ひと夏の隠しごと

日々野

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インクで敵倒すゲーム

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 テレビ画面の中で、三等身のキャラクターが、水鉄砲を模した武器を片手に踊っている。

「よっしゃ、最後勝てたな。レート戻ったし一回休憩するかー」
「つ、……疲れた……」

 千がゲームのコントローラーを床に置き、一夏も座ったままばたりと後ろ向きに倒れる。今日は午後から千の部屋で、ずっと『インクで敵倒すゲーム』をやっていた。
 ぐったりと伸びている一夏を上から見下ろし、千が面白そうに笑う。

「でもだいぶうまなったやん。最初にやった時は春にすらボロクソ言われて『もう一夏ちゃんはすみっこで塗っといて!』ゆわれてたのに」
「上手くなったのかなあ。死なないようにするだけで精一杯なんだけど……」

 一夏はよろよろと体を起こすと、座卓の方ににじり寄る。千が淹れてくれたアイスコーヒーに手を伸ばそうとして、エクセルで作ったリストのようなものが置いてあることに気付いた。なんとなく太字で書かれた題字を読み上げる。

「『令和七年度灯華会実行委員会 見回り順番表』……何これ。千も見回りするの?」

 灯華会と言えばたしか、八月の末あたりに行う祭りだったか。内容は『灯籠流しの流さないバージョン』だとか。
 千も一夏の背後から、リストを覗き込むようにして答える。

「うん。学生は夕方にちょっと回るくらいやけどな」
「学生が見回りなんてして大丈夫なの? 危なくない?」
「まあ、見回りって言っても見るのは灯杯の方やから」

 千がリストを数枚捲ると、灯華会のチラシが現れた。ざっくりと斜めに切られ、内側から橙色にひかる竹筒が複数本、闇の中に浮かび上がっている。中に蝋燭が仕込んであるらしい。

「色々対策はしてるけど、万が一倒れて火事になったりしたら大変やろ。せやから時間決めて村のもんで見回りすることになってんねん」
「へぇ、そういうことか。……あっこの竹筒、もしかしてこの前内職で作ったやつ?」
「せやで。これ使うのはメイン会場の方だけやけど」
「メイン会場……そういえばお祭りなんだよね。夜店とかも出るの?」

 もしかしてこの流れ、うまく行けば夏の終わりを千と夏祭りデートで締めくくることができるのではないか。
 一夏がうっすらと期待しながら尋ねれば、千はあっさりと言った。

「うん。都会の祭りに比べたらショボいけどちょっとは出んで。一緒に回るか?」
「回る! ……あっ、えっと、回りたいな。せっかくだから。……」

 つい思い切り食いついてしまい、言葉を付け加えて平静ぶる。しかしその時には既に千はスマホをいじっていた。

「せやなー、じゃあいつにする? 灯華会は来週の火曜……十九日から一週間とちょっとあるけど、行きたい日とかある? あ、オレの見回りはこの日とこの日とこの日でー……花火があるのは最終日の……」

 千がスマホの画面にカレンダーを表示させ、一夏の方に身を寄せながらスケジュールを確認させる。肩が触れるほど距離が近いことにも、プライベートな情報をあけすけに見せる態度にも一夏はドギマギしていたが、突然スマホ自体がぶるりと振動した。メッセージアプリのアイコンが画面下に現れ、今届いた内容が表示される。

「あ。親父からや。……『夕方から雨降りそうやから今のうちにまるの散歩行っとけ』って」
「うん、俺も読んじゃった。じゃあ散歩、行く?」
「せやな」

 と、千がスマホをポケットに入れたところで、今度は一夏のスマホが震えた。見ると千と同じメッセージアプリの通知がひかっている。

「こっちも来た。……叔母さんが『ゲリラ豪雨来るってテレビで言ってるから洗濯物入れといて』だって」
「そっか。じゃあ今日はここで解散しとくか」
「そうだね……」

 残念だけど、仕方ない。灯華会の予定はまた後で話すことにして、一夏はその場に立ち上がった。
 短く別れを言って部屋を出ようとした時、「あ、待って」と千が引き留める。

「そういやお前、前に読書感想文書く用にここの本借りたいゆうてたやろ? 親父に聞いたらいいってゆうてたで。何借りる?」

 千が部屋の入口側の壁を覆う、洋風の本棚を指さす。日本の近代文豪と呼ばれる作家達の、全集だけが並んでいる本棚だ。

「えっ、どうしようかな。何も考えてなかった」
「考えてなかったって……好きなんとちゃうんかい」

 一夏も千の隣に並んで本棚の前に立つと、千は苦笑しながらガラスが嵌めこまれた扉を開く。

「いや、正直あまり読んだことなくて。ほらこういう時代の文章って、難しいでしょ」
「んー、せやなぁ。何でもいいならメジャーなやつでいいんやない? 芥川龍之介とかは割と読みやすいらしいで」

 千が本棚の左上に手を伸ばし、『芥川龍之介全集』の中から一冊を抜き取る。

「まあ試しに読んでみれば? 難しかったら別のに代えてもええし」
「そうだね、とりあえず読んでみる。ありがと」

 濃紺の装丁に金字の刺繍が施された、重厚な本だ。一夏はそれを大事に腕に抱えると、山田家を後にした。
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