走馬灯を見る君へ

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第9章 ちる

ちる 1

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 私は混乱していた。

 目を開けた時に、ここが何処で何故こんな所に居るのかが全く分からなかったし、今まで感じていた万能感が綺麗さっぱり失われていてこの場から自力で立ち上がる事も出来なかったからだ。


 困惑しながらも上手く回らない頭で必死に現状を思い出した私は一つの結論にたどり着いた。

 あぁ、この現状はユーノが私の願いを叶えてくれたのだと。  


 今この瞬間にも身体からあらゆる力が消えていくのを感じる。

 どうやら私はあと数時間ほどでこの世界から姿を消す事になるのだろう。

 ただまさか最後の最後に目覚める事になるとは予想していなかった。 
 私はユーノに願いとその為の計画を伝えた後、もう二度と目覚める事は無いと考えながら眠りについたのだ。

 それが寿命を僅かに残してもう一度この世界に目覚める事になるとは。 
 
 やはり神と言えど正確にこの世界の未来を当てるのは難しい。
 私は恐らくは三ヶ月以上は眠っていてそれに対して世界は僅か一秒で大きく変化するものなのだ、あの時とは若干未来が変わっていても不思議では無いだろう。 

 決して私が読み間違えたとか見抜けなかった何かがあったわけでは無い……多分。

 周囲に誰かがいる訳でも無いのに私は何故か必死に言い訳を探していた。


 それにしても、こんな不思議な気持ちになったのは初めてだ。
 世界の声も私に助けを求める誰かの声も聞こえない、世界というのはこんなに静かな場所だったのか。 

 予想外の出来事だったが最後にこんな経験を出来た事はとても嬉しい事だった。 

 それともう一つ、私は初めての体験をした。
 夢を見たのだ。 今こうして目覚めた時にもはっきりと思い出す事が出来るほど鮮明な夢。

 初めて見たからあれが本当に夢だったかどうかはわからないけど、その夢の中では私がしてきた事は決して間違いでは無いと世界中のみんなが祝福してくれていた。
 その中には随分と懐かしい顔ぶれも見え、私は夢の中で大きな幸せを感じる事が出来た。
 

 だけど残念ながらそれは夢であって現実では無い。
 幸福な夢を見た後に起きると少しショックを受けると聞いた事があったがまさか自分で体験する事になるとは思っていなかった。 

 話に聞いていた通り、私もあの夢が覚めなければ良かったと強く思ってしまった。

 ……でも、こうしてしばらく時間が過ぎてしまえばあの時の気持ちを含め夢を見れた事も素直に嬉しかった。

 ましてや最初で最後の夢なのだ。 怖い夢などではなく幸せな夢を見れた事はとても幸運だったかも知れない。 
 夢とは言え最後に顔を見れて良かった者もいたのだから。


   

 それから少しの時間が流れた後、私はせめて上半身だけでも起き上がらせようと努力し、その甲斐もあってなんとか自分の体勢を変える事に成功した。

 そしてその時に気付いたが、私の身体は大きく変化していた。 
 腕は短く細々としており手もそれに比例して小さい、身体が二回りも小さくなっていたのだ。

 まぁ胸だけは変化してなかったけど……と、とにかくどうやら私の身体は初めて人間の姿を模様した時の姿に戻っていた。 

 まぁ力が失われつつあるのだから、当然と言えば当然の事なのかも知れない。 

 
 ……じゃが別に差し支えがある訳では無い、ユーノが我の願いを叶えてくれたという事は世界の皆は誰一人として我の事は覚えていないじゃろうからな。 

 しいて一つ挙げるならユーノに揶揄われるくらいかも知れんが、まぁ彼奴の事じゃ、なんの反応しない可能性の方があり得るな。


「……誰も我を覚えておらんのよな」

 あの時、とっくに覚悟を決めていたのに今になって少しだけ、ほんの少しだけ寂しいと思ってしまう。
 
 誰の記憶に残る事も無くこの世から消える。 それが私の、我の願いだったというのに。 

 それともう一つ我の心には大きな罪悪感が漂っていた。

 自身の責任を放棄して逃げる様に消滅する……それは両親の期待を裏切る行為だから。

「母様と父様はこんな我の事をどう思っているのだろうか。
 今まで良くやったと褒めてくれるだろうか??
 それとも情けない奴と叱ってくれるのだろうか??
 ふふ、我にとってはどっちもご褒美みたいな想像じゃな。 
 だけどそんな風にはならんだろう、我は死ぬ訳では無い。 
 ただ消えて無くなるだけじゃ……願わくば我も両親と同じ所へ行きたいのぅ」


 自分で呟いておいて涙を流してしまうのは我がこの姿に戻って感情が抑えられないからだろうか??

