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お守り
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「うわ、何……、」
胸元に飛び込んできたそれを片手で受け止める。明るい月明かりの下で、金色の光がきらりと煌いた。
「……。これ、あの時の」
「うん。お前それずっと見てたやろ。もの欲しそうにじーっと」
千の部屋で見た、二枚貝のお守りの片割れだった。貝殻の内側に刻まれた恋する乙女が、一夏の方を見て微笑んでいる。
「オレはこっちな」
と、千が男性が描かれた方の貝を指で摘まんでみせ、かっと一夏の頬が熱くなった。
「な。な、なんで? こ、これって恋人同士で持つものなんでしょ? お。おかしいよ」
「別にええやん。元々は船乗りが無事帰って来れますようにってするためのお守りやろ? せやったら家族とか友達とかで持っててもおかしくなくない?」
「そ。それはそうかもしれないけど。でもこの絵は完全に……こ、恋人のやつじゃん……」
「まあ、他にもガラは色々あったけど。でもお前それ一番気に入ってそうやったし。そしたらオレもこれ持つしかないやん」
「そ、……」
そうかもしれない。……いや、そうなのか?
『普通の友達』はこういうとき、どう反応するのが正解なのか。嬉しさのあまり心臓が早鐘のように打っている一夏には、もはや『普通』が想像できない。
一夏がモジモジしていると、千が面倒くさそうに言う。
「何、じゃあお前はいらんの? 持ちたくないの? せやったら返して――」
「ぃ、いるっ! いる、ありがとう!」
千が身を乗り出して貝を回収しようとしたので、一夏は庇うように貝を手で隠しながら叫ぶように答えていた。途端、千がにやりと笑う。
「ふん。最初からそう言っとけばええねん」
「……」
まるでB級映画のチンピラのような台詞だ。でも、かっこいい。
写真に撮って保存しておきたいくらいだったが当然そういう訳にもいかないので、一夏は代わりに手の中の貝のお守りに目を落とす。貝に描かれている絵に夢中になっているふりをして、手のひらの角度を変えて月明かりにあてると、本物の宝石のようにちらちらと輝いた。その美しさにいつしか本当に夢中になり、じっと見入っていると、隣で千が「あーあ」と大袈裟にため息を吐いた。
「せっかく秘密の場所教えたったのに。結局一夏が一番喜ぶんは貝殻なんやな」
「それは……」
別に、貝殻だから喜んだんじゃないんだけど。
なんだか貝殻集めが好きという誤解を更に深めてしまった気がするが、今否定すると気持ちがばれてしまうかもしれない。結局一夏は何も言えず、一度開きかけた口を閉じる。
「まあでも、分かりやすくてええな。これからもなんかあった時はキレーな貝殻やっとけば機嫌治るってことやし」
「……」
「ストックして持ち歩くか。そんで一夏が不機嫌になったら一個ずつあげんねん。……なんや水族館のラッコみたいやな!」
「……」
はは、と千が静けさをかき消すように笑ってみせる。
しかし自分で言ったことが恥ずかしくなったのか、急にばしっと一夏の肩を軽くはたいた。
「おい、なんか言えや。人をラッコ扱いすな! とか言うことあるやろ」
「……いや。その……」
また一夏の心臓がどきどきと脈打ち始めていた。千が不満げな顔をしているのを視界の端に捉えながら、呟く。
「それは、夏休みが終わって、東京に戻ってからも……またこうやって、俺と話してくれるってこと?」
千が一瞬目を丸くした。
考えもしなかったことを訊かれた、というような表情だ。
「それはお前、……」
と、口をぱくぱくさせたかと思うと、照れ臭そうに目を逸らす。
「まあ、普通に喋るやろ。たぶん。……変に知らんふりするとか逆にダサイし」
「学校で話したら、クラスの皆にバレちゃうよ? 関西弁」
「せやかて隠れてコソコソ遊ぶのもおかしいやろ。……まあ、なるようになるわ」
千はふっと息を漏らして笑い、二つ目のおにぎりに手を伸ばす。
――一学期の間じゅうずっと隠していたことを、「なるようになる」で済ませてしまうのか。……俺と話すために。
「……うん。そうだね。なるようになる……」
一夏も呟きながら、食べかけのおにぎりに齧りついた。
二人しかいない狭い高台の上を、夏の夜の少し冷えた風が吹き抜けていく。一夏の目から溢れそうになっていた涙はもう乾いていたし、新しく別の涙が込み上げてくることもなかった。
――もう、いいじゃないか。好きになったものは仕方ないんだから。
悩んでいるのがアホらしくなった――とまでは言わないが、楽になったのは事実だった。
無理に過去にしなくていい。泣くのは千が、誰か他の人と付き合うことが決まってからでいい。というより、こんな風に気にかけてくれる千のことを、今すぐ忘れるなんて不可能だ。
「というか一夏。お前、ラッコ扱いされるんはええんか」
「……それは別に。ラッコ可愛いし」
「……まあ、せやな。貝も好きやもんな。同族みたいなもんか」
「いやそういう訳では……」
一夏と千はそれから一時間くらい、だらだらと話しながら夜のピクニックを楽しんだ。
土と緑の匂い、風に揺れる草木の音、しんと降り積もるような夜の静けさ。それらを肌で感じていると、少しずつ夏が終わりに向かっているのが分かる。
丸い月の浮かぶ空を見上げながら千と話している間、一夏はずっと、貝殻のお守りを胸の近くで握りしめていた。
胸元に飛び込んできたそれを片手で受け止める。明るい月明かりの下で、金色の光がきらりと煌いた。
「……。これ、あの時の」
「うん。お前それずっと見てたやろ。もの欲しそうにじーっと」
千の部屋で見た、二枚貝のお守りの片割れだった。貝殻の内側に刻まれた恋する乙女が、一夏の方を見て微笑んでいる。
「オレはこっちな」
と、千が男性が描かれた方の貝を指で摘まんでみせ、かっと一夏の頬が熱くなった。
「な。な、なんで? こ、これって恋人同士で持つものなんでしょ? お。おかしいよ」
「別にええやん。元々は船乗りが無事帰って来れますようにってするためのお守りやろ? せやったら家族とか友達とかで持っててもおかしくなくない?」
「そ。それはそうかもしれないけど。でもこの絵は完全に……こ、恋人のやつじゃん……」
「まあ、他にもガラは色々あったけど。でもお前それ一番気に入ってそうやったし。そしたらオレもこれ持つしかないやん」
「そ、……」
そうかもしれない。……いや、そうなのか?
