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蜩
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「綺麗な貝殻集めんの好きゆうてたから。もっと喜ぶもんかと……」
「……」
「……まあ、本物の貝ちゃうもんな。殻もないし。悪い、それだけや」
千が逃げるように踵を返したので、一夏は「待って!」と柄にもなく大きな声を出した。千がその場で振り返る。
「あ、……あの。あ、上がってかない?」
「いや、……オレこれから犬の散歩あるから」
「じゃ、お、俺も一緒に行っていい? これ置いてくるから」
「え? あーうん、別にええけど……」
千が最後まで言い終わらない内に、一夏は玄関に入って靴箱の上にシロキクラゲの箱を置いた。ものの数秒で取って返すと、既に体を後ろに向けて待っていた千に追いつく。
「うちの犬の散歩、けっこうハードやで?」
「だ。大丈夫。……ここに来てから健康的な生活送ってるから」
「そぉか」
千と並んで歩き出す。
日が落ちるのが遅い季節でも、夕方六時を過ぎれば空の端に淡いオレンジ色が滲み出す。日中の湿った熱い空気も多少は落ち着き、近隣の山々で冷やされた風が夜の訪れを告げている。
――カナカナカナカナ……
――カナカナカナカナ……
どこぞでヒグラシが鳴いている。
蝉の中でもヒグラシの声は、時間帯のせいもあってか妙に切なく聞こえる。
しかし一夏は半分上の空で、千との会話を何度も頭の中で繰り返していた。それから七月のはじめの、あのホームルームのことを。
――あの時、俺は貝でお小遣い稼ぎができるってことまで言えなかった。だから千は俺が本当に貝殻集めが好きだと思ってるんだ。……それで俺が喜ぶと思って、『しらたま貝』を持ってきてくれたんだ。
今にも顔がにやけてスキップしてしまいそうになるのを、必死でこらえる。
――でも、本当のこと言った方がいいのかな。とくべつ貝には興味ないってこと。……またがっかりさせちゃうかな?
ちらりと横目で様子を窺えば、ちょうど千もこちらを見ていたようで、ばちんと目が合ってしまう。
「あっ」
つい、上擦った声が喉から出てしまった。そして一夏は、気恥ずかしいのを誤魔化そうとして、咄嗟に思いついたことを口にした。
「柿之内の、キノコ狩り……」
「……」
――シィーン……
と、二人の間に沈黙が落ちてくる。しきりに鳴いていたヒグラシまで、一瞬にして全部死んでしまったかのような静寂に覆われる。
「ぷっ」
その静けさを千が破る。
そしてくつくつと肩を震わせて笑うと、「しょーもな」と言った。
「しょうもなさすぎるわ。ヤバイなお前」
「や、ヤバイって……千と同じこと言っただけじゃん!」
「同じやからヤバイんや。二番煎じで同じ轍踏むとか、学習能力ゼロやんけ」
「ぐ……!」
「ああほんま」
しょうもない、と、千は夕暮れに染まり始めた空を仰いでおかしそうに笑った。
「……」
「……まあ、本物の貝ちゃうもんな。殻もないし。悪い、それだけや」
千が逃げるように踵を返したので、一夏は「待って!」と柄にもなく大きな声を出した。千がその場で振り返る。
「あ、……あの。あ、上がってかない?」
「いや、……オレこれから犬の散歩あるから」
「じゃ、お、俺も一緒に行っていい? これ置いてくるから」
「え? あーうん、別にええけど……」
千が最後まで言い終わらない内に、一夏は玄関に入って靴箱の上にシロキクラゲの箱を置いた。ものの数秒で取って返すと、既に体を後ろに向けて待っていた千に追いつく。
「うちの犬の散歩、けっこうハードやで?」
「だ。大丈夫。……ここに来てから健康的な生活送ってるから」
「そぉか」
千と並んで歩き出す。
日が落ちるのが遅い季節でも、夕方六時を過ぎれば空の端に淡いオレンジ色が滲み出す。日中の湿った熱い空気も多少は落ち着き、近隣の山々で冷やされた風が夜の訪れを告げている。
――カナカナカナカナ……
――カナカナカナカナ……
どこぞでヒグラシが鳴いている。
蝉の中でもヒグラシの声は、時間帯のせいもあってか妙に切なく聞こえる。
しかし一夏は半分上の空で、千との会話を何度も頭の中で繰り返していた。それから七月のはじめの、あのホームルームのことを。
――あの時、俺は貝でお小遣い稼ぎができるってことまで言えなかった。だから千は俺が本当に貝殻集めが好きだと思ってるんだ。……それで俺が喜ぶと思って、『しらたま貝』を持ってきてくれたんだ。
今にも顔がにやけてスキップしてしまいそうになるのを、必死でこらえる。
――でも、本当のこと言った方がいいのかな。とくべつ貝には興味ないってこと。……またがっかりさせちゃうかな?
ちらりと横目で様子を窺えば、ちょうど千もこちらを見ていたようで、ばちんと目が合ってしまう。
「あっ」
つい、上擦った声が喉から出てしまった。そして一夏は、気恥ずかしいのを誤魔化そうとして、咄嗟に思いついたことを口にした。
「柿之内の、キノコ狩り……」
「……」
――シィーン……
と、二人の間に沈黙が落ちてくる。しきりに鳴いていたヒグラシまで、一瞬にして全部死んでしまったかのような静寂に覆われる。
「ぷっ」
その静けさを千が破る。
そしてくつくつと肩を震わせて笑うと、「しょーもな」と言った。
「しょうもなさすぎるわ。ヤバイなお前」
「や、ヤバイって……千と同じこと言っただけじゃん!」
「同じやからヤバイんや。二番煎じで同じ轍踏むとか、学習能力ゼロやんけ」
「ぐ……!」
「ああほんま」
しょうもない、と、千は夕暮れに染まり始めた空を仰いでおかしそうに笑った。
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