 それとも、もう……神ではなくなってしまったからだろうか??

 考えても答えは出てこない、今の我にできる事はこれ以上自らの服を汚さないように必死に涙を堪える事だけだった。
 

「失礼します」


 感傷に浸る我の事など知る由も無いと言わんばかりにその男、ユーノは部屋の扉を開けながらそう言った。 

 我は急いで目の周りをシーツで拭い、礼儀のなっていないユーノに怒りをぶつける。

「ユーノ! いきなり入ってくるのでは無い! 
 大方そろそろ顔を見せるとは思っておったが我にも心の準備が必要なのじゃ!
 いや、そもそもレディーの部屋に勝手に入ってくるとは何事じゃ!」 

「……め、目が覚めていたのですか?」

「え? あぁ、今さっきじゃがな。 まさかもう一度目覚めるとは思っていなかったけどのぅ。 って我の話を無視するな!」

「はぁー、仕方ないではありませんか、この部屋には誰も居ない事になっているのですよ??
 そんな場所にノックして許可をとる必要がありますか? 一言添えただけでも感謝して欲しいくらいですね」


 ユーノは顔を左右に振り呆れた様な仕草を見せながら我の元へと近づいてきた。

 まぁ、確かに言われてみればその通りではある。 
 我の存在を知っているのはもうこの世界ではユーノだけになっているのだものな。

 だ、だがそれでも後一歩でもユーノがこの部屋に入ってくるのが早かったら我は此奴に泣き顔を晒していたのだ。 

 そう思うと素直にユーノの意見を認めるわけにはいかなかった。


「ユーノ、お前は我がこの部屋にいる事を知っているじゃろう??
 だったらそれなりの礼儀をする必要があるとは思わないのか??」

「その礼儀を万が一にも誰かに見られたら私は完全に変質者ですからね、それだけはごめんですよ。 
 まぁ、良いです。 今回は私が悪かった事にしておきますよ。 
 まさか貴方がお漏らしをしているとは思っていなかったもので」

「なっ! なんじゃと! お漏らしなどしておらんわ!」

「違うのですか? ではそのシミはなんですか?」

 ユーノは我を覆っているシーツを指差す。

「ふっ、まさかこのシミを見て我がお漏らししたと思ったのか??
 お前も随分と勘が鈍ったのぅ。 お漏らしをした場合シミが着くのはシーツの下側、我の下半身の付近じゃ。 
 じゃが、このシミはどう見ても我の上半身付近に出来ておるではないか!!
 よってこれは我のお漏らしの後なんかでは無い! これは我の涙のあ……」

 ここまで自信満々に言った直後、我は自身の顔が焼ける程に熱くなるのを感じた。

「そうですか! 流石ちる様! これはお漏らしでは無く、先程まで泣いていたちる様の涙の後だったのですね!!
 いやー、流石の洞察力です、参りました」

 ユーノはいかにも演技っぽく大袈裟に我に対して頭を下げる。
 
 きっとその顔は今にも笑ってしまうのを我慢している表情に違いない。
 相変わらずムカつく男じゃ。


「ま、間違えた、これは汗じゃ」

「その言い訳は流石に厳しいのでは?」

「うるさぁい! 汗と言ったら汗なのじゃ! お前がこの部屋に急に入ってきたから驚いたのじゃ! その時に大量の汗が出たのじゃ!!」

 苦しい言い訳なのは百も承知だったが、ここは貫き通そう。 
 泣いていた事がばれるとユーノはもっと揶揄ってくるに決まっているじゃ。

「それは意外ですね」

「なんじゃ? 我が汗っかきとは知らんかったか? まぁこれは我の秘密第二十八項に当たるものだからのぅ、知らなくとも当然じゃろう」

「いえ、そっちではありませんが……今ここでその話をしてしまうのは勿体なのでやめておきます。 それより……調子は如何ですか?」

 ユーノは先程までの馬鹿にした笑顔から打って変わり優しい表情になっていた。
 
「調子は最悪じゃ、身体は上手く動かないしのぅ。 じゃがこんな事も悪くはない様に思えるぞ」

「……力は?」

「筋力と言ったものはほぼ無い、そして当然の如く能力もな」

「後悔していますか?」

「後悔じゃと? まさか。 確かに目覚めて普通の人間と変わらなくなった今、なんだかやり残した事があった様な気にもなってはいるが我が自らの消滅を望んだのは神であった時じゃぞ??
 あの時に下した結論が間違えであったとは疑っておらん」

 そうじゃ。 今、現在どんな気持ちを抱いていたとしても関係ない、我は我が神であったその時に限界を感じたのだから。

 それにこの不自由な身体が悪くない事に思えるのも本当だ。 
 生まれた時と同じ姿でこの世を去る、なんともドラマティックでまるで昔ハマったアニメの様な展開ではないか……あれ? そう言えば一つ不思議な事があるのぅ。

