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部屋デート
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◆
「……はぁ。でもかっこいい……」
自室のベッドで寝転がりながら、千の写真を眺める。スマホに穴が開くほど見つめ続けても飽きることがない。ちなみに千の写真はあれから更に二枚増えた。散歩中まるの写真が欲しいと言い張って飼い主共々撮ったのが一枚、千が子守り中、春太郎と美冬に纏わりつかれているのをドサクサに紛れて撮ったのが一枚。どれもそれぞれ微妙に違った笑顔が格好いい。
「……」
ただぽーっとしながら千の笑顔に見惚れる。
静かな昼下がりだった。今日はちび二人は両親に連れられ、朝からふもとの市民プールに遊びに行っている。よっていつも何かしら手伝いを頼んでくる秋子もいない。帰りは夕方になるだろう。
聞こえるのは冷房の低い唸り声と、窓の外でわんわんと鳴く蝉の声だけ。なんて平和で優雅な夏の午後。毎日こんな感じならいいのに。
そう思いながら寝返りを打とうとした時、
「おい一夏、おるか?」
前触れもなく襖が開き、ぎくりと体が跳ねた。ベッドに飛び起きると、祖父秋蔵が入口のところに立っている。大きな麦わら帽子を被り、白のタンクトップ姿で首から手拭いをさげ、いかにも畑から戻ってきたばかりといった出で立ちだ。
ベッドに座る一夏を見て、秋蔵は眉間に皺を寄せる。
「なんや、寝てたんか。ええ若いもんが昼間っからそんなゴロゴロしてたらあかんで」
「えぁ……えと、うん。ちょっと勉強の、休憩してた……」
「そぉか。せやったら気分転換に散歩でもしてみるか?」
一夏が返事をする前に、秋蔵が白いビニール袋を差し出した。
「そんでついでにこれ山田さんとこに持ってったって。いつもお世話になってますゆうて。頼んだで」
と、秋蔵は袋を一夏の腕の中に押し付けると、すぐに部屋から出て行った。
薄いビニール袋の中身は、零れんばかりのトウモロコシだった。
『今、家いる?』
『いる』
『おつかい頼まれたから行くわ』
『りょ』
スマホで短いやり取りをしてから家を出る。
無地のTシャツに黒のハーフパンツ、素足にスポーツサンダルを引っ掛けただけの格好で外に出ると太陽の日差しに負けそうになったので、玄関に取って返して祖父の使っていない麦わら帽子を借りた。
永瀬家から山田家の間には複数の田畑が広がっていて、距離にするとおよそ百メートルほど。ゆっくり歩いても一分程度で到着する。山羊を飼っているせいか山田家の玄関が見える辺りまでくると、動物園のような独特な臭気がうっすらと漂ってきた。メェェ、という声も家の裏手から聞こえ、今鳴いているのはいつぞやのリエちゃんだろうかと考える。
玄関ドアは永瀬家と同じ引き戸だが、光沢のあるアルミ製だ。玄関チャイムを押すと、返事の代わりにガタッと家の中から音がした。それからドスドスと廊下を歩くような音が段々近くなり、目の前でドアが開く。
「おう一夏、お疲れ。おつかいって?」
千が木製サンダルをつっかけながら顔を出す。一夏とほとんど同じ、Tシャツに短いズボンを履いただけのラフな格好だった。
しかし写真とは違う『生』の千を目の当たりにし、一気に一夏の心拍数が上がる。
「これ。爺ちゃんがいつもお世話になってますって」
誤魔化すように袋を差し出すと、千はぱっと顔を輝かせた。
「あっ、トウモロコシやん。やったー、おっちゃんとこの甘くて美味いんよなぁ。ありがとうゆうといて!」
「うん。それじゃ俺、これで……」
「えっ。もう帰んの」
と、ちょっと残念そうに言われると、むらむらと嬉しさが込み上げてくるのは仕方がない。本音を言えば一夏自身、引き留められることを少し期待していた。山田家にはまるの散歩に付き添う際、家の前までは何度か来たことがあるけれど、中に上がったことはなかった。
「こんなあっつい中帰ったら干からびんで。上がって茶でも飲んでけや。それか何かやることあんの?」
「え。いや、別に」
「せやったらええやん」
千はこれで話は決まった、とばかりにトウモロコシを抱いて家の中に入っていく。開け放されたドアを前に、まだ一夏が動けないでいると、上がり框をのぼったところで千が振り返る。
「一夏? 入らんの?」
「いっ、いや、入る! お邪魔します!」
