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マスク
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緊張で硬くなりながら玄関ドアをくぐる。電気を付けていない屋内は薄暗く、一段階気温が下がったような気がした。
黒い石材タイルが敷かれた三和土から先は、深みのある飴色の廊下がまっすぐに伸びている。床板がわずかな自然光を反射して、前を歩く千の影を長く引き伸ばしていた。
一夏は後ろ手でしっかりドアを閉めると、千が出していったい草のスリッパに履き替える。その時、なんとなく視線を感じて隣に目をやると、土気色の大きな人面が浮いて――
「うひゃあっ!? ……」
思わず大きな声を出してしまい、口を両手で押さえる。いったん落ち着くと『それ』の正体にはすぐに気付いたが、千がにやにや笑いながら戻ってきた。
「なんや一夏、これにビビったん? もしかして怖がりか?」
「こ、怖がりっていうか……驚いただけだよ。というか、何これ?」
一夏が目で不満を訴えながら指さす。玄関の土壁に掛かっていたのは、木でできた異国風の面だった。第一印象は目を伏せた細表の女性という感じだが、目と唇の部分が真っ黒に塗りつぶされ、顔全体に涙型の記号が描かれているせいで、皮膚の病でも患っているような薄気味悪さがある。頭部には扇形の髪飾りのようなものが付いていて、両側から人間の髪のようなものを三つ編みにして垂らしていた。
「さあ、何やっけ。どっか南国の少数部族の、婚礼用のマスク……とかやったと思う」
「なんでそんなのが家にあるの? ……これって本物の髪じゃないよね?」
「さあ。どやったかなぁ」
千はにんまりと楽しげに笑うと、廊下の奥に進む。
一夏もそのすぐ後ろに続いて歩くも、土壁にかけてある暗い色の抽象画や、羽飾りのようなものにいちいちびくついた。
日中だから電気を点けていないのは当たり前と言えば当たり前だが、灯りのない古い家の廊下というのはけっこう不気味だ。その上この家は何故か妙なものが多い。これが古い日本の家というものなのか。念願の部屋デートで、まさかこっちの意味でドキドキさせられるとは思わなかった。
飾り棚に置いてある謎の黒い人形を視界に入れないようにしながら廊下を曲がると、どこか上の方から人の声が聞こえた。男性が誰かと早口で話しているような声だ。
「今の声って、誰?」
家の人がいるなら挨拶した方がいいのかな。と、問いかける意味で千に話題を振るが、当の千は「え?」と首を傾げる。
「声って何が?」
「いや、だから今男の人の声が……」
「え? 今この家にいるの、オレら二人だけやけど……?」
「……」
――シーン……
この一瞬で一夏は全身の血が冷たくなっていくような恐怖を覚えたのだが、すぐさま「ぷっ」と千が吹き出す。
「ごめんごめん、親父や。上でリモートで仕事してる」
「な、……何……もーなんだよ、からかってぇぇえ……」
「喋ってるってことは今会議中やないかな。やから別に挨拶とか行かんでええで、めんどくさい」
「……ああそう……」
なんだか急に疲労を覚え、ぐったりと肩を落とす。千は小さく笑いながら、目の前の襖に手を掛けた。
「ごめんって。一夏は反応がいちいちかわいいからつい意地悪したくなってまうんや。治さんとな」
「え。……」
――いちいち、かわいい?
その言葉にぱっと一夏が顔を上げた時だった。襖の向こうに現れた光景に、一夏は目を疑った。
黒い石材タイルが敷かれた三和土から先は、深みのある飴色の廊下がまっすぐに伸びている。床板がわずかな自然光を反射して、前を歩く千の影を長く引き伸ばしていた。
一夏は後ろ手でしっかりドアを閉めると、千が出していったい草のスリッパに履き替える。その時、なんとなく視線を感じて隣に目をやると、土気色の大きな人面が浮いて――
「うひゃあっ!? ……」
思わず大きな声を出してしまい、口を両手で押さえる。いったん落ち着くと『それ』の正体にはすぐに気付いたが、千がにやにや笑いながら戻ってきた。
「なんや一夏、これにビビったん? もしかして怖がりか?」
「こ、怖がりっていうか……驚いただけだよ。というか、何これ?」
一夏が目で不満を訴えながら指さす。玄関の土壁に掛かっていたのは、木でできた異国風の面だった。第一印象は目を伏せた細表の女性という感じだが、目と唇の部分が真っ黒に塗りつぶされ、顔全体に涙型の記号が描かれているせいで、皮膚の病でも患っているような薄気味悪さがある。頭部には扇形の髪飾りのようなものが付いていて、両側から人間の髪のようなものを三つ編みにして垂らしていた。
「さあ、何やっけ。どっか南国の少数部族の、婚礼用のマスク……とかやったと思う」
「なんでそんなのが家にあるの? ……これって本物の髪じゃないよね?」
「さあ。どやったかなぁ」
千はにんまりと楽しげに笑うと、廊下の奥に進む。
一夏もそのすぐ後ろに続いて歩くも、土壁にかけてある暗い色の抽象画や、羽飾りのようなものにいちいちびくついた。
日中だから電気を点けていないのは当たり前と言えば当たり前だが、灯りのない古い家の廊下というのはけっこう不気味だ。その上この家は何故か妙なものが多い。これが古い日本の家というものなのか。念願の部屋デートで、まさかこっちの意味でドキドキさせられるとは思わなかった。
飾り棚に置いてある謎の黒い人形を視界に入れないようにしながら廊下を曲がると、どこか上の方から人の声が聞こえた。男性が誰かと早口で話しているような声だ。
「今の声って、誰?」
家の人がいるなら挨拶した方がいいのかな。と、問いかける意味で千に話題を振るが、当の千は「え?」と首を傾げる。
「声って何が?」
「いや、だから今男の人の声が……」
「え? 今この家にいるの、オレら二人だけやけど……?」
「……」
――シーン……
この一瞬で一夏は全身の血が冷たくなっていくような恐怖を覚えたのだが、すぐさま「ぷっ」と千が吹き出す。
「ごめんごめん、親父や。上でリモートで仕事してる」
「な、……何……もーなんだよ、からかってぇぇえ……」
「喋ってるってことは今会議中やないかな。やから別に挨拶とか行かんでええで、めんどくさい」
「……ああそう……」
なんだか急に疲労を覚え、ぐったりと肩を落とす。千は小さく笑いながら、目の前の襖に手を掛けた。
「ごめんって。一夏は反応がいちいちかわいいからつい意地悪したくなってまうんや。治さんとな」
「え。……」
――いちいち、かわいい?
その言葉にぱっと一夏が顔を上げた時だった。襖の向こうに現れた光景に、一夏は目を疑った。
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