『普通の友達』はこういうとき、どう反応するのが正解なのか。嬉しさのあまり心臓が早鐘のように打っている一夏には、もはや『普通』が想像できない。
一夏がモジモジしていると、千が面倒くさそうに言う。
「何、じゃあお前はいらんの? 持ちたくないの? せやったら返して――」
「ぃ、いるっ! いる、ありがとう!」
千が身を乗り出して貝を回収しようとしたので、一夏は庇うように貝を手で隠しながら叫ぶように答えていた。途端、千がにやりと笑う。
「ふん。最初からそう言っとけばええねん」
「……」
まるでB級映画のチンピラのような台詞だ。でも、かっこいい。
写真に撮って保存しておきたいくらいだったが当然そういう訳にもいかないので、一夏は代わりに手の中の貝のお守りに目を落とす。貝に描かれている絵に夢中になっているふりをして、手のひらの角度を変えて月明かりにあてると、本物の宝石のようにちらちらと輝いた。その美しさにいつしか本当に夢中になり、じっと見入っていると、隣で千が「あーあ」と大袈裟にため息を吐いた。
「せっかく秘密の場所教えたったのに。結局一夏が一番喜ぶんは貝殻なんやな」
「それは……」
別に、貝殻だから喜んだんじゃないんだけど。
なんだか貝殻集めが好きという誤解を更に深めてしまった気がするが、今否定すると気持ちがばれてしまうかもしれない。結局一夏は何も言えず、一度開きかけた口を閉じる。
「まあでも、分かりやすくてええな。これからもなんかあった時はキレーな貝殻やっとけば機嫌治るってことやし」
「……」
「ストックして持ち歩くか。そんで一夏が不機嫌になったら一個ずつあげんねん。……なんや水族館のラッコみたいやな!」
「……」
はは、と千が静けさをかき消すように笑ってみせる。
しかし自分で言ったことが恥ずかしくなったのか、急にばしっと一夏の肩を軽くはたいた。
「おい、なんか言えや。人をラッコ扱いすな! とか言うことあるやろ」
「……いや。その……」
また一夏の心臓がどきどきと脈打ち始めていた。千が不満げな顔をしているのを視界の端に捉えながら、呟く。
「それは、夏休みが終わって、東京に戻ってからも……またこうやって、俺と話してくれるってこと?」
千が一瞬目を丸くした。
考えもしなかったことを訊かれた、というような表情だ。
「それはお前、……」
と、口をぱくぱくさせたかと思うと、照れ臭そうに目を逸らす。
「まあ、普通に喋るやろ。たぶん。……変に知らんふりするとか逆にダサイし」
「学校で話したら、クラスの皆にバレちゃうよ? 関西弁」
「せやかて隠れてコソコソ遊ぶのもおかしいやろ。……まあ、なるようになるわ」
千はふっと息を漏らして笑い、二つ目のおにぎりに手を伸ばす。
――一学期の間じゅうずっと隠していたことを、「なるようになる」で済ませてしまうのか。……俺と話すために。
「……うん。そうだね。なるようになる……」
一夏も呟きながら、食べかけのおにぎりに齧りついた。
二人しかいない狭い高台の上を、夏の夜の少し冷えた風が吹き抜けていく。一夏の目から溢れそうになっていた涙はもう乾いていたし、新しく別の涙が込み上げてくることもなかった。
――もう、いいじゃないか。好きになったものは仕方ないんだから。
悩んでいるのがアホらしくなった――とまでは言わないが、楽になったのは事実だった。
無理に過去にしなくていい。泣くのは千が、誰か他の人と付き合うことが決まってからでいい。というより、こんな風に気にかけてくれる千のことを、今すぐ忘れるなんて不可能だ。
「というか一夏。お前、ラッコ扱いされるんはええんか」
「……それは別に。ラッコ可愛いし」
「……まあ、せやな。貝も好きやもんな。同族みたいなもんか」
「いやそういう訳では……」
一夏と千はそれから一時間くらい、だらだらと話しながら夜のピクニックを楽しんだ。
土と緑の匂い、風に揺れる草木の音、しんと降り積もるような夜の静けさ。それらを肌で感じていると、少しずつ夏が終わりに向かっているのが分かる。
丸い月の浮かぶ空を見上げながら千と話している間、一夏はずっと、貝殻のお守りを胸の近くで握りしめていた。
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