「ユーノよ。 良くこの姿が我であるとすぐにわかったな?」

「え? あぁそれは……」

 ユーノは少し考えた後続けて言う。

「この部屋に居るのはちる様以外にはあり得ませんからね」

「そうかも知れないが、でもこの喋り方には違和感を感じないのか?? 我! とか言っとるのじゃぞ?? 我が言うのも何だけど随分と特殊じゃろ??」

「そう思うなら何故そんな話し方を?」

「そ、それは。 そっちの方が格好が良い言うか、昔はずっとこの話し方だったのじゃ。 なんだか知らんがこの姿に戻ったのなら話し方も戻した方が良いかなって急に思ったのじゃ!! ただの思いつきじゃ!!」

「何を怒ってるんですか? まぁ確かにその見た目だと前と同じ口調の方が違和感あるかも知れませんね」

「じゃろ?? って事で昔を思い出して話し方を変えてみたのじゃ? どうじゃ? これも悪くないじゃろう??」

「えぇ、悪くないですよ。 むしろ懐かしいとさえ思います」

「いや、何故ユーノが懐かしさを感じるんじゃ!! 初めてじゃろうがっ!!
 はぁー、もう良い、ユーノは昔から大抵の事で動揺する様な奴では無かったしのぅ。 
 我の姿や口調が変わっていたくらいでは驚かんのは理解も出来る。 少しつまらんがのぅ」

「……この件に限っては私以外でも同じ反応だと思いますがね」

「ん? なんか言ったか?」

「いえ、何も」

 ユーノは屈託のない笑顔を我に向ける。 
 
 本当に掴み所の無い男じゃ、ソフィアの能力を生まれた時から無効化していただけの事はあって我が神であった時にも此奴の心の奥底までは理解する事は出来なかったからのぅ。
 今の我では尚更ユーノが何を考えているかは分からん。

 じゃが、結局の所ユーノは我の願いを叶えてくれたのだ。 
 そこはしっかりとお礼を言っておくべきじゃな、どうやら我には思った以上に時間がない様じゃしな。

「なぁ、ユーノ」

「はい?」

「その……ありがとうのぅ、色々大変じゃっただろう??
 今となっては皆、我が存在していた記憶を失っているがユーノが計画を実行している最中は覚えていたのだ。
 誰にも気付かれぬ様に最新の注意を払ったつもりではあったがそれでも少しは問題も起こったのではないか?? め、迷惑をかけたな」

「……」 

「我の事を覚えているのはもうユーノだけじゃ。
 そしてこれからもユーノだけが我の事を忘れる事なく生きていく……それはきっと大きな負担になるじゃろう。 ユーノにだけこんな重荷を背負わしてしまった事は今でも申し訳なく思っている。 本当に済まない」

「……」

「それから……こんな事を言っておいてなんじゃが、最後にもう一つだけ我の質問に答えてくれないだろうか??
 勿論気を使って答えてくれなくても良い、どっちにしろ我にはもう時間が無いからのぅ」

 なにも言わないユーノに我は自身の手を見せる、辛うじて原形を留めている我の手は今にも消えて無くなりそうな程薄れていた。

「……ちる様! 来てください!!」

 我の手を見た瞬間、ユーノは目を見開きその手を強く握りしめて我を引き寄せながら背負い、立ち上がった。 

「き、急にどうしたのじゃ??」

 突然のユーノの行動に驚いたが我にはもう抵抗する力など無く、そのままユーノの背中にもたれかかる。

「その最後の質問とやらに私がら俺一人だけ答えるわけにはいかないんだ!!」

 立ち上がったユーノは我を背負いながら勢い良く部屋から飛び出した。

「一体どうしたのじゃユーノ??」

 戸惑いながらも発した我の言葉にユーノは反応を返す事はなくそのまま一心不乱に走る。 
 この時になって我はユーノが大きく疲弊している事に気付いた。
 本来なら我を抱えて走り、階段をいくらか上った所でこんなに息を荒くする様な男ではなかったから。

 それと……我の手に生暖かい液体が溢れるのを感じる。

「なぁ、ユーノ。 何故泣いているのじゃ」

「……汗ですよ」

 ユーノはいつもと同じ様な声のトーンでさっきの我の言い訳を静かに呟いた。

「そうか、汗であったか」

 神で無くなったとはいえユーノが嘘をついている事は表情を見る事をせずにもわかる。 

 ユーノが我をどこに連れて行こうとしているかはわからないが、今はユーノのしたい事に従おうと我は思った。 


 我の為に涙を流してくれている事がとても嬉しかったから。
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