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始業式
しおりを挟む九月一日、二学期、始業式。
遊びに旅行に思う存分楽しんだ者、海外でリッチに過ごした者、部活動に明け暮れた者、塾の夏期講習で勉学に励んだ者、クーラーの効いた部屋でさして変わらない日常を送った者……。
あらゆる夏休みを過ごした生徒達が、久方ぶりの再会を喜びお喋りに興じているせいで、朝の教室はひと際賑やかだった。
一夏も普段つるんでいる友人――松井と田山の間に座り、二人の夏の武勇伝を楽しむ。
「それでもう一人は小島さんに声かけようかって話になったんだけど。こいつが直前になってやっぱり前田さんがいいとか言い出して」
「でも結局前田さんで正解だったろ? めっちゃノリ良かったじゃんあの人」
「ああ、めっちゃ面白かった。でもあれじゃ女の子とダブルデートっていうより、もはや芸人――」
「一夏」
その声は教室の喧騒の中、群衆の中を吹き抜ける突風のようによく通った。
しん、という静かな空気が教室の入り口から一夏のいる席にかけて、じわじわと広がっていく。
入口のドアに手を掛けていたのは一学期の頃と違い、爽やかな笑みを浮かべた千だった。
不愛想な転校生の豹変ぶりに、にわかに教室が騒めく。しかし千は全く気付かないような素振りでまっすぐ一夏の席までくると、クラスメイトの誰も見たことがないような笑顔で微笑んだ。
「一週間ぶりやな。元気やったか?」
夏休み前と比べると別人のような明るい声音で、その上口調まで違う。一番近くにいた松井と田山を筆頭に、教室にいた者全員が目を剥いたが、やはり千は気にもしない。ただニコニコと嬉しそうに一夏を見下ろしている。
一夏は少し照れ臭そうに笑うと、やはり夏休み前とは別人のように朗らかにはにかんだ。
「うん、元気。千は?」
「元気やない。お前がさっさと帰ったせいで、春とみゆの子守りずっとオレ一人でやってたんやからな」
「うわ、それは大変だ」
「来年はちゃんと最後まで残っとくように」
「はいはい」
何やら親しげに会話をする二人に、教室の騒めきが一層増していく。至近距離でこのやり取りを見せられていた松井と田山は、一度顔を見合わせ頷きあうと、まず松井の方が口を開いた。
「あ、……あの。柿之内クン、だよな?」
「ん? せやけど――」
「えっ、ていうか柿之内って関西弁だったの? じゃあ『ナンデヤネン』って言ってみてよ!」
田山の突然の割り込みに、一夏はひそかに冷や汗をかいた。「ナンデヤネンって言ってよ」は、千にとって最も言われたくない言葉ではなかったか。
しかし千は「ええで」と口元に薄く笑みを浮かべ、田山を見下ろす。
「一回百万円な。現金一括払いで」
「はっ? ……えー、……高すぎない?」
「払えんのやったらリボ払いでもええよ」
「えー、そんなぁ。……ナンデヤネン。……」
「お前がナンデヤネン言ってどうすんだよ! いいから引っ込んどけ」
松井に引っ張られて田山が後ろに下がったところで、くすくすと笑いのさざ波が教室に起こった。
気を取り直すように松井が一度咳ばらいをし、改めて一夏と千の顔を見比べる。
「いや、純粋に疑問なんだけど。……二人、いつの間にそんな仲良くなったんだ?」
「……」
そこで一夏と千は、ちょっとだけ顔を見合わせる。けれどすぐ目線を外し――一夏は恥ずかしそうに、伏目がちに。千は何故か堂々と、不敵な笑みを浮かべて。
二人同時にこう言った。
「……内緒」
意味深な回答に教室の一部が色めき立ち、あれこれ質問が飛ぶ。しかし一夏も千もはぐらかすばかりで、決定的なことは絶対に話そうとしなかった。
だってこれは、一夏と千、二人の――二人だけの。
ひと夏の隠しごと。
了
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