすれば来たみたい」とだけ秋子に告げると、小走りで玄関に向かった。
「おう、お疲れ。これやるわ」
「えっ? うわっ、なにこれ」
玄関前で顔を合わすなり、千が段ボール箱を差し出す。その中に入っていたのは、――本当に何か分からなかった。
一つ一つの大きさは三センチから六センチほど。形は白くて丸っこく、ひらひらした半透明の襞のようなもので覆われている。食べ物なのかそうでないのかも分からない。出来損ないの造花のようにも見える。
「シロキクラゲや。裏の森でよぉ採れるからおすそ分け。秋子さんに渡してみ、うまいこと料理してくれるから」
「へーありがとう、キクラゲってこんな感じなんだ。生のキクラゲ初めて見た。キノコっていうより、なんか花みたいだね」
箱から一つ摘まみあげてそう言えば、千は何か納得いかないような顔でじぃっと一夏を見つめる。
「……え。何?」
「いや。……花みたい? 他に似てるもんない?」
「え? ……」
千が、どんな答えを求めているのか全く分からない。一夏は手にのせた一つをよく観察する。たしかに「シロキクラゲ」という名称を聞いてからだと、他にも何かありそうだ。
「そうだな。なんかひらひらしてるところが海藻っぽいね。あとやっぱりクラゲ?」
キクラゲというからにはクラゲに似ているんだろう――と安易に考えて答えたのだが、千はがっかりしたように小さく息を吐いた。
「いや、それ……このへんやと『しらたま貝』って言われてんねん。丸っこい形が海の貝っぽいって」
「あー、たしかにそう言われてみれば。これなんか貝っぽいね」
何故か千の雰囲気が暗いので、一夏は明るい声を意識して、特に見事な球体になっている一つを指さす。しかし千はあくまで不満げだ。
「……なんか反応薄ない?」
「え? ……いや、普通じゃない?」
「普通やけど……」
むしろキクラゲでこれ以上どう反応しろと言うのか。一夏が困惑していると、千がぶっきらぼうに言った。
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