――やばい、初部屋デート。ドキドキしてきた。
「……はぁ。でもかっこいい……」
自室のベッドで寝転がりながら、千の写真を眺める。スマホに穴が開くほど見つめ続けても飽きることがない。ちなみに千の写真はあれから更に二枚増えた。散歩中まるの写真が欲しいと言い張って飼い主共々撮ったのが一枚、千が子守り中、春太郎と美冬に纏わりつかれているのをドサクサに紛れて撮ったのが一枚。どれもそれぞれ微妙に違った笑顔が格好いい。
「……」
ただぽーっとしながら千の笑顔に見惚れる。
静かな昼下がりだった。今日はちび二人は両親に連れられ、朝からふもとの市民プールに遊びに行っている。よっていつも何かしら手伝いを頼んでくる秋子もいない。帰りは夕方になるだろう。
聞こえるのは冷房の低い唸り声と、窓の外でわんわんと鳴く蝉の声だけ。なんて平和で優雅な夏の午後。毎日こんな感じならいいのに。
そう思いながら寝返りを打とうとした時、
「おい一夏、おるか?」
前触れもなく襖が開き、ぎくりと体が跳ねた。ベッドに飛び起きると、祖父秋蔵が入口のところに立っている。大きな麦わら帽子を被り、白のタンクトップ姿で首から手拭いをさげ、いかにも畑から戻ってきたばかりといった出で立ちだ。
ベッドに座る一夏を見て、秋蔵は眉間に皺を寄せる。
「なんや、寝てたんか。ええ若いもんが昼間っからそんなゴロゴロしてたらあかんで」
「えぁ……えと、うん。ちょっと勉強の、休憩してた……」
「そぉか。せやったら気分転換に散歩でもしてみるか?」
一夏が返事をする前に、秋蔵が白いビニール袋を差し出した。
「そんでついでにこれ山田さんとこに持ってったって。いつもお世話になってますゆうて。頼んだで」
と、秋蔵は袋を一夏の腕の中に押し付けると、すぐに部屋から出て行った。
薄いビニール袋の中身は、零れんばかりのトウモロコシだった。
『今、家いる?』
『いる』
『おつかい頼まれたから行くわ』
『りょ』
スマホで短いやり取りをしてから家を出る。
無地のTシャツに黒のハーフパンツ、素足にスポーツサンダルを引っ掛けただけの格好で外に出ると太陽の日差しに負けそうになったので、玄関に取って返して祖父の使っていない麦わら帽子を借りた。
永瀬家から山田家の間には複数の田畑が広がっていて、距離にするとおよそ百メートルほど。ゆっくり歩いても一分程度で到着する。山羊を飼っているせいか山田家の玄関が見える辺りまでくると、動物園のような独特な臭気がうっすらと漂ってきた。メェェ、という声も家の裏手から聞こえ、今鳴いているのはいつぞやのリエちゃんだろうかと考える。
玄関ドアは永瀬家と同じ引き戸だが、光沢のあるアルミ製だ。玄関チャイムを押すと、返事の代わりにガタッと家の中から音がした。それからドスドスと廊下を歩くような音が段々近くなり、目の前でドアが開く。
「おう一夏、お疲れ。おつかいって?」
千が木製サンダルをつっかけながら顔を出す。一夏とほとんど同じ、Tシャツに短いズボンを履いただけのラフな格好だった。
しかし写真とは違う『生』の千を目の当たりにし、一気に一夏の心拍数が上がる。
「これ。爺ちゃんがいつもお世話になってますって」
誤魔化すように袋を差し出すと、千はぱっと顔を輝かせた。
「あっ、トウモロコシやん。やったー、おっちゃんとこの甘くて美味いんよなぁ。ありがとうゆうといて!」
「うん。それじゃ俺、これで……」
「えっ。もう帰んの」
と、ちょっと残念そうに言われると、むらむらと嬉しさが込み上げてくるのは仕方がない。本音を言えば一夏自身、引き留められることを少し期待していた。山田家にはまるの散歩に付き添う際、家の前までは何度か来たことがあるけれど、中に上がったことはなかった。
「こんなあっつい中帰ったら干からびんで。上がって茶でも飲んでけや。それか何かやることあんの?」
「え。いや、別に」
「せやったらええやん」
千はこれで話は決まった、とばかりにトウモロコシを抱いて家の中に入っていく。開け放されたドアを前に、まだ一夏が動けないでいると、上がり框をのぼったところで千が振り返る。
「一夏? 入らんの?」
「いっ、いや、入る! お邪魔します!」
――やばい、初部屋デート。ドキドキしてきた。
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